6807.2026年1月1日(木) 年の肇に感じたこと

 新しい年が明けた。今年は令和8年、西暦2026年、紀元2686年である。私にとっても人生における祝年行事のひとつである、88歳の「米寿」を迎えることになる。幸いこの年になってもあまり持て余すような閑という閑はない。相変わらず書くことが好きなので、公私に執筆活動を続けている。幸い私の執筆をアシストしてくれる仲間がいることも力となるので、大分助かっているし、嬉しいことでもある。

 元旦早々首相になって初めて新しい年を迎えた高市首相が、年頭所感を表明した。①新年の誓いとして、日本列島を強く、豊かにしていくこと、そして日本に希望を生み出していくこと、②人口減少や物価高、不確実性が高まる国際情勢などの内外の課題に触れ、「変化を恐れず、必要な改革を断行していく」との強い決意、③2026年が昭和元年から100年目に当たることに言及し、歴史の中に未来があること、戦争や災害を乗り越えてきた先人の叡智に学び、未来を築く姿勢を強調した。この年頭所感にはあまり現実感が感じられない。もう少し国民に分かり易く語ってはどうだろうか?

 今日元旦の空は突き抜けるように真っ青で正に快晴である。年頭に当たり気分の好いままに満足できる充実した1年を送りたいと決意を固めている。ただ今日は快晴であるが、日本列島に寒波が襲来しており、明日の夕方から夜にかけて多方面で雪雲が発生し、都心では初雪が発生する可能性もあると予想されているらしい。その場合明日、明後日と行われる関東大学対抗箱根駅伝に影響が表れることもあるようだ。

 良い天気の元旦にウォーキングに出かけることはウキウキした気分になる。いつも通りバス通りと自宅周辺の住宅地帯を30数分歩いた。最近1日6千歩を目標にしているが、10月は5,587歩、11月6,130歩、12月5,800歩だった。一応目標数値前後をクリアしているので、まずまずだと思う。通いつけの内科医には、年齢から考えればまず充分だと言ってもらっている。

 歩いていて以前と違うことに気が付いた。今日は祝日であり、昔風に言えば「旗日」である。ところがどこの家にも国旗を掲げていない。昔はどの家庭でも玄関先に「日の丸」を掲げていたものである。ところが近年日本的な「国旗掲揚」光景が、あまり見られなくなった。いろいろ調べてみると、戦前は各家庭でも「日本=日の丸」が象徴的に理解されていた。敗戦によって米占領軍により一部制限されていたが、国旗の掲揚を禁止されていたわけではなかった。それが1970年元旦から公に旗日に国旗掲揚が推奨されるようになった。爾来公的施設や、各家庭ですら旗日には国旗を掲揚するようになった。そして掲揚のマナーについても強制ではないが知らされたという。例えば、掲揚するのは日の出から日没まで、とか、外から見て門の左側に掲げるなどについて多くの人が周知していた。雨が降ったら止めることや、夜は掲揚しないことは当然である。

 しかしながら、1970年に公に掲揚が推奨されるようになった当時は、60%の家庭で日の丸を掲揚していたが、近年若い人たちに国旗への興味と関心が薄れたようで団地などではあまり掲げられていない。今日も近所を歩いてもほとんど日の丸を見ることがなかった。今日元旦を旗日と思っていないのか、或いは国旗掲揚の関心が薄れてしまったのではないかと思う。

 かく申す私自身、お恥ずかしいことだが、今日日の丸を掲揚しなかった。

2026年1月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com