180.2007年11月10日(土) 懐かしい高校同期生会

  藤沢市民会館で湘南高32回生同期生会が開かれた。事前に幹事のひとり大塚武夫さんから、席上母校ラグビー部について話をして欲しいと依頼されたので、山田勉湘友会幹事の湘南高を取り巻く最新情報に続き、最近のラグビー部の実情、戦績等について紹介、説明した。ラグビー部OBの飯田亮さん(㈱セコム取締役最高顧問)の外に、思い込みもあり同じくOBで31回生の清水丈夫さんに関して、最近得た情報を話した。いつの間にか表舞台から消えてしまった清水さんは、かつて全学連書記長時代の存在感が大きかっただけに卒業生はみんな気にかけていると思う。清水さんと割合接点のあった大橋忍くんが出席しなかったので、彼の知る清水情報を聞き出せなかったのは残念だった。早速小中陽太郎さんに、清水さんの行動については友人の間で賛否両論だったと携帯にメールしたところ、「賛成がいるだけ湘南はリベラル」との感想が返ってきた。

 歓談中に同じ市民会館で今夕公演予定のダークダックス・コンサートのお手伝いをしている、ラグビー部33回生瀧澤邦好くんがやってきて、後ろの方ならまだ余席があるからどうですかとわざわざ誘ってくれた。彼がわれわれの同期生会を知り、先日葉書で連絡してくれたのだが、その際チケットが売り切れてもうないかも知れないと心配もしてくれていた。6日にダークダックスの遠山さんにお会いした時、その話をしたら、まだ余っているのではないかと仰っていた。有難かったが、この後の約束をしてしまったのでお断りせざるを得なかった。瀧澤くんも藤沢・小田急百貨店の社長を辞めてから、自由に活動をしているようだ。

 在校中特に親しかった、山田勝久、加藤靖典、吉水淑浩、三輪悦司くんらに久しぶりに会えたのは、嬉しかった。長らくNEDO理事長を務めていた牧野力くんも聞けば、先月辞めたという。こうしてわれわれの世代も徐々に表舞台から身を引いていく。

 懐かしい話を続けたいと都合のついた山田くん、加藤くんと藤沢市内で軽く一杯やって50年前の話を懐かしんだ。当時はハイキング気分で、一緒に昇仙峡や、伊豆大島、城ヶ島サイクリングなどへも出かけたが、あんな青春時代はもうないと思うと一抹の寂しさを感じる。やはり話題は、どうしても健康問題になる。特に山田くんの場合は、23年も前に奥さんを亡くしてから独り身を囲っている。それでいて生保を辞めて、父親から引き継いだ事業を経営し、2人の子どもを育て上げたというから、その苦労は並大抵ではなかったと思う。とても自分には真似出来ない。加藤くんは日興証券で実績を挙げていたようだが、相変わらずの男前ぶりである。しばらく会わなかったが、会えばやはり親しかった当時を思い出し、すぐ気さくに話し合えるのが、友情であり、いま自分にとってもこういう関係は宝だと思う。

2007年11月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

179.2007年11月9日(金) 金価格表示のトロイオンスって何?

 アメリカのサブプライム・ローンが金融不安を引き起こしてから、やや時間が経つが、このところ日本の株式市場も、原油高騰も受けて先行きの景気に赤信号が灯り、株式相場もいまひとつぱっとしない。今日も市場は、対前日比155.15円安で、日経平均は15,583円まで下がり、今年二番目の底値だそうだ。政局停滞、食品偽装・不正事件、防衛省汚職事件、残虐な殺人事件等々で、世の中が暗くなったような気がする。

 今日の金相場は過去最高の1トロイオンス=837$に達したが、この金価格表示に使用される「トロイオンス」という単位は、寡聞にして知らなかった。かつては、1オンス=35$の金本位制が通用していてプラザ合意前後から変動したと承知している。それが、単位も金額の桁もこうまで変わっていて今まで知らなかったとは、少々勉強不足でお恥ずかしい。今では、貴金属の単位としてオンスはまったく使われていないそうだ。トロイオンスとかつてのオンスとは、単に桁が違うだけかと思っていたら、まったく歴史的な背景や、数値も関連性がないようだ。トロイオンスのトロイとは、フランスのシャンパーニュ地方のトロイという地名で、11世紀にイングランドがフランス征服したころからの由緒ある地名だそうだ。1オンスを日本では金衡オンスとも呼び、480グレーン該当(このグレーンの意味不明)だそうだが、かつての1オンスは、437.5グレーンである。そうなると今日の金価格1トロイオンスを、かつての1オンスに換算し直してみると762$に当る。ベトナム戦争が激しかったころに比べて金価格は約22倍にまで高騰していることになる。これを押し上げている大きな要因のひとつは、石油産油国のオイルマネーであることは間違いない。かつては相場に何の影響も示さなかったオイルマネーが、これから投資先を求めてどんどん日本にも進出してくるのだろう。

2007年11月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

178.2007年11月8日(木) 清水丈夫さんの衰えない論客ぶり

 今日はもう立冬だという。寒さはそれほどでもないが、時の経つのは実に早い。年年歳歳時間の経過が早まっているような気がしている。

 近くの八雲堂書店へ清水丈夫さんの選集第5巻「米帝の歴史的没落と闘いの任務」を注文したところ、外出から帰ると妻が書店から注文を取れないと電話があったという。前進社がかつて共産系の出版社だったせいか分らないが、ちょっと残念だ。広告を見れば、販売拡大に努力する主旨が述べられているにも関わらず、販売ルートが確立出来ていないのではないか。いずれにしろがっかりさせられた。直接出版社へ申し込むより方法はあるまい。

 この清水さんの第5巻は、副題と帯文が先鋭的でなかなか面白そうだ。「パレスチナ-ムスリム人民と連帯して米帝の世界戦争戦略と対決しよう」とアジッている。昔のままの清水さんの面目躍如である。清水さんの序文が書き下ろしで250枚といい、主張は、①9・11反米ゲリラ戦争の歴史的意義と労働者人民の立場を鮮明に提起、②第一次中東戦争からアフガニスタン侵略戦争を分析し、米帝の新植民地主義的政策の本質を暴露、③国際反戦闘争を呼びかけ、小泉政権の有事立法攻撃と闘う方針を提起、と中々勇ましい。これだけ現状の政治に対する反骨精神を主張出来る基盤を持っているということは、元々思想形成は積み上げてきており、そのうえに信念を貫く基盤整理もある程度固まったと言えるのだろう。この様子だと、論客だった清水さんは益々筋金入りとなり、ひ弱い私の理論展開では、とても太刀打ち出来そうもない。遠くから見ていることになると思うが、それでもこの第5巻を呼んだうえで、やはり一度お会いしたいものである。

2007年11月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

177.2007年11月7日(水) 旅行三田会のお付き合い

 銀座・交詢社で恒例の旅行三田会が開かれ参加した。約40名の参加者は次第に減少しているようで、些か寂しい気がする。今では私も参加者の中で3番目の年長者となり、感慨無量の感がする。今まで現役で活躍され、よく存じ上げていた方々が、次第に来られなくなり少々寂しい。

 個人的には、来春上梓したいと思っている次回ドキュメント作品「停年オヤジの海外武者修行」に推薦文をお願いしている、㈱ジャルパック会長、兼JATA会長の新町光示さんが欠席で、お会い出来なかったのは残念だった。明日からマレーシアへ出張されるとの多忙さでは仕方がない。

 この種の同窓会は、昨夕の「東京湘南有志会」のように、先輩後輩間のコミュニケーションを築くことが大きな目的であり、参加者が大手企業の社員ばかりに偏り、固まるようだと、中小エージェントの社員が参加しにくくなるので、今後会員を増やし、旅行三田会を発展させようとするなら、少し工夫が必要かも知れない。

 3日の洞窟コンサートの際、小中さんから「酒とペン」紙へ寄稿するように言われていたが、昨日西山さんから20日ごろまでに書いて欲しいとメールをいただいた。今日1400字程度のボリュームで書き上げたので、明日推敲した後に送信したいと思っている。

2007年11月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

176.2007年11月6日(火) 清水丈夫さんが活動している!

 BIGLOBEのWEBサイトを検索していて、偶々「清水丈夫」さんの名を見つけた。60年安保闘争、東大紛争以後公権力により逮捕され、その後表舞台にはまったく出ておられなかったので、われわれ清水さんを知る者はみな心配していた。ひょっとするともう亡くなられているのではないかと思っている人も多かった。先月日経新聞の「私の履歴書」に元同志・青木昌彦スタンフォード大名誉教授が、60年安保闘争のころのブント仲間について書かれ、清水さんに対してはあまり好意的に述べていなかったことで、私はいささか腹を立てていた。それが清水さんはどっこい生きていたのだ。よかった。青木氏は学問の分野では脚光を浴びるようになり大口をたたいているが、所詮運動からの離脱者だ。それに引き換え清水さんは、世間から忘れ去られていったが、信念に従い地道な革命運動を続けている。

 清水さんは、前進社から「清水丈夫選集」全10巻の出版企画を進め、すでに第7巻まで上梓していたというから驚きである。全学連元書記長の肩書きから姿を隠して、復活した全学連がその後分かれる過程で中核派の指導者となり、いまではインターネット上の選集の広告を見ると「革共同議長」とある。選集第5巻では、序文で9・11テロに際して全読者に訴えると相変わらずの気炎で煽っている。ある面で凄いなぁと思う。

 今夜、東京に活動の場を置いている湘南高のOB、OGの集まりである「東京湘南有志会」が六本木アークヒルズで開催されたが、早速湘友会会長・天野武和さんにお伝えしたところ、びっくりされた。天野さんは清水さんとは中学から高校、大学とずっと同級生で格別の思いがあるはずであり、以前から一度逢いたいと仰っていただけに、とても喜んでおられた。

 会えるかどうかは清水さんのお気持ち次第で分らないが、私にはよかったという気持ちがある。ラグビー部の和田正温さんにも電話でお知らせした。和田さんも驚いておられた。

 いままでの経緯を考えると、もうわれわれにはお会いする気持ちはないかも知れないが、出来れば昔の誼で率直にお話してみたいとの気持ちが強い。

 今日はビッグな一日となった。「東京湘南有志会」には、ダークダックスの遠山一さん、森ビルの森稔社長、ボートでメルボルン・オリンピックに出場した医師の比企能樹さん、川井陽一湘南高校長、ラグビー部関係者、大勢の人たちに会えた。

 しかし、何と言っても清水さんが活動しているらしいとの感触を得たことが何よりも嬉しいニュースだった。

2007年11月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

175.2007年 11月5日(月)環境チャリティ・コンサートを聴く。

 日暮里で環境チャリティ・コンサートと銘打ち、ソプラノ歌手・雨谷麻世さんのコンサートが行われたので、妻を伴い鑑賞に出かけた。雨谷さんとは以前に2度ばかりお会いしたとき、北鎌倉女学院から東京芸大へ進まれたと伺った。先日もNHK・BS番組に出演しておられた。

 「江戸城築城550年記念」を謳い、「江戸城再建を目指す会」も協力しているので、コラボレーションとして太田道灌公18代目の子孫、太田資暁氏が出演されたので、ロビー内でご挨拶した。太田氏は約30分ほど江戸城と太田道灌との関係について時代考証を交えて、パワーポイントを使いながら分りやすく丁寧に説明された。

 休憩時間に、「江戸城~」会長・丹羽晟さんご夫妻がおられたので、ご挨拶したところ、先日差し上げた「知研フォーラム」の拙いエッセイに対して、お手紙とお話でお褒めの言葉をいただき恐縮している。丹羽さんのお話では岡本太郎、藤山一郎、野口富士男さんらと岳父川手一郎の親しい交際ぶりは、いわゆる水魚の交わりではないかと仰っていただき、ご自分も東大が駄目なら慶應に入るつもりだったと言われ、慶應の自由な校風を羨んでおられた。エッセイの出来はともかく、嬉しいお話だった。

 雨谷さんは歌唱力があり得意の高音が素晴しく、日本の歌より、むしろプッチーニのオペラ「トゥーランドット」の名曲「誰も寝てはならぬ」のように高音発声の曲の方が、雨谷さんの良さが表現出来るのではないかと思った。また、西山まりえさんが二つのハープを交互に使って伴奏された。所詮シティーホテル内の舞台会場なので、音響効果や、マイクのボリュームの点で、一流劇場のようには行かなかったと思うが、音楽素人の私には、一昨日のYAEさんの洞窟コンサートともども心安らぐ催しだった。

 昨日、パキスタンではムシャラフ大統領が戒厳令を布告して、国内の治安はぴりぴりしているようだ。隣のアフガニスタン、イランも混沌としてきた。いよいよアメリカも正念場である。ますますアメリカの威信と影響力が低下しそうだ。

2007年11月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

174.2007年11月4日(日) 湘南高ラグビー部、慶応に敗れベスト8止まり

 母校ラグビー部が慶應高に完敗して今回もベスト8に留まった。先週の母校と慶應の試合ぶりから見て、ひょっとするとひょっとするかも知れないと邪心がよぎったが、やはり実力以上のものは出せなかった。慶應に縦横無尽に走り回られ、前後半合わせて14本のトライを奪われてしまった。まさに完敗である。1月の新人戦の準々決勝で同じく慶應と戦い5-63で敗れたが、今回のスコア0-79は、その差がさらに広がった感じで、われわれの見方が甘かったのではないかと反省することしきりである。主将が怪我で欠場したことも痛かったが、慶應の戦力分析が甘かったことに加え、戦術面は反省することばかりである。3回戦では、ボロが出なかったが、かねてよりBK,特にセンターとウィングのディフェンスの弱さが気になっていた。案の定慶應に走られて甘いタックルで止められず、ズタズタに防御ラインを切り裂かれ、一方的な試合展開となってしまった。3年生にとっては最後の試合となり、やや心残りだと思うが、新人戦、春季大会、そしてこの全国大会県予選で、いずれもベスト8まで勝ち上がり、結果は残すことは出来たと思う。今日の秋葉台グランドには、OB、家族ら大勢の応援団が駆けつけ意気は大いに上がっていた。われわれOBにも力と夢を与えてくれた好チームだった。3年生が去って心機一転、1~2年生で次の新人戦に備えて、強いチームを作り上げて欲しいと願っている。

 夕方になって、政界をあっと言わせるニュースが流れた。民主党の小沢一郎代表が辞任するという。この一週間福田総理と小沢代表の2回に亘る会談が憶測を呼び、挙句の果ては自民・民主の大連立を画策したところが、民主党役員会で全面拒否され、小沢代表が責任をとった形となった。しかし、この小沢という人物は何を考えているのか、想像出来ないことが多い。次の衆議院選挙を待てばこんな野合をやらずとも確実に主導権は取れ、民主は自民を上回ったのにと、その拙速ぶりが悔やまれる。この先政界はどうなるのか、一寸先は闇だが、小沢のフィクサー的な役割はそろそろ寿命が尽きてきたのではないか。それにしても、しばらく政界から目が離せなくなってきた。

2007年11月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

173.2007年11月3日(土) 誕生日に洞窟コンサートを楽しむ。

 今日文化の日は、69回目の誕生日である。この先あと10年生きられるだろうか。これまで通り自由気ままに好きなことをやっていきたい。このブログを毎日書き込むのも少々きついと思うことはあるが、これも精一杯生きていることの証でもある。

 今日は小中陽太郎さんからお誘いをうけ、栃木県那須烏山市で素晴しい洞窟コンサートを鑑賞してきた。会場は、戦時中防空壕として使用された洞窟を、「東力士」という銘酒を醸造している地元の島崎酒造会社が借り受け、普段は醸造酒の貯蔵倉庫として使用している。その一隅で「光と音楽とお酒のコラボレーション」を謳い、幻想的なイベントを催したわけである。洞窟入り口前で、おにぎりと豚汁、多種のお酒をご馳走になってから開演となった。舞台は洞窟入り口から真っ直ぐに進むと右足元床面に、地元の和紙照明作家・鎌田泰二氏の芸術的な作品が点々と置いてある。途中二箇所ほど横坑を交差すると左右は酒壜の保管庫になっている。突き当たりを右折した場所がコンサートホールに使われていた。細長のホールで天井もそれほど高くなく、音響が逃げない。適度なエコーもあって心地よい。

 先日テレビでもこの洞窟を報道していたが、聞けば近日公開の映画でもロケに使われたとか。

 出演は加藤登紀子の娘のYAEさんとフォルクローレ・ギタリストの木下尊惇さんで、YAEさんは伸びのある声で洞窟一杯に歌われた。木下さんはチャランゴというアルマジロの皮を貼った、ボリビアの民族楽器を演奏してくれた。2人ともこのような洞窟で歌うのは初めてで、とても印象に残り、多分今日のコンサートは一生忘れないだろうと言っていた。

 今から9年前、ショパン所縁のスペインのマヨルカ島の鍾乳洞の中にいた。そこの広場のような場所でコバルトブルーに映える神秘的な湖上をボートに乗った楽士、多分バイオリンとチェロだったと思うが、ショパンの名曲を奏でてくれた情景を思い出した。あれは心の奥に残る、海外旅行の印象的なシーンだったが、スケールにおいて彼我の差はあるにせよ、似たような雰囲気が幻想的に醸し出されていた。

 主催者の島崎利雄社長に伺ったら、聴衆は約170名、収支はトントンとのことだった。

 帰りに社長ご夫妻の案内で、醸造元を訪れお話を伺いながら年代物の試飲をさせていただいて、みんなほろ酔い機嫌で、そのままJR烏山駅から上野経由浅草へ出て、小中さんお薦めの釜飯屋さんへ寄り、美味しい釜飯をご馳走になって帰宅した。小中さんご夫妻、日経の西山貢さんご夫妻、建築家の勝野定典さんと一緒に珍しい音楽とお酒をともども味わえて格別だった。文化の日らしい好天にも恵まれ、ローカル線で日本の田園風景を眺め、エンターテイメントも心から楽しむことが出来て、感銘深い誕生日となった。

2007年11月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

172.2007年11月2日(金) 「エノラ・ゲイ」機長の死に想う。

 広島へ原爆投下した「エノラ・ゲイ」の機長だった、ポール・ティベッツ氏が亡くなった。92歳だった。生前「原爆投下は戦争を早期に終結させるために必要だった。結果的に被爆者を多数発生させたが、早期終結によりそれ以上の戦争犠牲者が救われた」という主旨の発言をして物議を醸した。その信念は終生変わらず、被爆者に対するお詫びの言葉はついぞ聞かれなかった。あれだけ多数の犠牲者を自分が投下した原爆「リトル・ボーイ」一発によって生じさせたにも関わらず、罪の意識は皆無であった。この人は軍人魂一徹の人物と言えば聞こえはよいが、所詮自分のことだけしか考えない無慈悲な人間だったのだろう。一般論として、戦争は戦場の兵士には大きな責任と罪はなく、あくまで戦争を主導した上層部にあることは明白である。それゆえ、ティベッツ氏の発言はある意味では止むを得ないという見方もある。日米戦争の罪と罰は、アメリカでは、ルーズベルト大統領以下の政治、外交、国防の責任者が、日本では東条首相以下軍部首脳陣らが負うべきは当然である。

 しかしながら、広島や長崎の原爆投下は、あれだけ罪のない無抵抗の市民を情け容赦なく殺戮した残虐さという点で、少なくとも機長には犠牲者への贖罪の気持ちを示して欲しかった。実際彼は戦後長崎を訪れ、その被害の大きさに改めて驚愕した。にも関わらず、ついぞ犠牲者に対して真摯にお詫びの気持ちを示すことはなかった。

 30年ほど前に「エノラ・ゲイ」が原爆投下のために飛び立った、テニアン空港傍に小さな石造の記念碑を見つけた。こんな小さな島の小さな飛行場の侘しいところから、あの世界中を震撼させた原爆投下機が飛び立ったのかと思い、感慨無量の気持ちに捉われたことがある。テニアン空港は、今も小さなプロペラ機の定期便以外は運航されていないのではないだろうか。

 あの当時、毎年のように厚生省の戦没者遺骨収集事業を請け負い、一ヶ月近くサイパン島のホテルに滞在しながら遺骨収集団のお世話をしていたことを懐かしく思い出す。サイパンからテニアンへは、一度だけプロペラ機で行ったが、いつもはチャーターした上陸用舟艇で波荒い中を向かったものだった。

 激戦や戦没者の話になると、ついセンチメンタルな気持ちになり、20年以上に亘って携わった遺骨収集事業のことが走馬灯のように甦ってくる。

 それにしても、ティベッツ氏はなぜ心の底から犠牲者へお詫びしようとの気持ちになれなかったのだろうか。彼は自分のお墓も記念碑も要らないという。その理由が、ラジカルな原爆反対者によってそれらが破壊されることを恐れているからだという。こういうのを、凝り固まった信念の持ち主の偏屈な自己主張とでも呼ぶのだろうか。

 愚かな軍人よ! それなら心から犠牲者にお詫びを述べ、追悼の気持ちを表せば済む話ではないか。

2007年11月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

171.2007年11月1日(木)  テロ特措法期限切れ

 今日テロ対策特別措置法の期限切れにより、6年間インド洋で給油活動を行っていた海上自衛艦の活動が停止されることになった。給油活動については、与野党間で考え方が完全に対立しており、延長するにしろ、新法で対応するにしろ、ここまでくるまでにもっと早くからお互いに国民の理解を得られるような公開討論を行うべきだった。残念ながらテロ特措法については、これまでそのような動きはまったくなかった。自民党は多少高を括っていたようだが、参議院議員選挙敗北で俄に状況が変わり、慌てて真剣に向き直ったところが間に合わなかったというところだ。

 いまや当然と思われている情報公開を極力避け、すべて秘密裏にことを進めようとするのが、政府や霞ヶ関のやり方で、よほど立場が悪くならない限り、何としてでも表に出さないように考える。その病根が形となって顕在化したのが、今回のテロ特措法である。だが、もうすでに遅い。こうなったら一旦給油活動を停止するのも止むを得ない。与野党で議論を尽くすだけ尽くして、国民がその是非を判断する材料を提供して欲しい。そのうえで、世論を受けた結論を出してもらいたい。6年経過して状況も変わった。6年間の結果をあらゆる角度から精査して、総括したうえで、日本にとってどう対処するのがテロ防止対策に有効なのか。人件費も加えると6年間の公費は約600億円に達するという。いままでのように公にされないまま、右から左へ片付けられたのでは納税者たる国民はたまったものではない。

 民主党も反対のための反対ではなく、自分たちの意見を主張、展開すべきだし、自民党はひねくれっ子のような、国家のためになって国際社会に貢献する活動を、民主党が反対するから活動が出来ないという、他に責任を転嫁するような主張を繰り返しているようでは、無責任でこの先が思いやられる。

 やるべきことをやらずに、後になって非難の応酬ばかりしていてもしようがない。相変わらず議員先生というのは、その発想と行動において自分たちの都合だけで考え、これでは村の祭礼の顔役と何ら変わるところがない。

2007年11月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com