最近街の書店が次々と閉店して寂しいことに本屋さんがあまり目に入らなくなった。自由が丘駅前の広場に面した老舗の書店も昨年閉店してしまった。読書をする人の数が減ったことが最大の原因である。出版社なども何とか埋もれた読者層を掘り起こそうと図書フェアのようなイベントを開催しているが、効果は上がっているだろうか。読書ファンとして読書ブーム、図書ブームの再来を願って止まない。
ただ、最近の若い作家の書いた作品は、正直のところあまり面白くなく興味が湧かないのは事実である。若者特有の世界、若者特有の言葉遣い、現実感のない世界、等々いろいろ理由はあると思うが、我々読書好きな後期高齢者にはとても付いて行けないのだ。新聞の連載小説なども面白くないストーリーに、つい途中で読むのをやめてしまうことがしばしばある。知名度の高い作家の作品でさえ、退屈して途中で止める。これをブログに書いたところ、この種のブログはいつもGoogle Reportでは、アクセス数がトップ・クラスに入るほどである。
ここ30年ほどの間に書籍発行数も漸減している。ただ、販売金額総額としてはほぼ変わらない。つまり書籍価格が上がっているからで、問題が解決したわけではない。
実は、書籍販売数が減り、書店の数も減っている現状に合わせるように、新聞の販売も減少している。これには流行りのスマホが代替品としてあるが、それにしても最新のニュースを新聞で読み取る傾向が減じていることは事実である。
例えば、最近10年間の新聞購読数が大きく減じているのである。10年以上前には購読者数が1千万人を超えていた読売新聞が、1千万人から落ち、2016年には900万人にまでなった。それが今年初めには約525万人と半減した。この傾向は読売だけに留まらず、10年前に比べて朝日が約660万部から約315万部へ半減以下に減り、最近落ち目と言われている毎日が約310万部から約112万部とほぼ1/3に減少した。こうなると最早全国紙などと言っていられない。ここまで落ちるとこの先が心配である。多くの読者の支援を背に正論を伝えていた新聞社も、圧力に屈するケースも出て来るのではないかと懸念される。私は学生時代には新聞記者に憧れ、記者を目指したこともあったが、ある事情から記者になることは諦めた。それだけに新聞は情報源であり、執筆上の師だと信じて、毎日書くブログも新聞から得る情報が多い。新聞社は世論のリーダーが自分たちであるとの信念にやや溺れるところがあり、他の意見やアドバイスをあまり受け入れようとしない傾向がある。もう少し賢明な読者の声は素直にして謙虚に取り入れるようにした方が良いと思う。
今2つの新聞を購読しているが、これからも貪欲に読み、掲載記事を資料として活用し、ブログやエッセイなどに活かして行きたいと思う。それにしても書店と新聞発行数が減少したのは残念でならない。