140.2007年10月1日(月) 福田首相初めての所信表明演説

 殿のご乱心で休会していた国会が漸く再開された。いつも通り内閣総理大臣・福田康夫氏の所信表明演説だけでお開きである。どうして首相の所信表明の後に、国会論戦や、委員会審議をやらないのか、いままで不思議でしょうがなかった。いかなる組織の式次第、祭事、行事だって主役の挨拶だけで終わりというのは、国会以外にあまり聞いたことがない。特に忙しい選良が、わざわざ全国から日本の政治の中心・東京に集い、大事な国政を話し合おうという大切な場で、しかも莫大な経費を使ってほんの1時間足らずで散会というのは、税金の無駄遣いであり、あまりにも国民を馬鹿にしている。

 国会は、国家と国民の行方を左右する国権の最高機関である。議員には高い給料も支払っている。マス・メディアもどうしてこの悪しき慣習を止めさせるよう追求しないのか。国会議員は国会でもっと働くべきである。今国会でもせめて国費の浪費と言われないように、明日以降真面目に審議をやってもらいたいものだ。

 さて、福田首相の所信表明であるが、予想していたように期待にはまったく応えてくれていない。てんこ盛りのお題目ばかりで実行性がなく、抽象的で熱意がないステートメントだった。なによりも国家の最高責任者として、話す内容にパッションと哲学がないことが致命的だった。評判の悪かった安倍前首相の言葉、「美しい国」「戦後レジームからの脱却」とか、「憲法改正」のような、ぴんと来る言葉が発せられれば、ことの善し悪しはともかく目指すところや、理念らしきものが多少は伝わるのであるが、それはまったくない。そつがないのも程度問題である。加えてボキャ貧のせいか、「自立と共生」など、ついに民主党小沢党首が言い出した言葉までパクッている。役人が書いた原稿を棒読みしているので、面白みも盛り上がりもまったくない。予想されていたことではあるが、程度の低さはこの国の政治家の本質と実像を具現しているからではないか。元々こんな程度だと割り切って大きな期待をせずに選挙で、部分修正を迫るより方法がないのかと絶望的にすらなってしまう。明日以降の国会論戦はどんな具合になるのだろうか?

2007年10月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

139.2007年9月30日(日) 沖縄の「集団自決強制」を教科書から削除

 昨日、戦争末期の沖縄戦における「集団自決強制」に関する削除について、歴史教科書検定意見の撤回を求める沖縄県民大会が宜野湾市で開かれた。独自に集会を開いた先島諸島の自治体を除く、全36市町村の首長が参加した。主催者の予想を遥かに超える11万人もの県民が参加した。同時開催された、宮古、石垣の郡民大会にも6千人が参加したという。

 ことの始まりは、高校日本史の教科書において、沖縄戦で住民の集団自決に関する記述で、文部科学省が「日本軍に強制された」の表現に修正意見をつけ、今年3月にその記述を削除していたことが明らかになったことにある。文科省の言い分の根拠は、ひとつは、「軍の命令があった」とする意見と否定する資料がある。もうひとつは、自決を命じた元軍人と遺族が否定したというものである。

 これまでに、自決を命じた元軍人や、集団自決の現場にいた多くの人が、すでに集団自決の悲惨な事実を証言している。それに当時の戦況下ではよほど強制的な命令でもなければ、これほど残酷な自決などは有り得なかったとの現実味を帯びた声がいくらもある。客観的な状況からしても、有り得たとする方が自然であろう。また、事実としても命令による集団自決自体は現実に起きた。例えば、昭和20年3月下旬から4月にかけて、大集団自決と称せられる事件として、渡嘉敷島(300人以上)、座間味島(約130人)、伊江島(100人以上)、読谷村(約80人)がある。多くの人々が寄り添う集団には、強いリーダーがいた筈であり、そのリーダーが軍人、またはその命令履行者であったことは明らかである。それを一件もなかったかのような表現にして歴史を改ざんしようというのか。これこそ、事実を隠蔽し、歪曲することになり、後世に汚点を残しはしないだろうか。

 なぜ文科省は、敢えて強い反対の声があるのを承知のうえで、「軍の命令による集団自決は有り得なかった」という表現に拘るのか。文部官僚には、戦争や戦闘現場の経験者はいない。ましてや、遠く離れた沖縄戦の悲惨な場面を体感として知っている者は皆無である。一方戦場となった沖縄の人々には、家族を亡くし、戦闘場面を目にした人たちも大勢いる。忘れたくても忘れられない残像なのである。ひとつは、ここに文部官僚と御用学者、そして戦争体験者である沖縄人との間に、前者の仕事上恣意的に出される結論と後者の本音及び真実の間に横たわる決定的な温度差がある。

 昨日会場には、予想の2倍以上の11万人以上の人々がほとんど全島からやって来た。これはもう完全に沖縄の、否国民の世論である。案の定、執筆者の中からも記述訂正の声が挙がってきた。

 一般的に世の中が安定してくると、右傾化の流れになる。いまわが国が安定しているとは、必ずしも思えないが、それでも周辺諸外国を見回してみればいい方だ。右傾化を志向するのが時の流れなら、それも止むを得ない。しかし、事実を隠蔽することは、国が率先してやってもらっては困る。もう散々国は国民を騙してきたのだから。

 さて、ビルマは好ましからざる方向で、連日のデモ騒ぎが収束しつつある。新聞の見出しでは、「軍政、デモ制圧宣言」「デモ、散発的に」「民主化機運、また封殺―軍事政権揺るがず」「ミャンマー市民沈黙」と書かれ、またもや軍事政権側の勝利という結果に終わりそうで残念だ。民主化はまた、遠のいた。その最大の理由は、ビルマ人の温和な性格から推して、騒ぎを起こすような気持ちなんか元々なかったからである。止むに止まれず立ち上がったが、厳しい弾圧で死傷者が出るとこれ以上の被害者を出したくないというビルマ人らしい温和な気質が災いして、思い切って壁を乗り越えられない。そのうえ、武器は一切持たず、武力ではとても政権に対抗出来ない。ともかくこれで、また軍政による圧制、軍上層部の贅沢、そして市民の貧窮は続き、当分先の展望は開けないだろう。ビルマ国民に同情の念を禁じえないし、ビルキチの私にとっても辛い。

2007年9月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

138.2007年9月29日(土) ビルマ情勢はいよいよ難しくなった。

 ビルマの騒擾が世界的な関心を呼んでいる。今日も日本の高村外相が国連総会で、ビルマを手厳しく非難し、ビルマのニャン・ウィン外相に対してカメラマン殺害の件で直接抗議し、陳謝された。国連もビルマ担当特使をビルマへ派遣することになった。それにしてもこれだけ報道管制が敷かれていながら、カメラマン長井さんの殺害シーンがリアルに写されているのは、極めて珍しい。高村外相が至近距離からの射殺だと憤慨したのも頷ける。

 日本のビルマに対する批判がやや弱いのは、中国の対ビルマ戦略を意識しているからに他ならない。いま中国は、世界中で資源エネルギーを買い漁っていて、アフリカではスーダンのインフラ整備や、石油掘削に対する経済援助に伴う支援は群を抜いている。それだけならまだしも、ダルフールにおけるスーダン政府の住民弾圧、虐殺行為に加担して世界中の顰蹙を買っている。

 一方アジアでは、その中国が軍事独裁国のビルマに対して、経済支援を連綿と継続中である。実は、中国にはひとつの戦略的な狙いがある。隣国ビルマの豊富な天然ガスを始めとする鉱物資源に目をつけているからだ。中国は陸続きに石油輸送用のパイプラインの建設を進めている。日本に対するビルマの対応は悪くはなかったが、民主化に逆行する政策を打ち出してから、日本は経済援助を人道的支援だけに制限した。以来、両国関係は以前ほど良くなくなった。これに対して、中国は他国の批判などあまり眼中になく、自国の利のみを考えている。ここで、中国がビルマ擁護の立場に立ち、日本が国連の経済制裁に加わったら、益々日本との外交関係が疎遠になり、ビルマ国内のエネルギー開発において遅れをとるのではないかとの懸念が日本側にはある。

 さあどうするか。外交手腕に疑問符の福田首相のお手並み拝見である。

 明日で、今年度上半期も終わりとあって、NHK朝のドラマ「どんど晴れ」が終わった。朝食をとりながら日課のように毎朝結構楽しませてもらった。重要場面で民話の子、「座敷わらし」がすっと出てくる。また、主役・夏美の弟の名を「智也」というが、おかしなもので、偶々朝日新聞夕刊の連載小説が、荻原浩作「愛しの座敷わらし」といって、登場人物にも弟役で「智也」が登場する。作者同士が示し合わせたわけでもなく、偶然の一致かも知れないが、こんなことも同時並行して起こるのかなあと不思議な感じがする。

 このところあまり良好な関係ではない、NHKと朝日新聞のコラボレーションが面白い。

2007年9月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

137.2007年9月28日(金) ビルマと日本相撲協会はどうなる?

 20日に東京医療センターで受診した、大腸の内視鏡検査の結果を、今日専門医から説明を受けた。いつも感心するのだが、大腸の映像が局部的にきれいに写っている。その写真を1コマ1コマパソコンで説明していただけるので、大変分りやすい。検診結果は、それほど心配するには及ばないということで、やれやれ一安心である。ただ、毎回内視鏡検査の度に、「憩室」が多いと指摘される。今日も実際に「憩室」を見せてくれたうえに、小さなポリープもひとつ教えてくれた。ポリープは良性なので、現時点では心配は要らないとの所見だった。血圧についても相談したが、普段から測るようにしないと本当の血圧が分らないとの説明に納得。実は、11月にチベットへ行こうと張り切っているが、少々血圧が上がり気味なので、海抜5,000mを超えることがちょっと気になっていた。もう少し時間をかけて考えてみようと思う。

 心配していたビルマ情勢が、いよいよ風雲急を告げてきた。昨日射殺されたカメラマン、長井健司さんは当初流れ弾に当ったと報道されたが、実は近距離から治安部隊に狙われて胸を撃たれたという。ブッシュ大統領は怒るし、欧米のマス・メディアは非難轟々だし、日本もソフトに抗議した。今日のマス・メディアはビルマ情勢一辺倒で、北朝鮮の各施設稼動停止を求めるための6カ国協議もどこへやら、影が薄い感じである。日本の旅行会社も予定のツアーをほとんど取り消した。品川のビルマ大使館の前では、在日ビルマ人が民主化と軍政反対で気勢をあげている。かつて、何度もお邪魔したところだし、懇意にしていただいた駐日大使、ウ・チ・コー・コーさんとの思い出も多い。

 ラングーン(現ヤンゴン)の街頭も随分映像に映り、シュエダゴン・パゴダやスーレイ・パゴダも懐かしい。しかし、各社とも常駐の特派員を置いておらず、主にニュース源はロイターの配信なので、各テレビ局の映像も似たり寄ったりで臨場感が乏しい。その映像や記事についても、軍政はジャーナリストを追放しようとしているし、インターネット回線の停止措置をとったとのことで、これから臨場感のある現場の映像やレポートが消えていくのではないだろうか。後ろにいる中国、ロシア、インドの支援と対応がいやらしい。今日の新聞切り抜きは大きなもので、12枚になった。

 大相撲で6月に一人の犠牲者を出した。入門間もない17歳の力士を稽古?で殺してしまった。嘘がばれて数日前から行過ぎた稽古と問題になっていたが、ビール瓶で額を殴った時津風親方にしても、北の湖理事長以下の相撲協会幹部にしても、ほとんど他人事で無関心に近く、きちんと説明していない。仮にもひとりの若い命を奪ってしまったのだ。まったく無責任であり、こんないい加減な親方日の丸の財団組織なんか解散させるべきだ。本件についても、遺族はただ泣き寝入りするしか術がないように見える。朝青龍の謹慎問題にしても、師匠の高砂親方の未熟な指導と対応が問題になったばかりではないか。また、同じようにお粗末で手際の悪い対応を繰り返している。

 今日、北の湖理事長が渡海文部科学大臣にいやいやながら謝罪したが、謝る相手を間違えてやしませんか。最初に謝罪すべき相手は、17歳の青年力士の両親であり、遺族ではないのか。こんな常識もなく思いやりに欠ける、文科省掌下の財団法人・日本相撲協会は、解散して出直し、運営を民間のマネジメント会社へ任せた方がよほどすっきりする。

2007年9月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

136.2007年9月27日(木) ご先祖の墓石脱魂の儀式

 檀家である中野の宝仙寺墓地で、古い先祖の墓石の脱魂の儀式を行った。近藤家の墓を守っているのは、明暦年間の初代から数えて兄が八代目に当る。私は次男なので本家を継ぐわけではないが、出来ればこの墓の空いている場所に自分の墓を建立したいと考えていた。兄弟の了解もとりつけたので、昨年から話し合いを始めたが、時間が割けなくなって、しばらく頓挫していた。

 今日午後宝仙寺の僧侶に古いご先祖の墓石二基にお経をあげていただき、ご先祖の魂を抜いていただいた。この後立ち会ってくれた石屋さんに、魂を抜いた墓石を処分していただくことになる。私の生前墓は十二月に完成するということなので、それを待って整備された近藤家の墓地内に建立し、儀式を行うことにした。

 こういう儀式は初めての経験なので、戸惑うことがあるが、自分の人生にとってひとつのけじめであり、残る家族に先行きの心配をかけないためにも必要なことである。幸い地理的にも近くて交通も便利なので、将来的にも息子たち子孫が参拝に来れなくてお墓を粗末にするようなこともあるまい。お墓を建立した途端、安心してぽっくり逝かないようこれからも健康管理に気をつけなければいけない。

 さて、気にかかっているビルマ情勢だが、お坊さんのデモ隊に業を煮やした国軍が、お坊さんの寝込みを襲い、宿泊所からお坊さんを拘束して、連れ去ってしまった。何とも荒っぽい兵士たちである。これでは益々収拾がつかなくなる。

 各国ともにビルマ情勢を憂慮して、ビルマ政府に過激な行動や弾圧を慎むよう圧力をかけていたが、毎度のことながら中国とロシアが国連の制裁決議に反対して、効果の薄い安保理議長の非公式声明に留まってしまった。

 今日になって軍政府の締め付けは、軍隊がデモ隊に発砲し、ついに日本人カメラマンが死亡する極めて危険な事態となった。朝刊、夕刊、テレビの報道番組は軒並み、ビルマ情勢を伝えている。明日以降も当分の間ビルマから目が離せなくなった。

2007年9月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

135.2007年9月26日(水) 福田内閣発足はともかく、ビルマの政情が心配だ。

 昨日衆参両議院で首班指名選挙の結果、参議院に優先する衆議院で指名された自民党福田康夫新総裁が、内閣法により内閣総理大臣に決定した。今日任命式と認証式を終えて正式に福田康夫氏が、わが国の第91代首相に就任した。昨日すでに閣僚が決まったが、ほとんどが留任で変わり映えのしない、皮肉を言えば、実に実直な福田氏らしい布陣となった。

 安倍前首相のご乱心に始まり、その後首相代理を置かなかった危機管理能力と国政の停滞、国民無視は、日本人はおろか世界中の失笑を買った。前途にいろいろ問題を抱えているが、今回醜態を曝け出した、国家の統治者が欠けるという事態だけは、止めてもらいたい。どこの組織でもトップがいない組織なんてない。中央政府だけ、トップなしでいられるのは、政治家の無能と国民の寛容心のおかげである。しかし、こんな馬鹿な事態は二度とあってはならない。

 日本の政治が迷走している間に心配していたビルマ情勢が一層険悪になってきたようである。例によって内政不干渉宣言をした中国を除き、国連人権委員会、及びほとんどの加盟国が非難したり、追加経済制裁をほのめかしている中で、ブッシュ米大統領が、ミャンマーと呼ばずにビルマと敢えて呼んでいたのが、印象に残った。この国に愛着を抱く人は、現軍事政権が改名したミャンマーという呼称を好まず、元のビルマと呼んでいる。旧日本軍人は例外なくビルマと呼び、私もビルマと呼んでいる。今日、遂に軍はデモ隊に対して催眠銃を使用し、すでに5名の死者を出したという。この先どうなるのだろうか。心配でならない。

 昨日の太田道灌公の「追憶の碑」儀式の記事が毎日新聞外のマス・メディアに紹介されたと、わざわざ「江戸城再建を目指す会」鈴木武朗理事がFAXを送って下さった。

2007年9月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

134.2007年9月25日(火) 太田道灌公江戸城築城550年記念

 太田道灌公が江戸城を築いてから今年で550年になる。昭和11年7月26日に道灌公没後450年祭に際して、東京市がその遺徳を偲び皇居東御苑外堀に「追憶の碑」を建立した。そのまま70年が経過して、碑は充分な手が加えられずに汚れたままになっていた。最近になってその碑を洗い清め、記念すべきこの年に、その傍に記念の標を立てることになり、今日その除幕式を行った。その碑に、居城について謳った‘吾庵は松原つつき海ちかく富士の高嶺を軒端にぞ見る’と当時の江戸の情景を彷彿とさせる和歌が、歌人らしい鋭い観察眼で表現され刻字されている。

 石川雅巳千代田区長、高山肇千代田区議会議長、高木茂千代田区観光協会会長、太田道灌家18代目当主太田資暁氏、江戸城再建を目指す会・丹羽晟会長、同小竹直隆理事長を始め、関係者数十人が参列した。

 その後に、東京駅前・丸ビル大ホールで「江戸天下祭」ウィークの行事の一環として、「太田道灌シンポジウム」が開催されたので参加した。「『スーパースター』道灌の素顔にせまる」と題して、道灌に所縁の深い前記太田資暁氏、長塚幾子伊勢原市長、太田道灌公菩提寺・静勝寺高崎忠道住職をパネリストに、コーディネーターを東京新聞編集委員田中哲男氏が務め、約1時間半に亘って興味深い話を聞かせてくれた。

 シンポジウムを通して私自身これまで知らなかった道灌公に関する新しい知識を得ることが出来し、疑問も大分氷解した。ひとつは、鎌倉の扇谷上杉家の家老であった道灌が、なぜ江戸に築城する必要性があったのか、との疑問に対する答えである。太田氏の説明で大筋を理解することが出来た。もうひとつは、道灌が神奈川県伊勢原市で、主君の上杉定正に謀殺された経緯である。これまで、太田道灌といえば、江戸城を築城した業績と、教養ある歌人として知られていた。しかし、幼少のころより才知に優れ、兵法に強く、挙句の果ては、疑い深い主君に疑念を抱かせるほどの切れ者であったこと、また伊勢原と縁の深い武将であったことなどは、それほど知られてはいないように思う。主君に尽くしてその主君から討たれるという悲劇は、後の世の判官贔屓の江戸市民から愛されたという。

 江戸城再建を目指す会の会員としては、いささか不勉強で迂闊ではあったが、今日道灌に関して新たな知識を仕入れることが出来たことは良かった。残された文献や、資料はそれほど多くないが、これからもう少し太田道灌公について勉強してみようという気を起こさせてくれるシンポジウムであった。

2007年9月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

133.2007年9月24日(月) 懐かしい国・ビルマのデモ

 ビルマ(現ミャンマー)の様子がいよいよおかしくなってきた。この国は大分前から、強権的な軍事政権が民主化の芽を摘み取り、鎖国的で専制的な軍事独裁国家に成り下がってしまった。国連から経済制裁を受け国民の生活状態は最貧国のレベルにまで下がってしまった。かつては、戦時賠償という償いの気持ちもあって、日本との貿易もまずまずの線であったが、いまやそれもない。戦時中の従軍兵士のビルマへの熱い想いを永年傍で見てきただけに、それを考えると切ない気持ちに捉われる。報道の自由を希望するジャーナリストの常駐を現政権は歓迎せず、ほとんどのマス・メディアの取材は、一旦緩急あれば、隣国タイのバンコックからおっとり刀で駆けつける状態である。

 しばらく鳴りを潜めていた市民のデモが、今度ばかりは大きく広がってきた。ラングーン(現ヤンゴン)におけるデモ参加者は、昨日2万人、今日はついに10万人に達したそうである。大きな暴動にならなければよいがと願う。今度のデモの中心はやはり仏僧である。一般市民は弾圧を恐れて集団行動にさえ加わらなかったが、今日は僧侶のデモに勇気づけられ参加した模様である。民主化運動指導者、アウン・サン・スー・チーさんが自宅に軟禁されたのはいつになるだろう。2003年5月に自宅前に姿を見せてから、4年4ヶ月ぶりの写真が今朝の新聞に公開された。

 個人的にビルマへの思いは格別に強い。随分この国に関わって仕事をしてきた。それも印象深いツアーばかりで、加藤隼戦闘隊の戦没者慰霊団を初めて結成して以来、航空隊の慰霊団で何度も訪れた。他の国とは異なるお国柄で、旅行システムの違いや手配の仕方の違いで随分戸惑わされ、ビルマ流手配方式を一からすべて見よう見真似で独自にマスターして乗り切ってきた。そのおかげで、その後陸軍航空隊慰霊団や、国家事業である戦没者遺骨収集等の尊い仕事を厚生省から取り扱わせていただいた。まさにビルマさまさまである。数えてみるとビルマへ出かけた回数も1970年以来23回に達する。これまで知り合った優しいビルマの人たちとの交流は忘れがたく、いまでも縁が切れない。あんなに素晴しい人間性のビルマ人が、どうして世界中から非民主国家として非難され、敬遠されるようになってしまったのだろうか。世界に比類ない優しいビルマの人たちが気の毒で堪らない。

 1980年6月号「セリングツアーズ」誌に、ビルマの旅行事情について寄稿した(ホームページ上に掲載)。いま読み返してみて、懐かしい思いが尽きない。当時のビルマはまだ独裁政権ではなかったが、穏やかな市民がいる反面、強面の軍人もいた。軍事独裁政権への素地はあったのだ。しかし、貧しいながらも人々は温和で優しく、刺々しい空気は微塵もなかった。最後にビルマを訪れてから、もう7、8年も訪れていない。ビルマの将来が気がかりでならない。近々ビルマの友人に手紙を出してみよう。

2007年9月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

132.2007年9月23日(日) 自民党総裁に福田康夫氏

 今日午後行われた自民党総裁選挙は、予想された通り元官房長官・福田康夫氏が対抗馬の幹事長・麻生太郎氏を386票VS 141票の大差で破り自民党総裁の椅子を射止めた。安倍首相があのように無責任な形で首相の座を放り投げ、目の前に問題が山積している時だけに、明後日国会で首相指名され、次期首相に就任してもこれから大変な苦労を強いられるだろう。

 早速記者会見を拝見した。そつがなく、党内から評価された「バランス感覚」が随所に発揮され、確かに無難ではあるが面白味に欠ける答弁だった。特に、気になったのは、記者の質問に対して歯切れの良い率直な回答がまったくなかったことである。すべて、これから考えるというもので、立候補から時間が少なかったとはいえ、首相という日本のリーダーになろうという政治家が、国民に対して何ら具体的なメーセージを送れなかったのは、少々情けないのではないか。大体国のリーダーたるものが、バランス感覚で評価されるということ自体、恥ずかしいことである。現在のように多事多難な時に総理大臣を務める以上、すぐにでも国民にヴィジョンとか、力強い施政方針を語るのが首相の最初の仕事ではないか。

 年金、消費税値上げ、テロ特措法延長、北朝鮮拉致、内閣・党新人事等については、どれひとつとして明快に答えることはなかった。また、教育再生、美しい国日本、憲法改正、靖国参拝等については、記者団から質問がなかったせいもあり、まったく触れず仕舞いだった。小泉、安倍路線を踏襲すると言いながら、彼らの看板政策でもあった重要課題について、マス・メディアが追求しなかったのも怠慢の謗りを免れないが、首相になるつもりなら、自ら進んで語るべきではないか。

 父親も首相だったのは、憲政史上初めてだそうだが、その点では典型的な世襲代議士であり、父福田赳夫元首相がかつて「こどものために資産は残さない」と言っておきながら、結果的に「総理大臣への近道」という資産を残した。七光りを継承したリッチマン福田康夫氏は、当面ワンポイントと見られているが「世襲の美味しい味」を知っているだけに、政治を家業としてゆくゆくは子息に世襲させる腹積もりのようで、今後どれだけ国民のために、全身全霊を傾けることが出来るのか、これから当分の間監視する必要がある。

2007年9月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

131.2007年9月22日(土) テロ特措法はザル法だ!

 どうも釈然としない感じがする。一昨日「報道ステーション」で伝えられたテロ特措法に絡む、海上自衛艦の海上阻止活動が、アフガンのための支援活動だけでなく、はっきりとイラクで戦闘中のアメリカ艦に給油していたと新たな証言が現れた。

 今日の朝日夕刊トップ記事にペルシャ湾で作戦展開している米空母「エンタープライズ」のホートン艦長とのインタビューが掲載されている。艦長は、前職「ジュノー」艦長当時、イラク作戦に関わり、海上自衛艦から燃料と食料の供給を受けたと明言した。同艦は、対テロ戦争の後に、イラク戦争開戦により両作戦に参画するようになった。こうなると、もともと日本の自衛艦から給油された燃料を、ふたつの作戦活動に使用することはあり得ることである。実際ホートン艦長がふたつの作戦に関わったと証言したのである。

 問題は、アメリカ政府がこの点について、日本政府に対して何らの事前の連絡も、了解もなく、日本の法律外の行動を独自に行っていたことである。日本政府は、アメリカの意図するままに利用され、協力させられ、騙されていたことになる。由々しきことである。折も折り、特措法成立当時の内閣官房長官が明日自民党総裁に選ばれるかも知れない、福田康夫氏である。しかもこの御仁は、そういう噂が出た時、その噂を断固否定し、後になって嘘だとばれるような苦しい言い訳をこじつけていたのである。実情は福田氏も知らされていなかったようである。これは、日本政府はもちろん、福田氏にとっても決して名誉なことではない。アメリカ政府からおちょくられていたのだ。断固アメリカ政府へ抗議すべきである。

 アメリカは日本の善意を出し抜き、利用出来るだけ利用している。幼稚で、インテリジェンスに欠ける日本政府は騙され、それでなお特措法の延長を何が何でもやってアメリカのご機嫌をとろうとしている。どこまで未成熟でお人好しなのか。民主党党首・小沢一郎氏が言うように、アメリカと対峙して、両者の言い分を言い合い、お互いが納得したうえで行動するようでないと、また日本は舐められ、最後には世界中から仲間外れにされるばかりである。

 福田氏、麻生氏は、特措法期限切れに際して、ともにアメリカに対して主張すべきは主張する気概をお持ちだろうか。いささか気がかりである。

2007年9月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com