200.2007年11月30日(金) チベットの自然の素晴らしさ

 今日もハードな一日だった。体調を壊す人がかなり出てきた。チベットでは、高山病、及び一歩手前の旅行者が多いせいか、一流ホテルの対応はしっかりしていて、24時間医師が待機して対応することが出来る。ほとんどが高山病患者で、注射とか点滴に、ほどほどの休養で治るようだ。われわれのグループにも点滴を受ける人が現れた。私自身もけだるい気分と鼻水が出るようなので、同行者から風邪薬3錠をいただき、体温を測ったら平熱だったので、取りあえず安堵した。

 こちらへ来てから滞在したホテルには、ウォッシュレットが備わっていない。いまやわれわれはウォッシュレットが当たり前になっているが、これがないとやはりすっきりしない。自分自身いつもなら必ず準備する必需品をかなり忘れている。携帯ウォッシュレットしかり、体温計しかり、バンドエイドしかり、風邪薬も忘れてしまった。やはり、油断していて注意力が散漫になっているようだ。これから続く旅行も少し気を引き締めていかなければならないと思う。

 今日の「セラ寺」も中々の圧巻だった。チベット仏教・ケルク派の学院で僧侶になるための研修所のような場所である。門前市場も中々興味があり、山をバックにした雰囲気も良かった。チベット仏教に関しては、これまでほとんど知識らしいものはなかったが、今回ガイドさんからいろいろ教えていただき、かなり新しい知識を仕入れることが出来た。

 今日宿泊地ツェダンへ移動する途中で訪れた、ガンバラ峠(標高4,790m)から眺めるヒマラヤ連峰のニェンチンカンファン(標高7,160m)の雪景色と、眼下のヤムドク湖は、吹きすさぶ寒風の中に立ち尽くして見て、味わい深い風景と感じた。

 妻から手術は予定より若干時間がかかったが、無事終わったとメールが入りホッとした。

2007年11月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

199.2007年11月29日(木) 憧れのポタラ宮殿へ。感動と充実の1日

 朝9時半にホテルを発ち、午後7時半に帰ってきた。いよいよ憧れのポタラ宮殿見学の当日となった。若干予定を変更して午前中にダライ・ラマの夏の離宮だった「ノルブリンカ」を見学して、午後からポタラ宮殿と同じく世界遺産の「大昭寺」、その後大昭寺を取り巻く繁華街バルコルを見学した。ほとんど歩き通しだったので、最後には疲労困憊で、だらだらバルコルを歩いている有様だった。

 旅行前から懸念していた両膝炎症による歩行がどの程度持ちこたえられるか、不安の気持ちが先に立つ。しかし、他にも足や、膝に問題を抱える参加者がいて、彼らともどもゆっくり登ってダメなら諦めて降りてこようとの暗黙の了解が出来た。

 中学時代にポタラ宮殿の写真を診た時の印象が強烈で、何とか訪れてみたいと今日まで夢を温めていた。幸いチベット鉄道の開通もあって、夢はぐっと現実味を帯びてきた。そして、今日夢が実現した。

 グループ行動によるポタラ宮殿見学前に、ひとりで正面へ向かった歩道上で宮殿に向かって「五体投地」をやってみた。20年以上も前に成都のホテルの廊下でふざけ半分にやったことがあるが、今回は改めて真面目な気持ちでやった。正に念願叶ったとはこのことである。その後、参加者全員でゆっくり石段を登った。上から見下ろすラサの街がまるでパノラマのように見える。写真を撮りながら、蟻の歩みのようにして登った。石段を登った後に、内部へ入り狭い階段を上り下りしながら、ガイドの曾さんの説明を聞く。ダライ・ラマ歴代の物語と遺品に触れる。それにしても、これだけ広大な宮殿を17世紀に完成していたというから驚きである。こういう立派な遺跡を訪れる度に、昔の人々の叡智と努力には頭が下がる。壁や仏像から古の足音が聞こえてくるようだ。感激極まり、自分自身がこの場にいるのが不思議なくらいに気持ちは興奮している。写真も撮りまくった。やはり生で触れなければダメだ。本物に勝るものはない。いくら綺麗な写真を数多く見ても、一度でも本物に触れたとしたら、とても敵うものではない。これが、「臨場感」の強さと説得力である。

 その後大昭寺を訪れて、その説得力のある存在に心を奪われた。しかし、やはり直前にポタラ宮殿を見学してしまっているので、些か拍子抜けの感がするのも事実である。

 夕食はチベットの民芸舞踊を見せてくれた。歩きすぎて疲れ、ホテルにはほうほうの態で戻ってきたといったらよいだろう。それにしても充実した一日だった。これだから海外旅行は止められない。

 今日は、妻が瞼の手術を受けている予定で、気になっていたので、ポタラ宮殿と大昭寺で何度も何度も無事をお祈りした。

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198.2007年11月28日(水) 感激の青海チベット鉄道

 どうもお尻の周りがじめじめしてぱっとしない。また、一日悩まされるのかと憂鬱になってきた。隣の相棒、郭忠良さんは目覚ましをかけていて、朝になるとさっと着替えて7:00にゴルムド駅で降りていった。日本語はもちろん、英語も理解しない人と意思を通じさせるのは大変だ。ぶらぶらひとり旅を気ままに楽しんでいた頃は、細かい目標や予定を立てずに歩いていて好い加減だったということもあったが、あまり気にも留めず平気で言葉の通じない人たちと交流していた。でも郭さんは、結構筆談とボディランゲージで仕事と家族のことを話してくれた。毎月1回ゴルムドへ出張すると言っていた。未知の人としばしの間一緒に過ごし、その人の人柄や、家族、文化・習慣の背景を知るのは中々興味があるものである。僅かの時間ではあったが、愉快なひとときを過ごせた。

 朝食は弁当を配達してくれた。意外にもボリュームはあまりなく、あっさりしている。重湯がついていたのは、食欲がさほど進まない時だけにタイムリーだと思う。

 どうも痔の具合がすっきりしなかったが、偶々覗いたトイレが便座式だったので、やれやれだった。一応問題解決。

 車窓から眺める広大な景色は土の大地と高原というイメージである。荒々しく土一色で、雪を被った崑崙山脈が優雅な姿を見せると、雰囲気がぐっと上品に変わる。昨日標高2,200mの西寧を発ったがランチを食堂車で食べる頃には、早くも4,682mを超えた。自分自身にとっての到達最高標高である。食事中にトド川駅に停まる。トド川は長江の源流のひとつである。左右には一木一草もないといってもいい。所々野生の動物が草を食んでいるのが見える。

 2時半前にタングラ駅を通過する。5,068mで世界最高峰の鉄道駅である。またまた自己最高記録達成である。この西蔵鉄道が完成するまでは、ペルーのアンデス中央鉄道の4,783mが最高だったというから、一気に5,000mのシーリングを越えた。左手に峠5,072mの石碑が建っている。列車はスピードを落とすでもなく、観光客にサービスをするわけでもなく、あっという間に過ぎ去って行った。流石にこの標高になると身体も異常を感じるらしく、今朝から図っている血圧は若干高めだが、脈拍がこんなに増加するとはこれまで考えたこともなかった。60を少々下回るのが平常値だったが、今朝になって103に、昼前には118で平常値の二倍になった。気圧の影響でハンドクリームのチューブが破裂しそうだったが、栓を抜いた途端に、内部のクリームが飛び出してきた。筆ペンもそうだ。黒インキがもれてきた。そう言えば、NHKの取材番組で、食堂車のコックが普段30分で済む料理が仕上がるまでに、3倍も余計にかかるとぼやいていた。

 参加者の中には高山病だろうか、何人かが具合が悪くなったようだ。私も昨日高山病に効くという「紅景天」なる漢方薬30錠を購入(220元)して、昨夕から2錠服用(1回2錠、1日3回)している。中には、酸素吸入をする人も出てきた。やはり標高5,000mというのは、かなり人体にきついのだろう。

 沿線風景は素朴で幽玄、また高地の自然の姿が如実に現れる。昼食後に硬座車を探検に行く。満員の座席にチベット人が民族衣装を纏って窮屈そうに黙って座っている。デッキに寝転んでいるお年寄り、デッキにしゃがみこんで赤ちゃんにお乳を上げている若い母親、無心にトランプに興じる大人たち、頑是無い子どもたちの笑顔、意外に子どもの姿が多い。ほっぺは赤く、あどけない表情が可愛い。やはり目立つのか、カメラを手に取っていろいろ話しかけてくる。彼らをカメラに収める。デジカメの画面を食い入るように見ている人たち。満席の人々はそれぞれに目的を持っていずこかへ向かうのだろう。

 右手に最高位淡水湖、ツォナ湖が見える。沿岸は凍結して、その奥は透き通るようなコバルトブルーに輝いている。

 私は郭さんが下車してから、ずっと個室になったので、楽々コンパートメント室を使い、このパソコンを打ったり、気が向くと他の参加者の部屋を訪れては、自由な時間を楽しんでいる。

 ラサ駅へ21:50に到着した。予定より若干早めである。中国の鉄道駅はどこも暗い。建物はこの列車のために建設されたもので、真新しい。駅前は真っ暗である。ここで2日間ガイドを務めてくれた劉秦さんとお別れである。ホテルへ向かう途中でこれからガイドを務めてくれる曾さんが、早速全員に携帯用酸素とミネラルウォーターを配り、前者の使い方について説明してくれた。これも高地チベットならではの初歩滞在術か。明日までは高山病予防の見地から、湯船にとっぷり浸かるのは止めた方が賢明とのアドバイスもあった。「郷に入っては郷に従え」だから、風呂には入りたいが仕方がない。しかし、ツアーで酸素吸入の方法まで説明を受けるのは初めてだった。ラサの標高は3,650mである。

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197.2007年11月27日(火) いよいよチベットの入り口へ

 北京空港から国内線で西寧へ飛び、早速市内観光で東関清真大寺、タール寺と見学した。後者にはやたらに物乞いが多いのに辟易した。西寧空港もこの4月にオープンしたばかりだという。市内を歩いている人々も男は回教徒特有の白い帽子を被っている。イスラム教徒が多いせいか、どことなく町の雰囲気と佇まいが普通の中国の町とは違う。新しい空港や高速道路と市内の古い街頭風景にアンバランスが窺える。一昨日降雪があったために、日陰では雪が残っている。交通信号はあるのだが、数が少なくほとんどの通行人が車の往来を厭わず、強引に道路を横断する。われわれ19名のツアー参加者も隙を見て、車の洪水の中を命がけ?で突っ走る。

 参加者は多彩で、19名のうち、男性は僅か3名で現在の世の実態を示しているようだ。中には仲間同士で参加した女性が多いが、中にはイギリス人のゲーリーさんや、シカゴ大学研究員で偶々参加された方もいる。

 少々買い物、夕食で時間を取りすぎ慌しく西寧駅へ来た。駅構内で駅員と乗客がひと悶着起こしていた。出発時間も迫り、とに角指定列車の指定車両へ乗り込んだが、11号車には私ひとりだった。後になってガイドの劉秦さんが10号車を交渉してくれ、中国の実業家と相部屋となった。

 一番困ったのはトイレである。痔主の私にとって厄介なのはしゃがむ便器である。今や慣れた便座がないと難しい。今夜と明朝は困ったことになりそうだ。

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196.2007年11月26日(月) 20年ぶりの中国の変貌に驚く。

 何もかも変わったというほどでもないが、多少面食らった。職業柄年に一度も海外へ出かけないということは、これまでなかった。会社を辞めてから両膝に炎症を抱えているせいもあり、いままで4年以上海外へ出かけていなかったので、結構戸惑う。今朝いつも通りコーラスの練習に行く妻を車で送ってから成田へ向かった。私の旅行中に妻が瞼の手術を受けるのが、少々気になる。しかし、手術の当日29日は丁度チベットのポタラ宮殿を参拝しているので、妻もやや心細そうだったが、ラマ教の神様に無事成功を祈っていると言っておいた。

 成田空港も久しぶりだったので、来てみて空港ビル内の雰囲気が少し変わっていることに気づいた。今日搭乗するのは中国国際航空なので、第2空港ビルだ。ロビー内が工事中で落ち着かない。集合時間より1時間以上も前にやって来てしばらく探索をする。連休明けの日中で、大分空いている。搭乗まで時間があるので、出国手続きを終え、〔AVION〕なるカフェで目の前に滑走路を臨みながらひとりでビールを飲み、早速このPCを使っている。

 それにしても今や日本の出国カードは不必要となった。先日取得した新旅券も小型で、ITチップが埋め込まれているらしい。段々海外旅行も簡便になっていく。

 しばらくぶりの海外だ。多少膝の炎症が気になるが、あまり無理をしないようにしたい。ただ、どうしてもポタラ宮殿の階段は何とかして昇って、展望台からラサの市街を見てみたいものである。

 北京へはほぼ予定通り到着した。20年ぶりであるが、その間中国経済の発展は目覚しい。成長率、GDPともに群を抜き世界中を驚かせている。今やあらゆる面で中国の存在を無視することは出来なくなった。発展の一方で、諸外国へ悪影響も与え出した。偽ブランド、公害等の害毒を流し顰蹙を買っている現実もある。経済成長と潤沢な手元資金をバックに少々手前勝手な点も多過ぎる。かつては中国人を思う時、中国の人々が有している謙譲とか奥ゆかしさを思ったものだが、今やそれもあまり感じられないのが残念である。金万能主義が蔓延りだした。ハリボテの羅列になった。北京空港は新しく近代設備がされているように思える一方で、綺麗な生け花が飾ってあるかと思いきや、造花だった。ターンテーブル近くにはトイレがなく、隅の方にやっと見つけた。建物から出ると床面はデコボコでトランクを運ぶのに苦労する。市内へ向かう道路の路面も凹凸が激しく、探せばきりがないくらい雑な点が見える。残念ながら、万事に魂が入っていないという気がした。特に、都市部において顕著なのだろう。でも、明日から出かける地方都市では、まだまだ中国固有の良さがたくさん残されているのではないかと期待している。何といっても中国は広大で、奥が深い。

 今日宿泊する中旅大厦(CTS PLAZA)にインターネット接続サービスが準備されていて、送信出来てほっとした。

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195.2007年11月25日(日) オーストアラリア現政権敗れる。

 下馬評通りオーストラリアの総選挙の結果、11年間首相を務めてきたハワード首相が率いる保守党が、ラッド氏の労働党に敗れた。首相自身も予想されていた通り落選して、政界を引退すると述べた。現職首相の落選は、実に78年ぶりで史上2度目だそうである。今回の選挙結果は、日本にとってもかなりの影響がありそうだ。

 なぜ大きな失点もなく、11年も続いた政権与党が敗れ、その党首である首相自身も選挙に敗れる結果になったのだろうか。新聞評によれば、失政もなかったが、長期政権に対する有権者の「飽き」があるという。勝ったラッド労働党党首は、経済政策面で大幅減税まで行ったハワード政権に対して、経済を争点にすることは避け、経営者寄りの労働政策の転換や、教育改革を公約に掲げて、低所得者層や子持ち家庭の支持を集めた。

 今後ラッド労働党政権は、外交面でもスタンスを変えてくるだろう。戦前から言われていたことだが、最初に取り組む課題は、温暖化ガスの排出削減義務を定めた京都議定書の批准になるだろう。豪政府が議定書批准に方針転換することにより、アメリカや温暖化ガス排出削減義務を負っていない中国に、圧力を加えるようになる。オーストラリア国立大で中国語と中国史を学び、外務省に入って北京駐在経験もあり、中国語も流暢に話すラッド氏は、中国に親近感を抱いており、アジア外交が中国寄りにシフトするだろうとの観測がある。今後世界中で中国買いのムードが溢れてくるだろう。日本にとっては容易ならぬことになりそうだ。例えば、WTOの多国間交渉を優先する姿勢を貫く考えで、日本がこれまで主張してきた一部農産品の除外は、認められないことになりそうである。

 アメリカとの外交関係においても、これまでのブッシュ政権との蜜月状態は、微妙になりそうである。イラク派遣部隊の段階的撤退方針を公言していた手前、当然軍隊を撤収させることになろう。イラク問題は、どこの国にとってもそろそろ厄介なお荷物となりつつあるようだ。

2007年11月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

194.2007年11月24日(土) 体調未だ完治せず。

 今日はなんとなく慌しい一日だった。明後日から4年ぶりに海外へ出かけるが、従来の添乗員の立場とは違って、小田急トラベルのパッケージ・ツアーに参加することになる。いま書き下ろしている「停年オヤジの海外武者修行」の中でも、定年後の海外旅行に積極的にパッケージ・ツアーをお勧めしている。まあ私の場合は、今回チベットへ行くのは、青蔵鉄道に乗るということが最大の目的であり、それには一人で出かけるより、パッケージ・ツアーに加わった方がずっと楽だという怠け癖からである。

 体調としては、降圧剤の効果もあり、血圧はこのところ比較的安定してきた。しかし、他方で回復一歩手前と思っていた両膝の炎症が、回復どころか数値はむしろ悪化している。血液検査でCRPは0.3以下を目標としているが、3年以上経過して、漸くこの6月に0.47まで回復し、担当の先生ともう一息ですねというところまで辿り着いたところである。8月には0.39まで近づき、自覚症状もなく内心では、もう全快の気持ちだった。それが、10月に1.24へ逆戻りして、先生も怪訝な印象を持たれたようで、頻りに首をかしげておられたが、私のチベット行を意識され、出発前にもう一度血液検査をやりましょうということになった。それが、20日に検査をして一昨日1.27という、更に悪い数値を示され、先生ともどもがっくりしている。気のせいか、両膝の辺りに自覚症状も表れてきたような気分である。

 いまさら旅行を取りやめるわけにもいかず、注意しながら行動しようと思っている。念願のラサのポタラ宮殿を夢見ていて、何とかあのポタラ宮殿へ近づきたいと考えている。331段の階段を上れば、かなり上々である。

 午後3時から、旅行先で使用の見晴らし台まで行けるようだ。金刀比羅宮のようにお籠でもあれば、それを利用したいが、果たしてそんなものがあるかどうか。時間さえ許すなら、ゆっくりでもいいから夢にまで見た「ポタラ宮殿」を何とか行けるところまで行ってみたい。PCのホームページ仕様をマスターするために、急拠講習を受けた。

 夕食は妻とイタリアレストランへ。

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193.2007年11月23日(金) プーチン大統領の奇策

 近々行われる韓国大統領選挙、オーストラリア下院総選挙で政権交代の可能性が噂されている。レバノンでは厳しい外出禁止令の中で大統領を選出するらしいから、その点で日本は平和である。それが日本の政治家の危機感のなさにつながっているのかもしれない。「友だちの友だちはアルカイーダ」などと喋る子どもみたいな法務大臣、防衛問題が伯仲論議の中で休みのたびにゴルフ接待を受けていた防衛次官、国民から預かったお金を豪華ホテル建設に使ったり、ネコババして責任を取らない厚労省役人。政治家と官僚はみんな不真面目で、ずる賢く、馬鹿ばっかりだ。

 来月2日に行われるロシアの下院選挙に、何とプーチン大統領が突然立候補を宣言した。ロシアの選挙の仕組みはよく分からないが、来年3月で2期務めた大統領を辞めるプーチンにとっては、退任後も自分の権力と影響力を温存、維持するために、一計を案じて編み出した戦略の一環のようだ。結局プーチン大統領は、退任後も権力の中枢に居座り続ける。つまり、「統一ロシア」の党首となり、次期大統領や首相を党員として配下に置くようになる。それこそ旧ソ連時代に共産党が国家を治め、共産党書記長が国家元首である首相を統治した構図に似ている。

 プーチン大統領が与党「統一ロシア」の比例1位にランクされたので、当選はほぼ確定である。現在大統領の職にあるプーチンは、兼職を禁じられているので、当選直後に直ちに下院議員の職を辞退するらしい。まったくふざけた話で、まるで田舎芝居である。こんな老獪な策を考えるには、裏があると考えていたら、今日の日経紙の解説では、プーチンは出身母体のKGBの肥大化と汚職を嫌悪して、KGBとのバランスをとることで彼らの暴走を抑えてきた。プーチンが代わればバランスが崩れ、不正も暴かれる。KGBの権力者が身の危険を感じた時に、一気に権力闘争から政治混乱に陥りかねないと指摘している。これをうまく操れるのは、プーチンしかいないと見られている。どうやらロシアには他の選択肢がないらしい。

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192.2007年11月22日(木) 前進社手入れは何らかの意図ありや?

 19日(月)に「清水丈夫選集第五巻」が「前進社」?の「大久保正」氏から郵送されてきた。しかし、当方の確かな意向を確認せずに、この様に突然郵送してくるとは露知らず、すでに直接書店に注文してしまった。

 最初に駅近くの八雲堂書店に申し込んだところ、翌日電話で取り扱い出来ないと断ってきた。ならばと、大手書店の紀伊国屋書店渋谷店へ申し込んだら、ここも取り扱い出来ないが、新宿本店が取り扱えるので、本店経由で注文することになる。それには、若干時間がかかるという話だった。待つともなく待っていると、昨日入荷したと電話連絡があった。それほど安い書物でもなく、同じものを二冊も購入するのは無駄な気もしたので、近所のラグビー部先輩である和田正温さんに、余分に頼んでしまった清水氏著書を、もしよかったら要りませんかと話したところ、快くお買い求めくださることになった。早速渋谷へ引き取りに出かけ、和田邸へ立ち寄ってお渡しした。和田さんは清水さんと中学、高校とも一緒でラグビー部でも一緒だったので、以前から消えてしまった清水さんの消息を気にかけておられたので、反って清水氏著書を手に喜んでおられた。

 実は、和田さんから意外な話を聞いた。何日か前にあるTV局が報道していたらしいが、前進社が警察の手入れを受け、50歳代の男が逮捕されたという。しばらく鳴りを潜めていたが、警察はじっと偵察していて何か情報を掴んだのか、150人の警察官を動員して家宅捜索に踏み切ったようだ。そんな話はまったく知らず、どうも中核派の拠点である前進社は、相も変わらず革マル派と対立しており、ひょっとすると革マル派を襲撃するようなアングラ情報を手にして、武器集合罪かなんかで抜き打ち的に摘発されたのかもしれない。やはり、こうなると私が書籍代を支払った時の名前、住所を仮名でもよいと知らせてくれたのは、前進社の私に対する気配りだったのかもしれない。

 如何に正論であっても、私自身は最早100%暴力的なデモや、アウトロー的な行動なんかやる意思も気力もないので、警察に目をつけられるのだけは勘弁してもらいたい。

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191.2007年11月21日(水) 日本サッカー北京五輪出場決定!

 26日からチベットへ行く予定でいるが、この数日間旅行中にこのブログをどう書こうかと考えていた。PCを持参しないで、8日間分を1回分にして後から旅行記としてまとめて書くとか、一旦ノートにメモして帰ってからPCへ打ち込むことも考えた。何せ初めてのことなので、暗中模索である。しかし、結局のところ多少大きいが、これまで使用していた「VAIO」ノートパソコンを持っていこうと考えていたところ、19日に受講した際、波田野PC講師が中古の「PANASONIC」品をオークションに出す予定だというので、それを譲ってもらうことにした。今日波田野講師にお手伝いしてもらい、USBを仲介して「VAIO」から必要なコンテンツ、情報、ソフト等を「PANASONIC」へ移した。これに、昨日購入した変圧器で充電すれば、旅行中もブログに書き込みが出来るし、メールのやりとりも出来る。一応準備万端整った。あとは新しいPCに早く慣れることだ。

 とにかくこの「PANASONIC」は形態も小さいし軽い。旅行中だけに限らず、僅か1.5kgということだから、今後もこれをメインにしてHPを充実させ、意見をどんどん発信していきたい。

 さて、今日はまた、いろいろな意味でビッグニュースが入ってきた。

 まず、再び株価が大幅に下がり、ついに今年の最安値14,837円となった。相変わらずアメリカのサブ・プライムローン問題が尾を引いている。それに、石油価格の急上昇が絡んでいる。今日は1バレル=99$にまで上がってしまった。今年の1月には50$を下回っていたから、この10ヶ月間で2倍に値上がりしたことになる。株式への妙味が薄れ、投資を株式から石油や、債券へシフトする投資家が増えたようだ。これに世界経済は振り回されている。FRBや日銀も成す術がない。日本のような石油消費国にとっては大変である。サブ・プライムローンだけで、日本の金融・銀行6大グループの年度内損失総額は3000億円を上回る。これに円高も進んで、ついに1$は109円を割った。輸出関連企業の先行きは一層厳しくなった。専門家の話では、当分の間景気が回復する見通しは立たないらしい。

 嬉しいニュースは、日本U22サッカーチームがサウジアラヴィアと引き分けて勝ち点で上回り、何とか北京五輪の出場権を得たことである。予選で6戦全勝しながら苦戦続きで不満を募らせていた日本サッカー協会内には、これまで試合内容がぴりっとしないという理由で反町監督更迭の声も囁かれていた。その影の声の主である川渕会長は、嫌味を言ったチームと選手に対して謝ったという。結果だけ求めながら試合内容がダメという理由で、交代も考えられたのでは現場指揮官である監督も堪らない。何とか4回連続出場を勝ち取って、監督や選手も溜飲が下がったのではないか。

 それに比べれば政治家なんて気楽なものだ。額賀財務大臣のように、いま話題の防衛省がらみの収賄容疑をかけられながら、知らぬ存ぜぬで居直っている。この大臣は以前にも同じような収賄容疑で大臣職を辞している。人間としての品格と質が悪すぎる。

2007年11月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com