5361.2022年1月15日(土) 親しかった3人の故人を想う。

 相変わらずこの数日は、北海道から北陸地方にかけて豪雪が襲っている。テレビ画像で観ていると降雪の中を車も人も通っているが、大丈夫かなと些か気になる。

 この厳しい気象条件の中で、大学入学共通テストが全国で始まった。志願者は約53万人といわれている。我々の時代には、各大学が独自に入試を行っていたものだ。現在とはシステムが大分違うので、現行制度についてはあまり良く分からない。もう60年以上も前を振り返ってみてあまり良い想い出はない。2年も浪人して両親には随分心配と苦労をかけた。2年目の浪人時代の今日は「成人の日」だったが、もちろん式典に出席する気持ちの余裕などなかった。顧みれば、暗い時代ではあった。それでもそれなりに苦しかっただけに忘れられない思い出でもある。今の受験生には、初期の目標に向けて全力を尽くして欲しいと願うばかりである。

 さて、新年が明けて寒中お見舞いのハガキの中に1通の訃報をいただいた。とりわけ親しかった高校時代の友人の奥様からである。この5年ほど会うことはなかったが、昨年11月に急逝されたとの知らせに寂しく残念で仕方がない。私が初めての海外武者修行から帰った直後の結婚式で、友人としてスピーチをした想い出が蘇って来た。彼とは浪人1年目に他の友人らと昇仙峡へ、浪人2年目には伊豆大島へ旅行した。今思えば、受験勉強に専念しなければならない大事な時期に、こんなのんびりしたことをやっているようでは志望校に入れるわけがないか。でも今思い出してもあの旅行は本当に楽しかった。

 ついセンチメンタルになり、他に昨年正月明けにいただいた2人の故人のハガキを思い出し、2人を偲びながら改めて読み返してみた。実はこのお2人には、昨年の今頃拙著「八十冒険爺の言いたい放題」をお送りした。

 ひとりは、NPO法人「知的生産の技術研究会」(通称:知研)の八木哲郎会長で、人生の大先輩であり公私とも随分お世話になった。大ヒットした「知的生産の技術」を書かれた梅棹忠夫・京都大学教授に直接お会いして了解をいただいたうえで、NPO知研を設立された。爾来半世紀に亘り知研のリーダーシップを取られてきた。昨年の今頃電話でお話したところ心なしか元気がなく、その時体調が勝れないと仰っていた。ともに知研で活動して早や半世紀近くになる。拙稿を何度も読んでいただき批評、指導してもらったことが思い出される。

 2010年12月には、韓国・束草市で開催された高齢者福祉に関する国際シンポジウムに韓国、中国、アメリカ人のスピーカーに伍して日本からただひとりのスピーカーとして推薦してくれ、大事な役割を果たし貴重な経験を積むことが出来た。私のHP上にも「永遠の少年」と人物評を書いていただいた。惜しいことに昨年5月に冥界へ旅立たれた。昨年2月にいただいたハガキには、拙著についてお褒めの言葉でコメントしていただいた。そしてハガキの最後に「漸く死地を脱したが、いつまで生きられるか分からない」と書かれていた。そしてその3か月後に慌ただしく旅立たれた。

 もうひとりは、私より若干若い経済ジャーナリストで、元朝日新聞記者の阿部和義さんである。お互いに高校こそ別だが、ラグビー部に所属していたので、妙に気持ちが通じ合うところがあった。2014年9月25日付「分散型エネルギー新聞」に「近藤さんの努力に脱帽」と好意的な一文を書いて紹介してくれた。

 以前に舌癌を手術され、少しずつ回復しつつあると信じていた。ところが、一昨年12月中旬に胃ろうの手術をされ、下旬に一応退院された。そして拙著を読まれて励まされたと感謝の言葉が綴られていた。それが、悲しいことに八木さんが他界されて1か月後の今年6月に逝かれてしまったのである。正に人生とは儚いものである。もっとお会いして、もっと話をしておけば良かったと悔やんでも、もう遅い。

 お2人からのハガキは、死期を間近にして気持ちを率直に表していた。気持ちが乱れていたのか、いずれも文章の達人にしては、珍しく文章も、文脈も、文字も乱れて読み難いが、私への友情と心遣いを伝えてくれている。お2人とも素晴らしい人間性と素晴らしい知性を持たれていた。お話しするだけで、心が豊かになることは何度もあった。感謝の気持ちでいっぱいである。お2人とも逝かれてまだ1年も経たないが、すぐにも会えるような身近な気持ちがある。心よりご冥福をお祈りしたい。

2022年1月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com