5767.2023年6月5日(月) 懐かしの故郷もトリプル無投票の町に

 中国や北朝鮮のような覇権国家では、前時代的で非人道的な指導者が独裁的権力を揮い、国民に民主主義の基本である立法、行政、司法の3権を認めず、選挙で国民の声を聞く気持ちもない。民主化抑圧を行っているのが実態である。
 言うまでもなく民主国家では、大なり小なり選挙によって住民の気持ちを汲み取るのが、自治体のリーダーとして基本的に欠かせないことである。ところが、それについて今春の統一地方選では、驚くべきことに選挙が行われない無投票の自治体が大分あったのである。法律的に、また自治体の選挙管理委員会としても実施する計画であったが、それが出来なかった自治体が相当数に上った。しかも、それは過去に比べても大分増えている。

 特にショックだったのは、道県議選、市町村長選、市町村議選の3つの選挙が行われなかったトリプル無投票の町村が16もあったという現実である。実施されなかった理由は、単純に立候補者数が定数に満たなかったからである。それは全国的に拡散しているが、16町村の内7町村が北海道内の自治体である。

 私にとって驚きだったのは、北海道以外の9町村の中に千葉県鋸南町が入っていたことである。鋸南町は、文字通り鋸山南部の東京湾沿いの勝山町と保田町が昭和34年に合併して誕生した、人口7千人弱の小さな町である。私たち一家は、昭和20年4月終戦直前に父が千葉市へ転勤という事情により藤沢市から旧勝山町へ転入し、私は戦時下に勝山国民学校初等科へ入学した。米軍の空襲が激しい中を近所の人たちと近くの岩山の防空壕へ逃げ込んだものだ。旧勝山町には4年半に亘って生活し自然に溢れた海山と友だちに恵まれ自由奔放に楽しい時を過ごしたが、町には勤め人はほとんどおらず、ほとんどが漁師と農家だった。そんなせいもありこの町を去ってから親しく付き合っていたのは、たったひとりである。学校でも優秀だったその友人は国立大学から大手商社に勤務し、彼のロンドン在任中に私の出張と偶然重なり現地で一度夕食を共にしたことがある。最近は体調があまり優れないようで、交流も途絶えがちだが、鋸南町との唯一の絆である。

 終戦直後は町も豊かでなかった中で、威勢の良かったのは漁業だった。その網元が町長を務めていたが、今年は4月の町長選挙に誰も立候補者がいなかったという。千葉県議選の地区議員と町議会議員も定員に達しなかったというから、随分冷めた町に変貌してしまったようだ。毎年7月に行われていた町内の夏祭りや、相撲大会はどうなったのだろうか。3年ほど前の9月に大型台風が襲来してかなり家屋が損壊したシーンをテレビでしばしば放映していた。1度末弟と鋸南町をしばらくぶりに訪れてみようと約束したが、それもコロナ渦で実現出来なかった。久しぶりに知った現在の鋸南町は、選挙でトリプル無投票の町にリストアップされてしまった。でも今以て子どものころの思い出がいっぱい詰まっている鋸南町には、ノスタルジアを感じている。今年辺り行ってみようかと言う気持ちもある。

2023年6月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com