174.2007年11月4日(日) 湘南高ラグビー部、慶応に敗れベスト8止まり

 母校ラグビー部が慶應高に完敗して今回もベスト8に留まった。先週の母校と慶應の試合ぶりから見て、ひょっとするとひょっとするかも知れないと邪心がよぎったが、やはり実力以上のものは出せなかった。慶應に縦横無尽に走り回られ、前後半合わせて14本のトライを奪われてしまった。まさに完敗である。1月の新人戦の準々決勝で同じく慶應と戦い5-63で敗れたが、今回のスコア0-79は、その差がさらに広がった感じで、われわれの見方が甘かったのではないかと反省することしきりである。主将が怪我で欠場したことも痛かったが、慶應の戦力分析が甘かったことに加え、戦術面は反省することばかりである。3回戦では、ボロが出なかったが、かねてよりBK,特にセンターとウィングのディフェンスの弱さが気になっていた。案の定慶應に走られて甘いタックルで止められず、ズタズタに防御ラインを切り裂かれ、一方的な試合展開となってしまった。3年生にとっては最後の試合となり、やや心残りだと思うが、新人戦、春季大会、そしてこの全国大会県予選で、いずれもベスト8まで勝ち上がり、結果は残すことは出来たと思う。今日の秋葉台グランドには、OB、家族ら大勢の応援団が駆けつけ意気は大いに上がっていた。われわれOBにも力と夢を与えてくれた好チームだった。3年生が去って心機一転、1~2年生で次の新人戦に備えて、強いチームを作り上げて欲しいと願っている。

 夕方になって、政界をあっと言わせるニュースが流れた。民主党の小沢一郎代表が辞任するという。この一週間福田総理と小沢代表の2回に亘る会談が憶測を呼び、挙句の果ては自民・民主の大連立を画策したところが、民主党役員会で全面拒否され、小沢代表が責任をとった形となった。しかし、この小沢という人物は何を考えているのか、想像出来ないことが多い。次の衆議院選挙を待てばこんな野合をやらずとも確実に主導権は取れ、民主は自民を上回ったのにと、その拙速ぶりが悔やまれる。この先政界はどうなるのか、一寸先は闇だが、小沢のフィクサー的な役割はそろそろ寿命が尽きてきたのではないか。それにしても、しばらく政界から目が離せなくなってきた。

2007年11月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

173.2007年11月3日(土) 誕生日に洞窟コンサートを楽しむ。

 今日文化の日は、69回目の誕生日である。この先あと10年生きられるだろうか。これまで通り自由気ままに好きなことをやっていきたい。このブログを毎日書き込むのも少々きついと思うことはあるが、これも精一杯生きていることの証でもある。

 今日は小中陽太郎さんからお誘いをうけ、栃木県那須烏山市で素晴しい洞窟コンサートを鑑賞してきた。会場は、戦時中防空壕として使用された洞窟を、「東力士」という銘酒を醸造している地元の島崎酒造会社が借り受け、普段は醸造酒の貯蔵倉庫として使用している。その一隅で「光と音楽とお酒のコラボレーション」を謳い、幻想的なイベントを催したわけである。洞窟入り口前で、おにぎりと豚汁、多種のお酒をご馳走になってから開演となった。舞台は洞窟入り口から真っ直ぐに進むと右足元床面に、地元の和紙照明作家・鎌田泰二氏の芸術的な作品が点々と置いてある。途中二箇所ほど横坑を交差すると左右は酒壜の保管庫になっている。突き当たりを右折した場所がコンサートホールに使われていた。細長のホールで天井もそれほど高くなく、音響が逃げない。適度なエコーもあって心地よい。

 先日テレビでもこの洞窟を報道していたが、聞けば近日公開の映画でもロケに使われたとか。

 出演は加藤登紀子の娘のYAEさんとフォルクローレ・ギタリストの木下尊惇さんで、YAEさんは伸びのある声で洞窟一杯に歌われた。木下さんはチャランゴというアルマジロの皮を貼った、ボリビアの民族楽器を演奏してくれた。2人ともこのような洞窟で歌うのは初めてで、とても印象に残り、多分今日のコンサートは一生忘れないだろうと言っていた。

 今から9年前、ショパン所縁のスペインのマヨルカ島の鍾乳洞の中にいた。そこの広場のような場所でコバルトブルーに映える神秘的な湖上をボートに乗った楽士、多分バイオリンとチェロだったと思うが、ショパンの名曲を奏でてくれた情景を思い出した。あれは心の奥に残る、海外旅行の印象的なシーンだったが、スケールにおいて彼我の差はあるにせよ、似たような雰囲気が幻想的に醸し出されていた。

 主催者の島崎利雄社長に伺ったら、聴衆は約170名、収支はトントンとのことだった。

 帰りに社長ご夫妻の案内で、醸造元を訪れお話を伺いながら年代物の試飲をさせていただいて、みんなほろ酔い機嫌で、そのままJR烏山駅から上野経由浅草へ出て、小中さんお薦めの釜飯屋さんへ寄り、美味しい釜飯をご馳走になって帰宅した。小中さんご夫妻、日経の西山貢さんご夫妻、建築家の勝野定典さんと一緒に珍しい音楽とお酒をともども味わえて格別だった。文化の日らしい好天にも恵まれ、ローカル線で日本の田園風景を眺め、エンターテイメントも心から楽しむことが出来て、感銘深い誕生日となった。

2007年11月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

172.2007年11月2日(金) 「エノラ・ゲイ」機長の死に想う。

 広島へ原爆投下した「エノラ・ゲイ」の機長だった、ポール・ティベッツ氏が亡くなった。92歳だった。生前「原爆投下は戦争を早期に終結させるために必要だった。結果的に被爆者を多数発生させたが、早期終結によりそれ以上の戦争犠牲者が救われた」という主旨の発言をして物議を醸した。その信念は終生変わらず、被爆者に対するお詫びの言葉はついぞ聞かれなかった。あれだけ多数の犠牲者を自分が投下した原爆「リトル・ボーイ」一発によって生じさせたにも関わらず、罪の意識は皆無であった。この人は軍人魂一徹の人物と言えば聞こえはよいが、所詮自分のことだけしか考えない無慈悲な人間だったのだろう。一般論として、戦争は戦場の兵士には大きな責任と罪はなく、あくまで戦争を主導した上層部にあることは明白である。それゆえ、ティベッツ氏の発言はある意味では止むを得ないという見方もある。日米戦争の罪と罰は、アメリカでは、ルーズベルト大統領以下の政治、外交、国防の責任者が、日本では東条首相以下軍部首脳陣らが負うべきは当然である。

 しかしながら、広島や長崎の原爆投下は、あれだけ罪のない無抵抗の市民を情け容赦なく殺戮した残虐さという点で、少なくとも機長には犠牲者への贖罪の気持ちを示して欲しかった。実際彼は戦後長崎を訪れ、その被害の大きさに改めて驚愕した。にも関わらず、ついぞ犠牲者に対して真摯にお詫びの気持ちを示すことはなかった。

 30年ほど前に「エノラ・ゲイ」が原爆投下のために飛び立った、テニアン空港傍に小さな石造の記念碑を見つけた。こんな小さな島の小さな飛行場の侘しいところから、あの世界中を震撼させた原爆投下機が飛び立ったのかと思い、感慨無量の気持ちに捉われたことがある。テニアン空港は、今も小さなプロペラ機の定期便以外は運航されていないのではないだろうか。

 あの当時、毎年のように厚生省の戦没者遺骨収集事業を請け負い、一ヶ月近くサイパン島のホテルに滞在しながら遺骨収集団のお世話をしていたことを懐かしく思い出す。サイパンからテニアンへは、一度だけプロペラ機で行ったが、いつもはチャーターした上陸用舟艇で波荒い中を向かったものだった。

 激戦や戦没者の話になると、ついセンチメンタルな気持ちになり、20年以上に亘って携わった遺骨収集事業のことが走馬灯のように甦ってくる。

 それにしても、ティベッツ氏はなぜ心の底から犠牲者へお詫びしようとの気持ちになれなかったのだろうか。彼は自分のお墓も記念碑も要らないという。その理由が、ラジカルな原爆反対者によってそれらが破壊されることを恐れているからだという。こういうのを、凝り固まった信念の持ち主の偏屈な自己主張とでも呼ぶのだろうか。

 愚かな軍人よ! それなら心から犠牲者にお詫びを述べ、追悼の気持ちを表せば済む話ではないか。

2007年11月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

171.2007年11月1日(木)  テロ特措法期限切れ

 今日テロ対策特別措置法の期限切れにより、6年間インド洋で給油活動を行っていた海上自衛艦の活動が停止されることになった。給油活動については、与野党間で考え方が完全に対立しており、延長するにしろ、新法で対応するにしろ、ここまでくるまでにもっと早くからお互いに国民の理解を得られるような公開討論を行うべきだった。残念ながらテロ特措法については、これまでそのような動きはまったくなかった。自民党は多少高を括っていたようだが、参議院議員選挙敗北で俄に状況が変わり、慌てて真剣に向き直ったところが間に合わなかったというところだ。

 いまや当然と思われている情報公開を極力避け、すべて秘密裏にことを進めようとするのが、政府や霞ヶ関のやり方で、よほど立場が悪くならない限り、何としてでも表に出さないように考える。その病根が形となって顕在化したのが、今回のテロ特措法である。だが、もうすでに遅い。こうなったら一旦給油活動を停止するのも止むを得ない。与野党で議論を尽くすだけ尽くして、国民がその是非を判断する材料を提供して欲しい。そのうえで、世論を受けた結論を出してもらいたい。6年経過して状況も変わった。6年間の結果をあらゆる角度から精査して、総括したうえで、日本にとってどう対処するのがテロ防止対策に有効なのか。人件費も加えると6年間の公費は約600億円に達するという。いままでのように公にされないまま、右から左へ片付けられたのでは納税者たる国民はたまったものではない。

 民主党も反対のための反対ではなく、自分たちの意見を主張、展開すべきだし、自民党はひねくれっ子のような、国家のためになって国際社会に貢献する活動を、民主党が反対するから活動が出来ないという、他に責任を転嫁するような主張を繰り返しているようでは、無責任でこの先が思いやられる。

 やるべきことをやらずに、後になって非難の応酬ばかりしていてもしようがない。相変わらず議員先生というのは、その発想と行動において自分たちの都合だけで考え、これでは村の祭礼の顔役と何ら変わるところがない。

2007年11月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

170.2007年10月31日(水) 日本の技術力は本当に大丈夫か?

 9月にベトナムのメコン川で新設工事中のカントー橋が突然崩落して、50人以上の現地人が死亡した。ODA支援に基づく大掛かりな工事で、日本のゼネコンが請け負った工事である。日本工営、長大のコンサルタント会社が窓口となり、大成、鹿島、新日鉄の子会社の三社が受注した大プロジェクトである。

 今夜テレビ朝日「報道ステーション」が特集番組として、現地取材を交え原因、問題点、等を追及していたが、ベトナム政府と日本のゼネコンから緘口令が敷かれていてはっきりとしたことは話されず、原因は解明されていない。僅かに現地の下請け業者から、危険が指摘されていたにも関わらず補強工事をしなかったとの話が伝えられた。とんでもないスキャンダルである。

 もう大分前になるが、ペナン島の小さな空港ビルで、私が壁を叩いたら壁が剥がれ落ちたことがあり、現地の人に杜撰な工事だと言ったところ、これは韓国の会社が建てた建物で、日本の会社なら大丈夫だが高いので頼めなかったと応えてくれた。その当時、島と半島を結ぶペナン大橋を建設中だったが、それも韓国の業者が請け負っていたので、それも心配だと言っていた。それほど日本製はすべての面で安全、丈夫、デザインも良いということで高い評価を得て信頼されていたものである。外国でそういう話を聞くたびに日本人として鼻が高かった。

 しかし、いまは違う。日本製も危なくなってきた。カントー橋は来年12月には完成の予定だったという。地元の人々もメコン川を渡るのは、これまでフェリーに頼っていたので橋の開通を大いに期待していた。その期待を裏切ったばかりか、地元の貧しい人々にも大きな悲しみを与えてしまった。ゼネコンの責任は重いと言わざるを得ない。

 最後に息子の遺体が見つかった父親は、「見つかったから良かった。完成したら息子が作った橋を渡っていろんな所へ行ってみたい」と恨むことなく率直に語ってくれたのが、身に詰まらせられていじらしい。こういう罪のない人々をどん底に突き落とした責任上、ゼネコンには原因と責任を明らかにして、堅牢な橋を完成させ責任を果たしてもらいたいと思う。

 日本国内でも、一昨年の姉歯建築士の偽装事件以来、建築業界ばかりか、消費者を欺く食品偽装問題を始め、NOVA英会話学校の詐欺まがいの事件等々不祥事に事欠かなくなってきた。

 鳩山法相のように、言わなくてもよい「友の友はアルカイーダ」のような馬鹿でなければ、口から出ないような放言を繰り返している最低の大臣もいる。みんな頭がどうかしている。

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169.2007年10月30日(火) 税の見直し

 所属している政策シンクタンク「構想日本」が、しきりに取り上げ各界の専門家や、行政の担当者を招いてシンポジウムをやっている議論の中に、「事業仕分け」と「税の見直し」がある。いずれも興味深いテーマで1~2度参加したことがあるが、このところ地域間の格差が話題として取り上げられるにつれ、後者がクローズアップされ、自民党税制調査会でも法人2税のあり方について検討に入ったという。まだ、緒についたばかりだが、これは従来にはない大胆な発想に基づいている。確か、最初の考えでは、地方税である法人事業税と国税である消費税を入れ換えようというものだ。必ずしも小都市の要望を安易に受け入れようというものではなく、税の精神とか、平等性、法体系の問題等を配慮する必要があるが、自治体への国の交付税が減少されたことがことの発端であり、まあ少なくとも議論を始めようというのは結構なことだと思う。

 この問題に対して昨日の朝日新聞では、各知事からアンケートをとったところ、賛成が20、反対が10だったそうだ。今日の日経紙・経済教室でも片山善博・前島根県知事が書いている。税金については、どこの国でも問題があるらしく、今朝の朝日では、相続税と贈与税についても触れていた。かつてタイでは、相続税も贈与税もないとタイ人に聞いて驚いたことがあるが、成金体質の中国でもそれらの税はないそうだ。

 とにかくわが国でも、国民に酷税意識を与えないように真面目な税論議を深めてもらいたいものだ。

 それはともかく自分自身の問題として、高校時代の友人から私の場合は個人としての確定申告より、個人事業者として青色申告をした方がよいのではないかと今日アドバイスを受けた。少し検討してみようと思っている。

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168.2007年10月29日(月) 疑念が消えない証人喚問

 今日午後国会で守屋武昌・前防衛省事務次官に対する証人喚問があった。一昨年の姉歯建築士構造計算書偽装事件、古くは1976年のロッキード事件が印象に残っている。2時間余に亘りTV画面を観ていたが、野次馬的な見方からすれば面白いが、質問からは確たる言質を引き出せなかった。これは、守屋氏が弁舌逞しいというわけではなく、格別シャープということでもない。ごまかしながら言い逃れをしているだけで、肝心な点について追求して、もう一声というところで追い詰められない質問者の詰めの悪さもある。

 守屋氏への疑念に対する質問は、大きく分けて3点に絞られると思う。①接待は受けたか。②商社への口利きをしたり、指定業者への随意契約をほのめかしたのか。③海自補給艦の給油量を巡る隠蔽に関与があったのか。①は簡単に認めた。②と③については、受託収賄や、贈収賄のような刑事事件に引っかかりそうなので、何となく逃げ切ったという感じで、後にやりきれなさだけが残った。政治家が会合に同席したことまで、証言しながら名前を明かさなかったことなどから、もう一度証人喚問の必要があると感じた。

 守屋氏は印象では、大物とか能吏という雰囲気はない。あの程度の人物が次官にまで上り詰めることが出来るということは、結局防衛省内に人材がいないということだ。最近の民間会社の、特に食品会社の不祥事が創業者一族において発生するのは、詰まるところ世襲であるが故に、人材不足に陥った結果だといえる。その点では、防衛省は世襲会社的体質を有しているということになる。こんなところに国家の機密や、安全、治安を任せて大丈夫だろうか。

 それにしても、ロッキード事件の証人喚問の際の、小佐野賢治の人を食った答弁ぶりが、ことの是非は別にしてもいやに大物に写るから、やはり人間のスケールが違うのだろう。いずれにせよ、今日の証人喚問の場におけるやりとりは、今のままでは不毛の議論で、国民にとっては何のメリットもない。実際憂鬱になるだけだ。

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167.2007年10月28日(日) 母校ラグビー部快勝、ベスト8へ

 高校ラグビー全国大会の神奈川県予選があり、今日桐蔭学園で母校湘南高が3回戦で横浜隼人高と対戦した。昨日の台風によるグランド・コンディション不良を心配したが、桐蔭生徒が砂を入れてくれ選手は若干足をとられたようだが、まずまずの状態だった。今年になって私自身ラグビー部OB会長は辞めたが、まだ時間のとれる内は出来るだけ応援にかけつけたいと思っている。

 さて、母校は新人戦以来ベスト8入りして、爾来春季大会、本予選ともシード校となっている。春季大会で桐蔭学園に負けたころをピークに、チーム状態も一時どん底まで落ちていたが、ようやく立ち直ってきたようだ。

 今日の試合は、どうなるか戦前の予想では、何とか勝てるのではないかと思っていた。その最大のよりどころが何と、部員数が最近になく多いことだ。母校がスポーツであまり芳しい成績を残せなくなった原因のひとつは、女生徒が増え、男子数が相対的に大きく減少したことだろう。われわれの頃は、一学年400人で、女生徒はとても一割にも満たなかった。それが、今では一学年生徒数は400人を欠き、女子生徒が男子を上回る。200人足らずの男子を各運動部が奪い合う有様で、全般的に激しいスポーツであるラグビー部なんか、打算的で気力に乏しい今どきの高校生には最も敬遠される運動部のひとつである。それが、今年は13名の新入部員が加わり、ラグビー部も活気が出てきた。これが、相乗効果となって強くなり、それにより来年さらに入部希望者が増える好循環になれば嬉しい。

 結果的に試合は、前半17-0、後半38-0、合計55-0のややワンサイドゲームとなり、圧勝した。結構大柄の選手もいて突進力は頼もしい。FWが結構強いので攻めの形が作れる。タックルもしっかり決めてディフェンスもまずまずだったので、一週間後の準々決勝の健闘を期待したいところである。対戦校は相手にとって不足はない、慶應高校だ。新人戦でも準々決勝で当り、5-63のスコアで完敗している。しかし、強豪校ではあるが、今ではまったく歯が立たない相手ではない。これからの一週間の鍛錬によって活路を開いて欲しいものである。

 台風一過で秋晴れの下のスポーツは、見るだけでも気持ちが良い。

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166.2007年10月27日(土) 拙いエッセイ寄稿

 この時期には珍しい台風12号が発生して今日は朝から雨に、少しずつ風も出てきた。所属する「知的生産の技術研究会」の機関誌「知研フォーラム」を知人に郵送するために、雨の中を車で玉川郵便局へ出かけた。同誌今月号に写真6枚を含め、12頁に亘る拙いエッセイを寄稿した。「岡本太郎さん、藤山一郎さん、野口富士男さん、そして岳父」と題して、妻護江の父・川手一郎と慶應義塾幼稚舎、同普通部で竹馬の友だったお3方との交友関係を綴ったものである。岡本太郎さんは画家、藤山一郎さんは声楽家、野口富士男さんは作家としてそれぞれ名を成した。父だけが芸術畑へ行かず実業界へ進んだ。結婚当初は知らなかったが、同じ敷地内に住むようになってから追々話を聞いている内に、個性的な有名人同士でなかなか良い話であるし、世にも稀な?親しい関係だったことを知り、4人はすでに故人となったが、これは出来るだけ紹介しておいた方がよいと考えて書くことにした。小中陽太郎さんからも、励まされたし、良い話だと言っていただいたので、義兄が保管していた幼稚舎の卒業記念写真(大正13年3月)や、岡本さんと父との写真、野口さんの書簡、野口さんのご著書、それに生前父から聞いた話を頼りに傍で見ていて感じたままをまとめたものである。

 どう受け取られるか分らないが、少し食い込みが足りなかったかも知れないと思っている。実際、先日大学ゼミの後輩で、元毎日新聞編集委員だった冨田昌志氏が、野口さんが毎日新聞のコラム欄に父との交友関係について書かれた記事を探してくれたが、父と岡本さん、父と藤山さん、父と野口さんとそれぞれお互いの関係はよく紹介されているが、四人でつるんで行動した描写がない、四人の関係がすぐ分る内容があるとなお良かったと手厳しいコメントをもらった。確かにそうかも知れない。だが、残念ながらそこまでの話は生前父から聞いていなかった。今にして思えば、惜しかった。もっと微に入り細に入って聞いておけばよかったとも思う。

 いずれにしろ、今回は知研から240冊送付してもらい、親戚、知人、友人に207冊送付した。こんなに大量に別注したのは初めてだ。すでに、手渡した分もあり、まだ届ける予定もあり、今回は奮発したが、中には余計なものを送ってきて迷惑だなんて思っている友人もいるかも知れない。僭越かも知れないが、喜んでもらえれば有難い。

2007年10月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

165.2007年10月26日(金) インド・ヨガの聖地

 NHKの「プレミアム10」という番組を偶に観ることがあるが、今日は「菅野美穂、インド・ヨガ聖地への旅」と題して1時間半に亘って、ガンジス上流の奥深い山村をじっくり見せてくれそうで、楽しみにしていた。夜10時から始まり先ほど見終わったばかりだが、予想していた以上に初物尽くめで興味深かった。リポーターの女優菅野美穂が飾らない生地のまま、取材したり、自分のヨガ修練ぶりを披露して中々良かった。

 菅野は実際に日本でヨガを習っていて、コメントもあまりぶれることがなかったので、ヨガに関心のない人でも結構楽しめたのではないかと思う。

 ガンジス川を遡ったヨガの聖地、リシケーシへの旅で、そこで観る、習う、交流する、食べるを気取らずにやっていた。すっと人々の中へ入っていけるのは、彼女の気さくな人柄のせいだろう。このリシケーシへはビートルズもやってきたようだが、特にジョン・レノンは気に入ったようで長らく滞在していたらしい。素朴な田園地帯だが、ガンジス川沿いに「アシュラム」と呼ばれるヨガの修行場所がある。外国人もやってきて居住しようというくらいだから、よほど心が洗われる静かな環境なんだろう。お坊さんらしき人々も、土地の人々も来る人を拒まず、食事まで提供してくれる。土地の人々との明るい交流もいいが、この地でヨガを定着させた始祖亡き後、ヨガを普及させるために活動した弟子、スワミ・チタチンダ師が92歳で病床に臥している。病床にあるチタチンダ師へひと目逢いたいと不意に思いついて訪問する。暫く待たされた後に、ベッドに横たわっていた師が菅野に会ってくれ、言葉を交わしてくれたことには驚いた。まったく、偉ぶらず、誰にでも会ってくれるところに、この方の人柄と品格を感じた。ヨガの経典「ギーター」第六章に、定義が書かれているが、その中に風のないところの灯火は揺るがないという言葉があるようだが、ヨガというのは心を平らにして生きていく静かなものなのだろう。

 聖地も良し、人々も良し、レポーターも良し、の見ごたえのある好企画だった。

2007年10月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com