充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
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2152.2013年4月4日(木) 日銀の量的緩和の効果にびっくり
2週間遅れのお墓参りに出かけた。近藤家の中野・宝仙寺と妻の実家の多磨墓地である。長男は奈良、二男は新潟在住なので、最近はほとんど妻と二人で墓参することが多い。多磨墓地は桜が散って少し遅かったように感じた。車でまず宝仙寺へ行き、お墓参りと昼食を済ませてから中央高速道を通って多磨墓地へ向かうのが、定番の墓参コースである。
昨日妻が近くのガソリン・スタンドへ給油に行ったところ、片方の前輪がパンクしていると言われ、車をそのままガソリン・スタンドに預けてタクシーで駅へ向かった。その後、当のガソリン・スタンドから他のタイヤも劣化しているので、交換した方が安全だと連絡があってそうすることに決めた。従って今日の墓参は4つの新しいタイヤに交換した車で出かけた。一度に全部タイヤを交換したのは初めてだが、7年近く愛用して走行距離36,000㎞だからそれほど乗っているわけではない。ガソリン・スタンドの店員からもあまり乗らない方ですねと言われたくらいである。近い内に車検も済ませなければならないので、保険料などを積み上げていくと結構維持費用も馬鹿にならない。最近は夫婦でお互いに駅まで「アッシーくん」になる程度で、遠出の機会も減り、マイカーを所有するメリットを考える必要があるかも知れない。
さて、今朝テレビと新聞が伝えていたが、大阪市立東高校には18人の校長と、105人の教頭がいるそうだ。この常識では考えられない異常な状態について、またまた橋下徹・市長が大阪市教育委員会に噛みついた。現実には校長と教頭がともに1人しかいないが、どうしてこういう奇妙な事態になってしまうのか。
1校に校長が何人いても監督官庁の文科省のルール上は問題ないという。ということは、この異常な状態を国が認めていることになる。また、大阪市ばかりでなく、東京都を始め、他の教育委員会でも同じような例があるという。
しかし、これはおかしいのではないか。学校現場から教育委員会へ出向すると給与の減額があり、それを防止するための苦肉の策のようだ。もう少し知恵を絞って誰もが納得する別の方法を考えたらどうだと言いたい。何も考えずに前例踏襲をし、知恵を出し惜しみしているから、こんな幽霊校長や教頭が現れるのだ。この点で橋下市長がこんなおかしなことがあるかと怒った理由も頷ける。
ついては、安倍政権が誕生して今日でちょうど100日になる。アベノミクスの意を汲んだ黒田東彦・新総裁を迎えた日銀が、今日午後甘利明・経済担当相も出席の下に開かれた金融政策決定会合で大胆な政策を打ち出した。物価目標を2年とすることを念頭に、その2年間で市場へ資金供給量を138兆円から270兆円へ約2倍に拡大する金融緩和策を決定したと発表したのである。これがマーケットに歓迎され、東京株式市場では前場の大幅な株式下落(対前日比▲226.43円)から後場に入って一気に株高に転じ、今日の日経平均株価の終値は対前日比+272.34円となった。午前と午後でこんなに株価がぶれるのも珍しいと思う。かくも日銀の政策が市場にドラスチックな影響を与えるものなのか些か驚いている。ただ、これも一時的な現象である可能性を排除できないので、ほんの僅かではあるがストック・ホールダーとして、しばらく株式市場の動きを注視してみたい。
2151.2013年4月3日(水) プレイも話題も野球シーズン真っ盛り
一昨日「国民栄誉賞」にプロ野球界から長嶋茂雄・松井秀喜の師弟コンビの受賞が決まった。長嶋氏の受賞は遅すぎると思っていたくらいである。逆に松井選手の場合は少々早いのではないかとも思っている。実際そう考えている人もかなり多くいるようだ。ただ、打点王、ホームラン王各3度の獲得やワールドシリーズMVPなどの実績以外にも、松井は人間性が素晴らしくチームメートやファンら多くの人から好かれているようで、遅かれ早かれ選出されると思うので、やや早いがそれはそれで良かったのかもしれない。
文化勲章のように毎年誰かに授賞ということならあまり落ちこぼれることは考えられないが、受賞者はその年によって増えたり、減ったりばらつきがある。長嶋氏がこれまで受賞しなかったのは最初に王貞治監督が受賞して、ONとして並び立った両雄のひとりである長嶋氏だけに、すでに受賞していると誤解している人が多かったようだ。「国民栄誉賞」は世間が注目するので、時の首相や政府の特別な意向や思惑があって御幣があるが泥縄式に授けるということも起こりうる。
松井の場合は、昨年暮に引退を表明したことがひとつのチャンスとなった。
長嶋氏のケースは個人的にこう思っている。2月に元横綱大鵬が受賞したが、すでに故人となり、遅きに失した感があり、一部にはどうしてあれほど傑出した実績を挙げた大横綱に生前この名誉を授けることができなかったのかとの非難の声も聞かれた。そんな世論の背景があって一度脳梗塞で倒れた長嶋氏にできるだけ早い機会に授けたいとの気持ちが生まれてきたのではないかと思っている。加えて今アベノミクスが脚光を浴びて、安倍首相人気にさらに拍車をかけるためには、時期的にグッドタイミングと考えられたのではないかとも思っている。
1977年に王貞治監督が最初に受賞して以来、2000年にマラソンの高橋尚子さんまで20世紀中は24年間で15人がその名誉を授かっていたが、その後8年間は受賞者が1人もいなかった。それが今年になって吉田沙保里、大鵬、長嶋、松井とすでに4人である。これも時期を逃さず人気取りに利用しようとするアベノミクスの案外したたかなところだろうか。
この他にも野球に関係するトピックスが2つある。そのひとつは、今日アメリカのメジャーリーグでテキサス・レンジャーズのダルビッシュ投手が土壇場で完全試合を逃したニュースである。9回2死まで完全試合ペースだったが、最後の27人目のバッターにヒットを打たれ、日本人投手として初の完全試合達成を逸した。数少ないチャンスなのでちょっぴり残念な気がする。
もうひとつは、選抜高校野球の決勝戦で浦和学院高校(埼玉)が、済美高校(愛媛)を17-1の大差で破り初優勝を飾った。途中テレビで観ていたが、得点差がこんなに大きく開いた決勝戦は初めてである。
2150.2013年4月2日(火) 中国1国3制度の矛盾と我利我欲
中国には、実質的には3つの政治制度が並存している。中国本土と香港、そして台湾である。この内、香港と台湾ではトップの職を直接選挙制度により国民が選んでいる。ところが、本家本元の中国大陸では国民による選挙が実施されず、中国共産党内部の幹部らの合議によってトップである、共産党総書記、国家主席などが決定される。国民の与り知らないところで、「談合」により決定される非民主的な選出方法が一貫して行われている。これではとても民主国家とは言えない。一方で、香港と台湾に認められている制度では、トップは国民の直接選挙によって選ばれ、民意が反映された形態となっている。このように現状は1国3制度のいびつな政治状態となっている。
これについて最近になって中国政府は、2017年に実施予定の香港政府トップの行政長官選挙では、中国政府の意向にそぐわない民主派の対立候補の立候補を認めないことを表明した。民主的なやり方で選ばれた民意を反映した行政長官ではコントロールが難しいと判断したのだろう。実際現今の中国の統治機構では、北京政府がコントロールし難いようでは困るのだ。況してや民主的な思想を持った進歩的な人物が、その土地のトップに就任されたのでは余計困る。民主的な制度より自分たちが主導し易い統治の方が望ましい。トップダウン方式による行政制度が実行されてこそ、広い国内を思うように統治できると考えているのである。
そもそもイギリスから中国へ返還された時点で、香港は社会主義体制の中国の主権下で高度な自治や司法の独立、言論、出版、集会の自由など、独自性を要求した。香港は共産主義体制下の中国とは当初から相容れなかった。このため香港は中英共同声明の中でイギリス領から中国領となっても50年間は、香港の独自性を認めさせることで1国2制度を受容することにしたのである。にも拘らず、この1国2制度を骨抜きにして北京政府の思惑通りのやり方、つまり民主派ではない人物を選挙ではなく、任命制によって自分たちが裁量権を振るえる行政長官を選任しようとしている。協定違反も甚だしい。
この動きに対して、もう一つの独自の行政を行っている台湾も内心穏やかではない。早くも水面下で動き出したようだ。台湾の総統も直接選挙で選出されている。台湾には、選挙を採り入れようとしない中国のやり方に対する拒否反応が強い。台湾としてはこの民主化路線を捨てるようなことは断じて望まないだろう。問題をややこしくしているのは、中国が我利我欲で選挙を行わない非民主的な支配を続けようとしているからに他ならない。毎度のことながら、中国の「わが道を往く」強引さには困ったものだと思う。
「待ってました 五代目!」 今日新装なった5代目の歌舞伎座が開場した。3年ぶりのリニューアル・オープンである。新しい設備も話題を呼んで前景気は上々のようであるが、これから新しい歌舞伎をどのように発展させていくのか真価を問われる。これまで歌舞伎を支え、盛り上げてきた2人の名優の名が見られないのが何とも寂しい。昨年12月に18代目中村勘三郎、そして今年2月に12代目市川団十郎が相次いでこの世を去って、歌舞伎界も今難しい居面に立たされている。これを若手がどう乗り切って新しい歌舞伎を創り上げ発展させていくことができるだろうか。向こう1年間は杮落とし公演であるが、5月に新歌舞伎座での半世紀ぶりの観劇を楽しみにしている。
2149.2013年4月1日(月) 母校入学式に2度目の出席
♪見よ 風に鳴るわが旗を 新潮寄する あかつきの~♪ 塾歌が流れる中を今日日吉で慶大入学式が行われ、われわれ卒業50年生も母校慶應義塾から式典に招待された。54年ぶり2度目の入学式である。山崎洋さんもベオグラードから出席されると連絡があり、今日自由が丘で待ち合わせ、ランチを取って日吉へ出かけた。東横線日吉駅で下車するのもしばらくぶりで、駅構内と駅上屋に立派なスーパーと駐車場があるのも驚きだった。キャンパス内は懐かしい昔の建物と新たに建設された各種の洒落た建物が上手く調和されている。しかし、建物が増えてせせこましくなった感じである。
3時から開式となったが、初々しい新入生に保護者、そして招待された卒業50年生が日吉記念館にびっしりである。式自体はわれわれが経験したものとそんなに変わるものではないが、新入学生は街で見る若い学生とはちょっとイメージが異なり、真面目そうでおとなしそうな印象を受けた。今年の新入学生は6840名とのことであるが、教職員代表として別役智子医学部教授が変革の時代に当って、新入生にチャンスとチャレンジが求められると祝辞の中で話された。われわれの時代と変わってこれからの時代は会社任せでなく、自分自身が率先してチャレンジして能力が試される時代になったと思う。彼らの前途に幸運が訪れるよう願いたい。
入学式終了後、塾員招待会と称して50年生を軽食に招待してくれた。学生食堂で学部別に分れ旧クラスごとに簡単な会食があった。卒業して初めて顔を合わせた友人もかなりいた。辛いのは、名簿を見て随分物故者が多いなぁという印象である。70歳を超えるとどうしても健康問題が話の種になる。このままいつまでも元気で過ごしたいものである。
今日の入学式は学生時代を思い出して良い思い出となった。塾歌の伴奏が始まり蛮声を張り上げて唄っていた時、つい涙がこぼれた。年を取ったせいでもあるが、必ずしも第一志望の大学でなくても在学中の詰まった思い出が多ければ多いほど母校愛と懐かしさが膨らむということだろうか。若い学生を見ているとできることならもう一度学生生活を送りたいと思う。
塾員招待会後渋谷へ出て、待ち合わせていた飯田ゼミの仲間を合わせて6人で、山崎さんの岩波文庫出版不成功を慰める会食を「駒形どぜう」でいただきながら談論風発して楽しいひとときを過ごした。「海外(住所不詳)」だった山崎さんの連絡先が分るよう母校との間を取り持ってあげたせいもあるが、山崎さんも今日の入学式を喜んでくれたようだ。学生時代と今日の楽しかった思い出を胸にセルビアへ帰ってもらいたい。
2148.2013年3月31日(日) 7人制高校ラグビー大会を楽しむ。
今年も天候がぱっとしない。昨年に続いて横浜市山手のYCAC(Yokohama Country & Athletic Club)で開かれた「第5回高校7人制ラグビー大会」に誘われ出かけたが、朝から小雨交じりの空模様で昨年の豪雨による途中中止を思い出した。それでもスケジュール通りすべてを終了することができたのは良かった。
日本では7人制ラグビーの知名度と普及が遅れているうえに、レベルもまだそれほど高くはない。だが、2016年リオ・オリンピックでは正式種目になり、今日本でもチーム力の強化に努めているところだ。偶々今日は男子7人制ワールドシリーズが秩父宮ラグビー場で行われ、日本は参加16カ国中14位というやや惨めな結果に終わったところである。
それほど遠方ではないが、1都4県から静岡、熊谷、千葉、佐倉、大泉、石神井の公立6校に、私立麻布、桐朋の2校、そして母校湘南を含む9高校が参加した。大会は、主催者のYCACに、関東ラグビーフットボール協会と神奈川県ラグビー協会が主管し、毎日新聞社ほかが後援している。この大会の目的は、死に物狂いで優勝を目指す争いではなく参加校同志の交流と友情を前提に、参加した同じような文武両道の高校にできるだけ多く対外試合の機会を与え、同じラグビーをプレイする高校生に交流の機会を与えることに大きな意義がある。実際、企画を手伝っているのが、東大ラグビー部と慶應J.S.K.S.クラブというのも意外性があって面白い。試合後のファンクションには全チームの選手が一緒になって東大ラグビー部と慶應J.S.K.S.クラブ部員のリードでクイズを楽しんだり、食事をしたり、日本ではあまり馴染みのないクラブの雰囲気を少しは味わえたのではないだろうか。
生徒たちのファンクションの後では、関係者や各校OBによる懇親会が行われ、私も昨年に続きスピーチをさせられ、特に森喜朗元首相とトラック島との関係について話して欲しいと注文がついたので、今年中にまとめたいと思っている故アイザワ酋長、森元首相、佐々木信也氏ら3氏の交流ドキュメントについてほんのさわりをお話しした。その後で世の中が狭いと思ったのは、冒頭にスピーチされた最年長の高橋陽之助・藤沢市ラグビーフットボール協会名誉会長が一時森元首相と早大ラグビー部で一緒にプレイし、お互いに良く知っていると伺ったことである。
ラグビーをやって損をしたことがないとか、楽しい思い出以外は見つからないとか、ラグビーをやったお蔭で多くの人と知り合えたという話を聞く度に、改めてラグビーをやっていて良かったとつくづく思う。
ちょっと肌寒かったが、肩の凝らない気楽で楽しい一日だった。