6919.2026年4月23日(木) AI生成の価値ある有意義な使い方

 AI生成技術はChatGPTが発表されて以来、発展する一方だが、マイナス面もあり、少なからずトラブルを引き起こしている。AI全体としていずれ大きな問題に発展する可能性も有り得る。AIと言えば、私の身にも昨年若干問題があった。拙著「八十冒険爺の言いたい放題」の英語版出版に際して、出版社からこの翻訳をAIに委ねると聴いたときびっくりした。それでも頭から拒否するわけにもいかず、一旦翻訳文を見せて欲しいと申し入れ、AIで翻訳された初校に目を通した。ところが、案じていた通り拙著の原文は私自身が感情を込めて書いた箇所が、翻訳された英文には感情があまり込められているようには思えなかった。これではいかに日本語のわかるアメリカ人が面白いので、英語にすれば外国人がもっと興味を持つだろうと出版を持ちかけたところで、筆者の気持ちが伝わっていないとして、お断りした。そこで、大学ゼミの後輩でアメリカ滞在経験の長い女性と、彼女の友人で大学講師のイギリス人に翻訳をお願いして、漸く拙著英語版は日の目を見ることができた。身近にこのようなAI問題があったために、AIの導入、活用についてはまだ他にも問題が派生するのではないかと気にしていた。

 最近のメディアの報道によると「ゲゲゲの鬼太郎」を描いた漫画家・水木しげるさんの出身地である鳥取県境港市で20年も開催されてきた「妖怪川柳コンテスト」が今年を最後に終了することが決まったという。その中止にした理由というのが、生成AIを使用すれば、誰でも簡単に高品質な川柳を作成できて応募作品がAIによるものか、人の手によるものかを見分けることが不可能になったからだそうである。折角20年もの間、地方都市で続けられていたユニークなイベントが中止になるとは、惜しいことである。

 何年か前のことであるが、大学生が卒論を書くのに大分AIの世話になっているとして話題になったことがある。ゼミで学んだことや本を読み自ら論文を綴って自分なりに考え分析し、築き上げた自論を手書きで原稿用紙などの用紙へ書くことが卒論の真価であり、指導教授としてはそれを求めていると思う。それを学生自らが考えた自論ではなく、AIから拝借した知恵により書き上げた卒論だとするなら、それはいやしくも大学の卒業論文とは言えないと思う。

 いま学生時代を振り返って卒論について想いを馳せてみると、随分時間をかけて関係書籍を読んだし、歴史的事実を調べるようなこともした。3学年時にはゼミの教授、ゼミの仲間を前に中間発表をして教授のアドバイスをいただいた。卒業前に1冊の手書きの書にして教授に手渡して初めてホッとしたことを懐かしく想い出す。

 ただ、AIがダメだというわけではなく、本人が書いたり、工夫したりすることをAIが身代わりになるのではなく、AIを補助的に上手に活用することさえできれば、AIの機能は充分果たしたと言える。

2026年4月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com