7000.2026年7月13日(月) ブログを書き始めて連続7千回突破!

 「辿りつき 振り返り見れば山河を 越えては越えて 来つるものかな」。

 大学の卒論のテーマでもあった社会主義経済学者・河上肇の含蓄に富んだ言葉である。

 私が何を言いたいかと言えば、今日「越えては越えて」漸く、このブログも7千回目という節目を迎えて一区切りついたと伝えたかったからである。河上肇のように、それほど厳しい山河を越えたわけではないが、それなりの苦悩もなかったわけではない。第1回を2007年5月15日に書いてから、今日まで実に19年2か月を要した。あとどこまで続けられるかまったく分からない。文章を書くことは元々好きであり、今となってはボケ防止に効果的だと思っているので、PCを叩けなくなったらお仕舞であるが、それまでは書き続けようと思っている。この間海外へも5回出かけたが、チベットでは夜行列車の中で書いて、ホテルへチェックインと同時にPCへアップした。毎日書き続けることにそれほど不自由はなかった。今後の大きな区切りとしては、1万回であるが、これにはまだ8年以上の月日がかかる。そのころには96歳になっているので、或いは冥界で続きを執筆しているかも分からない。それより、現実的に次のステップとしては、8千回を目指していこうと考えている。

 執筆には、学校で国語なり、作文授業なりに恩師の指導が大いに力となったと思っている。小学校時代には、湯浅和先生に俳句をはじめとして日記、作文に随分アドバイスをいただいたし、高校では担任の新山泰先生が国語担当であったせいもあり、何かと知恵とアイディアを授けていただき、大学のゼミでは、飯田鼎教授に卒論をはじめとして、社会を見る目を養う読書を指導していただいた。

 毎日書き続けられるということは、昔流に言えば「気軽に筆を執る」習慣が継続的に書くということになり、中学生時代から浪人時代を乗り越え、大学生になるまで毎日日記をつけていたことが大きな原動力になっていたと思う。書くことが好きだったせいもあり、友人らにもお構いなしに手紙を書いたり、外国人とペンパルになったり、年賀状は今も心を籠めて書いており、日常生活と執筆が身近だった。そうした行為がある程度文章を書かせることに繋がったのかも知れない。会社勤めの時代には上司からおだてられ、苦情に対する返事を書かせられることが度々だった。仕事面では、自分なりの豪華なツアーを企画し、その企画書や、パンフレット、しおり作成などに私なりの考えで観光地などの紹介文を書いて、顧客にもかなり評価してもらった。お陰様で自分流に仕上げることに上司も理解してくれ、文章を書くことにより得ることは多かったが、僭越だが、失うものは皆無と言っても好い。

 幸い今では「エッセイスト」という肩書で、よく知った世界の観光地の紹介文など、NPO紙などに定期的に寄稿する機会を得て、自由気ままに文章を綴っている。気が向けばまだ自著を発行することも考えている。幸いなことに文章を書くということは、想像や空想だけで書けるものではない。どうしても資料を参考にすることが多く、その分新聞や雑誌に目を通すことも年中である。

 今日の7千回をひとつのきっかけにして、今後もブログを中心に他に雑文も積極的に書いてみたいと考えている。

2026年7月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com