6616.2025年6月24日(火) イスラエル・イラン停戦と日韓国交回復60年

 一昨日アメリカのトランプ大統領が、突然アメリカ軍がイランの核施設を空爆したと語ったことに仰天させられた。これからアメリカもイスラエル・イラン戦争に加わって戦争が拡大していくと懸念していたところである。そこへ日本時間今朝7時に突然大統領は、「イスラエルとイランが完全かつ全面的に停戦することで合意した」とSNSに投稿した。その後イスラエルとイラン両国から停戦合意を受け入れたと公表された。詳細はともかく戦火が止むことは大いに結構なことである。それにしてもトランプ大統領は、世界中を引っ掻きますような言動をよくぞ行うものだとただ唖然とするばかりである。

 偶々昨日の朝日夕刊「素粒子」欄にこんな皮肉っぽいコメントが載っていた。「世界の戦争を終わらせると豪語して大統領(トランプのこと)になった人物が、新たな戦争を始めて『今こそ平和な時だ』と説き、戦争犯罪人として逮捕状が出ている首相(ネタニヤフのこと)が『歴史を変える行動』と称賛する。この倒錯」。またいずれ続編があるだろう。

 ついては、昨夕NHK「映像の世紀」で「韓国・戒厳令との闘い」と題して先般の尹錫悦前大統領による戒厳令発令から遡って日本占領下の朝鮮、戦後の朝鮮半島南北分裂、韓国・日本間の国交回復、そして1980年多くの犠牲者を生んだ光州事件など韓国国内を揺り動かした事件を伝え、感慨を抱いて観た。実は、一昨日6月22日、日韓国交正常化が実現してからちょうど60年になった。

 当時大学を出て社会人になってからまだ日も浅かったが、殊更日韓関係については関心が強かった。1960年日米安保条約反対闘争に参加して条約改定に反対したが、岸政府に押し切られ我々学生や労働者らの希望は叶わず、日米安保条約は改定された。それが、今日の沖縄の状況を示している。そして、その後ベトナム反戦運動にも参加し、戦争は何とか1975年に終結となり、今年4月にベトナム戦争終結50年を迎えたところである。当時韓国は朝鮮戦争の熱気が冷めやらず、旧日本軍人朴正熙大統領体制下でベトナム戦争に勇猛果敢な猛虎部隊を派遣し、部隊のかなり手荒な行動が一部には批判されていた。激しかったベトナム戦時下の1967年1月に首都サイゴン(現ホーチミン)を訪れた時、一部のベトナム人らから反韓国行動が行われ、テロ攻撃を恐れて厳重な警戒をしていた韓国大使館前を通ったことがある。そんなこともあり、当時の韓国は遅れた経済のまま軍事色が濃かった。その中で日本と平和条約を締結したのである。韓国の朴正煕大統領に対して、日本は佐藤栄作首相が協定書に署名した。日韓基本条約の骨子は、日韓併合条約の失効、日本・韓国間国交正常化、及び経済協力などだった。この後日韓両国の人的交流は深まって行った。

 今一番両国間で課題として残されているのは、日韓請求権協定である。日本が韓国内に残したインフラ、資産、権利を放棄し、当時の韓国国家予算2年分に当たる有償無償合わせて5億㌦の資金提供を行い、お互いの請求権を放棄することで合意した。その後も日本は多額の資金提供を行った。

 しかしながら、日韓両国政府間で話はついても戦時中被害を被った韓国人にとっては必ずしも納得出来ず、補償を求める韓国国民が韓国政府を訴え、韓国の裁判所も個人の請求権は消えたわけではないとして、日本政府に対し、改めて国家間の協定では解決した件ではあるが、個人的には未解決であると国民の間にアピールした。これが、日韓両国政府の間で、障害となってかみ合わないまま今日に至っても完全解決とはなっていない。ただし、韓国首脳の考え次第で、両国間の交渉の際に採りあげないことが多くなった。

 今月大統領に選任されたばかりの「共に民主党」の李在民大統領は、選挙前には反日的な言動が目立った。2016年2月には雪の降る中を慰安婦に関する日韓合意の無効を訴え、当時城南市長だった大統領も座り込みをしたほどだった。しかし、対日スタンスが変わり当選後はそのような言動は一切控えて、日韓関係の発展を望んでいる姿勢を示している。

 日韓合意60周年を期して、隣国同志がお互いに手を携えてこれから前進することを確認して欲しいと願っている。

 残念ながら日韓国交回復60年を記念する政府主催の祝典も公には聞かされない。どこまで両国の友好が復活したのだろうか。

2025年6月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com