4788.2020年6月21日(日) 60年前、60年安保闘争で盛り上がっていた。

 今から60年前の1960年、激しかった安保反対闘争にも拘わらず、安保条約は改定された。あれから早くも60年が経過したことになる。大学2年の血気盛んな大学生だった私も毎日ではなかったが、忙しなくデモに参加していた。

 新安保条約は、正式には5月20日に衆議院で当時の岸信介内閣が強硬採決し、6月19日自然成立となり23日に新条約は発効した。同時にこの発効を以て岸内閣は総辞職した。岸首相は、この日米不平等で問題含みの新日米安保条約成立に職を賭していたのである。我々学生も落胆したものである。強硬採決以来6月11日にアメリカのアイゼンハワー大統領訪日打ち合わせのために来日した、ハガチー大統領報道官を羽田空港でデモ隊が包囲し、身動き出来なくしたために米海兵隊ヘリが救出したことが生々しいニュースだった。その4日後には警官隊とデモ隊が国会議事堂前で衝突し、東大生樺美智子さんが亡くなった。

 この時の岸政権のやったことは、デモ隊鎮圧のためヤクザを雇ったり、治安維持と称して陸上自衛隊の出動を促したり、普通では考えられないことをなりふり構わず実行しようとした。ヤクザは実際に話を付けてデモ隊に暴力的な行動を仕掛けたが、流石に自衛隊の出動については、当時の石原幹市郎・国家公安委員長が反対し、赤城宗徳・防衛庁長官は出動要請を拒否した。岸首相の強引な猪突猛進ぶりには、東久邇宮稔彦、片山哲、石橋湛山ら3人の歴代首相が岸首相の退陣を促したが、首相は聞き入れなかった。しかし、新安保条約発効の23日に岸首相は辞職し、内閣は総辞職した。

 この安保条約を強硬採決した岸首相を祖父に持つ安倍晋三首相もまた、祖父と同じように日米安保条約に拘る強硬な右翼政治家である。5年前には、祖父を見習うように戦争法案とも言われた安保法制を押し通し、これを強硬可決した。60年安保闘争から60年の節目を迎えて、今憲法改正をやろうとしている安倍首相であるが、流石に最近のモリカケ問題、検事法案改正問題などのスキャンダルに加えて、新型コロナウィルスで手が周りかねている。しかし、昨今首相の求心力と存在感は急速に衰えを見せている。稀代の悪代官・岸首相の血を受け継いだ安倍首相の命脈もそろそろ尽きる時であろう。60年前祖父岸信介に押し切られた学生時代の恨みがましい気は、安倍首相の同じようなやり方を見ているとどうしても消えることはない。

 さて、6月第3日曜日は、「父の日」である。それほど感慨はないが、横浜の次男から夏用の黒いハンチングを送り届けてくれた。お礼のメールを送ったところ、似合うと思うから使って欲しいと返信があった。そうは思わないが、まぁ嬉しいことである。折角の贈り物なので極力被りたいと思う。

2020年6月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com