7021.2026年8月3日(月) 少数民族ロヒンギャ難民は、救われない。

 このところメディアでそれほど話題にもなっていないが、以前ミヤンマーの西部ラカイン州に居住していて、迫害からマレーシアへ避難した少数民族ロヒンギャを、一部ミヤンマーへ戻す話がこじれている。元々マレーシアは、同じイスラム教徒のロヒンギャ受け入れには理解があり、受け入れられているロヒンギャの数は約12万人になる。

 それが、ロヒンギャ難民受け入れが増加するに連れ、地元住民との間に摩擦や、軋轢が生じて、最近では難民への反感が高まっている。それも影響したのか、国内ではアンワール・マレーシア首相率いる与党連合が地方選挙で劣勢状況である。そこでアンワール首相はミヤンマー軍事政権との話し合いの結果、ロヒンギャ難民の内約5千人をミヤンマーに送還することで合意したと発言した。ところが、アンワール首相のこの発言に物議が醸されている。一方のミヤンマーでは、2021年にアウン・サン・スー・チー氏が国家顧問を務める民主政権を、ミン・アウン・フライン前国軍総司令官が軍事クーデターによって倒し、軍が主要権力を統制している。今ではミヤンマー国内は反軍勢力や、少数民族による反抗で国情は不安定化している。そのミヤンマーが反ミヤンマーのイスラム教徒のロヒンギャを引き取ることについては、かなり問題がある。

 ロヒンギャ問題の原点は、太平洋戦争前にインドを統治していたイギリスが、当時はインドだったが、その後分離したバングラデッシュにロヒンギャを集団移住させ、そこに根付かせた。そして同じ植民地だった当時の隣国ビルマ(現ミヤンマー)の山中ラカイン州に強制移住させたことにある。つまり、イギリス帝国主義による人種差別、民族差別によりロヒンギャは、仏教国ミヤンマーで厳しい生活を送ることになったので、イギリスに少しでも少数民族に対する同情とか、人権的配慮があれば、今日のロヒンギャ問題は生まれなかったであろう。更にイギリスの無責任なところは、このような現状に対して少しも救いの手や同情心を示すことなく、見て見ぬふりをしている冷酷さである。

 気がかりなのは、今仮にマレーシアのロヒンギャがミヤンマー・ラカイン州のロヒンギャがかつて生活していた集落へ返されたとしても、そこにはミヤンマー国軍と少数民族武装勢力との間で戦闘が続き、ロヒンギャは双方から迫害を受けることである。ここへマレーシアから同胞?が帰って来ても、そこに住んでいるロヒンギャとの間に争うことなくともに生活出来るだろうか。国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」は、送還を実行すれば、壊滅的な結果を招くと憂慮し中止を求めているくらいである。

 私が今から54年前にラカイン州に近いアキャブ(現シットウェ)を訪れた際、多くのロヒンギャの人々を見たが、ビルマ人とはまったく交わろうとはしていなかった。イスラム教徒と仏教徒の間にはまったく接触がなく、お互いに言葉を交わすこともなかった。例えロヒンギャが周囲を仏教徒に取り囲まれているラカイン州へ帰ってきたとて、土地の人々とは共同生活はとても無理だと思う。

 この問題に関してミン・アウン・フライン大統領は一切コメントしていない。

 さて、熊本地震のあった熊本県の今日の気温は、全国で最高温の40.3℃で、熊本県としては初めての酷暑日となった。炎天下に地震の後始末に追われる県民の健康が懸念される。

2026年8月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com