42.2007年6月25日(月) 修学旅行生への講話

  今秋海外修学旅行へ向かう三重県立亀山高校2年生約280名に対して、事前研修に当るスピーチをすることになった。ほんの限られた50分程度だったので、充分分り易く話すには必ずしも充分な時間ではなかったが、言わんとすることを漠然とではあっても分ってくれれば嬉しい。ソウルへ3泊4日の旅程なので、過去における日本と韓国の交流、国際感覚を身につけること、自分の立ち位置を知ること、臨場感の大切さ、臨場感でテロを予知した話などを話したつもりではあるが、どの程度分ってもらえただろうか。みんな割合大人しくお行儀良く聞いてくれた。時折生徒が退屈そうな素振りを見せると、興味を引きそうな話題に転じることによって、生徒の関心を呼び戻すことを繰り返しながらやってみた。廊下で立ち話をした女生徒、校内で会うと気軽に挨拶してくれた生徒、案外礼儀正しいのにいまどきの高校生のイメージが少し良くなった。

 坂倉満校長とは、今から26年前文部省の教員海外派遣団で、ルーマニア、ザルツブルグ、インディアナポリスの教育機関視察を1ヶ月に亘りご一緒した。その後崩壊したチャウシェスク政権、気丈な女性ガイド・シモナさん、インディアナポリスの養豚場見学、いまも続いている同窓会<シモナ会>のこと等々、当時の視察団の昔話に懐かしい思いがした。先生のご子息はその視察団でウィーン滞在中に誕生されたということを初めて知った。先生にとっては張り切って打ち込んでおられた時代だったわけである。今日学校が抱える問題点等も伺うことができて、私にとっても意義深い一日だった。生徒たちには、生涯思い出に残る修学旅行を楽しんでもらいたいと願っている。

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41.2007年6月24日(日) 年金保険料ネコババ発覚

 また、嫌な事件が発覚した。何とこれまで収めていた年金保険料を受け取った職員が横領していたというのである。酷いものだ。どこまでぬかる泥濘ぞと言わんばかりに、引きもきらず後から後から不祥事が表沙汰になる。これに対して社保庁現職員とOBらから一向に謝罪とか、事情説明が為されないのは、一体どういうわけだ。お互いに庇いあって、国民の批判の嵐が通り過ぎるのをじっと堪え忍んでいるという状況である。国民は徹頭徹尾役人からバカにされているのだ。こうなったら受給対象者で、いま年金を受け取っている公務員の年金支給を中止したらどうか。そのくらいの罪状に値すると思うのだが・・・・。

  北海道のミートホープ事件も最低。豚肉を牛肉と偽証するのは当たり前で、悪さ悪さのパワーアップである。社長が隠し果せなくなると開き直っている。どう対応するのか、いまだに会社側から何の説明もない。       

 一昨日JRの慢心を本稿で糾弾したら、今日名古屋へ下る新幹線が東京駅出発後に突然信号故障でストップしたと品川駅のプラットフォームで聞かされ   た。幸い5分少々の遅れで発車した。するとまもなくある車両のトイレを修理していたが、結局それは使えず、他のトイレを使用して欲しいとのアナウンスがあった。始発東京駅を出て間もない内に、信号故障、トイレ不都合とよくもまあこんな状態で乗客サービスを行えるものだと呆れた。官も民もドロボーと無責任のオンパレードである。

 さて、名古屋グランドホテルにチェックインして、久しぶりにふたりの美人従姉妹に会い夕食を共に楽しんだ。ふたりとも元気で、ひとりは大正生まれ、もうひとりは来年喜寿と言っていた。やっぱり肉親の気安さで、気楽に話せるのが何といってもいい。明日の話でもひとつ高校生を元気づけてやろう。

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40.2007年6月23日(土) 沖縄慰霊の日

 昭和20年沖縄米軍上陸により大勢の住民が亡くなり、中には集団自決に追い込まれた島民も多数いた。その日から数えて今日で62年目を迎えることになった。時恰も文部科学省は教科書検定により、その集団自決が陸軍による強制的なものではなかったと書き換えようとしている。これほど非常識で理不尽なことがあろうか。これまでずっと集団自決が当然のように言われ、沢山の証言もあり、それを国民が事実と受け止めていたことが、教科書から陸軍が強制したとの表現を突如削除しようというのである。当然沖縄県民の怒りは収まらず、 県議会は陸軍の強制ありとの従来の考えを主張し国へ抗議した。こればかりは、どうみても沖縄県民の言う通り、軍によって集団自決へ追い込まれたということは動かしようもない事実である。それを否定するような暴論はこれまでどこからも出ていなかった。にも拘らず安倍反動内閣は、意図的にこじつけによって「ある」ものを「ない」として、学校教科書の中で嘘を教えようと考え出した。国民を敵に回すような、決して得にもならない愚をよくも実施しようとするものだ。これは、脳軟化症気味の安倍総理だけの考えではなく、側用人のラジカルな知恵者が、坊ちゃん育ちで脇の甘い総理を丸め込んだ結果としか思えない。かつて、沖縄返還闘争に多少関わって、デモや集会にも何度か参加したが、あの頃の盛り上がった空気を思い起こしながら、真剣だった当時の労働者の精悍な顔を思い起こすとたるんだ安倍総理の顔がやけに頼りなく見えてくる。

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39.2007年6月22日(金) JRはもっと安全に配慮を

 福島県研修の受講生は、期待通り素晴しい「私の仕事図」を作成し、発表してくれた。POWER POINTを初めて使用した人も見劣りすることなく、分りやすい図を描いてくれた。自分たちで学んだものを他の図解作成でも生かせてもらえると嬉しい。

 福島から新幹線で東京までは順調に帰ってきたが、その後電車が停まっているというアナウンスだったので、いつものコースを変えて帰宅した。そうしたら、JR武蔵野線で朝から数時間も電車が動かなかったために、関係の路線ではもっと混乱を来たしていた。架線が切断してしまったらしい。エアセクションという停車してはならない場所で電車が停まったために、架線が過熱して切れてしまったようだ。運転士が注意信号の見落としだったと反省していたが、絶対停車していけない箇所で赤信号が点灯するというのも、考えてみれば無茶な話で、運転士には同情の余地がある。常識的に考えてみて、こんな綱渡りみたいな状況で長い間事故が起こらないと考える方がむしろおかしい。それにしても最近JRもこの種の事故が多すぎるが、会社経営が軌道に乗り出した途端事故が増えたというのは、慢心以外の何物でもない。見かけは順調のようだが、国鉄清算事業団に残した債務は税金だが、まだ沢山残っているはずだ。気を引き締めるべきだ。

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38.2007年6月21日(木) 福島県「図解」研修初日

 「知的生産の技術研究会」を通して福島県から毎年「図解」講師を依頼されているが、今日は2日間研修の第1日目である。今回は6年目9回目なので、おおよその見当はついているが事前に打ち合わせした段階では、これまで使用していたPCソフト‘VISIO’より、‘POWER POINT’を重視することになった。内容的には、演習を少々減らして講義を多くする。いつも感じることだが、この研修センターは設備も良いが、環境が抜群に良い。気持ちよく講義することが出来る。第1日目を終えた後の印象では、受講者のPCに関するレベルはかなりのものだ。講義をした後に演習として新規開業するホテルの営業方針を図解する作業をしてもらったが、3つのグループがそれなりにレベルの高い図解を作成してくれた。この調子だと、明日最後に作成してもらう予定の「私の仕事図」の完成図が楽しみだ。

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37.2007年6月20日(水) 年金疑惑隠蔽の上塗り

  呆れてものが言えない。後から後から年金問題の疑惑が噴出してくる。年金台帳を破棄してしまったので、突合せが出来ないと散々言っておきながら、何と破棄したのは一般国民の台帳だけで、自分たち公務員の台帳は完璧に保管していたのだという。それも隠していた。この悪質な役人根性は、この際徹底的に仕置きを加えないと直るまい。国民に年金を払わせていながら、役人は自分たちだけのための年金だと思っているのではないか。しかも、世間を騒がせた箱物投資、グリーンピアなどの福祉施設は、国家公務員共済年金からはびた一文出資していなかったことも分った。過去の無駄使いは、自分たちの原資からは支出していなかったのだ。役人のバカどもは何を考えているのか。頭の良い?役人というのは、こういう姑息で、私利私欲にしか頭の良さを使わないのである。こうなったら、一旦すべての役人を解雇して、悪事を働いた役人には退職金も支払わない。真面目な人、誠実な人、公僕としての志を持った人だけを再雇用することにして、出直したらどうだろうか。

 あ~腹が立つ。

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36.2007年6月19日(火) 硫黄島の呼び方と温泉爆発

 ここへきて硫黄島の読み方を従来使われていた「いおうじま」から、昔の呼び名「いおうとう」に変えることになった。「変える」というより「戻す」ことになった。硫黄島はクリント・イーストウッド監督の映画で脚光を浴びたが、映画でも‘Iwojima’と呼ばれ、戦前の呼称「いおうとう」とは呼ばれなかった。私も戦後どういうわけか、ずっと「いおうとう」と言い続けていたが、いつの頃からか「いおうじま」と呼ぶようになってしまった。国土地理院の地図に「いおうじま」と表記され、マス・メディアも「いおうじま」と呼称するようになり、いつのまにかそれが当たり前となり定着してしまったのだ。そもそもアメリカが‘Iwojima’と呼ぶようになった経緯は、日本海軍の地図にそのように記載されていたからだと聞いて、不思議な気がしてならなかった。元来硫黄島は東京都小笠原村に所属していて、昔から小笠原島民は「いおうとう」と呼んでいたのにいつの間にか、帝国海軍によって呼称が変えられ寂しく感じていたそうだ。この度島民の希望が通り、正式に「いおうとう」に戻るそうでメデタシメデタシだ。       

 旧島民にしてみれば、やっと自分たちの故郷が自分たちの手に戻ったとの思いが強いようだ。占領軍により地名変更させられたのではなく、その点では幸いだったが、やはりその土地にふさわしい呼び名というのが一番すっきりするような気がする。

 夕方のニュースで渋谷のスパ温泉で爆発があり、3名の従業員が亡くなった。地下15,000mまで掘削して温泉を汲み上げていたので、漏れた天然ガスに引火して爆発したのだろうとの推測であるが、危ない危ない。最近では、地下100m掘るごとに水温が2~3℃上昇して1,500mも掘れば温泉基準の25℃に達するので、あちらこちらで掘削作業が見られるようになったそうだ。つい天然ガスが噴出することもあるようで、温泉、温泉と騒ぎ立てるのもいいが、そこらじゅう穴だらけにした挙句、爆発というのでは住民もかなわない。

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35.2007年6月18日(月) 朝鮮総連ビル売却の行く末は?

 ここ数日怪しげな取引が話題になり、注目されている。朝鮮総連ビルが今日の裁判を前にアングラ取引で売買登記されていた。買主が何と元公安調査庁長官だというので、蜂の巣を突いたような大騒ぎになっている。結局整理回収機構から起こされた裁判は、機構側の言い分通り、朝鮮総連が債務の内600億円以上の返済をすることになった。売買も不成立となり、二人の大物が絡んだ取引も謎を抱えたままである。公安調査庁と言えば、かつては左翼を取り締まる大元と見られていたが、その元ボスが総連とつるんでいたとは、狐につままれたようだ。

 そう言えば、60年安保の頃は、公安に目をつけられないようわれわれも気をつけていたものだが、時の変化というのは、正義とか真実なんか以上に、欲得が絡んで立場を変えさせてしまうものなのだろうか。

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34.2007年6月17日(日) 散歩と健康管理

 あまり家の中に引き篭もっていると健康上よろしくないので、外出する予定のない日は努めて散歩するよう心がけている。幸い近所に散歩に適した「駒沢オリンピック公園」がある。公園まで徒歩で15分近くかかる。駒沢公園内を駒沢大学傍まで大きく一回りすると約20分かかる。これだと合計50分かかる。いま膝を痛めて通院中の医師からあまり無理しないで散歩するよう言われているし、50分コースだと多少疲れるので公園まで往復、そして半周して10分で丁度良いと思い、今日から40分コースを実行することにした。偶に孫を連れて出かけるが、今日は日曜日ということもあり、若いカップルが子ども連れで遊びにやってきたり、老人夫婦や外国人家族がゆっくり散歩を楽しんだり、中にはジョギングコースとサイクリングコースもあって、それぞれかなりの人が健康管理を心がけながら楽しんでいるようだ。ここのウォーキングは無理なく出来て、気分的にもリフレッシュできるので、これからも健康のためにも続けてみようと考えている。

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33.2007年6月16日(土) サッカーとサルヴァドールの街角

 今夕NHK「探検ロマン世界遺産」を見ていて、ブラジルの地方都市・サルヴァドールを懐かしく思った。バイア州の州都でブラジル第3の大都市ではあるが、決して豊かな街ではない。砂糖産業の労働者としてアンゴラから大勢の黒人が連れて来られ、それが今日のブラジル人のルーツにもなっている。

 22年前にステンレス・ミッションのお供で同地を訪れた時の印象は強烈だった。崖の上の世界遺産地区とその下の下町がエレベーターで結ばれているのも珍しかったが、何せ古い町でコロニアル風の建物群が残っている一方で、海岸線には白い砂浜が延々40kmも延びているのが地元の自慢だ。

 番組は2月のカーニヴァルを主に取り上げていたので、私の印象とは少々異なるが、私にはそこで見た子どもたちのサッカーのイメージがいまも頭に残っている。街中の狭い路地、しかも傾斜した坂道で子どもたちがサッカーに遊び戯れていたのが強く印象に残っている。蹴ったボールが思うように真っ直ぐころがらない。傾斜を考えながらボールを蹴らないといけない。つまり状況に応じて考えながら蹴るのだ。小さい時から決して恵まれない環境でボールに触っていれば、状況に応じたボール捌きとか、身のこなし方が身についてくるものだ。ブラジル人サッカー選手の間に天才肌の選手が多い所以がこの辺りにあると見た。幼少時から恵まれた環境下で、サッカーを始める日本の子どもたちとは、技術や感性とか、ひらめきに生まれながら差が生じるのもやむを得まい。

 そういえば、かつて付き合っていた旧日本サッカーリーグ・日産チームのマリーニョ選手が、日本では子どもも大人も同じサイズのグランドで試合をするが、身体の発育に合せて小さい子は小さなスペースで戦った方が学ぶことが多いし、将来的にもプラスだと言っていたのも何となく理解できる。

 こうしてみると、日本がスポーツ面で中々世界に伍していけないのは、小さい時からの過保護と万事画一性、それに体育の指導のあり方にあるのではないかということに思い到った。

2007年6月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com