220.2007年12月20日(木) 甘い公務員の待遇

 今朝の朝日新聞を見ると「観光庁、来秋に新設」とあった。国土交通省は、同省外局として同省内の観光関連局をまとめて「観光庁」を新設する方針を決めた。観光立国推進基本法に基づき、海外からの観光客誘致を推進するとしている。漸く観光が堂々国の施策として一歩踏み出したと言うことが出来る。観光が国によって公に認められたひとつの形である。しかし、これはあくまで外人客を誘致しようということが中心で、外貨を消費する日本人海外旅行客が増加することを支援しようというのではない。だが、観光客の片道交通というのはいびつで、往復交通、表裏一体ということがともども発展する基本である。われわれが海外旅行業を行っていた海外旅行黎明期は、海外旅行は外貨の浪費ぐらいにしか思われていなかった。国の外貨準備高の多寡によって、海外持ち出し認可額が変動したものである。それにしても時代が変わったことをつくづく思い知らされる。

 もうひとつ朝日に掲載されたトピックに「議員報酬、日当制に」として、福島県矢祭町が議員報酬を現行の月額制から、議会に出席するごとに一定額を支給する日当制に変える方針を固めたという。いろいろ事情はあるにせよ、矢祭町のようなケースは全国でも初めてだという。地方財政が逼迫している折り、ひとつの方向性を示していると思う。この議員報酬に限らず、いまの公務員の給与にも個人的に疑問を持っている。公務員は民間会社とは違い、収入面で予算を抱えた業務をやり、収入予算をクリアしたという実績を評価されるような仕事に携わっているわけではない。従って、実績の評価として支給されるボーナスを公務員が受け取るのはおかしい。日常働いた対価として受け取る月額給与は、権利として当然認められるが、住民のために尽くす業務を当たり前にやって、当たり前の月給をいただき、退職後は安定した恩給、年金を受け取れる公務員が、数字的な実績を残したわけでもないのに、全公務員が民間会社より多く支給されるボーナスという摩訶不思議なお小遣いは、筋が通らないし、役人に対して甘い処遇だと思う。

 その意味でも、矢祭町の例をきっかけに、全国で公務員に対する甘い待遇を考えさせるきっかけにしてもらいたいものだ。そうすれば、少しは役人も真面目に仕事をする気になるのではないか。

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219.2007年12月19日(水) 韓国次期大統領にイ・ミョンバク(李明博)氏

 今日韓国で大統領選挙が行われ、即日開票の結果、野党ハンナラ党イ・ミョンバク(李明博)氏が大差で他の二人の候補を圧倒し、勝利宣言をした。韓国は10年ぶりに保守勢力が大統領の座を取り返した。キム・デジュン(金大中)氏、ノ・ムヒョン氏が政権を担った10年間は経済がやや停滞し、失業者の増大、大学生の就職難等で経済復活の声が強かった。大阪に生まれ四歳まで日本で育ったイ氏は、貧しい生活の中で若くして現代建設の会長にまで上り詰めた。ソウル市長として実績を重ね、今年大統領選へ立候補した。

 それにつけても進歩、革新政治と言われもてはやされながら、反って経済格差を生んで国民の間に失望感を与え、ノーベル平和賞受賞者でもあるキム・デジュン氏のカリスマ性を継承出来なかった、ノ・ムヒョン氏が作り出した倦怠感は一体どこに失敗の真因があったのか。

 15日に小中陽太郎さんから11月12日、13日付中日新聞夕刊のコピーをいただいた。「いま甦る二つの真実」と題して金大中事件とハンガリー事件について書かれたものだ。金大中氏がKCIAによって滞在中の日本で拉致され、韓国へ連れ去られ自宅軟禁から解放された直後に、小中さんは金氏のソウル市内の自宅を訪ね会見されておられる。光州事件連座で死刑まで求刑されながら、金氏はアメリカの圧力でアメリカへ出国した。小中さんはアメリカでも金氏と連絡をとっていた。

 アメリカがこれほどまでに金氏を保護しているのに、日本政府は保護しようとせず、謝罪もせず、韓国政府に抗議もしていない。ファジーな政治解決は、10月に韓国の国家情報院が「金大中事件」の報告書を公表したことで、一件落着とした。

 小中さんは、ベトナム戦争中に米空母「イントレピッド」の4人の水兵が脱走し、べ兵連が彼らを匿っていると記者会見を開いたが、小中さんはその内の水兵のひとりを1年間自宅に匿っていたというからすごい。

 話が脱線したが、金大中氏は良識の人であった。ノ・ムヒョン氏もそうであろう。しかし、世間は良識だけではだめだ。選挙の質が落ちたことも遠因としてあるのではないか。5年前の投票率は過去最低の70.8%だったという。だが、若者が期待され、今回選挙権が20歳から19歳にまで引き下げられながら、更に投票率が低下するらしい。若者が期待するイ・ミョンバク氏だが、獲得率は上がっても絶対数は必ずしも上がっていないのではないだろうか。専門家の論評を知りたい。

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218.2007年12月18日(火) 小説の価値判断は?

 日本の新聞に特有の連載小説は、案外面白いと思って大体読むようにしている。いま購読紙の朝日、日経の朝刊、夕刊を併せて5つの連載物を読んでいる。喩え大新聞であっても連載小説は玉石混交で、面白かったり、そうでなかったりで、とりあえず読んでみないと分からない。

 まだあまり時間が経過していないが、先日朝日の夕刊紙上の小説「悪人」の連載が終わった。吉田修一の力作という触れ込みである。本人もこれこそ渾身の自信作と思える力作だと述べていた。そのコメントを聞いた時、意外な感がした。私にはそんなに良い作品とも思えないし、ストーリーだって今風の若者の無軌道を描いたもので、とりたててトリックを使ったとか、どんでん返しがあったとか、あっと言わせるような結末というのでもない。社会性もなし、訴えるものもなかった。それが、今日の新聞広告によれば、9刷を重ねて、「毎日出版文化賞」を受賞したという。加えて、「週刊文春」がミステリーベスト8位、「ダ・ヴィンチ」がプラチナ本年度1位、「ダ・カーポ」は今年最高!の本第1位とある。いささか首を傾げざるを得ない。

 福岡市内に住む金持ちのプレイボーイ大学生と、彼に惚れている保険会社勤務の女性社員が車で夜中にデートして、峠で女性は捨てられ、それを偶々通りかかった主人公(悪人?)が、車に乗っけてやったが散々悪口を叩かれののしられ、ついに逆上して絞殺してしまう。男が自暴自棄になった時、背広販売店の女店員と知り合い愛し合う。しかし、一旦は自殺を思った男は女を騙すことが出来ずに別れ、自首して出る。ざっとこんなストーリーだが、陳腐な舞台設定と暗いイメージは、何をしてこの程度の小説に賞を与えるほどの価値があるのかと、そのギャップに戸惑うほどである。読んでいて何の面白みも、感傷もなかった。現代はこういう性質の悪い大学生もいるのかと思った程度である。

 近年の芥川賞や、直木賞ですら受賞者の作品には、社会性や、時代性を描くよりセックスばかり強調している小説が多くなった。現代は、小説の価値も分かりにくくなった。

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217.2007年12月17日(月) 芳野満彦さんに再び会う。

 かつての山男としては、昨日せっかく高名なアルピニスト・芳野満彦さんにお会いして、親しくお話をさせていただいたのに、そのビジュアルな証拠となるツーショット写真を撮らなかったことが悔やまれた。ぜひ一緒に写真を撮っておきたかった。そんなことを子どものように考えているうちに、今日展示会場をもう一度訪ねて写真を撮らせてもらおうと闇雲に考えた。

 小田急百貨店の展示場に電話して聞いてみると、芳野さんはまだ会場に来られていないが、よほど体調が悪くなければ11時ごろにお見えになると思います、とのことであった。芳野さんが来られたら、こちらの意向と趣旨をお話して、写真を撮らせてもらいたいと言付けを頼み、お出になったら電話で知らせてくれるようお願いした。

 11時きっかりに展示係の方から電話をいただいた。芳野さんは私の申し出を快くお引き受け下さって、会場でお待ちしているというメッセージだった。

 芳野さんは、約束通り会場で待ってくれていた。早速係の方にお願いしてツーショットを3枚、それに何枚か撮って、僭越だったが、拙著「現代・海外武者修行のすすめ」に署名して差し上げた。反って恐縮されていた。ことの序に祖父が川合玉堂画伯の一番弟子だったとお話したところ、興味を持たれて暫し玉堂談義となった。昨日購入した絵画をバックに写真に納まった。これでやっと気分も落ち着いた。購入した絵画は、明日展示会が終わったら送ってくれるとのことだったが、自宅のリビングにきっと合うと思う。いまは妻の親から譲ってもらった中川一政画伯のバラの絵が架けてあるが、6年も経過したし、静物画だったので、気分転換に一度動的な絵に差し替えて部屋の雰囲気を変えてみたいと思っていた。どんな雰囲気になるだろうか、想像してみるだけでも楽しい。

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216.2007年12月16日(日) 登山家・芳野満彦さんの山岳画を入手

 小田急百貨店で登山家、兼画家である芳野満彦氏の山岳画展「冬の訪れ」をやっていて、妻の手術傷跡目隠し用サングラスが出来上がったので、受け取りがてら覗いてみた。3日前の日経新聞「春秋」欄に分かりやすく芳野さんのお人柄と経歴、並びに業績が紹介されていた。会場はあまり広くないスペースに30枚程度の画が展示されていて、その一隅に芳野さん専用の登山用具が置かれていた。そこにアレッ?と思うくらいの小さな登山靴があった。凍傷で両足の土踏まずから切断したために、わずか12㎝の寸法になってしまったのだ。

 芳野さんと言えば、新田次郎の小説「栄光の岸壁」のモデルとして描かれ、登山界では伝説的なヒーローである。脳梗塞で倒れ、胃も3分の2を切除され、今では登山から遠ざかっていると伺った。日本人として、初めてマッターホルンの北壁を登ったことでも知られている。長い間私にとっても憧れの登山家であった。展示された画の中には、興味を惹かれた画がいくつかあり、見つめているとつい一幅欲しいという気になる。偶々展覧会ポスターに使用された、快晴下のマッターホルンの画「マッターホルン快晴」8号が展示されていて、それが頗る気に入った。まったく計算外だったが、値も手頃だったのでその名画を思い切って買い求めることにした。購入の話をしていた時に、係員が芳野さんはそこに居られますよとお引き合わせしてくれた。まさに感激ものである。今年75歳の芳野さんは、考えていた通り腰が低く丁重に話に応じてくれた。購入した画と、画集「山靴の音」、画展ポスター、それぞれに丁寧に妻と私の名、日時を書き入れて、署名と篆刻をしてくれ、画の裏には、マッターホルンにまつわるご自分の思いを、

 「快晴のマッターホルンこそ美しい眺めはないかも知れません・・・。この絵はツェルマットから描いたもので、私にとって日本人として初めて登った北壁、特に目にシミます。思い出は永遠に尽きることなく、そして遠くに新たにあることを」と書いて下さった。

 私自身ツェルマットに何度か泊まり、マッターホルン展望のためにゴルナー・グラードまで行ったことがあり、その画は私のマッターホルンへの思いにも通じるところがある。暫くマッターホルン談義となったが、芳野さんは、マッターホルンは近くで見るのが一番いいですよ、と仰っていた。ひけらかすような素振りは微塵もなく、控えめなお人柄である。「マッターホルンへ初めて登った日本人」という私の説明に対して、「いいえ、マッターホルン《の北壁》を初めて登った日本人です」とはっきり訂正された。そして、画の裏にはマッターホルンの「北壁」ということを注記してくれた。とても正直で静かな方である。

 それにしても今日は思いがけず、憧れのアルピニスト・芳野満彦さんとお話出来て、その上素晴らしい買い物(衝動買い?)をした。いずれ我が家の家宝になる?

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215.2007年12月15日(土) なぜ史実を忘れようとするのか。

 赤坂・楼外楼で開かれた「ヨタロウ会」に出席した。小中陽太郎さんの名前をもじった会で、出席者はみんな小中さんと親しい人たちばかりである。小中さんは奥様を同伴された。お会いするのは、先月栃木県烏山の洞窟コンサート以来である。六本木の楼外楼を含め、同名の中華料理店は他にもあるが、経営はまったく違うようだ。この店は老舗らしく、味で勝負しているとみた。小中さんがよくご存知の上海出身の沈支配人がいろいろ説明してくれた。国会が近いせいか、政治家もよくやって来るようで、グルメの小泉元首相は熱心なファンでしばしば来られるという。

 食事会は和やかな雰囲気のうちに進められた。やはり、主催者である小中さんのお人柄のおかげだろう、楽しい話も飛び出した。

 出席者が15人とこじんまりしていて、交代で自己紹介と近況報告をする羽目になった。別の会合でお会いする瀧澤陽子さんはご主人と一緒に幹事役を務められ、小中さんの高校同級生で、慶応の先輩でもある服部英樹さんは親子3人で出席された。皆さん、この会を盛り上げようとしている熱意と親しさが伝わってくる。とても良い雰囲気である。

 私は簡単に「MYギネス」の話と、大東亜戦争開戦記念日、並びに忠臣蔵吉良邸討ち入りの報道が少ないことをお話した。先日のチベット旅行で最高標高到達地点、5,068mの自己新を記録したこと、高地で脈拍が高くなったことをお話しした。また、今月8日大東亜戦争勃発に関するニュースが、新聞でもテレビでもまったく伝えられなかったことに関する不満を本欄に書いたが、昨12月14日は、かの歌舞伎の十八番、忠臣蔵で討ち入りしたという正にクライマックス・シーンの当日である。赤穂浪士が吉良邸へ討ち入りした記念すべき一日である。だが、新聞はもちろん、テレビもほとんど報道なし。過去の映画のリバイブルもない。大東亜戦争も赤穂浪士もどこかへ行ってしまった。以前はこんなことはなかった。必ずや、どこかのチャンネルで放映されていた。

 寂しいと言えば寂しいが、これも時代の流れだろうか。しかし、最近まで大騒ぎをしていた、歴史上日本にとって消してはならぬ歴史を消すようなものではないか。これでは、戦争をやりました。処分は受けました。これにて一件落着、と言っているようなものではないだろうか。やはり、日本人としては反省すべきは反省するとの謙虚な姿勢で、多少なりとも公営放送であるNHKあたりが、戦争の原因とか、責任、反省について時宜に適ったニュースを流してほしいものだ。

 一方、大石内蔵助ら47士の討ち入りも元禄時代の史実であり、江戸文化爛熟期の武士の作法でもある。偏った生き方であったかもしれないが、やはりひとつの文化として、マス・メディアには報道者としての責任を果たしてほしいという気持ちである。

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214.2007年12月14日(金) 役人は国家、国民にとって本当に必要か?

 また昨日北方領土で日本漁船4隻が拿捕された。乗組員は併せて11人である。今度のケースはこれまでと少し事情が違うようだ。一隻の漁船が進んでロシア領海内へ入っていって、これを止めようとした他の3隻の漁船が追っかけていったところ、もろともに拿捕されたらしい。最初に入り込んだ漁船の船長は、病気持ちで時折倒れるらしい。捕まった時の体調がどうだったかは分かっていないが、ロシア艦に連行される途中で携帯を使いマス・メディアに連絡してくるような珍しい連行状況である。常用薬が底をついているので、それが心配だとは、船長自身の電話と妻の談話である。この特殊な病状を外務省はロシア側に伝えて、医者と薬の手配を要請したようだが、どれだけ聞き入れてもらえるだろうか。

 いつもながら腹立たしいのは、人命を配慮してロシア人がすぐ対応してくれないことだ。北方領土ではこれまで生命にかかわる大手術などのために、日本が幾たびか救急ヘリで島民の命を救ったことがある。恩を着せるわけではないが、ロシア側から11人がどういう状態か、未だにまったく連絡もしてこない。こういう種類のタチの悪い奴がよくいるが、ロシアの場合は国家として自分らの都合だけで行動するので、始末が悪い。それにしても、外務省の非力な折衝力と、真剣に事態に取り組もうとしない不誠実と無神経には、呆れるばかりである。今日午後高村外相がやっと「拿捕は遺憾である」とコメントを発表した。何かやることがずれている。まるでノー天気である。

 薬害肝炎訴訟で大阪高裁が国と原告との和解を提案した。ここ数日この問題が大々的に報道されているが、本件でも政府側の対応は、何とか患者数を限定しよう、費用を軽減しようとの思惑が見え見えで、患者と家族の気持ちを斟酌して誠実に対応し解決しようとの態度が一向に見えない。年金問題然りである。厚労省と社会保険庁の役人から、この2つの問題で責任をとったという話が聞かれない。これを頭の隅に入れて、先日発表された国家公務員のボーナス支給を見ていると、冬のボーナスでは、民間企業のボーナスが下がったのを尻目に、各省庁とも軒並みアップしたと報じていたが、まったく馬鹿げている。さぼろうとも、ヘマをやろうとも組織はつぶれず、首にならず責任は取らされず、給料、ボーナス、退職後の年金、すべてにウハウハで、天下りという第2就職先をあてがわれ、威張りくさっている。一体役人にボーナスなんて支給する必要があるのか。官尊民卑の度が過ぎている。このままだと、役人がからむ事件は、今後とも益々増加して、それはまず解決しない。役人天国万歳?! 否、くそ食らえだ!

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213.2007年12月13日(木) 少し良くなった「ひょうそう」

 月曜日に松本整形外科で診てもらった左手中指の「ひょうそう」の傷跡があまり芳しくないということから、昨日また切開して血を出してもらった。水に濡らしてはいけないので、2日間は風呂にも入らず我慢していたが、ビニール袋を被せて濡らさないように気をつければ入浴しても大丈夫と言われ、中指をビニールで二重に巻いて湯船に浸かった。今日その結果を診てもらいに整形外科へ出かけたら大分良くなったとの診断で、化膿止めの薬はもう要らないことになった。まあとにかく不便で、いまこうしてパソコンを打っているのも四苦八苦である。

 妻も今日3度目のオペの抜糸を済ませたが、面相が幾分変化したのでかなり気にしている。まだ、他人にはあまり素顔を見せたくないと言い、タクシーの中へ置き忘れた顔隠し用の帽子を求めて、玉川高島屋内の帽子店へ新しい帽子を買いに行った。

 どうも夫婦揃ってぱっとしない。家にいながら仕事が捗らない。次回作品「停年オヤジの海外武者修行」の筋書きは、九分どおり書き上げたのだが、少し書き直そうと思う箇所もあるし、加筆したいストーリーもあり、なお若干時間がかかる。まだ、年賀状も書いていない。今年も年賀ハガキ650枚を用意したが、これで足りるのか足りないのか、分からない。今年も送り相手に合わせて3種類の異なった図柄の年賀状を作成する必要がある。それに、宛名書きは自分のこだわりで毎年万年筆による手書きなので少々時間がかかる。明日は海外へクリスマス・カードを送り、年賀状もそろそろ「筆まめ」で印刷して来週中には宛名を書き出さないといけない。だんだん忙しなくなってくる。これも年末が少し近づいたせいだろう。

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212.2007年12月12日(水) ロシアのトップ人事にウルトラC

 ロシアのプーチン大統領は後継者にメドベージェフ副首相を指名した。この国は中々一筋縄で行かないお国柄ゆえ、大統領を辞めた後権力志向の強いプーチン氏自身が、どのような立場に身を置くのか一入興味のあるところだが、出来レースによって即座に氏は大統領選出後、プーチン氏を首相に任命したいと表明した。何とプーチン大統領が首相の座に座るというウルトラCには世界がびっくりである。

 シナリオはこうである。大統領は憲法規定により、2期8年間しかその職に就けない。若くロシア人の間では人気があり、まだまだやる気満々のプーチンとしては、権力を維持したままこれからどう国の政治の中枢に居座り続けることが出来るかを考えた挙句、編み出した奥の手が、憲法改正の道を選ばずに一旦権力の最高職から座を外し、院政の道を選択することであった。まず、自分の影響力を残して院政を行うために、次期大統領を操り傀儡とすべく腹心中の腹心、メドベージェフ氏を大統領に推薦し、新任大統領の不慣れな面を補佐する形で大統領に影響力を与え続け、次の大統領選で再び立候補する腹積もりである。その間、首相としての重要職務を全うし、絶対権力を更に固めてカリスマ性に秘かに磨きをかける。ロシア憲法上は、共和制政治体制を執行していて、大統領が行政府の最高権力者ということになっているが、首相の権力が大統領のそれを上回る権力行使を行った場合は、いわゆる議院内閣制と同じシステムになり、政治制度と大統領の地位が形骸化することは必定である。国家行政をひとりの人間の意のままに操るやり方は、明らかな独裁政治、ファッショ以外の何物でもない。そのおかしな道をロシアは選択しようとしている。

 メドベージェフ副首相は、悪名高いガスプロム会長として知られているが、月刊「選択」12月号に「ガスプロムは損をさせない」との記事が掲載されている。そこにメドベージェフ氏の顔写真が載っているが、どうも当人のものではなく別人のものではないかとの勘が働いた。以前に見た彼とは明らかに別の顔の気がした。余計なことであるが、「選択」誌の名誉のために同誌へ連絡して聞いてみた。しばらくして編集部の担当女性から返事があった。やはり、指摘した通り写真は別人であったという。同じガスプロム社の別人、メドベージェフ氏の顔写真を使用したらしい。人違いである。誤植のないことを誇りにしていた「選択」誌としては上手から水が漏れたということかもしれない。次号で訂正し、取り違えたことを注記するべきでしょうとアドバイスしておいた。

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211.2007年12月11日(火) 天満敦子さんヴァイオリン・コンサート

 売れっ子ヴァイオリニスト・天満敦子さんのクリスマス・コンサートがあると吉祥寺の建築家・山本富士雄さんからご案内をいただき、妻ともども今日のコンサートを楽しみにしていた。演奏は文句なしに素晴らしかった。やはり超一流の音楽家の演奏を生で聴くのは、心を打ち、感動的である。最初にクリスマスに因んで、誰でも知っているクリスマスに関連の曲目をカトリック吉祥寺教会聖歌隊が歌った。

 天満さんの演奏会は5年ほど前に、有楽町のよみうりホールで聴いたことがある。地味なお召し物、魚でもつまむようなヴァイオリンの持ち方、飾らない表情等々に個性的なところがあり、中々ユニークな女性だと思っている。シューベルト、グノー、カッチーニの3大アヴェ・マリアを含め、全部で11曲演奏してくれたが、一番良かったのは、「ツゴイネルワイゼン」だった。それに好きな「タイスの瞑想曲」も良かった。これだけ演奏家として優れた演奏技術を持っていると、どんな音色でも編み出せるのではないかと錯覚するほど、素晴らしかった。CDやラジオで聞く音色とまったく異なる臨場感を伴った音色、とりわけ超一流の音楽家が作り出す音色には、人の心をゆっくりと溶かす魔法が隠されているようである。とにかく一足早い感動のクリスマス・プレゼントだった。

 今日の失敗は会場、武蔵野市民文化会館へのアクセスだった。吉祥寺駅からタクシーで会場へ向かったが、運転手が武蔵野市民センターですね、などと言うものだから、「武蔵野市民文化会館です」と告げて、略図を見せた。そのうちに、芸術文化センター?の話を始めて、挙句の末にその?センターへ連れて行かれ、目的地は「武蔵野市民文化会館」だと再度説明してやっと間違いに気づかせた。結局会場まで30分もかかり、料金も3倍近くなったが、開演には間に合ったし、年配の運転手がおしゃべりでサービスもしてくれたので、多過ぎとは思いつつ2千円払うことにした。運転手はすっかり芸術文化センター?と信じ込んでしまっていたようだ。われわれが知りもしない芸術文化センターの名前なんか出してもいないのに、一人合点し乗客に迷惑をかけたのは、ベテラン運転手としては少々お粗末だったと思う。会場から帰りは順調で、演奏会が終わってわが家まで、ちょうど1時間で着いてしまった。しかし、タクシーによるケチは、ここにもあった。自由が丘駅からわが家まで乗ったタクシー内に妻が帽子を置き忘れてしまった。

 感動と失望の一日だった。

2007年12月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com