少子高齢化現象が言われてから久しいが、今や急速な少子高齢化現象により総人口がこの5年間で300万人も減っている。日本でも年々新生児の数が減り、同時に世界でも高齢者の多い日本では、労働力不足や経済規模の縮小、社会保障費の増大、加えて地方では過疎化現象が起き、国力が低下する構造的な危機となっている。経済学者のサイモンは、人間こそが究極の資源と言っていた。
月刊誌「選択」7月号の巻頭インタビューの中で、イギリスの人口学者ポール・モーランド教授が日本の人口問題解決のために日本人は世界が称賛する日本人の歴史、文化、人間性などを守り、それらに誇りを持って、現代の日本人に欠落している「次世代を育む意思」を強く持たなければいけないとアドバイスしている。
実は、人口減少問題は日本や、先進国のみならず、今や新興国の間でも顕著な傾向となった。意外に感じたのは、世界最大の人口14億7千万人を抱えるインドは、現在毎年人口が増加してはいるが、合計特殊出生率と言われる15歳から49歳までの1人の女性が一生の間に生む子どもの数が、2人以下になったことが専門家の間では衝撃的に捉えられていることである。
これからは、国家が各々「国家単位で何が起きているか」という視点に立って、国の将来を考えることが必要である。現在世界中にナショナリズムとポピュリズムが台頭している。こういう身勝手な社会では、どうしても移民などを排除する傾向がある。しかし、労働力の不足は、自力で賄えない場合には外国人の助けが必要である。それでも、言語の壁の障害がない場合なら支障はないが、日本では日本語以外の言語はすぐには通用しない。
人口が増えていた時代には、人は「拾い上げるより切り捨てる」考え方が優先していたと思う。今から約70年前の高校時代は日本人の人口は8千万人だった。高校社会科の授業で、日本で1年間に必要な食糧米はひとり当たり1石とも言える総額で8千万石だったが、当時日本では6千万石しか収穫出来ず、不足分は外米の輸入に頼っていた。その時我々生徒たちは人口2千万人を減らせば、自給自足出来ると主張したことを想い出す。現在ではとても考えられない発想である。
人口減少の最大の原因は、女性ひとりが生む子どもの数が減ったことであり、他にも若い男女が結婚に憧れることが少なくなったせいか、成婚率が年々下降線を辿っていることである。そのために生まれた子どもの養育費や、教育費を公的に補助することが当たり前となったくらい子どもの養育を支援している。しかし、これだけでは少子化傾向の抜本的な解決策にはならない。1家族に2人以上の子どもをどうやって生み育てるのかという原点の解決に向け、国が長期的視点でビジョンと政策を検討することが必要だと思う。防衛費をうなぎ上りに増額させて、そのシワ寄せを高齢者や、新生児にぶつけるような愚は絶対に行うべきではない。