充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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2122.2013年3月5日(火) 安倍首相の自信たっぷりの言動には何が?
昨日発売された「週刊ポスト」(3月15日号)に「安倍晋三はもしかしたら『大政治家』なのか!?」との見出しでふざけた特集記事が掲載されている。面白そうなので、早速購入して読んでみた。「全人像研究」というテーマだが、真正面から人物を徹底的に解剖したものではなく、そこは「週刊ポスト」らしく、少々茶化して「好きか嫌いか正しいか間違っているかは別にして・・・やることなすことハマリまくっているが」と皮肉っぽく書かれている。
確かに最近の安倍首相の言動を見ていると、自分が考えた筋書き以上にコトが順調に運び、大いに悦に入り想像以上の結果に大満足の体である。
数日前衆議院予算委員会で、日米合意の成果について玄葉光一郎・前外相がそのお膳立ては民主党政権時代に組み立てたものであり、安倍政権になってから成果が出たと自慢するのはおかしいとの質問に対して、安倍首相が政治は結果であり、結果を出した者に対して自分たちでもできたと言うのなら、なぜ民主党政権がやらなかったのかと巧みに切り替えしていたのは、中々見事だったと思う。お坊ちゃまも成長したものである。
また、2020年のオリンピック開催都市として立候補している、東京オリンピック会場の視察に来たIOC視察団に対するプレゼンテーションに際して、冒頭ユーモア溢れる日本語の歌謡を口走りながら英語でスピーチをこなしていたが、こんな余裕のある芸当はかつての安倍首相には考えられなかった。いずれも自信に満ち溢れているように感じた。
省みるに、6年前中途半端で政権を投げ出したころの自信のなさそうな様相とは一変している。昨秋の自民党総裁選に名乗りを上げたころは、まだ顔色も冴えず頼りなく見えたが、それがライバル・石破茂幹事長に逆転勝ちするや、俄かに自信を取り戻したかのようである。
ポスト誌によれば、前回総理時に苦しんだ点を反省したこと、世間知らずを悟りドブ板選も辞さぬ行動、ブレーンのスカウトに加えて、民主党の行き詰った政権運営、石破氏タニマチのスキャンダル等々も幸いしたようだ。
だが、先の総選挙で言及を避けた原発再稼動について前向きな姿勢を示したことや、普天間基地移転を進めると語ったこと、TPPの対応、議員定数削減、議員の世襲制度については国民の間には大いに懐疑が生じている。今のところ経済再生のためのアベノミクス、3本の矢が市場に好影響を与えて安倍政権への支持率は70%を超える人気ぶりだが、果たしてこのまま順調に歩んでいけるのか。正念場は安倍政権誕生のご祝儀が過ぎた4月ごろにやって来るのではないかと考えている。
さて、今日から中国では全国人民代表大会(全人代)が開幕した。これまでの胡錦濤・国家主席に代り、習近平・共産党総書記が、恩家宝・首相の後任に李克強副首相が就任することになった。胡主席と恩首相は今日で引退する。経済成長の伸びに比例して、国防費は増える一方で過去10年間で4倍に、過去3年間は連続2桁の伸びで、今年度は11兆1千億円に上る。
これに併せて恩首相の活動報告には海洋の総合的管理を強化し、国家の海洋権益を守ると述べられている。好戦的で益々覇権国家への道を歩んでいる印象がしてならない。報道官に就任した傳外務次官は、日本との対立について「贈り物をもらったらお返ししなければ失礼だ」と外国との友好を心がけるべき外交官が、こんな嫌味なコメントをよくも対外的に言うものだと呆れると同時に、中国人の反日的な愛国主義にはうんざりする。
今日の朝日夕刊「終わりと始まり」欄に作家・池澤夏樹氏が、気がついたら戦争というものが随分近くにぬっと立っていたと身に迫ってきた戦争の恐怖について寄稿している。
何とも嫌な時代になったものである。
2121.2013年3月4日(月) 北海道東部で暴風雪被害
今日も相変わらず寒かったが、昨日北海道では大雪に見舞われ、特に東部では暴風雪のため多くの死者が出た。今冬は東京でもかなり大雪に見舞われて交通障害を引き起こした。首都圏が雪に弱いことを証明したが、本場の北海道の人たちが大雪に翻弄された様子を知ると、ありきたりだがつくづく自然は怖いと思う。
昨日は結局9名の方々が建物の外で亡くなられたが、皆気の毒なお亡くなり方である。地吹雪に遭い前進できず車の中で母子4人が二酸化炭素中毒による死亡、また自宅の近くまでやって来ながら車を進めることができず、車外へ出て徒歩で家へ向かったが自宅へ辿り着けず、娘をかばうように身体を乗せたまま凍死した父親の姿が哀れである。まるで「フランダースの犬」のパトラッシュのようである。
結局雪国の人間だから雪に強いといくら言っても、所詮想定以上に自然の猛威に襲われたら手の施しようがないということだ。
事故を受けて今日になって気象庁が、戸外で雪に閉じ込められた場合のノウハウを発表しているが、いかにも遅きに失したとの印象は拭えない。
ただ、明日辺りから少しずつ暖かくなり、一気に春がやってきそうだ。こうなると今年まだ耳にしていない鶯の鳴き声が待ち遠しい。
2120.2013年3月3日(日) ケネディ大統領暗殺事件の思い出
今日は雛祭りである。女の子のお節句にあやかって女性大使(未定)の話をしたい。
アメリカではオバマ政権が第2期目に入ったが、4年前の第1期スタート時に比べて逼迫した財政問題を始めとして、安全保障やTPP等国内外に多くの課題を抱えている。中々頭の痛いところである。初の黒人大統領として、‘Yes, we can.’と華やかにデビューした第1期スタート時に比較すると、今年はその期待度、存在感がある程度トーンダウンしたのは止むを得ないかも知れない。
閣僚や各国大使も大きく入れ替わるらしいが、今わが国で最も注目されている人事は、ルース現駐日大使の後任として次期大使にどんな重要人物を任命するかということだ。一部には、ジョン・F・ケネディ元大統領の長女・キャロライン・ケネディさんが噂されている。オバマ再選に当って選挙運動で大分貢献したらしい。年齢的にも50代の半ばで脂が乗り切っている弁護士である。もうそんなに時間が経過したのかと改めて思われるほど、大統領暗殺事件は最近のことのようで、当時あまりにも衝撃的だったせいでいつまでも心に残っていたからであろう。あれから早くも半世紀が経過したことになる。当時故大統領の葬儀で父の棺に向かって小さな手を合わせていた可憐な少女の姿は、世界中の人々の涙を誘った。その少女がもうそんな年齢になったかと思うと何がしかの感慨を禁じえない。
まだ、新大使の人事は正式に決定したわけではないが、仮に大使に就任されると日本でも隠れたケネディ・ブームの再来となるのではないかと思う。
今アメリカの首都ワシントンD.C.を訪れると国立アーリントン墓地へ行って、故ケネディ大統領の墓石の前に額づくことが定番の観光コースになった。当時ケネディ大統領のデビューと行動力、スピーチとそのカリスマ性は、その当時若かったわれわれ学生にも強い印象を与えてくれた。それだけに、あっけなく凶弾に倒れて若い命を落としたことが惜しまれたものだ。
番外編ではあるが、私自身ケネディ暗殺にまつわる一風変わった思い出がある。1975年6月、ルイジアナ州シュリーブポート市で開かれた全米自然食品大会に日本からただ1人参加した。その取材記録は、月刊「たべものと健康」誌(75年8月号)に寄稿した。その時、その帰途テキサス州ダラス市に滞在した。その折ケネディ大統領記念館なる建物を見学した。元教科書会社倉庫ビルの現記念館から犯人オズワルドが大統領を銃撃したのだ。その内部で見学者にケネディ大統領暗殺のドキュメントと暗殺シーンを模型と人形を上手く使いながら臨場感を盛り上げて見せてくれたのが興味深かった。だが、反面それは悲劇を喜劇的に見せるように感じて、アメリカ人もよくここまでやるなと思わせるほど意外性のあるものだった。見学後の印象はあまり後味の良いものではなかったことを覚えている。
そう言えば、私が大学を卒業し社会人となったのもこの年だった。あれから早や50年である。その前年にはキューバ危機問題が起きて、東西冷戦下に米ソの対立がエスカレートして一触即発の危機を孕んでいた。残念ながら、あの時代と比べて、今も戦争の危機が消え去ったとはとても言える状態ではない。
2119.2013年3月2日(土) 理念も信念もあったものじゃない。
昨年の衆議院総選挙で圧倒的な勝利を収めて政権奪還を果たしたせいか、最近の安倍首相の言動にはうっすら自信らしきものさえ見受けられる。同時に自民党の政策行動にも自信たっぷり、些か不遜な空気さえ感じられるようになった。これが思い上がりでなければ良い。
今朝の新聞では2つの気がかりなトピックスに目を奪われた。そのひとつは、昨夕菅義偉・官房長官が談話の中で武器輸出三原則骨抜き発言をしたことである。これまで「国際紛争の助長を回避する」との名目で、歴代内閣が基本理念としてきた三原則がいとも容易く破られたのである。理念も何もあったものではない。こういう自民党の行動を国民無視、傲慢と言わずして何と言うべきか。具体的には、国内で製造した最新鋭ステルス戦闘機F35の部品輸出を例外的に認めようというものである。明らかに今回の輸出部品に関わった三菱重工、IHI、三菱電機のような日本の軍需産業に寄与するものである。しかも、この部品の輸出はアメリカ政府が一元管理する国際生産システムに組み込まれる。すべてはアメリカの管理に委ねられ、日本の部品であろうとどこの国へ何の目的で再輸出されるのかは、日本政府には知らされず与り知らないことになる。だが、一旦例外を認め出したらきりがない。今後この三原則は形骸化が加速することになるだろう。
2点目の気がかりは、経産省が発表したエネルギー基本計画をまとめる有識者会議委員15人の中に脱原発派委員は僅か2人しかいないことである。民主党政権では25人中8人が脱原発派だった。これでは、結論は決まりきっている。委員会は安倍首相が施政方針演説で述べた「安全が確認された原発は再稼動する」ことを後押しすることは明らかである。最初に結論ありきであり、どうしてこうまでして露骨に原発を再稼動させようとするのか理解に苦しむ。原発にアレルギー反応を示す国民の声をしっかり聞いて、その世論を受け入れて検討するならまだしも、反対の声をないがしろにして、さらに未だに解決の方法すら見つからない「使用済み核燃料の処理」をそのままにして、なぜ結論を自分たちの願う方向へ導いていこうとするのか。
再稼推進派委員の中に寺島実郎氏が名を連ねているのにはがっかりした。しかも、その原発賛成の理由が釈然としない。「日米の核と原発は表裏一体だ」というものである。寺島氏は原発是非について本質的にはまったく触れていない。これでは原発問題ではなく、むしろ日米連携問題ではないだろうか。論理的な思考と解説で知られる国際人寺島氏だけに、この短い説明だけではどうにも納得できない。
4年前に所属する「知的生産の技術研究会」編集の「知の現場」(東洋経済新報社発行)の中で、私自身共著者のひとりとして、4人の論客にインタビューをしてその発言について執筆したが、その他に寺島氏との対談では傍に立ち会い、いくつか質問もさせてもらった。いつも理路整然と論理をしっかり構築して判りやすく述べる寺島氏の弁舌にはいつも敬服していたものだが、この原発容認派としての短いコメントは、主義は主義として結構だが、いかに親米派とは言え、日本はアメリカと常に同一行動を取るべきだ、言い換えれば、日本は何事もアメリカ追従主義で行くべきだと言わんばかりの論調は到底容認し難い。
それにしても、安倍政権になって日本の道筋が、「右寄り」「親米」へ大きく一歩踏み出したとの印象を受けるが、今後日本の行方に暗雲を投げかけることがなければ良いのだが・・・と不安が先立つ。
2118.2013年3月1日(金) 健康管理に気をつけよう。
このところ血圧が大体140以下に落ち着き安定してきているが、年齢相応に少しずつ身体にほころびが表れてきた。少し良くなったと思えるのは、松本整形外科で定期的に受診している血液検査の結果で、直近のCRP数値が0.38で標準値0.30まであと一息のところまで低下してきたことである。これまで中性脂肪、ヘモグロビン、そしてγGTPなどに平常値ではない数値が時折表れたが、幸い今回は格別問題になるような現象は見られなかった。
ところが、森内科で昨年12月に糖尿病の検査を受けて以来毎月検査を受けているが、今日教えてもらった2月の数値があまり芳しくない。2月に調べてもらった「HbAlc/NGSP」はH6.7だった。6以下でないと好ましくないということだが、前月の検査数値とまったく変わっていない。グルコースは223だった。これは前回の305に比べれば大分低下しているが、120以下が望ましいということなので、数値は大分高く所謂「糖尿病現象」である。これからも運動量を増やし、体重を減らすようアドバイスを受けた。
やはり自分で地道に健康体を取り戻すよう努力するより仕方がないが、食べ物に好き嫌いが言えなくなるのが一番辛い。自分の病と相談しながら共存を考えていく気持ちが大切だそうだから、私の身体と健康は私自身が気を配るより手立てがない。長い道のりかも知れないが、時間をかけてこれ以上悪化させないつもりで健康維持に努めていきたい。
さて、「春一番」が吹き荒れ、今日は朝から強い突風が吹いていた。庭の梅の花も漸くほころび出した。今年の冬は寒さが厳しかったが、これから少しずつ暖かくなるのではないだろうか。
ところで最近若い人たちの間で使われている言い方の中に、極めて下品で乱暴な言葉がある。その下品で嫌な言葉とは「ヤツ」である。テレビを観ていても有名タレントらが平気でこんな言葉を使うことに、不快な感じがしていた。特に若い女性が平気で「その青いヤツ」などと言っているのを聞くとぞっとする。どうして普通の言葉を言わないのかと思っている。今日も若い料理の先生が、フランスパンのバゲットを指差して平気でこの嫌な言葉を使うのだ。
どうしてちゃんとした名前があるのに、「そっちのヤツ」というような乱暴な言葉遣いをするのか。発言する本人はあまり気にする様子もなく、敢えて平気で「ヤツ」と言っているのは、自分が「ヤツ」と呼ばれても気にしない「奴」だからだろうか。
世の中が落ち着かなくなってきたせいか、どうも日本人の言葉遣いが乱れてきたようだ。これも世紀末的現象のひとつに違いない。