2305.2013年9月4日(水) 異常気象が日本中を席捲

 今日もまた異常気象は各地に大きな災害をもたらしている。西日本では台風17号が鹿児島県に上陸し、その余波が九州、四国、そして中京地区で猛威を振るっている。名古屋市内は水浸しで、名古屋駅地下街も水の浸入を防ぐためにてんやわんやである。

 一昨日埼玉県越谷市、千葉県野田市を襲った竜巻が、今日は北関東へ北上し栃木県鹿沼市と矢板市を強い竜巻が襲い相当な被害を出している。今までは竜巻などということはあまり気にも留めなかったが、昨年筑波地方の竜巻発生以来各地で竜巻が発生するようになった。全体の被害総額は甚大である。

 異常気象の原因は、地球温暖化によるものと言われているが、確かに海水温の上昇で海水が融解し氷塊が少なくなっていることは事実である。今夜のNHKニュースで地球温暖化による意外な情報を伝えていた。大量の氷が解けて船が北極海を運航できるようになった。ナフサ原油を日本に運搬する場合、従来のスエズ運河、インド洋、マラッカ海峡経由海路を通る場合は40日がかかるのに対して、北極海ルートだとその半分の日数で運ぶことができる。他にロシアの高価な砕氷船に先導してもらうという問題もあるようだが、新しいビジネスとして注目されているようだ。

 いずれにせよ、この異常気象により新たなビジネスが生まれる素地はあるようだから、言葉は悪いが何が幸いするか分らない。これはこれで結構だが、異常気象にハラハラさせられるのは好い加減にしてもらいたいものだ。

 さて、一昨日から朝日夕刊に大きなスペースでトラック島に関する記事が写真入りで連載されている。トラックを主題にドキュメントを書いている最中なので、興味深い記事である。「南洋の記憶 チュークの戦後68年」と題する連載物で、今日は「冒険ダン吉」こと森小弁の子孫を取り上げていた。小弁の孫の正隆氏が土地を提供した慰霊碑のこと、正隆氏の息子のマニー・モリ現大統領とその妹、リンダ・モリ・ハートマンさんのことなどだが、6月に同島を訪れた時偶然にもその慰霊碑の前でリンダさんに会った。30年以上も前に何度かお会いしている父正隆氏の話をして懐かしんだ。久しぶりにノスタルジックな気持ちで記事を読んだ。

 そうしている間にアイザワ大酋長の父の実家の当主・相澤重男氏からメールをいただいた。会って資料を見せてあげたいと仰ってくれている。有難いことである。先日来何とかご当主の所在が判ったので、お会いできるようアプローチしていたところである。このところ安倍首相の後見役として東奔西走の森喜朗元首相からは、多忙を理由に取材を敬遠されているような感じだが、アイザワ大酋長のご本家から情報を得られる可能性が出てきたので、嬉しい気持ちがしている。

 ともかく良いノン・フィクション作品を書き上げて、協力していただいている人たちの期待に応えることが大切である。

2013年9月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2304.2013年9月3日(火) 「ゾルゲ事件 ヴケリッチの妻・淑子」の偶然

 今日も東京は暑い。気象庁の発表によると今年の夏は異常気象だそうで、統計を取り出した昭和21年以来最高の暑さだったという。その他にも高知県四万十市では最高気温41℃を記録した。昨日から発生した台風17号に加えて、今日も西日本地方を激しい大雨が襲っている。東日本のカラカラ天気に比べて、西日本の豪雨とはあまりにも極端な異常ぶりである。

 昨日埼玉県と千葉県を襲った竜巻がかなりの被害を及ぼし、その勢いも相当なものだったことが明らかになった。19㎞の長い距離の間を100~200mの幅でいくつかの竜巻が走り抜けて行ったようだ。気の毒なのは、停電で室内冷房はもちろん、冷蔵庫も使用できなくなったことにより、市民の実生活に支障を来たしたことだ。

 さて、数日前アマゾンを通して2冊の書を注文した。1冊は現在執筆中の旧トラック島大酋長のノン・フィクションの資料用に求めたもので印東道子編著「ミクロネシアを知るための58章」(明石書店刊)である。これまでにも評伝を含めてミクロネシア関連書は大分参考にさせてもらったが、新しい有益な情報が得られればもっけの幸いである。

 もう1冊は偶々見つけた片島紀男著「ゾルゲ事件 ヴケリッチの妻・淑子」(同時代社刊)である。いずれも2000円。後者はこれからゆっくり読もうと思っていた矢先に、ゼミの池田博充くんがこれを購入して読んでいるが、私に尋ねたい点があると電話をしてきた。同じ書物を同じゼミのふたりが一緒に購入したことの偶然にお互いにびっくりである。「淑子」とは友人の山崎洋さんの母上・山崎淑子さんのことで、2006年米寿を迎えられてからまもなくして亡くなられたが、生前何度か電話でお話した経緯もあり、親しくさせていただいた。特に印象に残っているのは、ユーゴ紛争の折アメリカやNATO軍がユーゴを空爆したことを強く非難していたことと、生前の夫とのラブレターを亡くなったらお棺に一緒に葬って欲しいと息子の洋さんに言い含めていたと話されていたことである。母上については、一度「知研フォーラム」に書いた「ある女性の波乱の生涯」と題するエッセイが、インターネット‘Wikipedia’の項目「山崎洋」の脚注に掲載されている。反戦活動にも力を注いでいて随分意思の強い方だという印象が残っている。

 山崎さんは4月に続いて来月にもベオグラードから一時帰国されるということなので、母校の連合三田会へ卒業50周年を祝する出席と、富士霊園を訪れご両親のお墓参りを終えてから箱根観光をすることで凡そ話はついている。それにしても、ゼミの仲間がゾルゲ事件に大分関心を持ってくれているが、幸い山崎さんの父ブケリッチ氏を知る手がかりを子息の山崎さんが担ってくれ、その仲立ちをできることを有難いと思っている。

2013年9月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2303.2013年9月2日(月) 今日から2学期

 学校では今日から2学期が始まった。子どもの頃は夏休みを終えて新学期を迎えることに新たな興奮を覚えるものである。

 父の転勤に随いよく学校を変わった。小学5年生の夏休みを終えて、いよいよ2学期という時に初めて転校した。農業と漁業の町・千葉県勝山町(現鋸南町)の勝山小から千葉市内(当時は千葉郡)の幕張小へ移った。2度目の転校はその3年後市川学園中2年生時の2学期に、京都市内の私立平安中へ転校した。この時は言葉遣いが関西弁に変わったので少々戸惑った思い出がある。その半年後、同じ京都市内の市立上桂中へ再び転校したが、かなり自由に中学生生活を楽しむことができた。結局中学校は3校に通学した。

 小中学校時代に3回の転校をして5校に通ったことになるが、あまり人見知りすることもなく、学校では直ぐ溶け込み友だちもすぐできて、それぞれ楽しい思い出作りをすることができた。今でもその当時住んでいた各地に親しい友人がいることが自慢のひとつである。現在自宅の近所にも小学校があり、賑やかな声を聞く度に、もう一度あの時代に還れたら良いなぁと懐かしく思い出されてくる。

 さて、今朝不意に熱海に住んでいる北岡和義さんから電話があり、今日都合がついたら会いたいと言ってきた。早速渋谷で夕食を一緒に取ることにした。彼の目的は、ビルマへ来年1月に出かけるので、ビルマ事情に詳しい私から話を聞きたいということだった。すでに2005年に元陸軍主計大尉とビルマ南部を訪れ、その時の記録をDVDに残していて、それをいただいた。その時はビルマの北部、中部を訪れなかったので、今度はそれらの地方へ行きたいという話だった。できるだけ情報を提供してお役に立ちたい。

 なお、今日午後埼玉県越谷から千葉県野田にかけて、強烈な突風が襲い家屋が倒壊し、車は横倒しになるし、広範囲に亘って停電になるという状態だった。実際テレビを観ても家屋はほとんどが全壊か半壊状態で、屋根も吹っ飛んでいる。悲惨な状況を前に嘆いている住人を見ているとお気の毒というしかない。それにしても、昨今の気象は予測もできない突発性の傾向がある。今日も九州から関西地方にかけて西日本一帯で大雨が降り、沖縄沖では台風17号が発生した。大きな天候異変が起きないことを祈るばかりである。

2013年9月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2302.2013年9月1日(日) 関東大震災発生90年

 ちょうど90年前の今日、あの「関東大震災」が発生した。当時の語り部はみんな90歳を超える年齢になった。子どものころ生々しい体験談をよく話してくれた両親も世を去ってから大分経つ。遠からず震災の体験者がいなくなる。その点映像や写真はいつまでも貴重な資料として震災の恐ろしさを教えてくれる。

 昨日のNHKドキュメント「メガクエイク(巨大地震)」では、震災当時都内に居合わせたイギリス人写真家が撮った映像を紹介していたが、随分詳細に痛ましい光景を写して時代考証的にも役立つ資料だった。今日も続編で南海トラフによる巨大地震の予兆をつかむための研究・調査を報道していた。

 メディアでは最近大震災の再発がことのほか喧しく取り上げられている。周期的に見てもそろそろ大震災が起きるとか、南海トラフの影響で東日本や東海地方は注意が必要とか、或いは地下直下型地震が起きた時の対応とか、ありとあらゆるケースの対応が取り沙汰されている。そこへ稚拙な福島第一原発の事故処理が公になる。後から後から難しい問題が露呈される。危険な雰囲気を煽っているような感じすらある。

 余談だが、安全・安心の観点から今月8日に決定される2020年オリンピック開催地の決定も、東京は福島原発の放射能漏れによる安全の点でやや不利ではないかとの観測も流れている。

 テレビや新聞でも海水温度の上昇や、地盤沈下の原因や地殻変動の構造などの科学的な報道がされるようになった。‘NATIONAL GEOGRAPHIC’誌9月号には、海面の上昇が取り上げられ、ニューヨーク・マンハッタン地区の高潮、及びそれに伴う浸水予想図が取り上げられている。今日発行された隔週日曜日発行の朝日新聞特集「GLOBE」には同誌の写真と抄訳が掲載されていたほどである。

 今日は各地で震災発生に備えた避難訓練が花盛りである。現実に巨大地震なんか起きないに越したことはない。

 さて、気になっているアメリカのシリア介入問題だが、昨日午後2時(日本時間今朝3時)オバマ大統領は限定的攻撃を決定したと公式に発表した。では、いつ実行するのかと言えば、9日以降にアメリカ国民の意思を代表するアメリカ議会の承認を得た後に攻撃するという。アメリカという国は、これまで大統領が決定したら直ぐ実行したものだが、今回はアメリカ国民の間にも反対意見が根強いためか、説得力のある後ろ盾が欲しかったようだ。では、9日まで待つ理由は何かと言えば、議会が休会しているからというが如何なものかと思う。ことは急いでいる。なぜ、臨時に議会を召集してでも決議をして早く決着をつけようとしないのだろうか。どうもアメリカらしくない煮え切らない対応である。いまやアメリカに積極的に同調する国は少ない。それなら間髪を入れず決断すべきではないだろうか。ことの是非はともかく、決断というのはそうあるべきではないだろうか。

2013年9月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2301.2013年8月31日(土) アメリカはシリア内戦にどう出るか。

 昨日イギリスがシリアへ武力介入せずと公表したが、アメリカは独自の調査により今日アサド政権が化学兵器を使い、1429人を殺害したと結論づける報告書を公表した。イギリスの武力介入拒否の声明に拘わらず、オバマ大統領は化学兵器使用を禁じる規範を守る義務があると述べ、シリアへの限定的な軍事行動を改めて示唆した。これに対してシリア政府はこのアメリカの報告書をデッチ上げと批判している。いずれにせよ最早アメリカはシリア攻撃のスタート台に立ち、号砲の合図を待っているところである。

 NATO軍は不参加を表明したが、フランスはオランド大統領が参加に前向きの姿勢を示している。しかし、フランスの国内世論調査では64%が武力介入に反対している。フランスはどう出るのか。

 決断を迫られたアメリカはいつ、いかなる時にどんなタイミングで「限定的」な攻撃を仕掛けるのだろうか。同盟国と相談するとも言っているが、同盟国であるわが国がシリアへの介入に対して賛同を求められた場合、どう対応するのか。

 嫌なことだらけの現代社会で、このままシリア情勢を放置すれば、シリアの国情が益々悪化することは明白である。個人的にはアサド政権を倒さねば現状を改善することはできないと考えている。世界の世論に逆行するかも知れないが、アメリカの限定的攻撃は止むを得ないとも考えている。ただ、目的を達成したらいち早く部隊を撤収させ、シリア国内の治安が回復するよう努めることが絶対条件である。

 さて、いま取り掛かっているノン・フィクションも少し調子とスピードが上がってきた。まだクリアしなければならないことが沢山あり、今日ススム・アイザワ大酋長の娘ナンシーさんへメールでいくつか質問書を送ったところである。大酋長の言動の謎深い部分に取り組んでいるが、どうも大酋長の真意が分り難い。今日は大酋長が森喜朗元首相へ寄贈したとされる無人島「モリ島」が、どうなったのか分らなくなった謎について書いていたところである。ナンシーさんがまったく知らず、彼女の事務所の従業員も知らないと言っている「モリ島」をどう説明して文章としていかに面白く書き上げるかがポイントである。

 まだ時間はかかりそうであるが、漸く調子が上がってきたので、これからもペースダウンしないよう書き続けていきたいと考えている。

2013年8月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2300.2013年8月30日(金) イギリス、シリアへ武力介入せず。

 シリアが内戦状態の中で、アサド政権が化学兵器を使用したことをチェックする国連の調査団が一応の調査を終えた。1週間内に結果が発表されるだろう。シリア政府が化学兵器を使用したことはほぼ間違いないだろう。その最中に昨日まで軍隊を投入することに前向きだったイギリスが、今日になって突如態度を覆した。

 下院の臨時議会で政府が提出した武力介入の動議案が保守党内に一部の造反があったせいもあり、273対285の僅差で否決されたのである。直ちにキャメロン首相は国民の意思を汲み取り、イラクへの武力介入を断念する意向を表明した。アメリカにとってはショックである。このイギリスの豹変にアメリカは大分困惑している。アメリカ国内にも武力投入に対する反対の声が根強い。国連安保理事会に上程されてもロシアと中国が反対することは明らかである。安保決議を得ないまま行動を起こすことにはドイツ、イタリアを主にどこの国からも強い反発があり、アメリカとしては行動する以上、姑息だが化学兵器使用という確たる証拠を盾に限定的な攻撃を行うしか方法はない。

 アメリカがイラク戦争開戦の根拠と称したイラクの大量破壊兵器の開発が虚偽だったことが後に判明して、イギリスはイラク戦争に介入したことに強い自責の念とアレルギーがあった。その二の舞を踏みたくないということに加えて、アフガニスタンとイラク戦争で多くの自国兵士を失ったことがトラウマとなって、戦争へ加担することに国民の間で拒絶反応が強かった。

 アメリカの世論も武力介入に対する反対意見が多い。最も強い英米同盟が共同して動けず、しかし、このままでは2年半の間に10万人以上の死者を生み、200万人が難民となって国外へ脱出しているシリアの現状が益々悪化することは明白である。この袋小路からどうやって逃れるのか。アメリカは国連調査団の化学兵器使用の最終調査結果を以って数日内に断を下すことになる。

 さて、今日全国高校軟式野球大会決勝戦が明石球場で行われ、初出場の県立横浜修悠館高校が初優勝を遂げた。実はこの修悠館高校軟式野球部というのが、数年前まではわが母校・湘南高校の通信制の野球部だった。全員陸上自衛隊高等工科学校(旧横須賀少年工科学校)の生徒で全寮制の下で自衛官を目指している。神奈川県教育制度の改革により、湘南の通信制から修悠館高校に移った。湘南通信制に所属していた時には、全国定時制・通信制高校大会で度々優勝していたが、新たに全国軟式野球大会に参加して直ぐ優勝する辺りは相変わらず強いと感心している。母校の手を離れたが、これからも力を発揮して欲しいものである。

2013年8月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2299.2013年8月29日(木) 国連事務総長の中立性を欠いた発言

 国連の藩基文・事務総長が26日にソウルで反日的な発言をして内外に波紋を呼んでいる。安倍政権の歴史認識問題や領土問題について「正しい歴史認識を持ってこそ、他の国々から尊敬と信頼を受けられる」と批判めいた発言をしたり、さらに日本国内の改憲論議にも触れ「日本政府と政治指導者は自らを顧みて、国際的な未来を見通すビジョンを持つことが必要」と内政に干渉するような発言までしているのである。

 藩事務総長の考え方を絶対許せないと反対しているわけではない。韓国人なら歴史問題で日本に対して言いたいことがあることは理解できる。ただ、国連事務総長という立場上、国境、国籍を超えてあくまで中立でなければ、自国へのエコヒイキになって客観的な判断を下すことができなくなり、その職に留まり続けることは問題である。その辺を藩氏は何を考えて血迷ったのか。絶対に中立であるべき国連の最高権威者が自国に有利な発言をしたのは、母国における記者会見でつい気が緩み口を滑らせたと思いたい。それにしても、こんな軽薄な発言をする人によく国連総長が務まると思う。案の定藩基文・事務総長が就任以来、国連が抱える難問は何ひとつ解決されていない。

 国連憲章第100条に、「国連総長、及び職員は、この機構(国連)に対してのみ責任を負う国際的職員としての地位を損ずるいかなる行動も慎まなければならない」と書かれている。この藩総長には、自らの職位が中立でなければならないとの認識はあるのだろうか。

 就任以来これという目立った実績に乏しい藩氏には焦りがあったのだろうか。これまでにもとかくの噂はあった。特に顰蹙を買っていたのは、国連の主要ポストに自国の韓国人を優先的に採用した縁故主義である。また、ある年の「国連の日」に行った事務総長主催のコンサートにソウル・フィルを招き、英文パンフレットに「日本海」と書かずに、韓国が一方的に主張する「東海」と書き込まれてもそ知らぬ顔をしていた。

 国連事務総長就任前には韓国の対外交渉を行っていた外交通商相として政界の要職にあった人の発言にしてはあまりにもお粗末で、多分この御仁は外相というより内相を務めた方が能力を発揮できるのではないかと思う。現職はとても身に余るということであろう。

 今日オランダ・ハーグで藩事務総長は松山政司・外務副大臣に対して、ソウルでの発言内容は中立的な発言で日本についてのみ指摘したものではないと言い訳がましく釈明した。とても納得できるものではないが、菅義偉・官房長官は発言の真意は明らかになったと大人の対応を見せ幕引きをすることにした。

 それにしても、藩事務総長の発言直後に、これを評価した中国はこの発言の中立性をどう捉えているのだろうか。中立性に欠けると見られた時点で、それを佳しとしたことは、中国政府は事務総長が中立性を損なう発言を是認したということを意味してやいまいか。

 できることなら中立性を欠いた中国の反日的な言い分も聞いてみたいものだ。

2013年8月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2298.2013年8月28日(水) 映画「少年H」を鑑賞する。

 いま評判の映画「少年H」を観た。今朝の朝日紙上にコラムニスト天野祐吉氏がエスプリの利いたコメントを書いている。天野氏はこう言っている。「近ごろは『人類の危機』とか『地球の崩壊』とか、資金力と技術力にモノを言わせたハラハラドキドキ大作がハヤリだが、いま切実なのは『人類の危機』より『人間の危機』であり『地球の崩壊』だろう。で、戦争はそんな人間性の危機や崩壊をもたらす最大のものだということを、『少年H』はあらためて実感させてくれる」。なるほど。

 確かに庶民の生活感覚で厭戦気分を伝える映画というのはあまりないように思う。欲を言えば、最後の場面でHの鋭い問いに対して父親が丁寧に応えなかったことから父子が言い争い、自殺を試みるが失敗し、一転変心する気持ちの葛藤や改悛に至る過程が心理的に充分描写されていない点がやや物足りなかった。父親が中学生のHに対して「あんた」と呼んでいたのも不自然な感じがした。しかし、全体的には戦時色がうまく表現できた作品ではなかったかと思う。米軍空襲や焼け野原のシーンも中々よく描けていたと思う。

 今夏は他にも戦争関連の映画がいくつかあるが、いずれも評判がよろしいようだ。

 もう実際の戦争はゴメンだという声が圧倒的だが、他方で現実には戦火拡大の様相を見せている地域がまだまだある。

 先日エジプトで暫定政府が、2年前の「アラブの春」で身柄を拘束されたムバラク前大統領の身柄保釈を決定したこともそのひとつである。反体制派のムスリム同胞団の力の低下を狙い、宗教団体の政治活動の禁止を決定したのである。暫定政府は反対派の行動を徹底的に弾圧する行動に出た。現在双方の対立はやや沈静化しているが、イスラム同胞団にとって政治活動の禁止は死活問題であり、デモは再燃の火種を抱えている。早晩再び紛争が勃発し過激化するのは避けられないだろう。

 もうひとつ緊急問題化しつつあるのは、シリア内戦問題の過熱である。ついに化学兵器を使用したとの疑惑が広まり、国連調査団の調査結果とアメリカの目撃証言と科学的証拠を分析した結果、シリア政府の化学兵器使用の疑惑は深まり、アメリカと英仏がシリアへ軍事介入の構えを見せている。地中海沿岸にはすでにアメリカの艦隊が集結し、いつでも攻撃できる態勢にある。アメリカの高官はここ数日が勝負と見ている。危機一髪の状態に追い込まれたが、まったく世界には争いが絶えない。もううんざりである。

 当分シリア情勢から目が離せない。

2013年8月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2297.2013年8月27日(火) 小学校先輩の元東映エース・土橋正幸さん逝く。

 24日プロ野球東映フライヤーズのエースだった土橋正幸さんが亡くなった。連続9奪三振のプロ野球タイ記録や、日本シリーズのMVP獲得のような派手な現役時代の活躍に加えて、その後ヤクルト・スワローズと日本ハム・ファイターズでも監督を務め個性的で目立っていた。それ以外にも東映入団はテストだったとか、江戸っ子選手であるとかとかく話題に事欠かない人だったが、その土橋さんとちょっとだけ接点がある。

 新聞では浅草の鮮魚店の息子として日本橋高を出て、フランス座に勤めた江戸っ子だったとしか報じられていないが、インターネット‘Wikipedia’で調べてみると、戦時中から戦後にかけて千葉の幕張に疎開していたと紹介されている。実は、これが私との小さな接点である。土橋さんは幕張小学校では担任が湯浅和先生だった。5年生時に幕張小に転入した3年後輩の私も同じ恩師の湯浅先生が担任となった。土橋さんが東映で活躍するようになって初めて湯浅先生から土橋投手は3年前の教え子だったと教えてくれた。それ以来土橋さんの活躍を期待するようになった。

 その恩師が1984年に亡くなられた。当時土橋さんはヤクルトの監督を務めていた。訃報をお知らせした方が良いと考え、試合中の神宮球場へ電話してヤクルト球団の担当者に、試合が終わったら監督に恩師・湯浅先生が亡くなられたことを伝えて欲しいと葬儀日程と併せて連絡したことがある。土橋監督からは残念ながら通夜と告別式に何の連絡もなかった。生前お会いしたことはなかったが、いま亡くなられた先輩・土橋さんを想うと後輩の声援に応えて精一杯活躍してくれたことを嬉しく誇らしく思っている。心よりご冥福をお祈りしたい。

 その恩師を偲ぶ「和会」は、今月3日にも千葉市内で開かれたが、いつも湯浅先生の思いやりのある言葉や、校外の田んぼでの俳句作りや、版画など先生独特の情操教育的教え方が思い出され懐かしい。いつもクラスメートの間で話題になる湯浅先生の思い出は今も尽きない。

 さて、いまノン・フィクション作品「南の島の日系大酋長が示した大和魂と謎」に取りかかっているが、残念ながらご協力いただいている森喜朗元首相が忙しすぎて中々お会いする時間が取れない。今日森事務所に都合を聞いてみたところ、秘書から近日10日間ほどアルゼンチンへ出かけるとのことだった。2020年オリンピック開催地が決定するIOC総会に東京招致の応援団として出かけるそうだ。森さんの話とは別に、いまアイザワ大酋長が戦中戦後に寄宿していた藤沢市辻堂にある父親の実家の継承者に会って話を聞きたいと手を尽くしているところである。このアイザワ本家から身近な情報を得られれば、さらにドキュメントのストーリー性にも確かな裏づけが加えられると期待している。

2013年8月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2296.2013年8月26日(月) ボー・グエン・ザップ元将軍がお元気とは!

 昨日の新聞に懐かしい名前を見つけ、その人物像をありありと思い出した。あのベトナム戦争の英雄、ボー・グエン・ザップ将軍である。昨日102歳の誕生日を迎えたという。30年近く前に亡くなった母と同じ年齢とは知らなかった。ベトナム人民軍総司令官として、独立戦争ではディエンビエンフーでフランス軍を打ち破り、母国ベトナムをフランスの植民地支配から解放した功労者である。ベトナム戦争中にも独立の父、ホー・チ・ミンの側近としてアメリカ軍と南ベトナム軍に対する戦いを指揮して、ベトナム再統一の原動力となった軍人でもある。ベトナム統一後も副首相兼国防相として要職にあったが、1979年カンボジア侵攻に反対して以降、共産党内における立場は難しくなり少しずつ後退して、1991年80歳の時すべてのポストから外れた。

 しかし、独立戦争における功績はベトナム国民から敬愛され、2年前の100歳の誕生日には国内で記念行事が行われたほどである。

 ベトナム戦争当時の指導者は、ベトナム軍高官を始め、アメリカ人もジョンソン大統領を含めほとんどが世を去った。その物故者の中にはベトナム国民の尊敬を一身に集めていたホー・チ・ミン大統領や、悪名高かったグエン・バン・チューや、グエン・カオ・キら2人の南ベトナム大統領もいる。ベトナム戦争反対運動に関わったひとりとして思うのは、「ベトナム戦争、いまや遠くなりにけり」である。

 さて、昨日行われた横浜市長選の最終投票率が、何と29.05%だったから呆れかえる。10人の有権者のうち7人が投票所へ足を運ばかったということになる。前回が衆院選と同時とは言え68.76%だったことを考えると、横浜市民のあまりの無関心さに憮然とするほどである。この投票率は過去最低である。かつて横浜市民だった立場上言わせてもらえば、あまりにも情けなく現在の横浜市民に対して一体何を考えているんだと言ってやりたい。横浜市は人口だけなら東京都に次ぐ日本第2の巨大都市である。その存在感のある筈の住民が自分たちのリーダーを選ぶ選挙を自ら棄権するというのは、どういうことだ。

 正確な投票率は覚えていないが、我々が30~40年前に住んでいた時には、当時の飛鳥田一雄市長が斬新な改革を次々に実行して横浜市の評価を上げたので、投票率も上がり飛鳥田市長は悠々当選したように思う。それに比べて結果的に昨日林文子市長が再選されたのは、待機保育児童ゼロの目標を達成した実績が大きかったと思う。それはそれとして結構であるが、圧勝したとは言え、市民の2/3から支持を棄権され当選という結果には、林市長本人が一番面食らっているのではないだろうか。

 横浜市民は大都市ぶっているようだが、決して市民の民度は高くないということを認識した方がよいと思う。

2013年8月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com