梅雨が長引き、今日も鬱陶しい曇り空で今にも雨が降りそうな空模様である。今日夏の本番7月に入った。梅雨さえ明ければ一気に酷暑がやってくるとつい警戒心が出て来る。霊峰富士山も今年は静岡県が、静岡県側の須走ルートを山梨県側の吉田ルートと合わせて今日7月1日を「山開き」とした。近年富士山の登山者は年間20万人余で、入山料としてひとり4千円を徴収しているそうだ。暑さにめげず、今年も多くの登山者が、♪富士は日本一のや~ま~・・・♪とばかり、頂上を目指すだろうが、近年気になっているのは遭難者が増えていることである。過去3年間の遭難者は21人で、その7割が3,000mを超えた辺りで亡くなっている。最近は外国人の遭難も目立っている。遭難者が増えることは、富士山は決して望んではいない。今年は、ひとりでも遭難を減らすよう登山者自身はもとより、関係者もその対策を講じて遭難者が出ない富士山にして、清潔なイメージを傷つけないようにして欲しい。
このところ物価の高騰が大きな問題となっており、その原因がホルムズ海峡の原油運搬船が航行できなくなって原油不足となったことからである。それがアメリカ・イラン戦争停戦合意により解決し、物価も下がると望みをかけられている。しかし、物価も直ぐには下落せず、そこへ日本ではこのところ外国為替市場で円安状態が進捗し、昨日は39年ぶりに1㌦=162円台の円安ドル高水準にまで達した。東日本大震災のほぼ半年後2011年11月には、戦後最高の円高水準1㌦=75円32銭の時もあった。日本が円安水準になったのは、一言で言えば、日本の国際競争力の低下である。これで輸入価格は上がり、果たして物価が下がるような効果は期待出来るのだろうか。
円安と言いつつも現在のような為替自由化時代とは異なり固定相場制だった1㌦=360円時代に、初めて海外渡航が自由化された。初めてひとりで海外へ飛び出した60年前の1966年は、僅か500㌦しか持ち出すことは許可されなかった。それは日本円だと180,000円分に該当したが、海外で500㌦ではそう贅沢な旅行は出来ない。毎年のように海外へ出かけていたが、69年に持ち出し外貨許可は700㌦に増額された。その2年後71年には3,000㌦にまで緩和された。そして、その翌年11月に外貨持ち出し制限の完全撤廃が実施された。緩和の都度、贅沢な旅行をしたというわけではなく、長い旅が出来るようになったことが有難かった。その過程には、日本の顕著な経済成長があった。このころは円高気分を実感できた。
1㌦=360円の固定相場制が、71年8月のニクソン・ショックを機に崩壊し、12月のスミソニアン協定で一時的に1㌦=308円に切り上げられ、そのうえで73年2月変動相場制に移行して、戦後長かった1㌦=360円の固定相場制は終止符を打たれた。
外国為替相場を考えると、つい何かにつけて不自由だった海外武者修行当時を想い出す。ドルから現地通貨に両替し持参して、アフリカや中東諸国を歩いて現地通貨を使用している内に、貨幣価値に疎くなる傾向があった。今も手元の木箱に各国の紙幣が無造作に納められているが、手に取っても国によっては想い出すより現地語で印刷され、どこの国のどれほどの価値のある紙幣か、まるで分からないお札がかなりある。これもプラス面が多かった海外ひとり旅のマイナス・メモリーだろうか。