昨日学生時代の友人と久しぶりに夕食を共にした。社保庁の年金問題が話題になった勢いで、いまの政治家の資質を酒の肴に盛り上がった。政治家の質が劣化した最大の原因のひとつは、世襲議員の存在にあるのではないかと考えている。2年前「知研フォーラム」に「どうして政治家の脳力と行動は劣化したか」(本HPの論稿・エッセイ4-21掲載)と題して拙稿の中で世襲議員の政治家としての資質とその選出について持論を開陳したが、私は立候補者が喩え選挙の洗礼を受けるにせよ、世襲で議員職を引き継ぐことは、いささか憲法の精神に触れるのではないかと考えていた。本来選挙に際しては、全立候補者が自由・平等の同じ条件の下に選挙民に選択を委ねることが基本である。世襲議員は、親や親戚の地盤をそのまま引き継ぐわけで、この時点で他の候補者より圧倒的に有利となり、平等の主旨からすると由々しき問題を孕んでいると考えている。この疑念をクリアするためには、他の選挙区で立候補することを除き、一定の期間同一選挙区内で世襲議員の立候補を認めるべきではないと考えている。いまの安倍内閣閣僚の中の世襲議員の資質と品格を見てみれば、早や末期的と思うのは、私だけではないように思えるのだが・・・。
26.2007年6月9日(土) 天城山心中と第3次中東戦争
ふたつの事件にまったく脈絡はない。朝日の土曜特集では、50年前の天城山心中事件を2面に亘り取り上げていた。あれは予備校生だった12月で、日本中が大騒ぎしていたのが思い出される。亡くなった男女は学習院大生で、2人の出自がとりわけマスメディアの興味を呼んだ。何年か前に、下関の浜辺を歩いていて偶々愛新覚羅社というところへ入り込んでしまったが、それが紹介されていてやはり愛新覚羅家の菩提社だと知った。当時は、大学受験で日夜受験勉強に勤しんでいたので、私には事件としてほんの一過性だったが、妙に気になる事件ではあった。
日経では、第3次中東戦争勃発40年の記事が載っていた。これこそ私には忘れられない出来事であった。いまでも鮮明に覚えている。黒い眼帯をかけたイスラエルのダヤン将軍の勝ち誇った顔は印象的で記憶に留まっている。その半年後、ひとりで戒厳令下にあったそれらの戦地へ実際に行ってみた。そこでいろんなことに出くわした。それらの出来事は拙著「現代・海外武者修行のすすめ」にも記した通りである。あの時イスラエルが奪い取った、ヨルダン川西岸とゴラン高原はいまもイスラエルが占領したままで返還されていない。むしろ原状復帰から乖離している。イスラエルとパレスチナの対立は一層深まり、和平より治安が重視されているのが実態である。私にとってあまり愉快な思い出ではなかったが、いま自由に講師などをやって旅の危機管理なんかを偉そうに喋っていられるのも、このときの苦い経験が随分生きているからだ。
25.2007年6月8日(金) 厚生労働省はグジャグジャ
何とも情けなくずさんな業務が続くものだ。このところ厚労省管轄の社会保険庁年金未払い問題と昨日来のコムスン処分問題でマス・メディアは、社保庁の無責任ぶりを追求している。社保庁自体が、そもそも無責任というより、役所の体質であり、ほとんどの役人が怠け者で無責任なのではないか。一例を挙げると、どんなに来客があっても時間になると業務を停止してしまうことなど、その最たるものであろう。対外的な業務は絶対時間延長とか、休日の事業所オープンはない。民間では考えられない。かつての社会主義国家がそうだった。その挙句、社会主義崩壊、国家崩壊となってしまったではないか。
プーチン大統領もサミット開会前までぶつぶつ言っていたが、アメリカは「2050年までに排出温暖化ガス半減を真剣に検討する」との数値目標にしぶしぶ同意した。京都議定書を受け入れなかったアメリカの本心は、いまひとつわからないが、これを見たプーチンは表向き文句を言わなかった。だが、これから中国とインドの巨大温暖化ガス排出国が、これに異を唱えるのは明らかである。温暖化ガスを排出規制することは、地球規模的にみて絶対メリットがある。いまは国内向けに賛成しにくいだろうが、世界的に見てこれが流れである。どうせ中国やインドの首脳だってそのころには生きている保証はないので、世界中の人々に対して温暖化ガス半減の言質を与えた方が、国際的に喝采を浴びて得だと思うのだが、少々無責任かな。
24.2007年6月7日(木) コムスン処分
介護事業最大手のコムスンが事業所の新規指定や更新が認められなくなった。会社にとって致命的な処分で、厚労省の処分が取り消されない限り会社は消滅するしかないと思っていたところ、悪どい親会社は、処分を察知し役所の先回りをして、コムスンを別の企業に譲渡してしまった。これで処分を逃れようとの魂胆である。別の企業といったって、所詮同じグループ内企業であり、子会社だったのを孫会社にしたようなものである。コムスンの悪知恵には呆れるばかりである個人では先日自殺した農水大臣、企業ではコムスンが怪しいと感じていた。大体介護事業で金儲けをしようとは、品性を疑う。このコムスンの親会社、グッドウィル・グループの総帥は、バブル期にディスコ「ジュリアナ東京」などを経営していた人物である。厚労省もコムスンを糾弾するばかりでなく、厚労省の主旨をよく噛み砕いて事業者をもっと厳格な審査の許に、当然ありうべき対応をとるべきではなかったか。介護事業を金儲けに利用されるなどとは、厚労省も恥ずべきであるし、コムスンこそ不届き千万である。処分すれば済むという問題ではない。コムスン事業所で世話をうけている人たちは実際途方に暮れている。
23.2007年6月6日(水) サミット開催
サミット出席のため安倍首相がドイツへ飛び立った。ドイツ北部のハイリゲンダムというバルト海沿岸のリゾート地に世界のリーダーが集合して、地球温暖化を主要議題に話し合われるようだ。私はあまり期待していない。その最大の理由は、環境問題でアメリカが及び腰であることと、安倍首相のリーダーとしての力不足である。さらに、引っ掻き回し男、プーチンの参加である。プーチンだけがまだ現地入りしていない。それで、むしろ厳戒態勢の治安対策に興味を持った。サミット会議場近くは網の目も潜り抜けられないような、厳重な警戒網を敷き、ドイツ治安部隊が最大級の防御ラインを固めている。そこに、あな懐かしや、入域する車の検査である。車の下にお盆のようなものを付けたポールを突っ込んで爆発物の検査をやっている。久しぶりに見た光景だが、かつて東西ドイツの国境だったベルリンのチェックポイント・チャーリーで何度か体験したことがある。相変わらずドイツでは、昔ながらの原始的なやり方でやっているなと可笑しくなった。
22.2007年6月5日(火) プーチン流のパフォーマンス
今に始まったことではないが、ロシアのプーチン大統領がいよいよ本性を顕してきた。北方領土を返す意思がまったくないことを表明した。第2次世界大戦の結果、4島の帰属性がロシア側にある点では、疑問の余地がないと断言した。ついに来たかという印象である。ロシアという国はそういう国であることは、歴史的に国際紛争を追っていけば推測できる。私自身最近ロシアに関する講演が多いが、改めてロシアの横暴について私の考えを書かねばなるまい。もうひとつ、プーチンが言い出したことは、ロシア大統領の任期が4年では短いと言い出した。来年の大統領選挙に憲法改正をやてのけてでも出るのではないかと言われていたのを終始否定してきただけに、法衣の下に衣が見えた感じである。こんな理不尽な大統領と付き合わされるのは大変だ。残念ながら対抗できる政治家が日本にはいないことが残念である。
21.2007年6月4日(月) ヘリペアとは?
ヘリコプターに関する話題2件。ひとつは、穂高小屋へ荷揚げしていたヘリコプターがまた墜落した。同じヘリ会社のヘりは2日前にも恵那山で墜落してパイロットが亡くなっている。急に突風が吹いてバランスを崩したようだ。山岳気象は怖い。ニュージーランドのマウント・クックをヘリ飛行したことがあるが、緊張感を強いられた記憶がある。学生時代に穂高小屋へも何度か立ち寄ったことがあるが、いまや荷揚げはほとんどヘリに頼っているようだ。われわれが登山していた頃は、「強力」が大きな荷を担ぎ上げていたものだ。我が家の愚息たちの家庭教師をやってくれたアルペンクラブの後輩もアルバイトに「強力」をやっていた。その彼も卒業を待たず、惜しくもカラコルム山塊で若い命を落としてしまった。ご両親とはいまでも交信しているが、好青年で、息子を良く看てくれた人懐っこい笑顔が懐かしい。
もうひとつは、最近の大学生の保護者を「ヘリペア」と呼ぶのだそうだ。「ヘリペア」とは、ヘリコプター・ペアレントの略で、大学生の周辺を離れず近くを旋回しているのだそうである。なるほど、うまい表現だと思うが、頭だけは突出しているが、自分で何も出来ない親離れしていない大学生をずばり言い当てていると思う。親子揃って墜落しなければいいが・・・。
20.2007年6月3日(日) 新進気鋭?のチェリスト誕生!
今日はゼミの1年後輩である赤松晋さんが、アマチュア・オーケストラ「上野浅草管弦交響楽団」のチェリストとしてデビューしたので、ゼミの仲間、先輩から後輩まで10数名が挙って会場の浅草公会堂へ出かけた。会場はいっぱいだった。お母さまが東京芸大ピアノ科を卒業され、元々音楽の素養があった人だが、3年間の特訓でよくぞここまでと、その努力に全員脱帽だった。かなり大きなオーケストラだったが、聞けばその中で赤松さんは最年長だという。彼は若く見えるので、最年少と言っても分からないくらいだ。演奏曲目は、ベートーベンの第1交響曲と、マーラーの交響曲‘巨人’だった。マーラーの曲は難しそうで吹奏楽器なんか苦戦している様子が分った。終わってから新進チェリスト夫妻を囲んで、老舗「神谷バー」で懇親会。6人の奥様方も交えて和気藹々のうちに散会した。年に2度定期コンサートを開催するそうだが、注文をつけさせてもらえるなら、次回はわれわれ素人にも分りやすい選曲をしてもらえると有難い。
それにしても今日の浅草は暑かった。仲見世は見物客でごった返し、外人客とはとバスツアーの観光客が目についた。
19.2007年6月2日(土) 「精神一到」と「精神一統」
3日前に白鵬が横綱伝達式の際日本相撲協会の使者に図らずも述べた口上「精神一到」について、「精神一統」ではないかと何となく思っていた。寡聞にして真の意味を知らず、出所はどこかと思っていたが、何故かいつも論評するマス・メディアが一向に反応せず解らずじまいだった。今日三省堂編纂の「必携故事ことわざ辞典」で、朱子語録の「精神一到何事か成らざらん」から引用したと漸くわかった。そういえば納得がいった。まさにコロンブスの卵である。この諺はあまりにも有名であるが、今の今まで「精神一統」だとばかり思っていたし、諺は諺として意味を成すのであって、諺から飛び出て「精神一到」の熟語だけが独立して意味を持って使用されるとは思いも寄らなかった。
ところが、夜10時のTBS番組「ブロードキャスター」で、エッセイストの玉村豊男氏が、まったく私と同じ疑問を呈していた。つまり、この言葉は四文字熟語でなく、全体の諺の中の一部として使われている言葉だと述べていた。まさにわが意を得たりである。この辺りをマス・メディアはどう考えているのだろうか。
18.2007年6月1日(金) 無頼派作家・檀一雄
今朝のNHKニュースの中で、福岡市能古島(のこのしま)に住むカナダ人の盲導犬の話題を伝えていた。一度その島を訪れたことがあるので、早速「JAPAN NOW観光情報協会」機関紙次号用にエッセイを書いた。檀一雄の旧宅を訪れたが、老朽化していて年内には取り壊してしまうらしい。牧歌的で静かな場所で、島人口も少なく島民は親切でお人好しばかりのようだが、そんなところに檀一雄は魅入られ住みついたようである。
6年前にポルトガルのサンタ・クルスというところを訪れたが、ここも檀が1年半もの間住みつき、気持ちをリフレッシュして、帰国するや一気に‘火宅の人’を書き上げ脱稿したという。ここの人々との交流が檀を書く気にさせたようだ。都会にいないと書けないという作家もいるようだが、檀のように破天荒な無頼派作家には都会は肌が合わなかったのだろうか。