今日はゴールデン・ウィークの初日「昭和の日」である。かつては昭和天皇の「天皇誕生日」としてお祝いしていた日である。1989年昭和天皇が崩御されて「天皇誕生日」は「みどりの日」となった。だが、その18年後の2007年「みどりの日」を「昭和の日」に変更し、「みどりの日」は、5月3日「憲法記念日」と翌々日の5日「こどもの日」の間の4日に入れて、そのまま「みどりの日」となって今日残っている。
それにしてもどうして格別の支障もなく収まっていた「みどりの日」を、「昭和の日」に変更までやったのだろうか。「激動の昭和時代(1926~1989年)を振り返り、復興を遂げた歴史を顧みて国の将来を考える日」と歴史的な意義を重視したとしているが、中国大陸へ侵攻して日中戦を起こし、太平洋戦争へのめり込んだ結果原爆による被爆国となった悲しい過去の歴史を偲ぶ思惑もあったのではないかと思う。ところが、今日自宅周辺を3㎞余ウォーキングしたが、1軒として国旗「日の丸」を掲げている家はなかった。この限りでは昭和は益々遠のいてしまったような印象である。
昔話になるが、戦前は「天皇誕生日」を「天長節」と呼んでいた。明治天皇誕生日を「明治節」と呼び、いかにも天皇制国家であることを象徴していた。私は終戦の年に国民学校へ入学したので、まだ戦後しばらくは戦時色の習慣が残り、新年、紀元節には学校でそれぞれの歌を歌い、そして天長節には「天長節の歌」を歌ったことをおぼろげに覚えている。
♪今日の吉き日は 大君の 生まれたまひし 吉き日なり~♪
戦後「天長節」が「天皇誕生日」へ、そして「みどりの日」へ、加えて私の誕生日でもある「明治節」は「文化の日」へ変更され、暦の上で天皇制との関係は感じられなくなった。それが昭和天皇への敬愛の要素を含む「昭和の日」が制定されたことにより、戦争の匂いが残る昭和時代を想い出すようになった。今日も政府主催で日本武道館において天皇・皇后両陛下ご臨席の下に「昭和100年記念式典」なるものを開いていた。昭和時代を国民に馴染ませようとしている思惑が窺える。。
現在高市政権は、憲法改正を目指しながら、「昭和の日」を利用して少しずつかつての保守・右翼社会への復帰を目指しているように思える。
さて、「昭和の日」の行事の一環として、春の受勲で3,969人の人びとが受賞した。中でも最高の名誉ある賞とも言うべき「旭日大綬章」受賞者は、ほんの10人しかいないが、その大半の7人が元内閣の大臣である。他には元最高裁判事1人、元知事2人である。民間人は誰もいない。民間から政治家に対しては何のご褒美もないので、国が政治家にできるだけ殊勲賞を与えようと考え政治家に賞を授賞しているような印象が強い。結局政治家にならなければ、国からご褒美はいただけないということが分かる。