639.2009年2月11日(水) 旧「紀元節」と盛り上がらない建国記念日

 今日は「紀元節」、改め「建国の日」、建国記念日である。戦後最初の建国の日、昭和21年2月11日は、まだ紀元節と言われていた。当時坊主頭の国民学校初等科1年生だった。田舎の学校講堂で、今ではほとんど歌われなくなった紀元節を祝う歌を、♪雲に聳ゆる高千穂の~♪と同級生と声高らかに歌ったことを思い出す。歌詞の意味も分らずに口ずさんでいた。確かそれ以降学校で式典は行われなくなったように思う。それから年とともに徐々に右翼的思想や軍国調は薄れていった。

 今日も各地で復古調の儀式が行われるのかと思っていたら、意外なことにどこにもそういう式典が行われたというニュースはなかった。自然にそういう流れになって、嫌な昔のミリタリズムが思い出されることがなくなったのは、むしろ望ましい傾向なのかも知れない。しかし、復古調とか、かつての軍国調が回復するのでないなら、わが国起源の史実的根拠を精密に辿り精査したうえで確認し、それを国民が祝うことは決してとやかく言われることではない。心配なのは、そういうアカデミックな視点が失なわれ、歴史的史実が消されることである。そしていつの間にか誕生日がいつなのか、それさえ分らない根無し草のような国家になることである。

 かつての復古調が影を潜めた原因のひとつに、財団法人日本遺族会の影響力の衰退があると思う。私自身日本遺族会の仕事に携わっていた頃は、日本遺族会の全国的な力が強かった。当時の厚生省援護局も遺族会のド迫力に圧倒されていたほどだった。政治力も並外れていた。遺族会の影響力低下の最大の原因は、会員数の減少であることは明らかである。会員の年齢も高くなり、新しい入会者もほとんどなくなった。こうした流れが、国の祝日でありながら建国記念日が一向に盛り上がらない原因である。分らないものを無理にこじつけて真実を装うのは論外であるが、折角国家の建設を祝う記念日を国が決めたのに、何の行事も式典も行わないのは何か釈然としない。

2009年2月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com