5458.2022年7月31日(日) 小田実さん逝って早や15年

 月日の経つのは、早いものである。15年前の昨日、尊敬する社会派冒険作家の小田実さんが亡くなられた。葬儀は、8月4日に青山斎場で行われ、私も最後のお別れをするために葬儀場へ出かけた。ご遺体をお送りしてから、青山一丁目まで行進をするからと誘われ、反戦歌♪We shall overcome~♪を歌いながら追悼のデモに参加した。翌朝の朝日社会面に顔写真が載り、それを見た学生時代の友人から「お前!まだやっているのか?」と皮肉っぽく問われたが、そのデモ行進はその後NHKドキュメンタリー番組でも放映され、今となっては懐かしい想い出のひとつである。新聞写真の説明に名が載っていた井上ひさし、加藤周一、土井たか子、ドナルド・キーン氏らもその後小田さんの後を追うように旅立たれて行った。

 何といっても小田さんの「何でも見てやろう」は、その書名からして興味を惹いた。読んでその行動力と考え方に圧倒され、少なからずショックを受けた。それまでの世界観が変った。それが私の海外武者修行へ飛び出す動機となったと言える。今でも時折小田の書を取り出しては目を通している。今国民から注目されている安倍元首相国葬を小田ならどう思うだろうかと考えることがある。

 ベトナム戦争が激しかった時代に、小中陽太郎さんらとともに横須賀のアメリカ海軍基地から脱走した4人の海軍兵士を匿い、彼らの希望するスウェーデンへ送り出す手助けをしてやったあの行動力は、とかく言動が伴わない今の有識者や評論家には見られないものである。小田さんは現在の日本、また世界の状況を見て冥界でどう思っているだろうか。

 さて、先の参院選で野党第2党に議席を伸ばした「日本維新の会」が、松井一郎代表の辞任により来月初めて党代表選を実施する。創立当初は大阪及び関西地区を地盤にしていたが、今や全国的にその勢力を築き上げている。創立当初から主義・主張の異なる人たちの内部抗争で安定感に欠けていたが、漸く腰が定まってきた感じである。政治的立場としては改革保守であるため、近年やや与党を組んでいる公明党が伸び悩んでいるのを尻目に、自民党も取り込もうとしているが、主張が大きくぶれるために敢えて接近するのを避けているようにも見える。

 吉村洋文・大阪府知事とともに松井一郎代表が大阪市長を務めており、大阪は日本維新色に塗られているが、今悩みを抱え込んでいる。それは統合型リゾート(IR)大阪誘致の実施であるが、住民の反対が強く一歩前へ進めない。はっきり言って賭博場の開設であり、住民たちは環境の悪化を懸念している。横浜市と和歌山市が計画から撤退し、今では長崎市と大阪市だけが残っている。住民の間からIR反対の声が上がっている。住民投票の実施も要求している。大阪は過去において2度住民投票を実施したが、提案は反対多数で実施出来なかった。それは、大阪府を東京都と同じ自治体にしようとの大阪都構想だった。平成27年と一昨年に行われたが、いずれも僅差ながら提案は承認されなかった。今度のIR法案は、それ以上に住民の反対が予想されるため、日本維新の会としては迂闊には前へ進めず、今も手が付けられない状態である。行動力があるとされる「日本維新の会」は、果たしてバクチをどうしようと考えているのか。

2022年7月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com