ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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5878.2023年6月17日(土) 「週刊朝日」最終号発行、無期限休刊

 「サンデー毎日」と並んで、101年もの長い間発行され日本で一番古い週刊誌である「週刊朝日」が、「6月9日休刊特別増大号」を最後に休刊となった。1世紀以上に亘って発行されていた同誌の休刊を惜しむ声はあちこちから聞こえる。その最終号を手に取って、まずその表紙に驚く。折り畳み3頁の編集部内部の写真である。編集長以下33名の正規・非正規編集部員の思い思いの自由な編集部内の写真に「101年間ご愛読ありがとうございました」と書かれている。編集部内の雰囲気は自由奔放な感じが表れているようだが、これも写真家の演出によるものだ。室内にはとても雑誌を編集するような空気がなく、仕事をしながら遊んでいるイメージが強い。服装もマチマチで、居眠りをしたり、タバコを吸っている人もいる。ボクシングの真似事をしたり、ラーメンを食べたり、お茶くみをしたり、そこへ出前のオッサンが入ったり、実に様々で、朝日らしからぬ面白い企画ではあると思う。

 同誌は、最盛期の1958年新年号には154万部を発行したが、以降年々販売数が下落して最近号では、最盛期の20分の1以下の7万4千部しか販売されなくなった。広告収入も減り、朝日は他に週刊誌「AERA」も発行していたが、時代性や印刷方法などを考え、「週刊朝日」を泣いて馬謖を斬ったようだ。これについては、最終号誌上に林真理子氏が疑問を投げている。

 内容的には、国公立大学高校別合格者リストは少々薄っぺらな感じがするが、グラビアで宮崎美子をはじめ過去に女子大生のポートレートを表紙に載せたことや、ありきたりだが、「週刊朝日とわたし」と題して著名人のインタビューをそつなくまとめている。田原総一朗氏の「首相への進言 今こそ対米従属脱却する好機だ」が同誌らしい最後っ屁だ。

 かつてはあれほど売れた同誌がこれほどまでに販売実績を下げたのは、時代性もあると思う。その最たるものは、現代人が本、新聞など紙上の文字を読まなくなり、紙文化の購買者が減ったことだが、同時に「週刊文春」「週刊新潮」など他の週刊誌が、興味本位のプライバシー暴露や、スキャンダル報道などで一般の関心を呼び、購読者が流失したことが大きいと思う。ともあれ我々の就職期には、憧れを持っていたほどの新聞社が、その大きな売り物のひとつが姿を消していくのは何とも言えず寂しいものである。

 さて、昨夕のニュースでプロ野球界で活躍した2人の元有名選手の訃報を知った。ひとりは、私がまだ小中学生のころフォークボールを武器に活躍されていた杉下茂投手である。彼の最も印象的だったことは、1951年のシーズン開幕前にサンフランシスコ・シールズのオドゥール監督に招かれて、当時強打者として力を存分に発揮していた藤村富美男(阪神)、川上哲治(巨人)、小鶴誠(松竹)とともに渡米して、実力を磨き、そのシーズンに最多勝、沢村賞を獲得したことである。通算215勝の実績を上げた。享年97歳だった。

 もうひとりは、広島カープのエースとして活躍した北別府学である。長年広島の大黒柱として活躍し、86年にはリーグ優勝に貢献し、最多勝、最優秀防御率、最高勝率、沢村賞の他にリーグのMVPに輝く5冠を獲得した。生涯に杉下投手に2勝足りない213勝を挙げた。白血病症状があったとはいえ、まだ65歳は早過ぎる永眠である。

2023年6月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

5877.2023年6月16日(金) 中西準子さんの連載もの最終回

 昨日の山崎洋さんの出版記念イベントは格調が高かった。岩田昌征氏とトークで交わされた内容は、セルビア国民の世論と欧米の考えが対立していることを窺わせるものだった。彼の大著の読み切っていない部分をこれからじっくり楽しもうと思う。

  昨日こんなこともあった。品川駅改札口周辺で友人を待っている間に唐突にラジオの街頭インタビュー班に掴まり、「一番最初に買ったレコードは何でしたか?」と問われ、急には思い出せなかったが、唐突に小学生のころ毎夕NHKのラジオ・ドラマで放送していた「菊田一夫作詞、古関裕而作曲『さくらんぼ大将』のテーマ・ソングです」と応えた。ところが若い女子アナには70年以上も昔のテーマ・ソングなんてピンと来なくて説明することになってしまい、挙句に完全に覚えてはいなかったが、唄ったところ随分喜んでもらえた。どこの放送局か聞き漏らしてしまったが、少しはお役に立てたのかなと思っている。

 昨日6月15日は、60年安保闘争が激しかった1960年に東大生の樺美智子さんがデモの中で亡くなった日である。その7年前の昨日には今絶頂期の習近平・中国国家主席が生まれた。習主席は70歳、古希を迎えたのだ。今年全人代で前人未踏の国家総主席、及び共産党総書記3期目に入り、権力を欲しいままにして権力基盤を一層固めつつある。今月中国では大学生の入学シーズンに当たり、一斉テストである「高考」が終わったばかりであるが、提起された問題に習主席の言葉が出されたという。それについて受験生が彼らなりにコメントを書くわけであるが、習語録に対して褒めたり、高評価を与える文章を書くに決まり切っている。そうやって思想操作、コントロールを行っているのではないかとの声が聞かれる。今の権力欲から考えると現在の第3期習政権が終わっても、後継者が見当たらない現状から75歳になる習主席は、更に第4期政権へ踏み出していくのではないだろうか。

 さて、朝日新聞朝刊「文化」欄に「語る~人生の贈りもの」と題して連載中だった高校同級生の中西準子さんのインタビュー記事が今日14回目で最終回となってしまった。予告の段階では大分期待して、同窓生や関係者にメールで知らせた。ところがその内容は、初代リケジョと自称するだけに工場排水に関する専門的、技術的なことが多く、大分難かった。母校に入学したことはほんの1~2行にしか書かれなかった。旧満州に生まれ苦しい生活の中で育ったようだが、戦後引き上げるまで上海生活を送ったことや、高校時代の記述がほとんどなかったのが、それこそ興味深く期待していたので、やや残念に思っている。文化功労者として、相変わらず在野で活躍されておられるが、今後も益々活躍されるよう期待している。今では高級福祉施設に入居され自由に生活されているようだが、まだまだ元気な様子なので今年辺りはコロナ後初めて開催されるであろう同期生会には出席されるだろうから、その折話が出来ることを楽しみにしたいと思っている。

2023年6月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

5876.2023年6月15日(木) セルビア大使館で友人の出版記念会

 セルビアの友人・山崎洋さんが一時帰国し、今夕セルビア大使館で「山崎洋仕事集・丘を越えて海を越えて」の出版記念イベントが開催された。昨年も同大使館で夫人との共著の出版記念会を開いたが、相変わらず執筆への意欲は旺盛である。本書は600頁を超える大書で価格も税別で4,500円なので手軽に入手出来るものではない。友人から前もって1冊出版社を通して贈っていただいていたが、まだ半分も読んでいない。話を聞いていてやはり読んでおくべきだったとの悔いが残る。これまでに雑誌や新聞などに公表した論文や論説、エッセイなどを整理し1冊にまとめられただけに、主にセルビアの社会的、外交的な優れた文章が揃っていて中々読みごたえがある。同書には、恥ずかしながら私を紹介する記述が、2か所もあり恐縮している。特に1文は、「三田評論」2022年6月号に掲載された文章の転載で、初めて彼と出会った経緯と今日までの交流について書かれている。表紙のレイアウトも画家であるご子息が描いたもので、中々洒落たデザインである。

 いつも通り大学ゼミの友人にも声をかけたが、中には出席したい気持ちはあれども予定が重なって参加出来ないことを悔やんでいた友人もいた。そこで今日はゼミの友人1人と高校時代の友人の3人で出席した。

 イベントでは、山崎さんの執筆に際しての苦労話もあり、続いて彼をよく知るジャーナリスト・岩田昌征氏が書いたユーゴスラヴィアの自主管理社会主義について持論を語っていた。山崎さんと中々格調の高い議論だった。

 午後から雨が降り出したので、イベントが終わってから軽くワインをいただいて大使館を辞した。一緒に参加した友人も山崎さんの著書を買うつもりだったが、大使館内では販売は出来ないということで後日アマゾンから購入するとのことだった。

 さて、今日午後国会では参議院財政金融委員会が開かれ、今国会でも重要法案である防衛費増額に向けた財源確保法案が可決された。もうひとつの重要法案である少子化対策への財源がなく苦慮している時に、再軍備費用はいとも簡単に捻りだせるのには違和感を覚える。立憲民主党のある議員は、「どういう歳出改革を行って財源を確保するのか見通しが立っておらず、財源論としてあまりに無責任。財源確保のための増税についても復興特別所得税のスキームを流用していて悪質である」とまで批判している。

 政府の防衛費増額は単なる増額ではなく、そこにはアメリカへの気配りが見え見えなのだ。1発3億円のトマホークを400発、各種戦闘機6千億円など高額な支出はすべてアメリカから購入し、5年間に43.5兆円を注ぎ込む。これとは別に気になるのは、これだけ大事な防衛費支出が、どうしてもっと与野党間で是非を徹底的に議論しないのか。それはメディアにも言えることだ。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」が、相変わらずまかり通っている。今以て防衛費の膨張予算について鋭い論調を言い続けているのは「赤旗」だけである。日本は益々軍事国家化しつつある。

2023年6月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

5875.2023年6月14日(水) 元外務省分析官・佐藤優氏の日本外交分析

 ウクライナに対するロシア軍の攻撃は相変わらず問答無用である。報道ではウクライナが部分的に反撃したとも伝えられるが、大勢ではロシア軍の攻撃が激しい。先日ウクライナのヘルソン州でダムが破壊されてからヘルソン州では周辺に大規模な洪水が押し寄せ、多くの避難民が飲料水にも困っている状況にある。

 こういう戦況についてウクライナ、ロシア双方の言い分は、ダムが破壊されたのは相手によるものであるとお互いが相手国を非難し合っている。実際の戦況について本当のところはどうだろうか気になっていた折に、昨日発売された「週刊現代」6月17日号に、ロシアに詳しい元外務省主任分析官の佐藤優氏が、全情勢分析として「ロシア・ウクライナ戦争 正しい理解の仕方」と題して自身の考え方を述べている。ロシアは形勢不利になれば核を使用するので、アメリカはこの戦争に参戦する気はまったくない。特にアメリカはロシアが、「サルマト」というICBMを開発したが、これは南極経由でアメリカを攻撃出来る代物であり、アメリカは今日まで北極経由のミサイル以外まったく想定していなかった。そのためこれに対する防備体制が出来ておらず、使用されることにアメリカは警戒心を強めている。当初はウクライナとロシアの2国間戦争だったが、途中からは日本を含む西側諸国とロシアとの戦争に変容しているとも語っている。

 また、台湾有事を例えに、現在のウクライナを日本と考え、日本が中国と戦うか、或いは、台湾がウクライナの立場で、日本がポーランドの役を務めるかも知れないと言っている。こんな物騒な論理を展開しているのだ。他にもいくつも卓見を主張しているが、ロシア人の性格と国民性を知り抜いているからこそこの佐藤氏の分析は説得力がある。佐藤氏の結論は、「日本人は何も分かっていない。世界が笑っている日本の『ゼレンスキー礼賛』」というから、まるで今の日本の外交政策を憂いながらもせせら笑っているように思える。

 それにしても日本国憲法は戦争を禁止しているが、今や泥縄式に自衛隊という疑似軍隊を抱え、装備も充実させ、日に日に臨戦態勢を備えている。少子化対策が岸田内閣の1つの金看板でありながら、肝心なその予算措置が講じられていないのに対して、軍事費は使用目的が明確化されていないにも関わらず、多額の支出を決めている。佐藤氏の指摘を待つまでもなく、日本は今戦争にまっしぐらである。

 話は全く別物であるが、驚いたことに今日陸上自衛隊の岐阜市内の射撃場で今年入隊したばかりの18歳の自衛官候補生が、3人の先輩自衛官に対して小銃を発砲し、内2人を死亡させたとの衝撃的なニュースが今朝慌ただしく伝えられた。この新米自衛官の採用も当然大幅に増額した本年度防衛費予算に組み込まれていたものだ。この不祥事は偶々起きた事件であるが、無駄に使われた予算であることは間違いない。しかし、国費を無駄にしたことは間違いない。本件以外にも自民党並びに防衛省は、極力国費の無駄遣いをしないようくれぐれも注意して欲しいものである。

2023年6月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

5874.2023年6月13日(火) 国内外著名人の栄枯盛衰

 一昨日元官房長官だった青木幹雄氏が亡くなった。自民党の参議員議員会長を務め自民党のドンと言われた大物議員である。小渕恵三首相の下で官房長官を務め、首相が体調を崩して休まれた間首相代理を務めたこともある。自民党内では古賀誠元幹事長、野中弘務元幹事長と並ぶ陰の実力者だった。享年89歳だった。

 そして昨日海外でも大物政治家が死去された。日本人でもかなりの人がその名を知っていると思われるイタリアのシルヴィオ・ベルルスコーニ元首相である。86歳だった。長い政治家活動の間に4度も首相を務めて政界はもとより、サッカー界、プライバシー面でもその名は轟いていた。建設業者として財を成し、同時に放送会社を経営して政界に進出した。政治家としては名を上げたが、複雑な政界事情により波乱万丈な政治家生活を送った。軽口で物議を醸すことも多々あった。特にオバマ元大統領夫妻に対しては、人種的な差別感を与えるような発言が度々あり、夫人を怒らせたこともある。人格的には一国のリーダーとしては首を傾げる点もあった。イタリアを訪れると絶頂期だった時もあるが、その次に訪れた時には名は知られていたが在野の1議員だったり、浮き沈みの激しい政治家生活を送っていた。晩年になってイタリアを訪れると出迎えてくれたガイドさんに、「ベルルスコーニは元気ですか?」というのが挨拶となったほどである。良きにつけ悪しきにつけ、印象に残っているイタリア人である。これからは彼の噂も聞かれないと思うとちょっと寂しい気もする。

 もう1組、著名なグループについて取り上げてみたい。それはあの「ビートルズ」である。ビートルズについては昨晩NHK「世紀の映像」で、「ビートルズの革命~音楽と言葉で世界を変えた4人の若者の冒険」前編と題するドキュメンタリーとして放映された。10年足らずの活動期間にレコードの総売り上げ数が10億枚という世界最大のヒットメーカーだった彼らの活動を、ビートルズ生誕前後から解散までを追っていた。彼らが異色だったのは、4人が揃ってリヴァプールの労働者階級の家庭に生まれ育ったために、下層階級の気持ちに同情し寄り添っていたことで、それが階級制や人種差別に反対する立場を取らせたことである。ちょうどアメリカでキング牧師が非暴力差別抵抗を指導する公民権運動がピークに達し、ビートルズは彼らに寄り添った。それが世界の保守派の一部にはビートルズに対する反感を買ったようで、アメリカ国内でのコンサートや、日本では右翼団体の激しい反対により宿泊先のホテルから一歩も外へ出られない不条理な対応を余儀なくされた原因ともなった。

 最初のプロデューサーの良き指導もあり、ショーの前後には揃って観衆にお辞儀をし、また背広とネクタイを身に着けるエチケットなど、他のロック・シンガーとは一線を画していた。このようなことは知らなかったが、やはりビートルズには聞く者に感銘を与える実力と所作があったことに私もテレビを通して感銘を受けた。1970年にはグループは解散してしまったが、短い間に大きな花を咲かせた惜しいロック・グループの解散だった。

 偶々ジョン・レノンが銃撃されて亡くなった1980年12月8日には、私自身南仏マルセイユでそのニュースを号外で知り、その驚愕的な記憶は今でも頭の中に残っている。来週もこの後編が放映されるようだ。楽しみに待ちたい。

2023年6月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com