117.2007年9月8日(土) ゆとり教育は見直されるか。

 先月末、文部科学省は中教審小学部会、並びに中学部会に対して学習指導要領の改訂を提示した。小学校で約40年ぶりに授業時間が増え、教科では5教科の授業が増え、5、6年生には英語授業を導入することになった。その代償としてゆとり教育の象徴である「総合学習」時間が減じる。中学校では、全体を増やし、5教科とともに保健体育が増える。小学校と同じように、いまやままっことなった「総合学習」時間数は当然減少される。

 それぞれに賛否両論はあるが、文科省は割合簡単に結論を出した。しかし、ことが教育問題だけに、それで充分なのかどうか、気になるところである。個人的な意見としては、あまりにも軌道修正が早過ぎると思っている。「総合学習」を採用したのは、2002年からで、まだその成果の善し悪しは現れていないと思う。あまりにも拙速過ぎるのではないか。「総合学習」を取り入れたことに対する評価、結果分析、反省等は公式にはなされていない。こんな中途半端でいい加減な感情論だけで、大事な教育の根幹が左右されるのでは、現場の教師や、保護者、こどもたちが戸惑うばかりでたまったものではない。「総合学習」時間数を減らすことの善し悪しを論ずるよりも、高々5年の実践で愛想尽かしをして「教育を短期的に考える」傾向を助長する関係者の見識を疑いたい。こういう人たちは、実は一番教育に関わってはならない人たちなのではないか。これに対して文部官僚の声はほとんど聞かれない。

 さらに、私の見解は細部的には、小学校の英語導入は必要ないと考えている。早く外国語に接して慣れるのは、確かによいかも知れない。しかし、その代わりに国語や他の教科を犠牲にして、英語を2年早くスタートしたからといって、必ずしも一人前にならない英語を採用したことによって、将来的にどれほど教育面でプラスになることか。それに教える教師の養成も間に合わないのではないか。いつか知研のセミナーで、ベストセラー書「国家の品格」の著者・藤原正彦先生が、絶対反対と言っておられたが、私もその通りだと思う。日本語が満足に出来ない奴に限って、そういう無茶なことを言う。

 昨日のシンポジウムで平松守彦・元大分県知事が、地方分権を力説しておられたが、私の経験上からいっても、教育行政だってアメリカやドイツでは、完全に地方に置かれ、州が変われば制度も異なる。その功罪までは承知していないが、教育は国が直接関わらない方が、スムーズだということを象徴しているのではないだろうか。

 学習指導要綱の改正で全体的に増加する、時間数を1週間の日程の中でどう調整し収めるのか。すでに1週間5日制が定着してしまっただけに、いまさら6日制に戻すわけにもいくまい。聞けば、毎日早朝授業とか、放課後補習授業とか、或いは夏休み短縮とか、角を矯めて牛を殺すようなことばかりやって、大騒ぎさせ、教育現場を混乱させて、官僚はこれっぽちも責任をとらない。まさに日本は「役人大天国」である。

2007年9月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

116.2007年9月7日(金) 「ふるさとテレビ」創立2周年記念

 顧問を務めているNPO法人「ふるさとテレビ」の創立2周年記念行事の一環、シンポジウムと懇親会が永田町・憲政記念館で催された。著名な役員、顧問が綺羅星のごとく並ぶ中で面映い気がするが、中々面白そうな企画だったので出席した。

 オリックス会長・宮内義彦氏の基調講演と同時に、小泉純一郎前首相も講演を行う予定だったが、どういう行き違いか、小泉前首相の予定がつかなかったのか、急遽中止になった。しかし、事前にこれだけ大勢の参加者(500名超)に呼びかけておいて、小泉氏周辺に取り立てて緊急の用件、事態が発生した情報も伝わっておらず、不参加が判明した時点で万難を排して参加者へ「小泉氏欠席」の連絡をとったのか、運営管理上些か無責任の謗りは免れないと思う。それを期待して参加された方もおられ、冒頭から日出英輔理事長のお礼を兼ねた、お詫びになったのはお愛嬌を通り越して、少々お粗末に過ぎたと思う。

 それを救ったのが、この種の試みとしては予想外に有意義なシンポジウムであった。テーマは、「今、これから、ふるさとが面白い。ふるさとの元気を語ろう!」と題して、コーディネーターに練達の士、日本総合研究所会長・野田一夫氏、パネリストに元国土交通省事務次官・岩村敬氏、女優ジュディ・オングさん、ドトールコーヒー名誉会長・鳥羽博道氏、ANA総合研究所社長・浜田健一郎氏、前大分県知事・平松守彦氏、衆議院議員・藤井裕久氏らその道の錚々たるエキスパートばかりで、経験豊かな野田氏の巧みな誘導で中々興味のある味わい深い話、エピソードを聞くことが出来た。

 話に説得力があり、なるほどと思わせる話をしてくれたのは、平松氏、藤井氏、ジュディさん、鳥羽氏の4人で、はっきり言って岩村氏と浜田氏の話は大して面白くなく参考にもならなかった。やはり現場経験の少ない人の話は深みがなくて興味を起こさせない。平松氏は官僚上がりではあるが知事を6期も務めただけに、従来の陳情行政では駄目で地方分権をとの思いを率直に訴え、地元大分のために一品一村運動を実践させた実績と、地域を活性化させるための住民の前向きな意欲について語られた。藤井氏は自分の幼少時の戦争体験から、「平和」と「緑」がいかに大切か、また、ある程度の社会的地位にある人が、こどもの頃に感じた大事なことは、「環境」「母」「勉強しなさいと一度も言われなかったこと」と話されたことは、なるほどと納得出来るものだった。ジュディさんの応答は、見事だった。失礼ながら、これほど頭脳明晰な方とは思っていなかった。日本で育って台湾人としての家庭教育、故郷台湾へのノスタルジア、そして若い時期に外国から日本を見ることが自分のふるさとに思いを募らせることにつながると分りやすく説明してくれた。芸能界に生きる人の中では、元々頭のよい人だと思っていたが、これほどとは感じていなかった。鳥羽氏の幼少時とブラジルでの体験から、いまの政治家への失望感などもよく理解できた。

 隣のホールで行われた懇親会は、ごった返すような人ごみでそそくさとその場を後にしたが、野田氏の好リードで進行されたシンポジウムは、久しぶりに楽しく有意義で、印象深いものだった。

2007年9月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

115.2007年9月6日(木) JAPAN NOW 観光情報協会企画会議

 毎月恒例の企画会議に出席するため、断続的な降雨の中を麹町にある海事センタービルへ出かけた。以前膝を痛める前は、毎日代々木の事務局へ出勤していたが、その後はほとんど顔を出すこともなくなった。しかし、一応理事の末席を汚しているので、いつも献身的に活動される方々には申し訳ないと思っている。せめて読んで喜んでもらえる原稿を、定期観光情報紙へ書いてお役に立ちたいと思っている。

 冒頭に先月突然亡くなられた橋元雅司副理事長(元国鉄副総裁、元JR貨物社長)へ黙祷を捧げた。7月の企画会議には出席されていたので、突然の訃報に驚いている。あまりお話したことはなかったが、3年前一部九州新幹線に乗車して福岡を訪れた九州支部設立総会で、東海道新幹線を敷設する際に、資金集めに苦労され、世界銀行に掛け合った裏話をされたことが特に印象に残っている。大変懐の深い方だったように思う。ご冥福をお祈りする。

 企画会議の議題は、参加しなかった7月の白山市(石川県)シンポジウムの報告、9月以降の活動計画として、今月21日広島市内で開催予定の中国支部設立総会、11月札幌市で開催予定の北海道シンポジウム、来年予定される宮崎市の九州支部大会のスケジュールが松尾理事長と白澤事務局長から話された。すべてにはとても出られないが、精々宮崎大会へ参加して、序でに鹿児島で枕崎線西大山駅を訪れて、日本最南端の駅を制覇してみようかと気楽なことを考えている。

 私は雑談風に、先月の小田実さんの葬儀と追悼デモについて勝手なおしゃべりをした。

 ところで、今日も政治家のおカネに絡む問題で新聞、テレビが盛り上がっている。つい最近改造内閣の遠藤農水相が補助金不正受給で辞めたばかりだが、昨日から上川陽子少子化担当相、鴨下一郎環境相、丹羽雄哉自民党元総務会長らが続々と資金管理団体の帳簿を訂正している。曰く「単なる記載ミスなので、訂正する」とのことである。一向に悪びれる素振がない。加えて遠藤大臣の後釜に座った若林正俊新農水相も、遠藤前大臣と同じ悪さをやっている。彼ら、悪代官の金銭感覚は一体どうなっているんだろうか。

 夕方から夜半にかけて、予想通りかなり風雨が強まってきた。雨戸を打つ音がうるさいので、今夜は熟睡というわけにはいかないかも。

2007年9月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

114.2007年9月5日(水) 久しぶりに大型台風首都圏を直撃か。

 久しぶりに台風が首都圏を直撃しそうな様相だ。台風9号が今日のところは八丈島近くまで近づいているが、都内は明日の夕方暴風圏に巻き込まれるらしい。いま真夜中12時を過ぎたところだが、外は雨と風がかなり強くなってきた。最近は天気図を正確に把握することが出来るので、精度が高まりほぼ予想通りやってくる。昔は、二百十日とか、二百二十日と呼んで、台風襲来確率の高い日を春分の日から起算していたものだ。いまではそんな情緒のある言葉も聞かれなくなって、防災記念日とか何とか、艶のない表現をするようになった。当時は掌握できる限りの情報を掴んで、不十分な気象図を素に全力を傾注して予報を発信していたものだが、今では、所謂「雲を掴む」気象衛星が雲の流れとスピードを瞬く間に把握してしまうので、予想もしやすくなったということだろう。これでは、気象がらみの俳句なんかはちょっと無理だと思う。

 明日、明後日と外出するので、少々心配だ。

2007年9月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

113.2007年9月4日(火) 瀬島龍三氏の功罪

 瀬島龍三氏が亡くなられた。戦後政財界でとかく話題になった人である。伊藤忠商事会長まで上りつめた人だから、日本経済の成功者とカリスマ的に崇める空気も根強い。中曽根首相時代には行財政改革に取り組み、当時の中曽根首相のブレーンとなった人であり、国鉄、電々公社、専売公社の分割民営化に貢献した人である。

 しかし、一方で関東軍参謀として戦前から終戦まで戦争と縁の深かった人でもあった。シベリアに11年間も抑留されていたこともカリスマ性を煽った。

 厚生省遺骨収集事業に関わっていたころ、日本遺族会の役員の方から瀬島氏の人となりをじっくり伺ったことがあったが、その頃からどうもこの人は、生き方において一般人とは違う考え方をする人だと思っていた。95歳で亡くなったのだから天寿を全うしたわけで、中曽根元首相がすぐ弔問にかけつけるほどの方であるが、一方で言を違える人も数多い。その筆頭は、太平洋戦争史に詳しい作家・半藤一利氏で、あれだけ戦争にかかわっていながら、自分の知っている戦争に関する歴史や、秘史を全く口外せず、真実をあの世へ持っていってしまったと極めて批判的である。鳥越俊太郎氏もそう言っていた。戦没者と遺族に対しても責任があると仰っている人もいた。

 私はこの人は戦争犯罪人だと思っている。私が生まれた昭和13年に陸大を首席で卒業し、以来陸軍の中枢部で作戦立案に関わっていた。つまり大東亜戦争を作戦面でリードしていた人である。もうこれは誰が何と言おうと戦争責任から逃れられない。しかも終戦の1ヶ月前に関東軍司令部へ配属され、ソ連と何か秘密事項を話し合っている。日本人シベリア抑留もソ連と瀬島氏との裏取引ではなかったかという識者もいるほどだ。極東軍事裁判でもソ連の証人になっていたとは、驚天動地の驚きである。何かが隠されている。瀬島氏は秘密を握りつぶしたまま逝ってしまった。ある面で戦争責任から逃げて、卑怯だと思う。

 関東軍参謀、伊藤忠元会長ということで、ヒーローのように扱っているが、こういう人が戦争を大きくし、犠牲者を多く生んだ原因を作ったのではないだろうか。騙されてはならないと思う。死者を鞭打つのではなく、もっと瀬島氏の功罪を追及し、はっきり検証すべきだと思う。

2007年9月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

112.2007年9月3日(月) 悪い奴ほどよく眠る。

 風前の灯の安倍内閣で、自らが組合長を務めている農業共済組合の補助金不正申請がばれて、遠藤農水相が大臣の職を辞することになった。またかという感じである。とにかく悪質である。大臣に就任して僅か1週間の早業?である。これまでの大臣短期在任記録のワースト2だそうだから、呆れ果てる。農水大臣は発足1年未満の安倍内閣になって4人目である。今度の若林新農水相は、前大臣が辞職するたびに臨時大臣を務めていたので、今回の正大臣を含めて安倍内閣で4度農水相を拝命していることになる。これはもうギネスブックものである。大量生産で、まるで大臣のための産業革命である。坂本外務政務官も不正疑惑で辞任、玉沢徳一郎代議士は事務所経費五重計上が明るみに出て自民党離党、まだまだありそうだ。おかしいのは職の辞任だけだが、議員職を辞めさせるべきではないか。そして、次の選挙では被選挙権停止というくらいのお灸をすえないと、この悪党集団の病癖は治りそうもない。

 さて、悪循環がまだ続いている。どん詰まりの年金問題で保険料横領がまた明るみに出た。自治体職員が懐に入れた保険金が約2億円というのだから恐れ入る。先日公表された社会保険庁職員の横領が1億余円だったから、現在判明しているだけで3億円強の保険金が役人にこっそり奪われていたことになる。しかし、これは案外氷山の一角で、まだまだ余罪がありそうだ。役人には罪の意識なんかまるでないようだ。これは社保庁に限らず、他の省庁でもあるのではないかと疑心暗鬼になってしまう。当然関係者から全額返してもらい、過去に遡って責任をとらせるべきである。

 かつて三船敏郎主演の「悪い奴ほどよく眠る」という映画がヒットしたが、「悪い政治家と役人ほどよく眠る」を製作公開したら、いまならヒット間違いなし。

2007年9月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

111.2007年9月2日(日) 初めて文士劇を観る。

 小中陽太郎さんから文士劇のご案内をいただき、知研秋田事務局長と日比谷公会堂へ出かけた。この文士劇は、確か生前遠藤周作さんが熱心にやられていたように思う。文壇関係者と政治家の方々が、共演するユニークなもので一時はかなり話題になり、新聞等でも取り上げられていた。

 受付にいたら武士姿の小中さんに後ろから肩を叩かれた。「草奔崛起!高杉晋作と奇兵隊」と題して、小中さんの役柄は高杉晋作の兄貴分、周布政之助で見事な自決シーンを演じられた。文士はあまり知った人がいなかったが、政治家は呉越同舟で、かなり著名な自民、民主、国民新党ら国会議員と地方議員、学生、企業経営者等賑やかな顔ぶれだった。素人芝居だけに、時折トチったり、台詞を忘れたり、大砲の轟音と画面のタイミングが合わなかったり、政治家らしい台詞が出たり、終始笑い通しだった。台詞を覚えきれていない出演者が何人かいて団扇を読み続けた人、眼鏡をかけていた人などがお愛嬌だった。3時間はやや長いが、結構厭きずに楽しめた。終演後小中さんに楽屋を案内してもらった。生憎民主党藤田幸久代議士が席を外していたが、出来れば世襲議員制度について話をしてみたかった。

 その後秋田さんと開業間もない「ペニンシュラホテル」へ、見学がてらコーヒーでもと行ってみたら、千客万来でお茶を飲むための長い行列がロビー内に延々と続き、止むを得ず他店に入る。有楽町駅近くのカフェで時間をつぶした後に、ゼミ仲間と約束の銀座「ライオン」へ駆けつける。

 われわれ38年卒業組前後の仲間が12名集まった。一種の暑気払いであるが、気兼ねなく仲間同士で話しあえるのが、いつもながら楽しく、あっという間に時間が経ってしまう。今日の話題は、先日の日テレ番組「私は貝になりたい」で解説役を務められた小松隆二先生のお話を伺うことであり、いずれ来年学長を務めている「東北公益文科大学」と日本海、酒田市を訪ねようということである。先生から最新刊「公益の種と蒔いた人びと」をいただいた。

 もうひとつの話題は、6月にオーケストラのチェリストとしてデビューした、赤松晋さんの次回コンサートが11月に行われるとのことなので、みんなで応援に出かける決起集会の場になったことである。ゼミには、クラシックからタンゴまで音楽に詳しい仲間が多く、私のような軍歌派とは次元が違うが、まあ結構話しているだけで愉快である。いつまでもこういう学生仲間のフレンドリーな雰囲気を保ち続けたいと思う。

2007年9月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

110.2007年9月1日(土) 不誠実で脳力低下の講談社

 昨日講談社の一社員から手紙が届いた。先日来同社野間佐和子社長に対して説明を求めていた質問に対して、代理として回答してきたものである。いままで私の3回の質問に対して、漸く間違いを認めた内容である。一件落着とほっとしているが、それにしても出版業界最大手の講談社にはまったく誠意が見られず、そのうえ社員のレベルの低さ、お粗末な対応には呆れ返った。

 社長であった婿養子の夫の急死により、急遽社長職を継承した野間佐和子社長には、会社全体の経営はもちろん、現場の営業、管理がまったく分っておらず、ましてやリスク・マネジメントなんかまるで理解できていないようだ。大きなお世話であったが、私の質問は、最近同社発行のあるベストセラー書の表紙帯の言葉の使い方が間違っていると指摘したものだ。

 いかに講談社が会社としての体をなしていないか。第一に、外部の正しい指摘に対して長い間無視していたことである。卑しくも、間違っていたら謙虚に間違いは間違いと認めるべきである。第二に、社長宛の、しかも三度目は親展書留便に対して、漸く誰か分らぬ社員が一方的に詫びてきたことである。社長に成り代わって、返事を書くには、それなりの立場の人物がこういうわけで代理として返事を書いたと名乗るべきである。にも拘わらず、差出人は同社の学芸図書出版部の「淺川○人」というだけで、どういう立場にあって、どういう権限と責任を負った人物なのか一向に不明である。第三に、返事をくれた淺川○人氏なる人物が手紙を書きなれていないと見え、まったく手紙の書き方のイロハが分っていない。封書に講談社とあるが、アドレスが書いてない。受け取り拒否したら郵便局が困る。それに、文面をみると日付が漏れ、結語はあるが前文の起首が落ち、差出人の淺川氏の名前が2箇所あるが、いずれも読み取れない。最もおかしいと思ったのは、言い訳の中で、社内の一部から私の指摘の通りだとの声はあったが、読者(私も買おうと思ったが、こんな間違いを犯すようでは信用出来ないから買わなかっただけだが)から疑問が出なかったからそのままにしていたという。いずれ訂正したいということだが、いつ、どういう風に訂正し告知するのか明確に書かれていない。まったく中途半端であいまいである。この人は一体何を考えているのだろう。こんなイージーな考えと教養で出版に携わっているのは、不遜ではないか。少なくとも出版という人並み以上に教養と、知的レベルを求められる仕事に関わっている人物が、この程度の認識しかない。しかもそういう人物が社長の代行として返事を書いて、それを世襲社長が認めている。

 講談社というのは、もう少し歴史と伝統、そして出版業界の王者としてのプライドがあると思っていた。馬鹿らしくてこれ以上正論を突きつける気にもならない。聞くところによると、思い上がった講談社は永年保っていた出版業界トップの座を、今年2月決算期で、ついに小学館に譲ったという。至極当然だろうが、小学生の頃「少年クラブ」をむさぼり読んでいただけに、何とも寂しい気がしてならない。げに情けないのは、世襲経営者とボンクラ社員が働く、優良だった伝統企業だ。よほどしっかりしないと一気に会社は斜陽に向かうぞ。これまでの経営者や社員に対して申し訳ないという気持ちはないのか。

2007年9月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

109.2007年8月31日(金) 楽しいランチとダイアナ妃の思い出

 3日ほど前に大阪の高校の先輩・井上篤太郎さんから電話があり、帰省の合間の今日食事会をやるので来ませんかとご案内をいただいた。場所は有楽町・電気ビル北館20階の外国人特派員協会である。お会いした方々は、井上さんの高校、大学、仕事上のお知り合いばかりで、井上さんと昵懇の人たちばかり。井上さんは、高校ラグビー部の先輩で学習院大を卒業されてから、今日までほぼ半世紀に亘ってずっと関西方面で働き、いまも現役でおられる。先輩に失礼な言い方だが、お人柄が素晴しく、お世話役を率先してお引き受けしておられるので、その人望の篤いことは名前の如しで広く知れ渡っている。私も敬服しているひとりである。ビュッフェだったが、世界中の著名人、政治家からスポーツ選手、例えばサッカーのマラドーナやロベルト・バッジオらが記者会見を行った場所だけに、シェフも外国人の腕利きが多いようで、料理もいろとりどり、お味も絶品にして贅沢なものだ。それが、食べ放題で○千円だというのだから安い。皆さんは私より年長の方ばかりだったが、まだ現役の方も多くいて、健康、ラグビー、旅行、年金、朝青龍、政治家のお金、役人の収賄等々、世間話を交えて楽しいひとときを過ごすことが出来た。

 早いもので今日はイギリスのダイアナ王妃が亡くなって10年目の命日にあたる。イギリス各地でも追悼儀式があったようだが、私にもドラスティックな思い出がある。

 ダイアナ妃のパリにおける事故死は、間違いなくカレンダー上の1997年8月31日払暁のことだが、私が事故を知ったのは、何と事故の前日、つまり8月30日だった。私自身の旅行履歴書「Myギネス99」にも珍事として記載している。それどころか、時折クイズ風のQUESTIONにして、人を煙に巻いてはひとり悦に入っている。

 何のことはない。その日私はカナダのバンクーバーに滞在していて、時差の関係でバンクーバーがパリより9時間遅れていたために、事故死を知ったのは30日夜11時だっただけのことである。でも現実にそういう世界的な事件のときに稀なる体験の場にいたということに、オーバーに言えば運命的なものを感じる。その後1週間してトロントに滞在していたとき、今度は聖母と慕われていたマザー・テレサが亡くなった。

 その時の旅も、カナダ・ロッキー山麓をカナディアン・パシフィック号の展望車に乗った思い出深いものだったが、別の意味でも印象に残った。

2007年8月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

108.2007年8月30日(木) 「第121回J.I.フォーラム」に参加

 今日の「構想日本」のフォーラムは有意義で大分勉強になった。テーマは、「『福祉』は本当に人を幸せにするのか」で、ゲストに宇沢弘文東大名誉教授、田中優子法政大教授、コーディネーターは前回に引き続き、ノンフィクション作家山岡淳一郎氏が登場された。

 冒頭加藤秀樹代表(慶大教授)が、これまで年金についてはその仕組みについて議論されるばかりで、年金を生み出した福祉政策は国民にとって果たして幸せなのか、という肝心な点に絞って話を伺いたいと挨拶された。

 2人の専門家の話を聞くのを前々から楽しみに出かけた。宇沢先生は苦労人で、世界各国で研究に当っておられただけに、含蓄に富んだ話を面白おかしく聞けた。宇沢教授のお名前とその白ヒゲの独特の風貌は承知していたが、かつて日経連載の「私の履歴書」を読んで感動したことがあり、一度どんな話をされるのか関心を持っていた。確か父上が腕の良い木工職人で、その人柄を見込まれ養子に入ったが、養父母に気に入ってもらえず、幼かった宇沢先生を残して母の実家を去った。しかし、生涯再婚せず、近くに掘っ立て小屋を建てて遠くから宇沢先生を見守っていたという切ない話だった。とにかく話題が豊富で人間味に溢れている。成田空港闘争に際して、政府の依頼により、政府と地権者の間の仲裁役を務めた。一応決着がついたように見えるが、根本的には解決していないとの話だった。政府が地権者、農民たちのCOMMONSを破壊してしまったからだと説明された。シカゴ大学時代に同僚のフリードマン教授が唱えた「市場原理主義」に反論したが、タカ派急先鋒の教授に言い負かされてしまったと笑っておられた。限られた時間内ではあったが、社会共通資本、COMMONSについて持論を展開された。

 田中先生は流石にTVのレギュラーとして出演しているだけに、弁舌爽やかに江戸時代の「個と集団」の関係について話され、住む場所と働く場所が一緒だったのが、産業が起きたことにより家と仕事の分離が始まり、家に仕事がなくなった。それが昔に比べて生活しにくくなった原因であると指摘された。また、相互扶助をするとどうしても排他的になる例として、江戸時代の盲人仲間の「座」の話をされた。

 山岡氏も前月より、一層ゴーディネートぶりが上達され、充実したシンポジウムになった。

2007年8月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com