充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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6125.2024年2月19日(月) 感動的な小澤征爾の指揮と裏金問題の格差
昨夕は1か月半ぶりに自宅でビールを飲んだ。正月以来である。ここ数年アルコールを飲んだのは、年に7回ほどであるが、これからは毎月飲むようになるかも知れない。実は、現在大阪に勤務している長男がこの4月から東京勤務になるので、今日アパート探しのために1泊2日のスケジュールで久しぶりにわが家へ立ち寄った。息子は、もう10年以上も大阪、京都など関西地区に勤務して東京勤務はしばらくぶりである。これからは家族とも別れて身の回りの世話を自身でしなければならない単身勤務なので苦労することと思う。息子の長男、初孫は昨春社会人となって今広島県福山市に勤務しているが、妻と2人の大学生の娘を奈良に残すことになる。そんなわけで息子と久しぶりにビールを傾けた次第である。
息子がホテルへ戻って行った後で、先日亡くなった指揮者の小沢征爾のドキュメンタリー番組を観た。NHK・Eテレの「クラシック音楽館『追悼・・・マエストロ小澤征爾』」で、2002年のウィーン・フィルハーモニーと、16年にウィーン・フィルが来日の際小澤が指揮した場面には、以前に観て感動したのだが、改めて懐かしく見とれていた。流石に「世界のオザワ」と言われただけに、その迫力ある指揮ぶりにはいたく感激した。
それに引き換え、自民党の裏金問題のザマは何と言ったら良いのか。一向に収束する気配がなく、むしろ影響は広がる一方である。今ではキックバックされて国会議員の懐に入った裏金は脱税問題に発展している。普通に考えれば、何らの努力もない濡れ手に粟の不労所得については税金を納めるのが当たり前である。
そこへ立憲民主党の江田憲司議員が、昨日多額の裏金を受け取っていながら納税しないということは、脱税であり、税務署が「脱税天国」を容認することだと厳しく追及した。先日国会で岸田首相が確定申告の受付を前に、法令に則り適切に申告納税を行うようお願いしたから、余計に騒ぎが大きくなった。自分たち国会議員は脱税していながら、国民には納税をきちんとやるよう語るとは、まったく笑止千万である。むしろ国民が納税を拒否する税金一揆が起きると言っている。テレビ朝日の「羽鳥モーニングショー」で、玉川徹氏が源泉徴収制度を止めて皆確定申告をやったらどうかと提案するなど不満をぶつけていた。
私も先日確定申告を済ませてホッとしたばかりであるが、1年間の領収証をすべて保存し、現金・預金の出入り額をすべて金銭元帳にメモするだけでも大変な作業である。その後会員である青色申告会にそれらの資料を基に提出申告書類を作成してもらったが、きちんと納税申告するのはその事前の資料作成作業をするだけでも大変なことである。国会議員は、その種の作業を秘書任せにするか、まったく確定申告をすらしないわけである。国会議員の無責任と欲得は益々酷くなっている。こういう悪の権化のような国会議員は、いくら気楽で一面ちやほやされ、金儲けが出来、嘘八百をついても咎められず、税金を納めなくても大きな顔をしているが、人間的には最低の人種であり、軽蔑すべき職業だと思う。来世生まれ変わってもとても国会議員だけにはなりたくないものだ。
6124.2024年2月18日(日) ナワリヌイ氏の不審な死と刑務所内の言葉遣い
庭の白梅も大分花を咲かせて、今日は初めて鶯が飛んで来た。昨年は飛来こそあったが、一度もあのホーホケキョという鳴き声を聞いたことがなかったが、今年こそは何とかあのしびれるような声を聞いてみたいものである。
ロシアのナワリヌイ氏の死亡について案の定というべきだろうか、いろいろな噂が飛び交っている。ロシア政府筋から発表された死因「突然死症候群」のコメント以外は、すべてプーチン大統領による他殺との批判的な声が圧倒的である。ナワリヌイ氏ら反政府的な言動が小心なプーチンを大統領選に圧勝させようとの気持ちにさせ、それがナワリヌイ氏を葬った大きな原因である。それにしてもこのロシアの大統領選は、少々変わっている。すでに投票用紙が公表された。そこには、4人の立候補者の名前が記されていて、この中から1人を選ぶことになる。プーチン以外の3人は、最大野党共産党の下院極東委員長、極右の自由民主党党首、政党「新しい人々」の下院副議長であるが、いずれもプーチン政権に従順な体制内野党と呼ばれ、プーチンの脅威にはなり得ないとされている。亡くなったナワリヌイ氏は収監中だったために、最初から立候補できる可能性はなかった。そして唯一反戦を唱えている独立系のナジェジディン元下院議員は、選管から立候補を認められていない状態である。プーチンにとっては、当然戦う前から外堀を埋めて勝負ありであるが、こうまでして大統領の権限を独裁的に行使したいものだろうか。よくぞ公に自由選挙だなどと言えたものである。その人間性を疑いたくなる。
ナワリヌイ氏が死亡した収容所における待遇はどんなものだっただろうか。昨年フィリピンを拠点に特殊詐欺に関与したとしてマニラから日本へ移送された日本人容疑者らが、「地獄の沙汰も金次第」とばかり、マニラの収容所内で刑務官を買収していたような奔放な作法が発覚してテレビでも派手に取り上げられた。実は日本では法務省が、2022年に名古屋刑務所内で受刑者が刑務官による暴行を受けたことをきっかけに改革の一環として、今年度中にすべての施設で受刑者の立ち直りと関係者を見直す取り組みとして、刑務官と受刑者の間のお互いの呼称を改めることにするという。
刑務所や拘置所に収容されているすべての人を、苗字に「さん」をつけて呼ぶことに運用を変えるという。これまでは受刑者らを呼び捨てにすることが多く、中には「やつら」と呼んでいたこともあったようだが、すべて「さん」づけとすることを決めた。一方、受刑者が職員を「先生」と呼ぶことがあったが、これも4月からは「さん」づけで呼ぶことに変更する。しかし、こうなっては映画やテレビの収容所におけるシーンで、受刑者を取り調べる係官が、怖い口調で「○○さん」などと言ったのでは、その場の雰囲気にそぐわないのではないだろうかと些か気になる。
また、「先生」という呼称は、教育現場の先生や、医師、尊敬されるような実績を上げた人を呼ぶ場合だけで良いと言う声が以前からあった。国会議員は一般的に「先生」と呼ばれているが、彼らが最近の裏金に関して表沙汰になった悪事を知るにつけ、こういう国会議員を先生と敬うような呼称はどうかと思う。この際刑務所の改革と同時に、国会も改革して「先生」と呼ばずに「さん」づけで呼んだ方がすんなり受け入れられそうである。
6123.2024年2月17日(土) 反政権運動指導者・ナワリヌイ氏暗殺か?
このところ独裁君主を彷彿させているロシアのプーチン大統領が、ついに殺人にまで手を染めたと考えられている。ロシアの反政権運動指導者のアレクセイ・ナワリヌイ氏が昨日拘留中の北極圏の刑務所で、散歩を終えた後突然体調を崩して死亡した。死因は不明と発表されたが、これまでの経緯を考えると信用し難く世界中であらぬ憶測を呼んでいる。
ナワリヌイ氏は、2020年に国内で猛毒の神経剤を飲まされて重体に陥ったことから日本でも知られるようになった、ロシア国内でプーチン体制を厳しく非難していた反政権運動指導者である。死亡には当然プーチン大統領が背後で関わっていたと推察出来る。実際ナワリヌイ夫人は、プーチンがロシア国内で行ったすべての虐殺の責任を負うべきだとプーチン大統領を糾弾し、ノーベル平和賞受賞者でロシア独立紙のムラトフ編集長はプーチンの殺人と決めつけている。西欧の首脳でもマクロン・フランス大統領は、「ナワリヌイ氏の勇気、献身に敬意を捧げる。ロシアでは自由な精神は強制収容所に送られ、死刑を宣告される。怒りと憤りを覚える」とのコメントを述べた。シュルツ・ドイツ首相もロシアはもはや民主主義ではないと批判し、戦敵のゼレンスキー・ウクライナ大統領は、「何千人もの人々と同じように彼も殺された。プーチンは自分のしたことへの責任を問われなければならない」とプーチンを厳しく非難した。昨今存在感が薄くなったアメリカのバイデン大統領も、「今ウクライナで見られるように他国の市民を標的にするだけでなく、自国民にもひどい罪を犯している。間違いなく死の責任はプーチンにある」と断言した。来る24日にはウクライナ侵攻2年になる。国内外に世界中から非難される問題を抱えて、プーチン大統領はいつまでこの泥沼戦略を続けていくつもりなのだろうか。
来月17日には、ロシア大統領選が行われる。大統領職に執着しているプーチン大統領は当然5選を考えている。長期政権に対する国民の批判を和らげ、盤石の体制基盤を確立するためにも、ここで圧勝したい。政権批判の反体制勢力に対しては、容赦せず徹底的に排除したいと考えている。その頂点にいたナワリヌイ氏を先ずは闇に葬ったのだ。モスクワ市内では厳しい警戒の中で、多くの市民が自発的にナワリヌイ氏の霊に献花している。プーチンは国外では四面楚歌の状態であるが、国内でも少しずつ批判票が増えつつあるようだ。これから国際的なプーチン非難の波がクレムリンに押し寄せることだろう。
さて、太平洋戦争戦没者の遺骨収集が近年捗々しく進まないようだ。終戦から79年が経過してご遺族の高齢化と減少、コロナ禍、また国民の間でも戦争自体の印象が薄らいでいく傾向が表れてきている。今年度の国による遺骨の収集は、過去2番目に少なかった。個人的にも旧厚生省主催だったこの事業に、ほぼ半世紀前から約20年間に亘って携わり、日本遺族会のスタッフだった水落敏栄・現日本遺族会会長とも一緒に度々遺骨収集作業に立ち会うことが出来た。その時の気持ちは、戦友会や遺族会の戦跡慰霊巡拝団に参加した時と同じである。関係者から厳しかった昔の戦地の様子を生々しく聞かされて戦時を想像すると、ついご遺族の胸の内にもお悔やみと同情の気持ちが生まれたものである。
その遺骨収集事業が今曲がり角に差し掛かっているようである。かかる費用に対して収骨の割合が少ないことである。実際新年度予算には、過去最高額の33億4千万円を計上した。だが、こればかりは対費用効果で考えるべき事象ではないと思う。極端な高額費用なら別だが、如何に費用がかかろうとも国によって戦地で戦わされ、挙句に命を落として外国の地で成仏出来なくなった戦没者をこのまま放ったままで良いものだろうか。
6122.2024年2月16日(金) 日本の経済力は劣化したのか?
日本企業の業績が好調で今年度の国際収支が黒字になった、と日本経済の好景気について一昨日の本ブログに書いた。それは、コロナ禍からの回復で消費や輸出が伸び、物価高もあって日本の2023年名目国民総生産(GDP)は過去最高となり、物価の影響を除いた実質GDPも1.9%増えて、ともに3年連続プラス成長になったからである。それは同時に、アメリカの株式市場の上昇につれて日本の株式市場も好調で、日経平均株価も一昨日にはあと千円も値上がりすれば、史上最高値を更新するところまで上がったくらいである。
ところが、昨日内閣府が公表した国民総生産(GDP)で日本がドイツに追い越され、3位から4位に転落したニュースがメディアで派手に伝えられた。日本のGDPが4兆2千億㌦であるのに対して、ドイツは4兆4千億㌦である。しかもドイツの人口は日本の約2/3である。実質的な経済力はすでにドイツに負けていた。ニュースでは、日本企業の好調ぶりにはほとんど触れずに、ドイツに追い抜かれた原因を2つ挙げている。ひとつは所得が伸びずに個人消費が停滞した長年のデフレと、もうひとつ円安の影響が大きいことを挙げている。23年の平均為替レートは、1㌦=140.5円で、22年の平均より9円も安くなっている。これが大分効いている。
ついては日本の未来について悲観的な見解を抱いているジム・ロジャーズ氏という世界3大投資家がいる。彼は今後10年間に「沈む国」として日本をリストアップしている。その大きな理由は、「人口減少」と「少子高齢化」だと言う。日本の65歳以上の割合である高齢化率は、2023年に29.1%となり、過去最高で世界一である。3人にひとりが高齢者となりつつある。このまま日本の人口が減り続けるなら、将来的に日本語という言語も消え、少なくなった日本人は中国語を話すことになるとまで極論を述べている人物である。もうひとつ大きな原因として、日本の借金大国が懸念されると指摘している。人口が減り続け、借金が増え続ける国は衰退すると厳しい目で見ている。その暗い将来に向けて豊かさを取り戻すために、日本人だけの力だけで応えることが出来ないなら、外国人に対して閉鎖的な国民性を改めて移民の受け入れを検討すべきだと提言している。更に日本で将来性のある産業のひとつは観光だと強調している。特に外国人観光客をターゲットにインバウンド業を積極的に推進すべきだと推薦している。
私自身旅行会社で働いていたが、今から40年ほど前に若干インバウンドに力を注いでいたこともあり、箱根への外国人向きパッケージツアーを開発・企画して、おこがましいが、AMEX誌に取り上げられ大変評価されたことがある。今でも若干手直しすれば、販売できるユニークなパッケージツアーだ。当時はまだインバウンド客が少なく、残念ながら販売は伸びなかったが、少し世間の流れより先行していたせいかなという自負の気持ちはある。
いずれにせよ日本の将来、就中経済については外国人専門家からも厳しい目で見られていることは事実である。ロジャーズ氏からアドバイスされた提案や問題を軽視することなく、少子化対策や、移民受け入れ、及び財政赤字については、日本政府ももっと真剣に具体的な解決策や対応について前向きに検討を進めるべきだと思う。
6121.2024年2月15日(木) 誤解していたシンガポール陥落の日
春一番がやって来た。今日は都内でも21.1℃という4月中旬並みの暖かさだったが、風が強く街を歩いている人たちも歩き難そうだった。だが、明日は北から低気圧が襲い急激に冷え込むようである。
82年前の今日昭和17年2月15日は、太平洋戦争緒戦で勢いがあった大日本帝国陸軍が、マレー半島南下作戦に呼応した陸軍航空隊の支援を受けてシンガポールを陥落させた日である。あまりにも有名になった山下奉文中将が、イギリスのパーシバル司令官にブキテマで、‘YES or NO ?’と迫ってイギリス軍を降伏させた日である。陸軍航空部隊第五飛行師団の南方戦跡慰霊団にお供した時に、実際この航空作戦に参加した飛行第50戦隊隼戦闘隊のパイロットだった方から、15日の払暁に空爆したと伺った。実は、それまで同地陥落はその前日の14日だったとばかり思いこんでいた。私の父親もそう信じて、偶々その14日に誕生した末弟にシンガポールの名を1文字借用して「嘉正」と名付けた。爾来弟を含め家族は、シンガポール陥落の日に弟は生まれたものだとばかり信じ切っていた。だが、大本営は15日午後10時10分、当日午後7時50分に敵軍を無条件降伏せしめたと発表していた。父の誤解により弟はシンガポール陥落の日に誕生したと家族は思っていたが、実際には1日違いで関係のない日に生まれたことになる。
加えて「嘉正」の「嘉」は、シンガポールの漢字表記「新嘉坡」から引用したと聞いていたが、その後シンガポールを度々訪れるようになってから、漢字表記が新聞などに「新加坡」と書かれていることを知り、「新加坡」が正しいのではないかと思った。そこで地元の人に尋ねてみるとシンガポールの漢字表記は6種もあるそうで、一番多いのは「新加坡」で、その次に「新嘉坡」が多いということだった。弟本人は気にしている様子はないが、とんだたわごとだった。
しかし、この時代は軍国主義ムードが強くなり、日本は軍事国家へ一直線だった。占領したシンガポールは、昭和天皇が統治する南の島の意から「昭南島」と名付けられ、義姉もこの年に生まれて「昭子」と名付けられたと聞いた。挙句に戦後昭和29年私が進学した高校が、「昭南高」ではなく「湘南高」だったとは、まるでざれごとのようだと冷やかされかねない。
さて、昨日行われたインドネシア大統領選の結果、戦前の予想通りプラボウォ国防相が勝利を収めたようである。プラボウォ氏は投票数の過半数を獲得した模様で、氏自身勝利宣言をした。正式な発表までには約1か月を要する。
この国は、いま大きな問題を抱えている。それは、巨大都市になり過ぎた首都ジャカルタの首都機能を、現在のジャワ島から北東の島・カリマンタンに移しヌサンタラという新首都として再出発しようというのである。森林地帯を開拓してゼロから都市化をスタートする膨大なプロジェクトであるが、問題は山積している。カリマンタン島は通称ボルネオ島と呼ばれほとんど自国領土であるが、島内北部にはマレーシアの一部とブルネイもあり、3か国が共存している島である。2045年には計画は完了されることになっているが、かなりの投資を必要とするので、経済的に持ちこたえることが出来るだろうか。
国内にいくつもの課題を抱えているインドネシアが今最も気がかりなのは、昨年9月に開業した首都ジャカルタとバンドン間の高速鉄道の経営である。出足の人気は上々でほぼ満員の状態が続いているが、日本との約束を反故にまでして中国と表向き好条件の契約を結んで中国へ発注した。結果的に今では中国からの多額の借金に苦しむことになってしまった。そもそも高速鉄道の名称も「インドネシア中国高速鉄道」と名付けられ、資金調達も総工費の75%を中国国家開発銀行からのローン支払いで、残りの25%も中国とインドネシアの国営企業からの出資に頼っている。一帯一路という中国特有の商取引によって、途上国のインフラ整備に貢献しつつも、支払えなくなったローン残額の代償に強制的に資産まで奪い取る中国政府の利己的な政策によって、インドネシアの鉄道会社は背負い込んだ開業投資額を果たして支払えるのだろうか。さもなければ、中国の術中にはまって資産を抑えられてしまう恐れがある。
新大統領が果たさなければならないノルマはかなり過重である。大丈夫だろうか。意気はともかく、評価は実績で問われることを忘れてはなるまい。