今朝4時半に起きた。こんなに早く起きたのは久方ぶりである。妻に車で東急自由が丘駅まで送ってもらい、東急大井町線で大井町へ出てJRで大分早めに成田空港へ着いた。
5月29日のブログに書き込んだように、グアム空港ではESTA承認により入国手続きは順調の筈だったが、何が原因か分らないまま入国管理官が3回も私の指紋と顔写真を撮ってじろじろ見ている。指紋は左右の親指と他の4本の指をまとめた写しを取った。最後には手間を取らせたことに恐縮していたが、何が原因かは結局分らず仕舞いだった。
パッケージ・ツアーで手配を頼んだので、他のお客と一緒にバスでホテルまで案内してもらったが、南洋人特有の暢気さでガイドは同じ説明を何度も繰り返すし、ドライバーは左手に携帯を持ち、立ち寄るホテルの順番を間違えそうになったり、いわゆる南洋の風潮だなぁと不安になりながらもほのぼのとした感慨に耽る。ほぼ30年ぶりのグアム空港の雰囲気は以前に比べてまるで違っていた。ドライバーに聞いてみると5年前に新築されたそうだ。かつては空港の滑走路沿いに椰子の木が風に揺れていかにも南洋の情緒があったものだが、それも今は昔となってしまった。度々宿泊した「フジタ・タモン・ビーチホテル」は跡形もなく、近くの海岸へも出てみたが、当時を偲ぶよすがはあまり感じられなかった。
ドライバーと雑談をしてみたところ、意外なことにサイパンでガイドをしていたことがあると知った。戦没者遺骨収集団のことをよく憶えていて、われわれもお世話になったベナベンテ・サイパン警察署長のことを知っていたのでお互いに顔を見合わせてびっくりである。今年はグアムでもサイパンでも日本人観光客の数は随分減ったと話してくれた。私が宿泊したグアム・プラザホテルで名残惜しくも別れたが、チャモロ族特有の人懐っこさと何となく好い加減な性格を思い出させてくれた。
さて、明日お世話になるトラックの人々はどんな性格だったろうか、詳しくは思い出せないが、やはり南方特有の大雑把な人柄が何となく瞼に浮かんでくる。
ちょっと懸念していたが、宿泊ホテルの部屋にはインターネットのサービスがなく、残念ながらこのブログを送信し、更新することができない。明日以降は多分大丈夫だろう。そう期待したい。