185.2007年11月15日(木) 現代のいじめ

 「いじめ」の定義に「いじめられていると自覚した場合」が付け加えられたようである。今日文科省が公表した昨年度学校における「いじめ」数が、前年度に比べ一気に6.5倍に増えた。調査の仕方、各地方による認識度の相違、対象校数の違い、等々の事情があり、額面通りに受け取るには、疑問があるが、それにしても時代の流れというべきか、「いじめ」のない学校なんてほとんどないと言われている。

 いまの学校教育のあり方に関わることであるが、家庭環境の変化、地域との関わりあい方、受験戦争等において、われわれの時代とは友だちとの付き合い方が大分変わったようだ。われわれの時代は、一時的な「いじめ」はあったが、それが後に引くことはなかったし、仮にあっても「いじめ」の現場から自力で逃げ切ったという印象が強い。そして、その後は結構仲良く遊んでいたから、いじめられたという気持ちはない。むしろ小学校低学年の房州では、われわれより母親が近所の奥さん連から嫌がらせをされていたような印象が頭にある。

 現代は、両親が共稼ぎで日中は子どもの面倒が見られず、子どもは外で遊ばず内へ内へと向かう志向が強い。そこへゲーム機とか携帯を買い与えて、益々内向きになる。子どもが「いじめ」を受ける方法のひとつに、携帯があるというから驚いた。メールで特定の子に「いじめ」を打ってくるらしい。それなら、携帯自体で子どもの首を絞めているようなものではない。携帯なんか与えなければよいではないか。どうもおかしい。

2007年11月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com