207.2007年12月7日(金) 忘年会シーズン始まる。

 「JAPAN NOW 観光情報協会」企画会議に引き続き、同じ海事会館内の喫茶店で忘年会を行った。実は、「知的生産の技術研究会」でも同じ時間に赤坂で忘年会がある。八木会長はもちろん、仙台から久恒理事長も参加され、出席者がそれぞれ知的生産的研究とか、業績を発表する機会を作った。先約優先だからそちらに出られないのは、残念だがいたし方ない。これからしばらくすると年の暮れを迎え、いつも通り夜は賑やかなことになるだろう。1年が経つのは早いものだと感じ入る。

 企画会議は、今年1年間の実施計画と来年度のスケジュール報告に終始した。来年の予定で、宮崎市内で開催される「観光立国フォーラムin宮崎」の日程について、検討することになった。一応現地の都合を斟酌して、暑いが7月中旬あたりが妥当ではないかということになった。出来れば、いま話題の東国原宮崎県知事にも出席してもらいたいという狙いもある。

 今日も妻は昨日のオペの結果を診察してもらいに行ったが、昨日と同じでもう一度オペをやってもらう羽目になった。大分遅くなってまたまた顔面を大きく腫らして帰ってきた。いまのところ妻も結果には、満足していないが、執刀医も納得出来ていないのではないかというのが、妻の実感。ただし、目の上で微妙な箇所でもあり、そう何度もオペを繰り返すことには、妻も私も納得しがたいので、これを最後にしたいと妻も言う。明日午前中にもう1度医師に術後の様子を診てもらうことになった。そんなことから、明日の懸案の開眼法要には、妻は出席出来ず、我が家では施主である私以外出席が叶わず、法要後に豪華なハイアット・リージェンシー「翡翠宮」で予定した、せっかくの食事会がちょっと寂しいものになってしまった。

2007年12月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

206.2007年12月6日(木) 宝仙寺墓地に墓石建立

 妻が先日オペをやった箇所の抜糸の予定なので、医院の近くまで車で送ったが、中々帰って来ない。その内電話がかかってきて、右下瞼をもう一度オペしたという。随分簡単に決めちゃうものだと少々驚いた。それでも今朝よりは様相的に全体のバランスが良くなって帰ってきた。これからまた腫れたり、瞼が下がったり、百面相を演じるのではないだろうか。一番肝心なことは、手術前より視界が開けて見やすくなったかどうかということで、現時点では良さそうなので、取りあえずは善しとするか。

 午後から中野の宝仙寺へ出かけ、新たに建立した自分の生前墓を見てきた。この秋に石材店に頼んで、先祖の墓地の一角に次男である私の墓を建立してもらっていたところ、旅行中に完成したと連絡があった。大辞林には載っていないが、生前墓のことを「寿陵」というのだそうだ。近藤家本家、分家の墓と私の墓を合わせて3つの墓石が建ったことになる。私の墓石の裏には、はっきりと「平成十九年十二月吉日、施主近藤節夫建之」と彫ってある。3つとも似たような墓石だが、分家の墓石も作り直してしっかり根を下ろし、床面はすべて玉砂利にしてきれいに整備された感じである。明後日兄弟妹と連れ合いに参加してもらい、僧侶にお経を上げてもらって開眼法要式を執り行う。もう1年以上も懸案となっていたが、漸く自分が納まるべき場所を確保することが出来た。ところが、妻の面相が腫れてあまり良くないので、開眼法要に孫たちを参加させると彼らが妻の顔を見て怖がるといけないということで、長男浩史へ話して、当日孫たちは来ないことにした。

2007年12月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

205.2007年12月5日(水) 血圧が安定してきた。

 午後からかかりつけの内科医森先生に診察してもらいがてら、チベット旅行中の体調経過報告に行った。血圧降下剤服用の効果が少しずつ現れてきたのか、最近は上が大体140以内に収まり安定しつつあった。ところが、標高2,200mの西寧から、5,000mを超え3,650mのラサ、およびツェダンのような富士山とあまり標高差がない都市に滞在中は上が160近くまで上がった。現地ではガイドに、やれ酒は飲むな、とか、熱い風呂に入るな、とか言われ、その金言を守ってきたお蔭か、大きく体調をこわすことはなかった。しかし、やはり高山特有に酸素が薄いせいで、脈拍が突出して上がってしまった。普段は60以下で安定していたが、28日から、つまり鉄道で5,000mを超えた日から100をオーバーした。普段の2倍である。以後北京へ戻ってくるまで、92~112を記録した。明らかに激しい脈拍を示している。この点をPCで作成した血圧チェックシートを持参して、森先生に説明した。

 先生には、西寧で購入した高山病予防薬の漢方薬「紅景天」の空箱を持って行き、服用法についてもお話した。今日の血圧はもう平常値へ戻っており、先生からも大分落ち着いてきましたねと言われた。

 今更ながら、人体というのはかなり環境に左右されるものだと実感として感じている。幸い痔の方も少しずつ落ち着いてきた。

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204.2007年12月4日(火) 清水丈夫さん、ご健在!

 旅行中、前進社、否「現代文化研究所」の「大久保正」氏から書簡をいただいた。長い間消息不明で所在が気になっていたラグビー部の先輩、清水丈夫さんについて、「清水議長は健在で、大いに活躍しております」とお知らせいただいたものだ。長い間まったく足取りすら掴めず、ひょっとするともう亡くなられたのではないかとさえ思っていた知人、友人も多い。ところが最近になってインターネットを通して、偶々清水さんのお名前を見つけてから、もしかすると元気に活躍しておられるのではないかと、期待を抱き楽天的に考えられるようになっていた。それが、清水さんと身近に接触しているらしい「大久保」氏から、清水さんは活動しているとの確かな連絡をいただいた以上、喩えもう同じ目的の下にともに行動することは出来ないにせよ、少なくとも若かったころに一時的に一緒に活動した経緯と懐かしさがあり、かつての清水さんの温かいお人柄も想い、今後は清水さんの活動を遠くから静かに見守っていきたいと考えている。

 それにしても、「大久保」氏の文面を拝読すれば、清水さんは相変わらず勇ましく、組織の先頭に立って活動している様子が窺え、その弛まざる強靭な信念には、ただ恐れ入るばかりである。

 書簡には、週刊「前進」デジタル縮刷版刊行に際して寄せた、革命的共産主義者同盟(略称「革共同」)議長としての清水さんのメーセージも添付されていた。題して「原点から学び、到達地平を確認し、新たな決意で先頭に立つ」というものである。文章は易しく書かれてはいるが、論点は厳しく、とても私ごときには就いていけない。すごいなあと思ってしまう。先月の集会を前に発表されたようだが、先日近所の和田先輩から、11月に前進社に対して公安の家宅捜索があったという話を聞いており、案外この集会情報を得た公安が動いたのではないだろうか。この書簡について、和田さんにもメールでお伝えした。

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203.2007年12月3日(月) チベットから帰国

 昨晩遅く北京市内のホテルへチェックインして、最後の一夜ということで参加者の浜谷さんから部屋で一杯やりませんかとお誘いを受け、遅いにもかかわらずお邪魔して2時過ぎに自室へ戻ってきた。短い間に内容の濃い一杯となった。この方もお酒に関しては、結構凝っているようで、焼酎「いいちこ」の割れない厚手の小瓶、福島の銘酒「栄川」、スコッチ、黒砂糖、等々を手元に用意しておられる。よほどお好きなようだ。帰って13日からすぐまた大好きなラスベガスへ奥さんを伴ってお出かけだそうで、私より1歳年長であるが、第二の人生を結構エンジョイしておられる。 

 成田から京成で帰宅したが、自由が丘駅からタクシーに乗って自宅近くでメーターを見たら、本来660円のはずが710円になっているので、「値上げしたんですか?」と聞いてみたら、今日から値上げしたとの答えだった。テレビニュースでも話題のひとつとして、各局とも報道していた。

 玄関に入る前、手術後の妻の面相が少々気になっていたが、やはり私の予想よりは良くない。当人も何点か気になっているようで、医者へ電話してくれということなので、すぐ大分腫れているようで、自分の予想より悪いと率直に執刀された医師へ聞いたところ、種々原因等を説明され、結局まだ手術後時間が経過していないので、もう少し経ってから話をしようとの結論になった。妻は、以前より見やすくなったのは事実であるが、顔が変わったことがショックのようである。いまは、あまりじたばたしてもしようがない。しばらく時間を待たなければ仕方がないような気がする。

 このチベット旅行も中々充実していて楽しかった。行ってみて本当によかったと思う。

 小中さんから、チベットからメールが送れるとは思わなかったと返信があった。高地でお酒を飲むとどういうことになるかとの素朴なご質問をいただいた。そのご質問に対しては、ガイドから極力控えるようにとのきついアドバイスがあったので、分かりませんといしか答えられない。

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202.2007年12月2日(日) チベット旅行は楽しかった。

 昨晩10時を過ぎてから、添乗員の木村さんから12時から今朝7時まで再び停電になると連絡があり、充電関係の処置だけして、身体を暖めて休んだ。今朝フロントの女性には昨日のインターネット不接続に関する約束不履行に関してクレームを申し立てた。約束しておきながら、それを2度も無視するのだからどうしようもない。ガイドに言わせれば、以前よりましになったとのことだが、少々不愉快である。まだ、ソフトウェア部門でサービスが行き届いていない印象を受ける。

 チベット滞在も今日が最後となり、ラサを去る前にチベット王陵を見学して、典型的な民家を訪れた。手土産を用意しておいてよかった。おじいさんにはぐい飲みの猪口を、おばあさんには扇子を上げたのだが、明治の板チョコを割って子どもたちに分け与えている姿をバス車内から見ていたゲーリーさんが、休みの日にこどもたちに普段は食べられないおいしいチョコをあげたのは良かった。子どもたちにとって、一足早いクリスマス・プレゼントになったのではないかと仰っていただき恐縮である。

 今度の旅行に関しては、私はもちろん大満足であるが、他の参加者からも概ね良かったとの声が高い。他の普通のツアーと大きく異なるのは、高地ゆえの健康対策である。実際こんなに飲み水をもらいながら、毎日水ばかり飲んで、時折酸素を吸っているのは、まったく初めての経験である。木村さんに聞けば、19名の参加者のうち、結局医者にかかった人が6人、その内点滴を受けた人が5人ということであるから、とても並みの旅行コースとは言えない。実際、私がこの旅行にお誘いした年配者3人にも断られたが、その理由が高地で気圧が心配だということだった。確かにその懸念はある。しかし、今回大事に至らなかったのは、処置が早かったせいであろう。この点を旅行社もわれわれ旅行者も肝に銘ずべきであろう。

 僅か4泊の短い滞在で、身体も充分順応しないチベットではあったが、ほかにも魅力がいっぱい溢れている。この旅行を守り立ててくれたのは、何といってもガイド・曾さんのガンバリやのお陰である。性格も素直で、勉強家である。個人的に、また将来的に再び来られるかどうかは分からないが、今度の旅行は私自身にも多くの知識を授けてくれたうえに、生涯忘れられない思い出になったことは間違いない。

 新しいラサ空港を飛び立ち、成都経由で北京へ向かう。あまりよその国を批判するのは可しとしないが、それにしても中国の人たちが整列とか、航空機内で携帯電話をかけるのは、何とかならないのだろうか。大きな声で傍若無人にしゃべっているのは、傍にいて耐えられない。

 いま、丁度午後7時、成都空港のトランジットルームでPCを打っている。ここも近代的なロビーである。まもなく北京へ向けて出発する。

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201.2007年12月1日(土) チベットのホテルは未だ発展途上

 大分疲労が重なっているようだ。身体は気候に順応しつつある反面、疲労と高血圧の影響からだろうか、なんとなくけだるい気分である。今日もグループの人から風邪薬をいただき服用している。

 今日はツェダンから40㎞ほど離れた、チベット文化と民族の発生の地といわれる「サムイェ寺」と「タントゥク寺」を訪れたが、川沿いにあまり整備されていない道路を走って、道路工事中のため引き返したり、バスが大きくバウンドしたと思ったら車体の機械部分が破損して小一時間ばかり立ち止まったり、ドライバーにとっても苦闘の一日だったと思う。

 だが、やや殺伐としてはいるが、砂埃の中を走り抜ける気分は何とも言えず爽快である。空は抜けるように青く、周囲には人家もほとんど見かけられず、アフリカのサヴァンナ地帯を走っているような雰囲気である。空気が乾燥しているせいで、しきりに唇や手がカサカサになる。ハンドクリームを手放せない。

 ラサの「雅魯藏布大酒店」と当地の「西藏山南澤當飯店」は、いずれも土地の最高級ホテルの格付けのようだが、新しいホテルが性急に豪華さを競うあまり、外見的にはともかく設備面において、またホスピタリティの面でとても期待に応えているとは言えない。部屋までの複雑なアプローチ、鍵の使用方、室内のスイッチ、抽斗の少なさ、バスタブへの注湯の遅さ、等々これから改善していかなければならない点が多すぎるように感じた。そして、いま夕食を終えホテルへ帰ってきたら、ホテルが真っ暗闇の中にある。電気系統の故障らしく全館停電状態だ。ロウソクをもらい、4階の部屋まで歩いて上る。部屋へ戻って20分程度経ったら電気は点灯したが、今日はインターネットも繋がらず、チェックしてもらう予定だった。しかし、スタッフはやっとこさやって来たが、別人を手配すると帰ったまままったく音沙汰なし、この無責任さはどうしようもない。みんな人物は悪くはないのだろうが、こういう好い加減さが、今後チベットのホテル業界全体の評判を落とさなければ良いがと心配である。

 従って、今日はインターネットが用を成さず、メールを読むことすら出来ない。

2007年12月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

200.2007年11月30日(金) チベットの自然の素晴らしさ

 今日もハードな一日だった。体調を壊す人がかなり出てきた。チベットでは、高山病、及び一歩手前の旅行者が多いせいか、一流ホテルの対応はしっかりしていて、24時間医師が待機して対応することが出来る。ほとんどが高山病患者で、注射とか点滴に、ほどほどの休養で治るようだ。われわれのグループにも点滴を受ける人が現れた。私自身もけだるい気分と鼻水が出るようなので、同行者から風邪薬3錠をいただき、体温を測ったら平熱だったので、取りあえず安堵した。

 こちらへ来てから滞在したホテルには、ウォッシュレットが備わっていない。いまやわれわれはウォッシュレットが当たり前になっているが、これがないとやはりすっきりしない。自分自身いつもなら必ず準備する必需品をかなり忘れている。携帯ウォッシュレットしかり、体温計しかり、バンドエイドしかり、風邪薬も忘れてしまった。やはり、油断していて注意力が散漫になっているようだ。これから続く旅行も少し気を引き締めていかなければならないと思う。

 今日の「セラ寺」も中々の圧巻だった。チベット仏教・ケルク派の学院で僧侶になるための研修所のような場所である。門前市場も中々興味があり、山をバックにした雰囲気も良かった。チベット仏教に関しては、これまでほとんど知識らしいものはなかったが、今回ガイドさんからいろいろ教えていただき、かなり新しい知識を仕入れることが出来た。

 今日宿泊地ツェダンへ移動する途中で訪れた、ガンバラ峠(標高4,790m)から眺めるヒマラヤ連峰のニェンチンカンファン(標高7,160m)の雪景色と、眼下のヤムドク湖は、吹きすさぶ寒風の中に立ち尽くして見て、味わい深い風景と感じた。

 妻から手術は予定より若干時間がかかったが、無事終わったとメールが入りホッとした。

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199.2007年11月29日(木) 憧れのポタラ宮殿へ。感動と充実の1日

 朝9時半にホテルを発ち、午後7時半に帰ってきた。いよいよ憧れのポタラ宮殿見学の当日となった。若干予定を変更して午前中にダライ・ラマの夏の離宮だった「ノルブリンカ」を見学して、午後からポタラ宮殿と同じく世界遺産の「大昭寺」、その後大昭寺を取り巻く繁華街バルコルを見学した。ほとんど歩き通しだったので、最後には疲労困憊で、だらだらバルコルを歩いている有様だった。

 旅行前から懸念していた両膝炎症による歩行がどの程度持ちこたえられるか、不安の気持ちが先に立つ。しかし、他にも足や、膝に問題を抱える参加者がいて、彼らともどもゆっくり登ってダメなら諦めて降りてこようとの暗黙の了解が出来た。

 中学時代にポタラ宮殿の写真を診た時の印象が強烈で、何とか訪れてみたいと今日まで夢を温めていた。幸いチベット鉄道の開通もあって、夢はぐっと現実味を帯びてきた。そして、今日夢が実現した。

 グループ行動によるポタラ宮殿見学前に、ひとりで正面へ向かった歩道上で宮殿に向かって「五体投地」をやってみた。20年以上も前に成都のホテルの廊下でふざけ半分にやったことがあるが、今回は改めて真面目な気持ちでやった。正に念願叶ったとはこのことである。その後、参加者全員でゆっくり石段を登った。上から見下ろすラサの街がまるでパノラマのように見える。写真を撮りながら、蟻の歩みのようにして登った。石段を登った後に、内部へ入り狭い階段を上り下りしながら、ガイドの曾さんの説明を聞く。ダライ・ラマ歴代の物語と遺品に触れる。それにしても、これだけ広大な宮殿を17世紀に完成していたというから驚きである。こういう立派な遺跡を訪れる度に、昔の人々の叡智と努力には頭が下がる。壁や仏像から古の足音が聞こえてくるようだ。感激極まり、自分自身がこの場にいるのが不思議なくらいに気持ちは興奮している。写真も撮りまくった。やはり生で触れなければダメだ。本物に勝るものはない。いくら綺麗な写真を数多く見ても、一度でも本物に触れたとしたら、とても敵うものではない。これが、「臨場感」の強さと説得力である。

 その後大昭寺を訪れて、その説得力のある存在に心を奪われた。しかし、やはり直前にポタラ宮殿を見学してしまっているので、些か拍子抜けの感がするのも事実である。

 夕食はチベットの民芸舞踊を見せてくれた。歩きすぎて疲れ、ホテルにはほうほうの態で戻ってきたといったらよいだろう。それにしても充実した一日だった。これだから海外旅行は止められない。

 今日は、妻が瞼の手術を受けている予定で、気になっていたので、ポタラ宮殿と大昭寺で何度も何度も無事をお祈りした。

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198.2007年11月28日(水) 感激の青海チベット鉄道

 どうもお尻の周りがじめじめしてぱっとしない。また、一日悩まされるのかと憂鬱になってきた。隣の相棒、郭忠良さんは目覚ましをかけていて、朝になるとさっと着替えて7:00にゴルムド駅で降りていった。日本語はもちろん、英語も理解しない人と意思を通じさせるのは大変だ。ぶらぶらひとり旅を気ままに楽しんでいた頃は、細かい目標や予定を立てずに歩いていて好い加減だったということもあったが、あまり気にも留めず平気で言葉の通じない人たちと交流していた。でも郭さんは、結構筆談とボディランゲージで仕事と家族のことを話してくれた。毎月1回ゴルムドへ出張すると言っていた。未知の人としばしの間一緒に過ごし、その人の人柄や、家族、文化・習慣の背景を知るのは中々興味があるものである。僅かの時間ではあったが、愉快なひとときを過ごせた。

 朝食は弁当を配達してくれた。意外にもボリュームはあまりなく、あっさりしている。重湯がついていたのは、食欲がさほど進まない時だけにタイムリーだと思う。

 どうも痔の具合がすっきりしなかったが、偶々覗いたトイレが便座式だったので、やれやれだった。一応問題解決。

 車窓から眺める広大な景色は土の大地と高原というイメージである。荒々しく土一色で、雪を被った崑崙山脈が優雅な姿を見せると、雰囲気がぐっと上品に変わる。昨日標高2,200mの西寧を発ったがランチを食堂車で食べる頃には、早くも4,682mを超えた。自分自身にとっての到達最高標高である。食事中にトド川駅に停まる。トド川は長江の源流のひとつである。左右には一木一草もないといってもいい。所々野生の動物が草を食んでいるのが見える。

 2時半前にタングラ駅を通過する。5,068mで世界最高峰の鉄道駅である。またまた自己最高記録達成である。この西蔵鉄道が完成するまでは、ペルーのアンデス中央鉄道の4,783mが最高だったというから、一気に5,000mのシーリングを越えた。左手に峠5,072mの石碑が建っている。列車はスピードを落とすでもなく、観光客にサービスをするわけでもなく、あっという間に過ぎ去って行った。流石にこの標高になると身体も異常を感じるらしく、今朝から図っている血圧は若干高めだが、脈拍がこんなに増加するとはこれまで考えたこともなかった。60を少々下回るのが平常値だったが、今朝になって103に、昼前には118で平常値の二倍になった。気圧の影響でハンドクリームのチューブが破裂しそうだったが、栓を抜いた途端に、内部のクリームが飛び出してきた。筆ペンもそうだ。黒インキがもれてきた。そう言えば、NHKの取材番組で、食堂車のコックが普段30分で済む料理が仕上がるまでに、3倍も余計にかかるとぼやいていた。

 参加者の中には高山病だろうか、何人かが具合が悪くなったようだ。私も昨日高山病に効くという「紅景天」なる漢方薬30錠を購入(220元)して、昨夕から2錠服用(1回2錠、1日3回)している。中には、酸素吸入をする人も出てきた。やはり標高5,000mというのは、かなり人体にきついのだろう。

 沿線風景は素朴で幽玄、また高地の自然の姿が如実に現れる。昼食後に硬座車を探検に行く。満員の座席にチベット人が民族衣装を纏って窮屈そうに黙って座っている。デッキに寝転んでいるお年寄り、デッキにしゃがみこんで赤ちゃんにお乳を上げている若い母親、無心にトランプに興じる大人たち、頑是無い子どもたちの笑顔、意外に子どもの姿が多い。ほっぺは赤く、あどけない表情が可愛い。やはり目立つのか、カメラを手に取っていろいろ話しかけてくる。彼らをカメラに収める。デジカメの画面を食い入るように見ている人たち。満席の人々はそれぞれに目的を持っていずこかへ向かうのだろう。

 右手に最高位淡水湖、ツォナ湖が見える。沿岸は凍結して、その奥は透き通るようなコバルトブルーに輝いている。

 私は郭さんが下車してから、ずっと個室になったので、楽々コンパートメント室を使い、このパソコンを打ったり、気が向くと他の参加者の部屋を訪れては、自由な時間を楽しんでいる。

 ラサ駅へ21:50に到着した。予定より若干早めである。中国の鉄道駅はどこも暗い。建物はこの列車のために建設されたもので、真新しい。駅前は真っ暗である。ここで2日間ガイドを務めてくれた劉秦さんとお別れである。ホテルへ向かう途中でこれからガイドを務めてくれる曾さんが、早速全員に携帯用酸素とミネラルウォーターを配り、前者の使い方について説明してくれた。これも高地チベットならではの初歩滞在術か。明日までは高山病予防の見地から、湯船にとっぷり浸かるのは止めた方が賢明とのアドバイスもあった。「郷に入っては郷に従え」だから、風呂には入りたいが仕方がない。しかし、ツアーで酸素吸入の方法まで説明を受けるのは初めてだった。ラサの標高は3,650mである。

2007年11月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com