1017.2010年2月24日(水) トヨタ・リコール公聴会開催される。

 銀座4丁目の一等地、鳩居堂画廊で日中水墨研究会作品展が開かれている。酒のペンクラブの勝野定典(雅号白山)さんからご案内状をいただいたので、根を詰めて納税申告書類を作成していた束の間にちょっと覗いてみた。勝野さんの「山寺景勝」がとても良い。話に聞くと山寺の長い石段を登っていた時は、霧がかかっていたが、上に到達したらガスが消え失せたそうで、その感じを描いたと言っておられた。その研究会の代表者で中国人の史志輝氏の作品がすごい。案内状に氏の絵が印刷されているが、その写真だけを見ていてもその凄さは分からないが、原画を見るとまさに驚きである。顔を近づけて食い入るように細かいところまで観察すると、虎の毛皮がまるで本物に見えるし、虎の目が光っていて生きているようだ。ここまで写実を極めると写真も顔負けである。恐れ入った。作品展は水墨画ということだったが、かなりカラーを使っている作品もある。何でも墨彩画というらしい。

 こういう高尚な趣味を持っている人を羨ましく思う。

 さて、トヨタのリコールを巡るアメリカ議会の公聴会が開かれた。今日はアメリカ・トヨタ販売ジム・レンツ社長が呼ばれた。

 予めマス・メディア報道でラフな情報は承知しているが、これまでのアメリカのトヨタ批判のやり方も少しやり過ぎだと感じていた。確かに当初のトヨタの対応は遅く、稚拙だった。そこにアメリカ国民によって厳しく追求されるそもそもの原因があった。しかし、それにしてもトヨタは反省の言葉を述べ、謝罪し、販売下落というお灸もすえられている。しかも、リコールに応じて車の改良も約束している。それでもアメリカのやり方は容赦しない。少々えげつない。どこまでトヨタをやっつければ気が済むのだろうか。アメリカ人の行動には、少々子どもの苛めめいたところがある。

 公聴会をテレビで観た限りで言えば、これはもう中世ヨーロッパの魔女狩りと変わらないのではないかと思う。公聴会の雰囲気もとても民主的と呼べるようなものではない。こういうスタイルが引き継がれてきたこと自体、むしろアメリカ社会の特異性と異常性を現していると思う。レンツ社長は中央の高い席から多くの質問者に取り囲まれ、矢継ぎ早に鋭い質問を浴びせられる。徹底して「悪者」を追い詰める構図である。トヨタ車に乗っていて事故を起こした被害者が参考人証言を行ったが、トヨタの酷さを涙ながらに訴える。お涙頂戴の芝居がかったパフォーマンスで全米の視聴者の同情を買おうとしているようにも見える。そこには、アメリカが声高に叫ぶ「公平」「公正」など微塵も感じられない。

 アメリカ社会とアメリカ人は、自他ともに表面的には民主主義を具現しているように見える。しかし、それは自分たちにマイナス効果が及ばない場合に限られる。これまでアメリカ社会の象徴だった自動車会社、GMやフォードが、トヨタを始めとする日本車の後塵を拝するようになると、一点たりとも日本車のミスを許さない。もはや日本という国を許せないかの如きムードが忽ちの内に燃え上がる。実はこれこそがアメリカ社会、アメリカ人のクレージーな本音なのではないだろうか。公聴会は延々8時間にも及んだ。

 明日はトヨタ本社の豊田章男社長が出席する。豊田社長へどんな辛らつな質問が浴びせられだろうか観察してみようと思う。いかに正義の味方を装っていても、所詮アメリカ人も自分本位であることが分かるのではないか。

2010年2月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com