吉祥寺の建築家・山本富士雄さんから毎週不動産や住宅に関する情報をメルマガで送っていただいている。今日送っていただいた情報は「電柱の新設禁止」についてだった。山本さんは「蜘蛛の巣のような電線の張り巡らされた町を含恥都市」と呼んで早くから電線地中化を主張してこられた。
私も海外へ出かけて古く伝統的な街造りを見るたびに、日本の市街地の道路上にぶら下がる電線を煩わしく思い、かねがねもう少しすっきりできないものかと気にはなっていた。わが自宅周辺も道路両側に電気と電話用の電柱が等間隔で立ち並び、景観上あまり好ましくない。しかし、生活上電気と電話線はなくてはならないものであり、ガスや上下水道のように地下へ埋設することが理想ではあるが、今設備された電柱は最早止むを得ないと半分諦めの境地だった。費用も嵩み過ぎるとしてこれまでは議論にもならなかった。
それが、2020年東京オリンピック・パラリンピック開催を控えて事態が急転回した。海外からやって来る観光客に景観上良い印象を持ってもらうための第一歩として、取り敢えず議員立法として法案化を目指して問題解決に取り組もうということになった。法案成立後は新たに電柱を建てることは禁止される。将来的には地上から電柱が一切取り払われるという。
情報によると自民党が無電柱化を促進するため、珍しく本気になって法案の検討を始めたようだ。国土交通省の調べによるとロンドン、パリ、香港の無電柱化は100%だという。それに引き比べて日本の市街地の幹線の無電柱化率は僅か15%である。東京23区にしても48%だというからこれを地中に埋設するのは時間的にも、作業的、経費的にも大仕事である。実際ヨーロッパの市街地を歩いていてほとんど電柱を見ることはない。電柱がないことこそが景観をすっきりさせ街を美しくさせる最大のキーポイントである。
チェコの首都プラハの王宮近くの道路には傘を被った街燈がいくつも等間隔に建ち並んでいるが、電線はまったく見られない。これは幻想的なガス灯で、その優しい光は中々情緒がある。この点滅のためには前時代的に担当の見回り人が毎朝、毎晩ガスの点火棒を持って点滅を行っている。こういう伝統的な電柱らしきものは邪魔どころか、街の情景に個性的な風情と夢想的な潤いを与えてくれるものだ。
だが、日本の場合問題は山積している。まず費用がかかり過ぎるということと、地中化するにしても道路が狭いので、すべてを地中化するのは場所によっては技術的に難しいところが多いと懸念されている。新法制定と同時に、現在毎年7万本ずつ増えている電柱を地下へ埋設する工事と並行して、すでに全国に3500万本ある地上の電柱を少しずつ地下へ埋設していくわけである。気の遠くなるような話だが、わが国が観光立国を目指していくからには、その志は大いに結構だと思う。
ニューヨークでは地中化率は83%だが、市内の高層ビル街にはほとんど電柱を見ない。それが、一旦フェリーでマンハッタン南端のバッテリー・パークからスタテン島へ渡った途端、景色は一変する。高層ビルは姿を隠し、ごく普通の住宅が建ち並んでいるが、軒並み電柱が地上に建ち並んでいる。ニューヨークらしからぬ光景を目にしたように感じ、少々異な風景に出会ったような気がしたものである。
日本の街々から電柱がなくなれば、日本の景色は一層美しくなることは間違いない。普段はあまり役に立たない自民党議員も、せめてこれなら法案成立に協力できるだろうから、この際ぜひとも実現させて、偶には街を歩く国民をすっきりとした気持ちにさせて欲しいものである。
山本さんもそれを望んでいる筈である。