日本では副首都構想案が国会で採択されたばかりで、いずれ吉村洋文・日本維新の会代表が知事を務める大阪府が副首都となるであろう。
今朝の朝日記事に「限界都市」シリーズ第1回として、インドネシアの首都ジャカルタが取り上げられ、明日も同首都第2回が掲載される。ジャカルタが最近脚光を浴びているのは、人口が4,190万人を抱えて世界一の都市となったが、難しい問題を抱えたからである。実際、人口増加の故に交通渋滞が起こり、住民が汲み上げる地下水のために地盤沈下なども問題視され、現在首都移転計画が進められている。2045年までにカリマンタン島のヌサンタラに首都を移す計画である。だが、苦しい国の財政事情の中で徐々に予算が削減され、新天地ヌサンタラには、官公庁の建物や施設は建設された一方、住民の移転はほとんどない状態である。4千万人もの国民が居住する首都移転には、想像出来ない複雑な問題を抱えていると考えられる。
実は、首都が決定する以前に、都市間で首都の争奪戦が行われることは普通である。日本では明治維新によって、首都が京都から東京へ移転されるのにさほど大きな問題がなく行われたが、外国では首都は政治の中心とされ、国情によって複雑な要因が隠れている。教科書で学んだ諸外国の首都も、オランダのアムステルダムとハーグ、メルボルンとシドニー、など首都決定にはいろいろ特殊な条件があったようだ。現在戸惑うのは国連が認めるイスラエルの首都がテルアビブではなく、当事国のイスラエルとその支援国アメリカが首都をエルサレムとしていることである。オーストラリアの首都も、オリンピックが開かれたメルボルンとシドニー両都市の中間に位置するキャンベラが首都とされているのには含みがある。そこには、アメリカの首都ワシントン同様に、人口や経済発展都市というだけではない別の理由がある。
よく間違えるのは、オランダの首都である。首都は経済、及び観光都市であるアムステルダムである。政治の中心が置かれ、国会や官公庁があるハーグではないことは間違えやすい。他にも間違えやすいのはブラジルである。以前は最大の都市リオデジャネイロが首都だったが、1960年に高原都市ブラジリアに首都を移転した。トルコのイスタンブールなぞは、トルコ最大の国際都市であるが、ヨーロッパ国境に近すぎるという理由から中央部のアンカラに決定したそうである。
それぞれお国事情もあるが、イスラエルのようにアメリカが強引に大使館機能をエルサレムに移して首都と認定したことなどは、イスラエルの主体性のなさもあるが、トランプ大統領が他国を自国の思い通りに支配したい自己満足であり、大きなお世話ではないかと思う。
これからインドネシアが、計画通りヌサンタラを新首都と出来るのか気がかりである。先日テレビのドキュメンタリー番組では、その可能性に警鐘を鳴らしていた。明日の朝日の記事ではどうなるだろうか。ジャカルタは、初めて訪れた1966年にデラックス・ホテルの背後で若者に後ろから襲われ、腕時計を強奪されたほど当時は治安も乱れていた。今から思えば懐かしい都市ではあるが、列車には乗客が溢れ、ぶら下がっている人もいた状態だった。とても首都と呼べるような雰囲気ではなかった。
尤も首都が移ろうと移るまいとそれはほぼ20年も先のことであり、私は天国から見下ろしていることになる。