充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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6120.2024年2月14日(水) 裏金の政治家の傍らで、経済界は景気浮揚へ
今日はバレンタインデイとして若者たちに持て囃される1日である。しかし、我々後期高齢者世代にとっては、まったく興味も関心もない日である。それでも愛の告白にチョコレートを贈るというメーカーの巧みな宣伝によって、チョコレートの販売はかなり伸びているらしい。
現実は、チョコレートのような甘っちょろい話ではない。裏金問題が後を引いて昨日も自民党が公表した政治資金収支報告書への全議員アンケートの結果について野党や、メディアから厳しい批判の声が相次いでいる。そもそもそれには、収支報告書への不記載の有無と、不記載の金額だけしか質問せず、裏金作りの経緯や使い道などについて問われなかったからである。2018~22年の5年間で現職国家議員と選挙区支部長ら85人の不記載は、実に5億8千万円にのぼった。
中でも驚かされるのは、派閥からと資金管理団体からの分を合わせて5,200万円と一番多かった二階俊博元幹事長の使途として、書籍代3,472万円が記載されたことだった。常識的に考えて5年間で書籍代購入にこれほどの高額を支払うだろうか。
もう一件気になったのは、松野博一前官房長官が、長官退任直前に官房機密費4,660万円を黙って使っていたことが判明したことである。これほどの大金を秘密裏に消費していたのに、使用目的を明記する必要はない規定とか、他の政治家たちが明細開示を求めないのもおかしい。政府寄りの政治評論家・田崎史郎氏は、驚かないと見過ごしているが、どうしてだか田崎氏はその理由を説明しようとしない。二階氏には大量の書籍を購入した目的などを説明する責任と義務があると思う。
政治家なんて成すべき仕事もせずに、ウソをついて言葉巧みに金を掠め取り、また裏金と称して泡銭を黙ってポケットに入れ、税金を支払わないような不誠実な民族である。このまま今の政治体制の中で、嘘つき政治家たちが国をリードして行ったら、日本の未来にも危険信号が灯る。
そんな政治家のお馬鹿さんぶりを尻目に、今経済界は大分潤っているようだ。先日公表された2022年の国際収支が大きく改善され、黒字になったことに表れている。そして株式市況の好調が実態を示している。昨日の株価終値は先週末より1,066円も上がり、日経平均株価は37,963円となり、バブル期の1990年2月以来の高値となった。あと千円弱で史上最高値になる。年初の株価が対前年末比175円安の33,288円だったので、この1か月余で4,675円も上がったことになる。好調な理由はいろいろあるが、穿った考え方をするなら嘘つき政治家たちより経済人の方が一生懸命働き、それなりの成果を出したと言えるひとつの証左かも知れない。流石に株高は、そうは続かず、今日の日経平均株価は昨日に比べて260円も下がった。これは政治家の責任かも知れない?
さて、去る6日珍しく積雪があったが、今日都内の気温は最高が18.5℃の温かさだった。平年なら4月上旬の気候である。今月5日の最高は6.2℃だったのに、随分差があるものだ。それにしてもこのところ寒暖の差が少々激しいようだ。伊豆地方や神奈川県松田町では、河津桜が満開の様子で多くの観光客が花見に訪れている。そこで駒沢公園の一角に1本だけ河津桜の木があるので、今日はウォーキング時に河津桜を見に行った。そこそこ桜の花を咲かせているのではないかと期待していたが、咲いていたのはほんの数輪で、まだほとんどつぼみ状態だった。伊豆地方に比べれば、やはり東京は寒い。暖冬とは言えもう少し待った方が良さそうだ。これから当分の間こちらの河津桜の開花状態をチェックするために、このルートを歩いてみようと思う。
6119.2024年2月13日(火) イスラエルで想像外の幻想的体験
先月のNPO紙に今世界中から注目されているイスラエルの世界遺産「エルサレムの旧市街とその城壁群」についてエッセイを書いた。そのNPO紙を今日通いつけの内科医院森先生に差し上げてお話した。
実は2012年6月に訪れたエルサレム滞在中にこんなことがあった。尾籠な話で恐縮であるが、同地に滞在していた夜間に急に痔の具合が思わしくなくなり、傍に相談相手もおらず、日ごろからご相談に乗っていただいているご近所の森先生へ思い切って国際電話してご相談してみようと思った。時差を考えて翌朝森先生へどうしたら良いか、直接電話でお話をした。先生も驚かれ、「今どこにおられるのですか?」と尋ねられ、エルサレムだと応えると流石に先生もびっくりしたようだった。先生に数日前に塩分の濃い死海で浮いた体験と現在の症状をご説明したところ、先生は極力早く専門医で診てもらった方が良いとアドバイスをいただいたので、直ぐ日程を変更して帰国することにした。この後アブダビを訪れる予定だったが、その日にアンマンへ車で向かい、その後テヘラン経由の成田便で帰国して、翌日早速肛門科クリニックで診察、処置してもらった。
今日1か月ぶりに森先生に定期健診してもらい、通常の健康状態を毎日記録している血圧表を提出しながら、12年前のその時のお話をしたところ、先生も思い出されたようでご興味を持たれ当時のカルテを表出して、日時、病状の記憶を呼び覚まされた。その後診察してもらった肛門科クリニックの診断についてもメモされておられたのを知って有難いと思った。イスラエル辺りから不躾に電話で病状を尋ねられるようなことは滅多にあることではないし、その時のイスラエルにいる私の存在が想像出来なかったと話された。
私が感銘を受けたのは、その時の状況は普通ではなかったと思うが、ひとりの患者の質問とその後の処方についてきちんとカルテに残し、いつか役に立てるよう備えていただいたことである。
海外から不意に電話を受け、先生も困ったと思われただろうが、今もしっかり覚えておられるというのは、有難いことである。普段でも定期的な血液検査などで異常が発見されると直ぐ電話で知らせていただき、大病院への紹介状を書いていただいて、随分助かったことがある。とても頼りにしているご近所のお医者さんである。これからもきちんと定期的に通い、他病院で得た資料なども、作成した血圧表などとともにお見せして、いろいろアドバイスいただきたいと思っている。
さて、以前から噂には聞いていたが、JRお茶の水駅近くの「山の上ホテル」が今日で休業に入った。休業が公表されてからそれを惜しむ人や懐かしむ人が連日訪れたそうである。施設が老朽化したので、改築するということだが、小規模のホテルなのに、再開の日は未定である。
川端康成や三島由紀夫、池波正太郎ら、知る人ぞ知る文豪がこよなく愛した独特の空気が醸し出されるホテルは、今流行りの豪華絢爛の近代的ホテルとは趣を異にする。私も何度か食事に利用したことがあるが、落ち着いた雰囲気で玄人好みのホテルだったと思う。1日も早い復活を望んでいる。
6118.2024年2月12日(月) インドネシアとロシアの大統領選の行方
政治の世界では裏金がまかり通り、国会議員はポケットに入れた裏金を秘書のせいにしたり、知らなかったと惚けたり、納税しなかったりやりたい放題の感がある。ところが、まさかと思っていた大都市の教育委員会が教員団体から毎年賄賂的な資金提供があったことが、メディアで伝えられ問題になっている。この不祥事を引き起こしたのは、名古屋市教育委員会である。
自民党派閥のキックバックが億単位の裏金だったのに比べれば、各教員団体が市教委に手渡したのは、5千円から3万円前後の現金か商品券だったというから派閥の裏金に比べれば、取るに足らない全額で年間200万円程度ではあるが、その舞台が学校教育を担当する部署だけに見過ごすわけにはいかない。流石にとかくその行動が話題になりがちの河村たかし・名古屋市長も、徹底的な真相究明をしなければいけないと調査を行う方針を明らかにした。
この上納金を提供したのは、市内の校長会や、出身校同窓会など約80の教育団体で、20年ほど前からだという。問題なのは、現金の他に各団体が提出した校長推薦名簿である。これを市教委事務局で人事を担当する教職員課が受け取っており、帳簿も作成したというから市教委としては恒例のルーティンになっていたようだ。校長人事にどの程度現実的な効果があったのかは何とも言えないが、まったくなかったとは断言出来ない。繁忙期などに食べ物や飲み物などに使って欲しいと言う陣中見舞いの意味で渡されていたというが、長い間の慣習になっていたことに対して、市の幹部は校長人事が金で動いていると疑われかねないと警戒している。
さて、今年は11月のアメリカ大統領選をはじめ、各国で大統領選、総選挙が実施されることを皮肉って「モンスター選挙年」と言われていて、世界人口の半数が投票権を行使出来るそうである。先月にはバングラデッシュ総選挙、台湾総統選、今月に入ってすでに4日にエルサルバドル大統領選、8日にパキスタン総選挙が行われた。そして、明後日にはインドネシアで大統領選がある。注目したいのは、そのインドネシアと3月15日に行われるロシアの両大統領選である。
インドネシア大統領選では、2期10年務めたジョコ現大統領が憲法の規定で3期目は出馬出来ず、その後任争いであるが、過去2回ジョコ大統領に敗れたプラボウォ国防相が、ジョコ大統領の子息を副大統領候補にしてジョコ大統領の支援を受けている。当然縁故だと批判の声がある。プラボウォ国防相も独裁者だったスハルト元大統領の娘の元夫としてスハルト氏の支援を受けた。国家経済を豊かにしたジョコ大統領の実績に後押しされて現状では優位にある。
一方、気になるのはロシアの大統領選である。総選挙が行われない中国総書記と異なり、一応選挙を行うが、その大統領選も自家薬籠中のものにしている。実際2000年に大統領となり、2期務めて憲法の3選禁止により一時的に1期置いて2012年に再び大統領となり、その後18年に再選され在任中に後2回再選に立候補できるよう都合よく憲法を改正し、大統領任期を2036年まで延長出来る。
自らの権力行使のために憲法までも改正して大統領職にしがみつこうという私利私欲の典型である。これには妨げる者は容赦しないプーチン大統領の横暴な権威主義が見られる。大統領選には、立候補届け出を中央選管が審査し、いちゃもんを付けては、拒否したり、勝てそうな立候補者を容認し圧勝して、プーチン氏圧勝を国民に印象付ける。「プーチン大統領圧勝」の脚本が作られている。まったくの茶番である。それが今のプーチン独裁国家「ロシア帝国主義」である。
6117.2024年2月11日(日) 公にされたバイデン大統領の記憶力の衰え
昨日からサラリーマンや学生らは3連休の息抜きを楽しんでいることだろう。今日午後にいつも通り近くの住宅街をウォーキングしていたところ、ある1軒のお宅の玄関だけに日の丸が掲げてあった。今日は「建国記念の日」であるが、近所で国旗を掲げていたのはこのお宅だけだった。国旗自体を掲げる祭日を祝う習慣が段々薄れてきたことと、「建国記念の日」を意識する人が少なくなって、単なる祭日と思っている表れではないかと思う。
戦前には今日2月11日は「紀元節」と呼ばれて、学校では生徒たちが「紀元節」唱歌を合唱したものである。私自身戦後昭和21年最後の紀元節で、国民学校1年生として後にも先にもこの1回だけこの唱歌を歌ったことを覚えている。いろいろ考えはあるかも知れないが、私には懐かしい想い出として残っている。
♪雲に聳ゆる 高千穂の 高根おろしに 草も木も なびきふしけん 大御世を 仰ぐけふこそ 楽しけれ♪
今年は皇紀2684年に当たる。例年通り明治神宮で紀元祭が行われ、原宿表参道周辺では奉祝パレードが行われた。
幸い現在の天皇・皇后両陛下をはじめ、皇族方には健やかにお過ごしのようであり、国民からの尊敬と信頼も得られているようで、喜ばしい限りである。
さて、アメリカのバイデン大統領の自宅から機密文書が見つかった問題で、捜査を進めていた司法省の特別検察官が、8日大統領は故意にトップシークレットである機密資料を保持し開示したとする報告書を発表した。しかし、起訴はしないと述べた。その理由が振るっている。「大統領は記憶力に劣る高齢男性」と結論付けたことである。普通ならこうまで言われては文句のひとつも言いたくなると思う。というのは、大統領は副大統領だった期間や、子息の没年についても思い出せなかったことから、検察官は「故意という心理状態だったことを立証する必要がある重罪について、とっくに80歳を超えている大統領経験者を有罪にすべきだと陪審に説得するのは難しい」と難しく語った。大統領自身が関わったアフガニスタン情勢についても記憶があいまいだったとも言っている。ここまで記憶力に疑問を持たれたのでは、11月の大統領選への挑戦こそ大問題ではないだろうか。
起訴は免れたとは言え、この言いぐさに対してバイデン大統領は直ちに記者会見を開き、特別検察官の指摘に反論した。子息の没年を捉えてよくもそんなことを言い出したものだとえらいオカンムリである。子息が脳腫瘍で亡くなったのは2015年で、その翌年の大統領選への出馬を見送ったと言われているほど、バイデン大統領にとってはショックだったようだ。大統領サイドの弁護団も報告書は偏見に満ちていると批判している。
この動きについて、共和党サイドは早速この報告書に小躍りして飛びつき、バイデン氏の記憶の衰えは最も気がかりな点であるとした。そして、機密情報の取り扱いを誤った責任を問われることすら出来ない人間は、間違いなく大統領執務室に相応しくないとこの際とばかりに断じた。更にこうも言った。「耄碌し過ぎていて裁判を受けられないなら、大統領になることだってできない。ジョー・バイデンはこの国を率いるに適しない」と言い切った。
まだ、大統領選は予備選が始まったばかりで共和党、及び民主党も大統領選候補者が決まっているわけではない。仮想ライバルを叩いて少しでも有利に選挙戦を進めようとする候補者にとっては、ライバルの失態は思わぬ得点となる。この先予備選と本選はどういう戦いになるのだろうか。
それにしても今後世界最大の国家であるアメリカを率いることになる可能性のある大統領が、高齢で記憶力まで危ういということになれば、国の安定も失われる恐れがある。実際ごく最近公の場で、大統領は外国首脳の国名を少なくとも2度までも間違えている。司法省特別検察官が明かしたように、バイデン氏の記憶力に衰えが見られるとすれば、アメリカは世界中から信用を失い、国の立ち位置も難しくなる。それこそ中国やロシアにとっては願ったり叶ったりとなるだろう。
それは世界にとってもマイナス以外の何物でもない。そうでないことを願うが、さもなければ、そろそろ大統領にも定年制を設けることを推奨したい。
6116.2024年2月10日(土) 世界的指揮者・小澤征爾氏亡くなる。
去る6日に世界的指揮者である小澤征爾氏が88歳で亡くなったと昨夕報じられた。日本人なら誰でも知っている有名人で、日本はおろか海外でも「世界のオザワ」としてその名は広く知られている。文化勲章受章者でもある。1981年に旧文部省の教員海外研修団に随行してオーストリアのザルツブルグを訪れた時、現地教育委員会の人たちに小澤について尋ねると皆よく知っていた。ザルツブルグ近郊のカラヤン家の近くを通った時にも、小澤の話が出たくらいである。小澤は音楽への愛情から音楽を広く紹介、普及するための活動にも熱心だった。2002年に日本人指揮者として初めてウィーン・フィルハーモニーのニューイヤー・コンサートを指揮した時は、テレビの前で神妙に耳を傾けていたことを懐かしく想い出す。1973年からほぼ30年間に亘り、ボストン交響楽団の音楽監督を務めていたことでも知られる。中国の瀋陽(旧奉天)で生まれたこともあり、中国への愛情と関心が高く、しばしば中国を訪れては中国の若者たちを指導していた。名前の征爾の謂れもユニークである。歯科医師だった父親が日中戦争時に満州在住の日本人として、日中平和のために「五族協和」を実現しようと奮闘したが、その当時関東軍の参謀長・板垣征四郎と、柳条湖事件や満州事変を起こした陸軍中将・石原莞爾の名前を1字ずついただいて「征爾」と名付けられた。板垣征四郎の子息である正氏は、長らく日本遺族会事務局長を務めておられ、私も太平洋戦争戦没者遺骨収集事業で随分お世話になった。小澤とは関係ないが、何となく因縁を感じる。
小澤が行動的だったのは、1950年代の終わりにスクーターで貨物船に乗り込み、63日間もかけてフランスへ渡ったのだが、当時日本人の海外渡航は認められていなかった。その行動力は、1966年海外渡航が自由化されベトナム戦争中のベトナムへ初めて出かけた当時の私に比べてずば抜けていると思う。指揮者を目指したのは、ラグビーで指を骨折したためにピアノが弾けなくなり、ピアニストになる夢から志を指揮者へ変えたそうだが、ラグビーをやっていたとは知らなかった。享年88歳だった。心よりご冥福をお祈りしたい。
さて、海外でイスラエル軍によるパレスチナ・ガザ地区への攻撃が激しさを増し、国際社会で停戦の意向が強まるにつれ、イスラエルのネタニヤフ首相は意固地になって停戦を拒否している有様で、仲介に入るアメリカもほとほと手を焼いているようだ。
それと並行して、ウクライナ戦線も一向に戦火が止む気配が見えない。こんな時にウクライナでは、ウクライナ軍トップの司令官解任をゼレンスキー大統領が発表した。素人目にも戦争の最中に軍のトップを交代させるような人事は、戦闘員の戦意を後退させるのではないかと気になる。そこには、大統領と解任されたザルジニー司令官の間に軋轢があったと考えられている。2年前の開戦当初には大統領はザルジニー司令官の指導力を高く評価していた。それが、戦争が長引くにつれて兵士の消耗が激しくなり、兵員不足が深刻化して不人気な新規兵士動員をめぐり、大統領側と軍の責任の押し付けがあったようだ。奮戦する軍への国民からの信頼は高く、最近の調査では大統領への62%の信頼を上回り、ザルジニー前司令官への信頼は88%だった。
アメリカ議会ではウクライナへの支援に反対が高まった。国内が割れていては、友好国からの支援も遠のいてしまう。こうと決めたら新たに任命された陸軍トップのシルスキー司令官に頑張って実績を上げてもらうしかない。