充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
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5883.2023年6月22日(木) 世界的に男女格差が大きい日本
男女平等の度合いを指数化した今年度版「ジェンダーギャップ報告書」の数値が、昨日世界経済フォーラムから発表された。調査対象となったのは146か国であるが、その中で日本は何と前年を下回る125位となり、過去最低であると同時に、主要先進国の中でも最下位である。男女同権が強く叫ばれる今日、国際社会から日本の男女間にこれほど差があると見られているのは、聊か恥ずかしいことである。日本の125位というのは、4つのカテゴリーの総合順位であり、教育と健康の分野はいずれも中位内に入っており、格別見劣りするものではない。懸念されるのは、予想通り政治と経済の分野である。政治分野では何と138位というから、下から数えても9番目で世界でとても大きな顔は出来ない。特に政治の世界では、ヨーロッパ諸国で女性首相が度々選出される今日、日本には過去にはひとりもおらず、今後も現状から推察すればその可能性は極めて薄いと言わざるを得ない。
現在女性の衆議院議員も全体の10%の48人に留まり、女性閣僚に至っては僅か2人である。政界において女性があまり評価されないのは、徳川時代から伝統的に引き継がれた「女は家庭内に留まる」の意識が、長く続いたことから、外で働く女性を無視する風習があった。もうひとつ女性が政界で活躍出来ないのは、長年続いている特有の派閥組織に妨害されているからでもある。派閥の長が自分のやりやすいように人選する現状制度では、まず女性を高く評価するようなことはない。
それは政界ばかりでなく経済界にも引き継がれている。経済分野でも、政治と同じようなムードがあり、女性が企業などで男性に伍して地位を上げていくのは至難である。私自身が勤務した会社を考えても、女性の採用は庶務係、体裁の好いお茶くみ係をその対象としていたと言っても言い過ぎではない。従って当時は全女性が高校卒で、短大、大学卒はいなかった。
近年IT産業などでは優秀な人材の枯渇もあり、採用の門戸を広げ、大学卒、高卒を問わず優秀な人材を採用しているようだ。その点では経済分野ではいずれ男女の格差は狭まってくるだろう。問題は政界における男女格差が修正されない限り総合的に日本のジェンダーギャップが好転することはないだろう。
ただ、この報告書を見て少々首を傾げたのは、中国が日本より上位の107位にいることだ。中国の全国人民代表大会の広大な会場における数千人の全国代表者の内、テレビで女性の姿をほとんど見ることが出来ず、とてもジェンダーギャップが大きい国と見ていた中国が、日本より上位にいるのが解せない。それにしてもこのような調査の都度、北欧諸国が上位を独占していることに敬服している。5位以内に1位アイスランド、2位ノルウェー、3位フィンランド、5位スウェーデンが入り、4位のニュージーランドを含めて、近年いずれも女性首相を輩出している。日本の政治家はこれらの例を真摯に参考にするべきではないだろうか。
5882.2023年6月21日(水) 政治改革と身勝手な公費の抑制を
今日は夏至である。昨日は自民党内で揺れ動いていた今国会での衆議院解散が、岸田首相の意向で行われないことに決まり通常国会は閉会となった。衆議院選に小選挙区を導入してから早いもので30年の月日が経った。一昨日現行制度について与野党の協議会が開かれたが、30年前に政治改革に合意した河野洋平元自民党総裁にとっては、当時と今の制度を比較して率直にギャップを感じているようだ。小選挙区制の最大の問題点は、一旦当選すればずっと当選し続ける可能性が高く政権交代は起きにくいとの意見が多い。現実に、「政権交代が可能な2大政党制」を理想としたが、現実は「自民1強=野党分裂」、また「お金のかからない政治」を理想としたが、「政治とカネは絶えない」となっている。
当初目指した政治改革だったが、小選挙区制の導入は新旧交代が進まなくなってしまった。それは自民党が、現職議員を優先しており、当選すればいつまでも同じ状態が続くということになり、それが議員の年齢をそのまま高める結果になった。また、世襲政治が蔓延る一因でもある。
結果的に中選挙区制最後の1993年の総選挙に比べて、一昨年の小選挙区制総選挙では、新顔議員の割合が、26%から14%へ大分低下している。当選者の平均年齢も53.9歳から56.4歳に上昇し、中でも70歳以上の当選者は、14%から16%へ若干ではあるが増えている。また、投票率、特に若者のそれがかなり低い。それらを総合的に判断して、30年前に導入された現在の選挙制度を改めて見直し、現実に政治改革が出来る制度を検討する時期ではないだろうか。
さて、昨日、今日とテレビで大きく報道されている話題がある。何と今から111年前に大西洋のカナダ南東部沖合で処女航海中に沈没し多数の犠牲者を出した、イギリスの豪華客船タイタニック号を水底で見学するツアーの観光用潜水艇の消息が不明となったのだ。何せ海底3,800mに沈没したまま残骸となっているタイタニック号を間近で見てみようというのだから、関係者の言い分はともかくとても単なる好奇心だけではない。これだけ深い海中では、電波が届かないそうで、水中音波で通信するしかない。その通信が切れてしまって、5人が搭乗する潜水艇にはまだ酸素はあるようだが、いずれそれもなくなってしまう。一刻も早く救助をとアメリカと、フランスやカナダの海軍が支援に向かっているようだが、音波が戻らない点を考えると悲観的にならざるを得ない。7日間のツアーで参加費用がひとり約3,500万円というから、相当の資産家でないととても参加は出来ないだろう。著名なフランス人探検家や、パキスタン人の資産家父子、イギリス人富豪など4人に搭乗員を含めて5人が艇内にいた。
冒険好きが嵩じて危険なパフォーマンスに挑戦する人たちが昨今目立っているが、ある面では危険な目に遭遇してもそれは自業自得だからやむを得ないとも言える。だが、物好きが嵩じて特殊な冒険にチャレンジした結果、周囲に大きな迷惑と心配をかけた挙句に自分では支払えないほど多額の費用の負担を公的に負わせることがある。
一昨日沖縄県糸満市沖合にあるルカン礁付近で、潮の流れに乗り海中を移動する「ドリフトダイビング」という海中スポーツ中に、一時ダイバー7人が行方不明になったとSOSが発せられ、海上保安庁のヘリが無事全員を海中から掬い上げ救助した。その時の主催者の言葉が「事故は起こってしまうんで」と述べ、一部で顰蹙を買っている。危ない橋を渡り、公的に救助してもらって相当の公費も支出されたことになるが、主催者にはお詫びの気持ちはまったくないようだ。好き勝手なことをやった挙句に世間に迷惑と無駄な費用を負担させたことについて、もっと良識的な行動を取るよう反省と自粛をすべきではないだろうか。
5881.2023年6月20日(火) 天皇・皇后両陛下、旧日本兵の子孫と面会
インドネシアご訪問中の天皇・皇后両陛下が昨日ジャカルタ郊外60㎞のボゴール宮殿と、隣接するボゴール植物園を訪れたと知り大変懐かしく想った。ボゴール宮殿は、オランダ統治時代は東インド総督官邸だった。私が訪れたのは1967年のお正月で、その当時ここにはスカルノ大統領とデヴィ夫人が官邸として、また私邸として住んでいた。警戒が厳重だったが、私の目的は東洋一の蓮の花が見られる隣の植物園だった。タクシーを雇っていたので、植物園の外で待ってもらい、ひとりで園内を見学したが、ガイドもいなかったので立派な蓮を見るだけで見学を終えてしまった。天皇・皇后は植物園をジョコ大統領が運転するゴルフカートに乗って見学されていたが、蓮の花についてのメディアの報道は一切なかった。あの蓮は今どうなっているだろうか。治安面でも荒れた様子がなかったボゴールは今も強く印象に残っている。
ジャカルタ市内のホテルに戻られた両陛下は、昨夜オランダとの独立戦争に加わった残留日本兵の子孫らと面会され、彼らの厳しかった戦後の生活を思い労わられた。彼らの父親は、日本からは脱走兵と見放されて、インドネシアが国籍を認めるまでは無国籍者だった。現地では長い間占領者の子どもと後ろ指をさされ、肩身の狭い思いをしてきた。それだけに、天皇・皇后両陛下が父親たちのことを覚えていてくれたことに感謝の気持ちを表していた。今日両陛下はその独立戦争に加わって命を落とされた彼らの父親ら、旧日本兵が埋葬されているカリバタ英雄墓地で供花された。
一昨日は父の日だった。偶々2日後の今日は亡父の誕生日である。父は明治41年生まれだったから、今存命なら115歳になる。父も戦時中赤紙招集により、一度は現在の北朝鮮・平壌に駐屯していたこともあったが、幸か不幸か、病に罹り終戦前に除隊となり帰宅することが出来た。21年前に93歳で亡くなるまで母が亡くなった湘南鵠沼の地でひとり静かに生活していた。
さて、先日も本ブログで取り上げた話だが、大阪府が小中高生に加えて私立高校生にも完全無償化の方針を打ち出したことに対して、大阪府内の私立高校ばかりでなく、近畿2府4県の私学団体で作る近畿私立中学高等学校連合会が、大阪府の素案に対して賛成出来ないとの意見を表明した。この素案に対してほとんどの高校が反対しているようだ。元々これには学校側の負担が大きすぎるとの声があったが、私立校独自の教育がし難くなるという点で難色を示している。大阪府内の私立高校の標準的授業料は、年間60万円だそうだが、現状はそれをオーバーする場合は超えた分を府が負担している。それを今後全額負担しようと計画しているところである。どうして他府県の高校が賛同出来ないのかは、大阪の高校生が他府県の高校に通う例が多いことから、それら他府県の高校に負担がかかって来るということのようだ。実際名門神戸の灘中高校にも大阪府内から多くの生徒が通学しており、同校校長は在学する生徒のうち、大阪の生徒だけに授業料を補助するというのは不公平だと批判している。吉村洋文・大阪府知事は、1校1校の意見を聞き、理解を得られるようにしたいとのん気なことを言っているが、難題を解決することが出来るだろうか。
5880. 2023年6月19日(月) 失態続きの大手建設会社
先日世田谷区役所本庁舎建て替え工事が、当初今年7月に第1期工事が終了の予定だったが、何と最長で8か月先延ばしになると公表され、問題視されている。工期完成予定は充分検討されたうえで、施工会社から知らされ、区役所は受け入れて完成後の予定を組んでいたと思う。この不本意な工期遅れの情報を聞いて区役所では唖然としている。ゼネコンと言われる大手建設会社の大成建設が、他社との見積もりを抑えて受注を勝ち取ったものである。工事の遅れによって役所としては業務が遅れるうえに、仮庁舎の賃貸料など想定外の支出が予想される。4月の統一地方選で再選されたばかりの保坂展人区長は、「施工者の説明は信じがたい。損害倍賞についても協議する」とお怒りの様子である。
そんな困惑の真っ只中に、またもや大成建設の欠陥工事が明らかになった。それは、札幌市内に建設中のプロジェクト・ビルの工事が23%ほど進んで、鉄骨の構造が人目につくようになった。NTT都市開発が手掛ける地下1階、地上26階建て、高さ約116mの超高層ビルで、北海道放送(HBC)が入居し、17階から26階まではハイアット系ホテルが入る予定という。欠陥箇所を見つけたのも自社社員ではなく、NTT都市開発の社員だというから好い加減なチェック体制だったのだろう。このまま工事が進めば、次第にビルは傾斜することになり、皮肉にも札幌市内にピサの斜塔にあやかったビルが建つとの噂があったそうだ。
どうしてゼネコンとして技術力を高く評価された大手企業の大成建設が、こういう初歩的で悪質なミスを犯すのだろうか。社内では若い課長代理が測定数値を改ざんして虚偽の報告を行っていたことが原因と判明したようだが、会社は他に問題はないと言って1若手社員にすべての責任と罪をかぶせて逃げ切ろうとしている。担当役員は辞任し、社長は減給処分を自らに課して、今期の決算は減益計上しているが、来年度の決算では好決算を想定している。しかし、対外的に会社として責任を取った形にはなっていない。とにかくこれでは建設関係業者としての信用を失うばかりである。外部からは、組織ぐるみの匂いがするだの、怖くて大成建設には発注出来ないとの声が聞こえる。さあ、大成!どうする?
さて、ミヤンマーで昨年2月の軍部によるクーデターで、身柄を拘束されたまま民主化指導者アウンサンスーチー氏が78歳の誕生日を迎えるが、イギリスに住む息子キム・エアリス氏が、母親をはじめ、すべての政治犯を釈放し、民主的に選ばれた政府に権力を返すよう国軍に求めた。更に、日本で生活した経験のある息子は、民主主義国の日本が国軍を支援しているのは残念だと名指しで日本を非難した。日本はいま国軍政府とは手を切って支援を中止しており、子息の理解には若干誤解があるが、国軍兵士を自衛隊が受け入れ教育を行っていたことや、麻生太郎元首相がミンアウンフライン国軍総司令官から名誉称号と勲章を贈られたことがあり、それらの行為が誤解を生んだ要因かも知れない。
いまでは世界の目がウクライナに向けられ、暴力的、かつ非民主的に民主派政権を追放したミヤンマーに対する世界の世論は冷めている。現状のままだと国際社会の不信感と不満は募るばかりで、ミヤンマーにはもう安心して生活出来る基盤がなくなってしまう。もう少し世界のメディアもミヤンマー情勢を伝えて欲しいものだ。
5879.2023年6月18日(日) 天皇・皇后両陛下、インドネシアを親善訪問
去る9日にご成婚30周年を迎えられた天皇・皇后両陛下が、昨日親善訪問先としてインドネシアを7日間の予定で訪問された。皇太子時代には、ご夫妻で13回も外国親善訪問をされておられるが、コロナ渦の影響もあり令和に入って即位されてからお揃いで外国親善訪問をされるのは初めてである。
天皇として最初に親善訪問されるのがインドネシアとは何か象徴的である。戦時中日本軍が3年間も占領、統治し、この間過酷な労働作業によって多くのインドネシア人が亡くなったと言われている。しかし、300年に亘ってインドネシアを植民地化していたオランダに対して、終戦直前から独立運動を支援したのも旧日本兵である。戦後も現地人を支援して旧日本兵は現地に残り、独立戦争で現地人とともに戦い、その過程でその半数が戦死したと伝えられ、インドネシアの独立に貢献した。現地ではそのことは忘れられておらず、首都ジャカルタ郊外のカリバタ英雄墓地には、独立戦争の過程で亡くなったインドネシア人政治家や軍人と並んで、彼ら日本人も埋葬されている。
上皇ご夫妻は、過去に皇太子時代と天皇即位後の2度インドネシアを訪問され、15年前には秋篠宮ご夫妻も訪問されておられるが、天皇・皇后には初めてのインドネシアご訪問である。
現在ドキュメント作品を執筆中であるが、その中にもいかにインドネシアの人々が親日的であり、現地では日本の旧軍歌が愛され、唄われているかということを書いている。実際インドネシア独立の父として往時には国民から敬愛されていたスカルノ元大統領が、来日されてテレビに出演され、偶々その番組を観ていた時、元大統領が唐突に♪愛国の花♪を唄った時には、驚いたものである。1967年インドネシアへ初めて出かけ、地元の警察署長さんからボゴール近郊の自宅へ案内された時には、近くの集落の人たちが集まり日本の♪愛国行進曲♪などの戦時歌謡を唄ってくれたのには、びっくりした。駐屯していた旧日本兵と現地の人々の「支配者と被支配者」とは異なる親しい交流関係があったことを想い、一言では片づけられない両国の絆のようなものを感じたものである。
天皇、皇后両陛下の親善訪問は、日本とインドネシア両国の親善にとって必ずや効果を上げることだろう。