充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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5711.2023年1月1日(日) 新年に思う。読み書きしなくなった現代人
令和5年の新しい年を迎えた。大晦日の昨晩は、NHKテレビで恒例の「紅白歌合戦」を観て、その後の「ゆく年くる年」で各地の除夜の鐘の後床に就いた。それにしても巷間言われるように近年の「紅白歌合戦」はどうしてこうもつまらない歌番組になってしまったのだろうかというのが、率直な疑問である。特に高齢者にはまったく興味がない若い歌手が、ダンスを交えて歌うパターンが面白くない。これは各年齢層による好みの違いだけではなく、現在の番組制作者の若者への迎合、空気感の鈍さと研究心の欠如によるものだと思う。これでは年配者はいずれこの伝統ある番組を観なくなってしまうだろう。終戦まもなくして田舎でラジオにかじりついて聞いていたころは、歌の上手な歌手、人気のある歌手、その年にヒット曲を出した歌手が揃って出演したものであるが、今や一世を風靡した歌手の出演は数少なくなった。代わりに歌は上手くなくても若者に人気のある歌手や、力のあるプロダクションが強引に押し込んだ歌手、服装、化粧や顔が派手な歌手、歌唱力には首を傾げるがダンスが上手い歌手などが出演している。時代の流行もあってか、五木ひろし、細川たかし、森進一、小林幸子のような演歌歌手はほとんど姿を消している。こうして昭和の時代がだんだん忘れられていく。テレビがない時代に育ち、ラジオと懐メロに浸って育った世代の楽しみが、今後少しずつ姿を消すということだろうか。これから「紅白歌合戦」は、どんな路線を辿っていくのだろうか。
新年に当たって相応しくないと思うが、もうひとつ寂しい話題に触れたい。以前から度々話題になっていることだが、新聞購読者の数が激減していることである。これは書籍の新規出版数が大分減っていることとも相関関係があると思う。若者が書物を読まなくなった傾向が顕著になったことである。
昨年9月に関西大学がネットジャーナリズム論受講者にアンケート調査をしたところ、大学生で紙の新聞を週3回以上読んでいる学生は、僅か3%だったという。大学生にしてこの数字である。これは極端な例かも知れないが、日本新聞協会が最近公表したデータによると2000年には一般紙の総発行部数は、約4千8百万部あったが、その後年々減少し、昨22年には2千8百万部にまで落ち込んだ。最近5年間に毎年約2百万部も減少している。この最大の原因として考えられるのは、ネットの普及であり、紙の新聞や本を読む人が少なくなったことが挙げられる。ネットの普及は新聞の大きな収入源である広告量の減少にも影響している。商品の宣伝にメーカーなどが頼っていた新聞、雑誌の広告より、ネットの方が安価で効果的と見られることから、新聞はネットに広告を奪われている。元旦の朝日新聞本紙は、テレビ・ラジオ欄の22頁を別にして36頁であるが、その内16頁が全面広告で埋められ、中でも集英社、小学館、講談社、岩波書店が4頁を占め、また、その他にも文芸春秋、新潮社、光文社、自社朝日などの3段広告など傷を舐めあうような互助サポートもあり、全紙のほぼ半分以上が広告紙面である。実際ネットによる効果が大きいようで、今春以降皇室でもSNSを含むネット発信を強化して、皇室への理解を深めてもらう考えのようだ。ヨーロッパの王室は、SNSによる発信を早くからスタートさせており、特にイギリス王室は、2007年にすでにユーチューブ、09年にツィッター、10年にフェイスブック、13年にインスタグラムを開始して、王室の活動やメッセージを国民に発信している。
一般的にネットの利用・発展が、新聞購読者の減少や若者の読書量の低下に直結するわけではないが、ひとつの兆候として、ネット、スマホに走るあまり本を読まなくなる傾向があることは間違いないと思う。本を読まなくなることは、文章力も衰えさせ、手紙も書かなくなる。
元旦に際してたくさんの年賀状をいただいたが、当然ながら高齢者である故若い人からのものは少ないし、普段から若者から手紙をいただくこともほとんどなくなった。文部科学省もよほど国語教育の充実を考えないと、遠からず日本語で文章を書ける人がいなくなってしまうのではないかと心配している。
新年のスタートに当たり、そんなことを漠然と考えた。
5710.2022年12月31日(土) 今年最後の印象深いテレビ・ドキュメント
いよいよ大晦日を迎えた。つい樋口一葉の「大つごもり」の寂しい情景を想い出す。大掃除をまだ終えてなかったので、噴射器とタオルで我が家の10枚の部屋のガラス戸と玄関扉を1年ぶりに磨いてさっぱりした。
大晦日を迎えてしみじみ1年を振り返ってみると妙に昔の古い記憶が懐かしく思い出されてくる。若いころは大晦日に海外で過ごすことが比較的多かった。特に印象に残っているのは、今から55年前1967年の大晦日には、エジプトのカイロからスエズ運河の街へ向けて列車で向かったが、車内検札でエジプトの入国ビザは持っていても、スエズ市滞在許可証を持っていないとの理由で終着スエズ駅に到着と同時に警察官に身柄を拘束され、駅近くの安宿風仮収容施設に拘束された衝撃的な事件があった。その後一時収容施設を脱走したり、他にもいろいろ奇々怪々な事件に巻き込まれながらも窮地に一生を得たことがあった。若気の至りかも知れないが、若かったからこそ味わえた危険な臨場感で、それは今日まで私には活きている。
昨晩NHKで1時間20分に亘って放映された「映像の世紀」拡大スペシャル版「ロックが壊した冷戦の壁」を興味深く鑑賞した。導入部はビートルズに始まり、その後東ドイツの女性シンガー、ニナ・ハーゲンからアメリカのロックシンガー、ルー・リードを通してデヴィッド・ボウイに至るミュージック界の流れと変転激しい時代の移り変わりを、その時代の政治の動きを通してドイツ・ベルリンの壁崩壊までのショート・ヒストリーを見せてくれた。東ドイツ出身のメルケル前首相の若いころも紹介された。ニナ・ハーゲンやルー・リードとも関係が出来て、メルケル氏は首相退任式で音楽隊に望んで演奏してもらった曲目が、首相としては前例のない彼らのヒット曲♪カラーフィルムを忘れた♪だったことから周囲では呆れられたようだが、それくらいメルケル氏にとってもベルリンの壁崩壊前後は印象的だったのだろう。ロックが時代の流れを加速させたということだろう。
話の中心はベルリンの壁だったが、壁崩壊以前に何度か東ベルリンを訪れたことがある。その他にも東西対立時代の1983年には東ドイツのカール・マルクスシュタット(現ケムニッツ)に滞在して東ドイツの秘密警察シュタージから監視されながら学校訪問をしたこともあり、テレビの内幕がかなり想像出来た。また、チェコスロバキアが1968年8月にソ連軍戦車の突然の侵入により、多数の市民が犠牲になった。その後1度は潰えた「プラハの春」が、詩人ハヴェルらの力強い行動によりシュタージに身柄を拘束されたり、行動を監視されながらも反ソ的行動に出て、ベルリンの壁崩壊とソ連崩壊により反ソ連国家として独り立ちした経緯は、私自身の旅行体験も思い出し,身をつまらせながらも納得して観ていた。
実は、「プラハの春」事件が勃発した1968年チェコスロバキア・プラハ市内のカレル大学に留学する準備を進めていたところ、事件発生のためチェコに渡航出来なくなり留学を諦めた苦い過去がある。ハヴェル氏は、反体制派勢力を結集して市民フォーラムを結成し、共産党政権打倒を掲げ「ビロード革命」と称して新生チェコスロバキアの初代大統領になった。日ごろ親しくしていただいている小中陽太郎氏から、その直後にハヴェル大統領に会われたとその時の印象を伺っていた。ハヴェル氏はすでに2011年に亡くなっている。不運にして小中さんが、今月1日自宅で頭部を打撲され日赤大森病院へ緊急入院されたと奥様からご連絡をいただいた。その後どうなられたかと気になっていたので、今日奥様に電話をしてみたところ、まだ同じ病院に入院したままで、あまり体調は良くないというお話だった。
偶々因縁がありそうで印象深い臨場感を感じさせるこのようなドキュメント番組を観ていると、考えさせられるものだ。この種の奥深い内容の番組を提供するのは、他のテレビ会社ではあまりないので、この種のドキュメント番組は当時の政治的な動静などを知る意味で、とても参考になる。それにしても小中さんには1日も早く快癒されるようお祈りするばかりである。
5709.2022年12月30日(金) 年の瀬に想う今年逝った人たち
お正月に横浜に住んでいる次男家族がやって来るので、妻のおともで午前中自由が丘のスーパーにショッピングに出かけたが、やはり年の瀬とあってかなり混雑していた。子どものころによく唄っていた♪もういくつ寝るとお正月~♪が懐かしい。
さて、今年も多くの著名人が亡くなられた。エリザベス女王、ゴルバチョフ元ソ連書記長、江沢民元中国国家主席、それに日本人でも高校の先輩で私の高校時代に「太陽の季節」で芥川賞を受賞し一世を風靡した元東京都知事・石原慎太郎氏、安倍晋三元首相、海部俊樹元首相、ファッションデザイナーの森英恵氏、プロレスラーのアントニオ猪木や元ロッテのまさかり投法の村田兆治投手らが冥界へ旅立たれた。皆懐かしい名前である。
そこへ年末の今日になってサッカーの王様と称されたブラジルのペレが亡くなった。82歳である。ブラジルのエース、ネイマールは「ペレは永遠だ」とその死を惜しんだ。2年前にアルゼンチンの英雄・マラドーナが亡くなった折には、ペレが弔辞を伝えていた。実は、「ペレ」という名は愛称であるが、本名は「エドソン・アランテス・ド・ナシメント」と言い、「ペレ」はポルトガル語で「はだし」を意味して、ペレ本人はこの愛称はお気に入りではなかったと言われている。この悲報を受けたワールド・カップ優勝の立役者・メッシも追悼したという。
ところで、国内では建築家の磯崎新氏が沖縄の自宅で亡くなられたとニュースで知った。丹下健三の弟子である磯崎氏は、国内はもとより、海外でも知られる世界的な建築家で数々の素晴らしい画期的な建物を設計された。バルセロナ・オリンピックの室内競技場や上海シンフォニーホールなどの建設に携わり、建築界のノーベル賞と称されるアメリカの「プリッカー賞」を授与されている。1度磯崎氏が関わったロサンゼルス現代美術館を訪れたことがあるが、その折初めて磯崎氏の名を知って日本人建築家の業績に感銘を受けた記憶がある。
いずれにせよ本年2022年も残り少なくなった。来年こそは争いのない世界になって欲しいものである。そんな淡い期待をしていた時に、去る21日南シナ海洋上でアメリカ空軍の偵察機に、中国軍の戦闘機が急接近して飛行を妨害したと今朝になって報道された。中国軍機は米軍機の機首から6m以内に接近したというから、正に紙一重である。
そうかと思うと政治的なニュースであるが、イスラム教徒との間でしばしば諍いが起きているイスラエル国会で、昨日ネタニヤフ元首相を首班とする右翼連立政権が信任され、ネタニヤフ氏は1年半ぶりに首相の座に返り咲くことになった。ネタニヤフ氏が所属する右翼政党「リクード」を主に、それ以上の極右政党やユダヤ系宗教政党が連立政権に加わる。右翼のネタニヤフ氏を中心に、ユダヤ人の優越性をアピールする極右政党のベングビール党首が警察権を管轄し、別の右翼政党のスモトリッチ党首が、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区のユダヤ人入植地建設など管理の権限を与えられるなど右翼一色に固まり、パレスチナ人たちとの争いが過熱しないか懸念される。その上彼ら首脳陣は、元々性的少数者やアラブ人への差別的言動で知られて国際社会から批判されており、今後のイスラエル政治の先行きが心配される。
世界にまた表面的には収まっていた別のマグマが来年早々に噴火しなければ好いがなぁというのが、静かな新年を望む率直な願いである。
5708.2022年12月29日(木) プーチン大統領の身勝手な誇大妄想
年末も押し詰まり今年も残すところあと3日となった。今年は寅年のため年男だったが、昨年同様にコロナ、コロナに明け暮れた憂鬱な1年だった印象が強い。今もコロナは旋風をまき散らし、一時収束へ向かいそうだったが、逆に拡大しつつある。経済面を配慮して政府が緩和策を取ったせいで、年末年始も行動制限なしにしたが、むしろ正月明けの感染状況が気がかりである。このところ人出も増え東京都の死者数も増えむしろ勢いを盛り返したようだ。午後近所をウォーキングしていたら、行き交った人の中にはマスクを着用していない人がかなりいた。これも身勝手に自分勝手にコロナ渦から緩和していると思っているのだろう。
昨日愛子内親王が20歳の誕生日を迎えて成人となられた。大学2年生であるが、お気の毒にも今以て対面授業がなく大学へ通学していないという。これでは残りの大学生生活の間に親しいご学友も出来ないのではないかと懸念される。いつになったらこの鬱陶しい空気は解消されるのだろうか。来年こそこんな嫌な空気を吹き飛ばして欲しいとウサギさんにお願いしたいものである。
さて、今年は沖縄本土復帰50周年という沖縄県人にとっても、日本人にとっても記念すべき1年だった。復帰以前に多少なりとも沖縄返還闘争に加わりデモにも参加して、力及ばずともその一翼を担ったとの自負は少なからずある。沖縄は、国内で唯一地上戦が行われた島であり、その結果広島、長崎のような原爆被災地と変わらぬ犠牲者を生んだ。沖縄戦の犠牲になり沖縄県民の4人にひとりが亡くなったといわれている。そのしこりは今も残っているが、際立っているのは男女の人口比である。特に終戦の1945年沖縄では21歳から45歳までの働き盛りに男性が少なく、全体の約3割しかいなかった。7割が女性だった。その後沖縄の生活と再生は長らく女性によって支えられていたということになる。今戦闘中のウクライナはどういうことになるだろうか。いずれ停戦となった何年後には、沖縄同様に女性人口が多いということになるのではないだろうか。
ところでいつまで経ってもウクライナ戦線が縮小される気配がない。しかし、英国王立防衛安全保障研究所の日本特別代表の秋元千明氏によると、このまま戦争が膠着状態なら来年8月末にはロシア軍の軍事資金が枯渇し始め、大規模な戦闘の継続が難しくなると述べている。そうあって欲しいものである。
そもそもプーチン大統領がスターリンの旧ソ連時代の強い帝国主義国家へ回帰幻想に陥ったのが、侵攻のひとつの大きな要因である。このほどロシアが、サンクト・ペテルスブルグで同盟関係にある独立国家共同体(CIS)の非公式首脳会議を主催した際、プーチン大統領は各国の首脳8人と自分自身にそれぞれ「謹賀新年2023」の文字が刻まれた黄金の指輪を贈ったことが、EU、特にイギリス・ジャーナリズムの話題となっている。イギリス人作家トールキンの「指輪物語」に登場する死者の世界を支配する「モルドール」王国サウロン冥王を彷彿させるというのだ。残念ながら同書を読んでいないが、同書ではサウロン冥王が地上の9人の王たちを意のままに操るために指輪を与えたようだが、プーチン大統領もその辺りを意識して、冥王の役割を果たしたつもりでいるようだ。ロシアの著名な政治学者エカテリーナ・シュルマン氏ほかの政治評論家も指輪の贈り物は、実際に「指輪物語」を意識したものだったとの見解を示しているそうだ。ただ、9人の首脳の中で実際に指輪を付けていたのは、プーチン氏に忠誠を誓っているベラルーシのルカシェンコ大統領だけだったらしい。
一方、ウクライナの国会議員が、プーチンは21世紀のヒトラーを演じるのに飽き、指輪の王を演じることにしたと皮肉たっぷりにあげつらっている。プーチン大統領もヒトラーに飽きるのではなく、戦争に飽きて欲しいものだ。
5707.2022年12月28日(水) またも岸田内閣閣僚と政務官が辞任
またひとり岸田内閣の閣僚が辞任した。秋葉賢也復興相である。事務所の賃貸料を母と妻の口座にに振り込んでいたとして大分以前から政治資金規制法違反が指摘され、辞任問題がくすぶっていた。ただ、岸田首相としては、第2次岸田内閣発足以来僅か2か月の間に、秋葉氏が辞める4人目の閣僚となり、国民の間にはもちろん、自民党内でも首相の任命責任を問う批判的な声が上がっていた。首相は早速後任に渡辺博道元復興相を充てた。今回の大臣交代は、辞任というよりいろいろ思惑が絡んで更迭と言われている。あまりにも短期間に辞めざるを得ない大臣を多く出したことにより、岸田首相の任命責任が問われ、首相への求心力が低下し、政府、自民党内にも岸田離れが加速している有様である。
秋葉復興相の辞任と併せて杉田水脈総務政務官も辞任した。この政務官の考えや、強情さは並みではない。「女性はいくらでもウソをつけます」、「チマ・チョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさん」、「LGBT・性的マイノリティーは生産性がない」等々、これまで過激な差別発言を繰り返してはその都度厳しい世論の批判を浴びていた。ネットでもこういう人物が国会議員でいることが問題だとクレームが挙がっていた。去る2日の参議院予算委員会におけるこの問題について、福島瑞穂社民党党首から直接質問されたが答えようとせず、挙句に松本総務相からその種の発言を取り消すように指示があったから辞任したと述べた。それで漸く発言を撤回し、謝罪した。だが、本心から自らの言動を悔い、反省している様子は窺えない。
実際、水田議員は辞任後の記者会見で自身の信念を貫きたいと思うが、内閣の一員として迷惑をかけるわけにはいかないと総合的に判断して辞任を申し出たと都合よく述べた。差別と受け取られた発言は自身の信念であり、それは変わらないとの意思を強調した。このことは、水田議員が相も変わらず、差別感を抱いたまま国会議員として活動していこうという意思表示であり、更に大学生の娘を抱えながら、娘の気持ちを思いやる余裕もなく、何らの反省もない。ネットで多くの厳しい声が上がっていることにはまったく無頓着のようだ。
かつて国会会期中に男性国会議員と飲み歩き国会を欠席したり、秘書と温泉旅行をして不倫スキャンダルとして糾弾され衆議院議員を辞めた上西小百合氏ですら、呆れたのかツィッターで「女性はいくらでもウソをつけると発言したようだが、もし自分の娘が同様の被害にあった場合も同じ態度をとるのだろうか。女性を一括りにしないで欲しい。主語は『女性』ではなく『私』でいいんじゃないですか」と皮肉たっぷりにコメントしている。
それより何よりネット上でもいくつか指摘されたように、こういう国会議員が国の政治に大きく関わっていることが問題である。