今日は2か月ぶりに東京医療センターで変形性膝関節症の検査を受けたが、ヘモグロビン(HbA1c)の数値は6.1 でまずまずだったが、血液中のたんぱく質(CRP)の数値が何と2.82という高さだった。この1週間ほど風邪か、花粉症かが分からない風邪症状に悩まされ、くしゃみ、鼻づまり等に往生している。これは近所の内科医で診てもらい薬の服用で様子を見ている。体温も血圧も問題ないが、時折原因不明の症状に苦しめられる。当分医師のアドバイスの下に薬を服用して回復を待つより仕方がないと思っている。
ついては、先月雑誌「男の隠れ家」から依頼され、5月号に海外へのひとり旅というテーマで、まだ若かったころ初めて訪れたインドネシアでの体験記を書いて寄稿したところ、明日の発行日に先立ち今日完成した雑誌を出版社から送ってくれた。「さすらい、ひとり旅のすすめ」のテーマの下に、「珠玉の旅エッセイ20」として椎名誠氏以下私を含めて20人の旅に詳しい作家、エッセイストらが、筆を揮っている。私はこの中で「ジャカルタ郊外ボゴールへのひとり旅」と題して、初めて海外武者修行へ飛び出した今から60年前の体験記を書いた。その当時は、まだ若かったし、見るもの聞くものすべて初めてでボゴールへ行ってみようと考えたのは、単なる好奇心からだった。ボゴールには東洋一の植物園があり、噂の大きな蓮の花に乗ってみたかったからで、その目的は達した。もうひとつボゴールに関心を抱いたのは、当時のスカルノ大統領が平素からプライバシーにとかくの芳しくない噂が飛び交い、お妾さんを大勢抱えていた。その内のひとりで日本人のデヴィ夫人が豪勢なボゴール宮殿で暮らしていた。現在も都内に住みしばしばテレビにも登場するデヴィ夫人の風評に興味を抱いたからである。そんなスキャンダラスな話はともかく、ボゴールからの帰路道路上でジープが燃え盛る火災事故を目撃した。その様子をじっと見ていた時、そのジープを運転していた軍人が近づいて来て警察まで私のハイヤーで連れてって欲しいと頼まれ、仕方なく警察へ連れて行った。それが発端となりその後警察署長さん家族と親しくなり、署長さんのお宅前の広場に集落の子どもたちが集まり、一種のお祭り騒ぎになったことである。ジープの事故が思いがけない集落の盆踊り的なお祭りとなって、私自身も日が暮れるまで彼らと一緒に楽しんだことである。60年も昔のこととは言え、今も懐かしく想い出すことがある。
ひとり旅の楽しさや思いがけないハプニングなど、読者には少しはひとり旅に興味を抱いてくれるのではないかと期待している。
4月には、大分関わっている雑誌「イコール」第3号が発行される。これにも意外な世界遺産の訪れ方について綴った。その土地で感じたことや、感銘をうけたことをアユタヤ(タイ)、自由の女神像(アメリカ)、プラハ(チェコ)、チチェイン・イッツァ(メキシコ)、クレムリンと赤の広場(ロシア)など5つの世界遺産を訪れた訪問記として書いてみた。この雑誌も読者の反応を楽しみにしている。