87.2007年8月9日(木) 長崎平和祈念式典と総理大臣の挨拶

 3日前の広島原爆投下記念日に続き、長崎への原爆投下も今日が62年目に当る。午前中1時間のTV中継を見た。粛々と式典は進められ、主催者田上長崎市長の挨拶後に、出席者を代表して安倍首相、金子長崎県知事、正林さんと仰る被爆者代表が平和への願いと核廃絶について話された。この4人の中で、私と同じ年、68歳の正林さんが、手振り身振りを交えて被爆体験を話されたのが一番印象に残った。次いで市長、知事の戦争放棄、核廃絶のアッピールが参列者を納得させたと思うが、一番冴えないのがわが総理大臣安倍晋三のスピーチ内容である。

 心に訴える話となると、やはり現場にいて臨場感が分っている人が一番である。その点で爆心現場に最も近かった正林さんが自身の呪わしい体験を含め、一番臨場感を伴った、説得力のある話をしてくれた。

 それにしても安倍首相のスピーチは、話し方、並びにその内容において格段にレベルが低い。原稿を読んで平板に、淡々と喋っているだけで、何が何でも核実験を止めさせるとか、核不拡散条約を実現させるために何かをやるという強い意志を表すのではなく、冥福を祈るとか、戦後の荒廃から立ち直った先人の労を多とするものであるとか、非核3原則を堅持するとか、或いは被爆国としての立場から世界へ向け核廃絶の声を届けるとか、空疎な言葉の羅列だけで、何も心に訴えるものがない。総理大臣として、ここで話すことがどういう意味を持つのかということが全く分っていない。世界へ向けた平和希求のメッセージである。それがまるで地元後援会の挨拶レベルなのである。

 安倍首相の言動については、もはやメッキが剥げてその無能力ぶりにいまさら驚くわけではないが、「このまま首相をやっていたい」のわがままだけで、国家をリードされたのでは、国民にとって迷惑千万であるし、国民が不幸になるばかりである。もう自分の無能ぶりに見切りをつけ、さっさと首相を辞めるべし。

2007年8月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

86.2007年8月8日(水) エネルギーの節約を考える。

 ガソリンの小売価格が最高値を更新して、全国平均で1ℓ当り145.10円になったという。菅平へ行く前日5日に近所のGSで給油したら、141円だった。昨日菅平で給油したら、146円でこれは菅平高原までの運送費が込まれている特別価格にしても、急速にガソリン代が高騰していることは実感として感じている。

 今日都内の大気汚染被害者と国、都、自動車会社、道路会社側四者間の和解が成立した。中国では、今日北京オリンピック開催まで残りちょうど1年となり、華やかな式典が天安門広場で行われ、国を挙げて沸き立っているが、過去のオリンピックでは話題にもならなかった難問を抱えたままである。交通渋滞、大気汚染、食品安全、公衆道徳の欠如等、一挙に解決出来ない問題ばかりである。その中で大気汚染については、各国の五輪関係者が選手の健康を懸念している。急速な経済成長による影の部分として見過ごされた公害が、増加した車が排出する排気ガスとともに、中国政府にとって頭の痛い問題となっている。

 国際的に地球温暖化対策を世界が連携して進めていくうえで、石油の代替としてエタノールガスの開発が脚光を浴びているが、エタノールガス生産のために食料であるとうもろこしが不足したり、ほかの部門に悪影響が表れ始めている。これではマッチポンプである。石油消費の代わりに電気を使用したところで、発電も水力ダムの代わりに原子力発電ということなら、別の問題が発生し根本的な解決にはならない。

 そこで代替商品を開発することを考えるより、贅沢はほどほどに抑制して、もうそろそろ全体のエネルギー消費量を減らすような工夫を、国際社会を挙げて真剣に考える時期に来ているのではないだろうか。

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85.2007年8月7日(火) 広島原爆投下からゾルゲ事件まで

 後輩たちの菅平合宿も最終日となり、午前中の練習だけで打ち上げた。素直な子が多く練習中は「ハイ、ハイ」と返事をしているが、本当に自分で分ってそう応えているのか、本番で力を出せなければ徒労に終わることにも成りかねない。部員は増えたが怪我人が多く、果たして充分な成果を挙げられただろうか。これから本番まで残り2ヶ月でどの程度力をつけることが出来るだろうか。気がかりは沢山あるが、彼らの真面目さとひたむきさに期待しようと思う。

 昨日試合中に落雷を恐れ避難したが、今日岩手県の海岸で祖父と海水浴に来ていた2人の孫の内、小学3年生の弟が、警報で海水から引き上げる途中で落雷に遭い重体だという。北海道でも旅行中の夫婦が落雷に遭った。いままではあまり雷に対する心配はしなかったが、昨日の試合で雷鳴と夕立の中で機敏に落雷避難指示を出して近くのホテルへ全員を避難させた、昨日のレフェリーはその点では正しい判断だったと言えるのではないか。

 昨日の新聞を読み返していると、広島原爆投下62回目の記念日に当り、秋葉広島市長の平和宣言が発表されている。核開発が進み、憲法改正論議が持ち上がるなど、国民の間でも少しずつ、核に対するリスク感度が薄れつつある。国内外にいる25万有余人の被爆者の平均年齢は74歳を超えたそうだ。参議院選挙で敗北したために、安倍首相はいまのところ憲法問題を持ち出していないが、首相就任時の公約でも、憲法改正をはっきり言い出した。今回選挙敗北の責任をとって辞めるのが、一般常識であるが、引き続き政権を担当していくと頑固なのは、自分の手で憲法を改正したいという思いが強いからである。こんな未熟で危険な首相に、このまま日本の政治を委ねてもよいものだろうか。核拡散が止まない今日の状況を心配するとともに、今日から始まった臨時国会も気になる。

 昨日の朝日夕刊フロントページの連載もの、「人脈記」に中西準子さんが紹介されていた。いまや彼女は国から勲章もいただいた著名人であるが、何と高校1年のとき同じクラスだった。シャープな女性で、東京工大教授、東大教授を歴任して、現在は産業技術綜合研究所化学物質リスク管理研究センター長という長い肩書きを抱えている。入学早々の生物の授業で、教師に成りたての与野主計先生から、数人のクラスメートに何でもいいから歌を唄えと言われ、おだてられついでに「上海帰りのリル」を唄った私とは正反対に、彼女は高校生には難しい国際労働歌「第一インターナショナルの歌」を一気に唄ったのには、度肝を抜かれた。それ以来どうも彼女には引け目を感じている。父上が共産党員で参議院議員であったことは、当時からクラスメートのほとんどが知っていたが、朝日夕刊によると、戦前ゾルゲ事件に関係して逮捕されたとある。このいきさつは知らなかったが、もしそれが事実だとするなら、同じくゾルゲ事件に連座して獄死した、友人の山崎洋くんの父上、ブランコ・ド・ブーケリッチ氏と接触はあったのだろうと想像出来る。ひょっとするとゾルゲ事件に関して、また新たな情報を得られるかも知れない。今度山崎くんがベオグラードから帰って来たら尋ねてみようと思う。

2007年8月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

84.2007年8月6日(月) 後輩ラグビー部合宿中の菅平高原にて

 高校ラグビー部の夏季合宿で後輩を激励、支援旁々今年も菅平へやって来た。菅平へ来るのは8年連続で、次男の高校合宿の際、やはりお世話役で来た時を含め10回目になる。かつてこの菅平はラグビー合宿で名を知られ、ラグビー人気が高かったころはラガーマンの集団疎開のような感じだったが、いまや他のスポーツ、サッカーやテニス、陸上の高地トレーニングの選手たちが汗を流し、ラグビータウンのイメージは薄れつつある。ラグビーファンとしては、寂しい限りだが、時代の流れでそうなるのも致し方ないのかも知れない。

 今朝近くに住む先輩をピックアップして車で約4時間かけ目指す菅平へやって来た。毎年全日程5日間を菅平で過ごしていたが、今回は仕事の関係もあり、僅か1泊2日、今日と明日だけのショートステイになった。十数年前の息子のときは、グランドもすべて土で風が吹けば砂埃が当たり前だったが、いまやほとんどが全面芝となり選手が泥まみれになることもなくなり、その点ではいまの高校生は施設面で恵まれている。

 午後から芝のグランドで都立国立高校戦を応援することになった。30分ハーフの試合で、前半7-15でリードを許したところで、夕立と雷のため、一時中止となった。最近は、落雷による被害を考慮して、ダボス丘のゴルフ場から避難の合図であるサイレンが鳴ると荷物、用具を置いたまま一斉に安全地帯へ逃げるルールが徹底されていうようで、偶々今日の試合でもハーフタイムでグランドを後に、傍のホテルへ避難した。結局雷と土砂降りが止まず、ゲームは中止となって、生徒たちにとってはいささか消化不良のまま、明日合宿最終日を迎えることになった。

 客観的にみて、どうも後輩たちはチームとしての力が結集出来ていない印象を受けた。春の公式戦では、優勝した桐蔭学園にあれだけ、食らいついたのに、いまはチームとしての総合力が完全に落ちている。最近は負け試合が続いていると聞いている。主力である3年生がいないせいもあるが、どうもそれだけでもなさそうだ。FWのモールプレイの劣勢、全員果断に飛び込むタックル魂の欠如、各プレイの流れを見る試合運び等、どれをとっても新人戦から春大会のころに比べて、力が低下しているのは明らかである。しかし、安定した力が出せないこの時期であるからこそ、逆にひとつ力をうまく結集することが出来れば、一気にチーム力はアップする可能性がある。それに期待したい。

2007年8月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

83.2007年8月5日(日) 今朝の朝日新聞にデモの姿が映っている。

 今朝の朝日新聞を見てぎょっとした。社会面に大きく「『大きな人』に別れ・・・小田さん追悼デモ」とのタイトルで、写真付4段で昨日のデモが報道されていた。その写真の真ん中辺りに、何と私がこれほどバッチリ写されているとは、思ってもいなかった。早速友人に知らせたら見てくれたらしく、夕方にかけてダダッとメールが入ってきた。

 それにしても、小田実さんの影響力はものすごい。実に惜しい人を亡くしたものである。遺作となった「終わらない旅」が、評判を呼んでいるようなので、近いうちに読んでみようと思っている。

 夏休み中各地で水死事件が多いが、昨日鵠沼海岸で中学生が2人水死、1人不明と報道されていた。高校生のころ夏になると鵠沼海岸で毎日のように泳いでいたが、鵠沼海岸でもあの引地川河口周辺は流れが急で、海底では身体を引き込まれるような気がする。中国の現国歌を作曲した聶耳(ニエ・アール)さんが、この辺りで水難事故にあい亡くなった。その記念碑もある。それが縁で、海の街・藤沢市と聶耳さんの出身地、山の街・昆明市が姉妹都市になったという経緯がある。まったく地勢的に共通点のない都市同士が都市提携をするという珍しい例も、鵠沼海岸の水難事故に起因している。私自身も一度足を引っ張り込まれるような感じに襲われたことがあり、もがいても足が海底に着かず、焦ったことがあった。この辺りは怖い。以後ここには近づかなかったが、いまでは水難事故防止のための警戒は、しっかりやっていると思っていたのだが、まだまだ完全無欠というわけにはいかないようだ。

2007年8月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

82.2007年8月4日(土) 小田実さんを見送り、デモに参加する。

 小田実さん、あなたは本当に素晴しい人です。どれだけあなたの言動によって私たちは力づけられたか。男がほれぼれするような文を書いて、あなたの方へ向かわせ、そして率先垂範行動で誰をも脱帽させたのです。もうあなたの肉声を聞けないと思うと辛く寂しい。

 暑い日差しの中、青山斎場で行われた小田実さんの告別式へ参列した。覚悟していた小田実の死ではあったが、40余年に亘って小田実から多くの世界的常識を学ばされ、国際社会の中で多面的に考えることを教えられ、自ら行動することを身体で掴まされ、いい意味で大きな影響を受けた。私たち安保世代にとって鋭い嗅覚を持ったリーダーであった。特に、己を捨て自ら先頭に立って一般市民のために、国家のために率先行動する姿勢には、崇高さを感じて心を打たれたものである。私が曲がりなりにもサラリーマン時代に大勢の部下を率先してリードして来られたのは、そういう小田の行動力にぐんぐん引っ張られ、見習ってきたからだと思っている。私の拙い文にも小田の影響が見られると親しい友は言う。今日自由に著述活動出来るのも、断然小田実の存在が大きい。

 今日は心から感謝の気持ちを伝えたい、そして最後のお別れを言おうと思い青山斎場へやって来た。

 午後1時に無宗教の告別式開式となり、われわれは外の待合所で、黙祷の後弔辞と弔電を拝聴することになった。葬儀委員長・哲学者鶴見俊輔氏が、黒船来航以来外国文化との風穴を開けたのは、ジョン万次郎と小田実だと挨拶された。偶々ジョン万次郎は妻の遠戚に当る。評論家・加藤周一氏が、小田は稀代の呼びかけ人で、有言実行の人、文学者の活動の型を決め完成させた人だと締めくくった。ドナルド・キーン氏は小田からもらった著書「玉砕」をかなり経ってから英語訳にしたら、世界中に翻訳され、小田の名が国際的に有名になったと話された。4月にお会いした元ベ平連事務局長・吉川勇一氏が小田の代わりはいない、細事ではぶつかっても大筋ではぶれない人だったと故人を偲んだ。国内外から多くの弔電が寄せられたが、中でも金大中・元韓国大統領は、自分は死刑を宣告され収監されたにも関わらず、解放のために韓国へ来て戦ってくれた。そのおかげで自分はフリーとなって、大統領にまでなれたと恩人に感謝し、言動一致の知識人の標本と褒め、阪神淡路大震災時の市民立法のための闘い、九条の会の活動を絶賛され、偉大な故人の死を惜しんだ。

 参列者が献花を終え、小田さんのご遺体をお見送りする時、参列者の間から自然に拍手が湧いてきた。葬儀で拍手が起こることなど前代未聞ではないかと思うが、これも小田さんに対する感謝と愛惜の気持ちが自然の行為として表れたのではないだろうか。献花の折り私も心から哀悼の気持ちを伝えたつもりである。

 この後、小田さんの死を悼み、反戦の遺志を継いでいきましょうという気持からデモ行進が計画された。青山斎場から青山一丁目まで警察官に先導され、ほぼ40年ぶりにデモに参加した。やはり60年安保闘争や、かつてのベトナム反戦運動の際のデモを思い起こし、感慨無量の昂揚感があった。かなり長い行列だったが、蛮声を張り上げシュプレヒコールを繰り返した。「戦争を止めろ!」「9条は失くさないぞ!」、そして、ジョーン・バエズが唄った、懐かしい‘We Shall Overcome! ’を口ずさみながら整然と行進した。たちまちの内に「若き血」が甦ってきた。先頭の大段幕の後には高齢の鶴見俊輔氏、そして吉岡忍氏らが従った。小中陽太郎さんも一緒だった。ローマで小田夫妻にご馳走になったと話していた。

 小田実は逝ったが、彼の残した理想と業績は永遠に消されることはないだろう。

 さようなら、小田実さ~ん。ありがとう、小田さ~ん。

 玄順恵夫人からいただいた御会葬御礼の封書には、「人生の同行者」として夫・小田実と歩んだ魂の旅について綴られていた。そして、もう一枚の絵葉書には、今年4月にトルコで撮られた小田実の笑顔が収まっていた。そこには小田の言葉が添えられていた。

 

 七五年、人生一巡、

 みなさん方とともに生きたこと、

 生きられたことを、

 幸いに思います。

 では、お互い、奇妙な言い方かも知れませんが、

 生きているかぎり、お元気で。

                     小田 実

2007年8月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

81.2007年8月3日(金) またロシアがやってくれた!

 また、ロシアが世界に先駆けて?勝手なことをやってくれた。有人潜水艇が北極点周辺の海底を探査して、錆に強いチタン製のロシア国旗をぶっ立てた。意図は見え見えで、北極海周辺海底に眠る地下資源開発を目論んでいる。探査を指揮して潜水艇に乗り込んだ、海洋学者でもあるロシア国会下院副議長が「100年、1000年を経ても、海底に行けばロシア国旗が見られるだろう」と得意気に述べている。

 私もロシアについて講演することが多いが、最近では安保闘争時代に旧ソ連が考えていた、覇権主義の象徴である版図拡大策を地図で紹介することがある。北極点を中心に東はチェコト半島・西経170度、西はカリーニングラード・東経20度、更に南は旧ソ連領で現トルクメニスタン・北緯35度の三角内の広大な土地はすべて旧ソ連領土だと主張していた。まるで雲を掴むような話だ。国際的に何の根拠もない自説を、世界は相手にしなかったが、最近になってロシアは国内経済好況により国際社会でも一段と強気に出てきた。今度も図々しく主張するものの国際社会では、強欲と領土拡大主義ばかりが目立って、多分鼻も引っ掛けられなくなるだろう。実際、自国の沿岸から200カイリを排他的経済水域として天然資源の開発権を持っている5カ国のうち、早速カナダ外相は「15世紀ではないのだから、世界のどこかに行って旗を立てただけで『我々のものだ』ということは出来ない」と言った。当たり前だ。

2007年8月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

80.2007年8月2日(木) 長嶋茂雄さんの「私の履歴書」

 日経新聞は朝刊、夕刊ともに現代に訴えるストーリーの連載小説を掲載しているので、毎日楽しみに読んでいる。朝刊「世界を創った男」のチンギス・ハンにしろ、夕刊「地の日天の海」の織田信長にしろ、2人の主役はそれぞれある意味で現代にも通用する抜群の政権管理能力者だ。

 現代の著名人の業績を自己PRする「私の履歴書」も、人によっては参考になり、面白い連載ものである。特に、功成り名遂げた財界人なんかより、芸術家とか、スポーツ選手のように自分だけの力で名を成した人の履歴書の方が読んでいて断然興味深い。その点で、7月の長嶋茂雄・読売巨人軍終身名誉監督の手記を長嶋ファンとしては大いに期待していた。脳梗塞で倒れる前の長嶋さんの底抜けに明るい、独特の長嶋節を楽しみにしていた。実際長嶋さんがTV画面から消えた途端に世の中が暗く感じられたくらいである。

 ところが実際に連載が始まってみると、率直に言って実につまらない。あれだけ実績と特異なパフォーマンスでファンを唸らせ、書く材料に事欠かない、長嶋さんの履歴書がどうしてこんなに面白くないのだろうとがっかりするとともに、その理由を考えてみた。

 ひとつは、全盛期の脂が乗っているころの長嶋像を伝える情熱、方法が長嶋さんサイドにも欠けていたのではないか。だから、もう少し体調の回復を待って情熱が甦ってきた時に満を持して執筆したら良かったのではなかっただろうか。次いで、長嶋さんを取材したライターに、長嶋像を描写し、表現する能力が不足していた。長嶋さんが現役で活躍したころを良く知っていて、長嶋さんに負けず劣らず長嶋像を伝えることにもっと情熱を抱いているライターに執筆を依頼すべきだった。あまりに平板に過ぎた。この2点で、期待に添えなかった。最近の履歴書の中では、かなり低レベルの連載ものだったと思う。躍動感や、臨場感がまったく伝わらなかったのは致命的だった。以前連載された野村克也監督の「私の履歴書」が面白かっただけに、長嶋ファンとしては残念でならない。

 

2007年8月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

79.2007年8月1日(水) 小田実さん余話

 改めて小田実さんのホームページに目を通してみた。今年6月2日付で発信した「市民のみなさん方へ」という一般向けのメーセージがある。その中に、「友人への手紙」として「恒久民族民衆法廷」(PPT)、直近の活動と病の告白が綴られている。この「手紙」は、4月21日に書かれたものだが、前月3月にオランダのハーグとトルコへ出かけている。ハーグは前出PPTの関係で、トルコは小田さんの専門古代ギリシャに関して、古代植民地都市を現地で確認してみたかったからとのことである。忍び寄る死を意識しながら、友人への遺言のつもりで書いた手紙の一ヶ月前にこのような冒険的な調査旅行を実施するとは、「さすが小田実!」と敬意とともに心より拍手を送りたい。

 友人から何通かのメールをもらったが、その中で高校の同級生・呉忠士君から興味深いエピソードを知らせてもらった。呉君のお父上は高名な古代ギリシャ文学の碩学、呉茂一先生であるが、東大教授時代の教え子のひとりに小田実がいて、お父上を訪ねて藤沢市辻堂の実家へ来られたことがあり、一緒に食事をしたそうである。その時の話がふるっている。①東大の入試では解析は駄目だったが、英語はほぼ完璧だった、②高校時代(大阪・夕陽丘高)にすでに小説「明後日の手記」を書いて、その一冊をいただいて持っている、③女優・有馬稲子は高校の同窓である、というものだ。いかにも小田実の面目躍如というところではないか。そして、「何でも見てやろう」旅行を実施するきっかけとなった、フルブライト奨学生として渡米する際には、お父上が何かと面倒をみられたそうである。

 さらに別項目に慶大経済学部の「現代思想」講義で、小田さんが熱弁を揮い慶大出版会から出版された「ここで跳べ」の編集者は、飯田裕康慶大名誉教授であると記されていた。そこで飯田裕康先生のプロフィールを見てみると経済学部助教授時代、1971年2月から73年3月までの間西ドイツ・チュービンゲン大学へ客員研究員として研究留学されたと紹介されている。実は、当時飯田先生の渡航手続き関係は私が依頼され、お世話して出発当日羽田空港でお見送りしたことを懐かしく思い出す。図らずも小田さんの系譜を辿った結果が、昔の飯田先生ドイツ研究留学話に行き着いた。これも小田さんとの縁であろうか。

 さて、アフガニスタンでタリバンに拉致されていた韓国人グループの内、男性ひとりが昨日殺害された。犠牲者は二人目だ。むごい。双方の交渉がまとまらず、タリバンは残りの韓国人の殺害もほのめかしている。

 国内ニュースとして、安倍首相の信頼度が急降下しているが、坊ちゃん育ちで外の空気を察知する感度が鈍い首相は、トカゲの尻尾切りを始めた。問題のお坊ちゃん、赤城農水相をやっと今日辞めさせることにした。周囲の声は、遅過ぎる、なぜ選挙前に辞めさせなかったのか。自民党大敗の元凶とまで批判されながら、そんな大臣を首相が庇って墓穴を掘ることになりかねない。しかも、赤城農水相は辞任記者会見で言い訳に終始して、国民に対して謝罪する姿勢は一向に感じられなかった。領収書の綴りまで持参して表紙をぱらぱら捲りながら、それを公開しないというのだから、まったく何のために持参したのか、また何を考えているのか、この人物の心中はさっぱり分らない。ルールに則って処理しているとの一点張りだが、そのルールは自分たちで作っているのではないかと反論したい。この御仁はアホじゃないのか。

 今日横綱朝青龍に対して、日本相撲協会は秋場所と九州場所の、2場所連続出場停止処分を課した。骨折で地方巡業に参加しないと言っておきながら母国モンゴルへ帰って、元気な姿でサッカーに興じている姿がTVで放映され、お灸をすえられたわけだ。行動にこれまでとかくの噂があった横綱に対して、協会は断固たる処置を取った。公平に見ても横綱はちょっと身勝手が過ぎた。横綱の行動に対しては、この処分はやむを得ないだろう。反省してまた出直した場所で、汚名挽回のためにも優勝してもらいたいものだ。それにしても横綱の処分は初めての不祥事だというが、確か小学生のころ、横綱前田山が仮病で場所を休み後楽園で日米野球、サンフランシスコ・シールズ戦を観戦して処分を受けたような前例があったと記憶しているが、思い違いかな?

2007年8月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

78.2007年7月31日(火) 「構想日本」第120回J.I.フォーラム‘年金’

 月例のフォーラムに参加した。依然関心の高い年金について「そもそも年金制度、何がおかしいのか?」と題して、ノンフィクション作家・山岡淳一郎氏がコーディネーターを務め、2人の専門家、東京福祉大学大学院教授・喜多村悦史氏と政策研究大学院大学客員教授田中秀明氏がそれぞれ複雑な年金制度について持論を述べられた。

 冒頭「構想日本」加藤秀樹代表より、年金制度と年金業務がごちゃごちゃに議論されているので、その辺りをごちゃ混ぜにしないよう前もってアドバイスがあった。

 まあとにかく難しい。どうして年金問題というのは、こう複雑で分りにくいのだろう。偶々年金記録漏れをきっかけに、国民の間に大きな関心を呼ぶことになったが、そうでもなければこのまま先送りされ、益々闇に包まれたかも知れない。

 さしあたり問題になっている、年金一元化にしても、国民年金と厚生年金、共済年金では、発足の主旨とスタート年代が異なり、納付条件と年金支払額算出根拠も違うので、これをまとめるのは生半可では出来ず、前途多難だと揃って一致した意見だった。

 その中で、喜多村教授が個人的な考え「国民保険構想」を提言された。これは、いま話題の年金一元化を更に広げて、社会保障と称されている医療、年金、介護、雇用、労災等をすべて統合一元化するというものである。これに関連して5項目ほど説明されておられたが、支払者は一箇所に限定され、最初に支払った場所へ終生直接納付するとの考えである。従って、勤務場所が変わろうとも最初に納付した場所へ保険料を収めるというものである。隣の参加者とも話したが、難しいですねということだった。もっと深く勉強する必要があると感じた。

2007年7月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com