ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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2162.2013年4月14日(日) アウン・サン・スー・チーさん27年ぶりの来日

 昨日ビルマ(ミヤンマー)から国民民主連盟(NLD)党首・アウンサンスーチー女史が来日した。早速在日ビルマ人の集会に出席し講演した。2015年までに現行の憲法を改正したいと述べ、日本にいるビルマ人に日本で学んでビルマの国づくりに協力して欲しいと訴えた。出席者は顔を綻ばせて感激していた。だが、スーチーさんが現在置かれた立場と今後進むべき道は、依然に比べて極めて厳しくなったと言わざるを得ない。

 スーチーさんの今回の来日は27年ぶりで要人の滞在にしては1週間とやや長い。ビルマにおける日本企業進出に対する日本政府の期待による招待であるが、最近国際社会ではスーチーさんは政治家としては期待外れとの厳しい評価も出てきて、その行動が鼎の軽重を問われている。

 これまでビルマ独立の父、アウンサン将軍の娘として、また軍政への不屈の抵抗によって国民的人気を保ち、自由と民主体制の象徴的シンボルと見られていたスーチーさんであるが、昨年7月に国会議員に当選して以来国際社会とビルマ国内からも彼女の言動に対する失望の声が聞かれるようになった。それは15年間に及ぶ軟禁生活で外界から遮断されていた不幸な事情はあるにせよ、現実を知らなさ過ぎて政治家としての資質に欠けるという厳しいものである。

 かつて、毎年のようにビルマを訪れていた頃に度々聞いた話がある。バングラデッシュとの国境アラカン山脈に居住するロヒンギャ族は現在も無国籍者であるが、それでも当時はビルマ国民のマジョリテイを占めるビルマ族のビルマ政府とうまく共存していた。それが最近ビルマ政府の弾圧により被害を受けているらしい。もうひとつの少数民族カチン族にしても、ビルマ政府軍と停戦状態にあったが、最近政府軍の攻撃により北部カチン独立軍が厳しい状況に置かれているという。これら少数民族問題についてスーチーさんがほとんどコメントしないため、あまりにも民族問題について無知だというのである。

 少しずつではあるが民主化路線を歩き出したビルマは、アジアに残された唯一の未開の大市場という魅力があり、各国政府がアプローチを試みているが、最近まで中国を除いて思うようには行っていない。そのせいでビルマの様子が是々非々を取り混ぜメディアを通して伝えられるようになった。

 購読している月刊誌「選択」も、スーチーさんに対する評価が下落していることを大きく取り上げている。「政治家としては『役立たず』か―色褪せるアウンサンスーチー」(2012年11月号)、「季節外れの『スーチーフィーバー』―来日を食い物にする愚」(2013年4月号)と容赦もなく手厳しい。いずれも2頁いっぱいにかなり詳細に書かれている。

 あれほど人格者として、また民主化運動のリーダーとして信頼を集めていたスーチーさんがまだ数は少ないとは言え、支持者が減っているのは政治家としての資質や、実績、公約などのアピールが不十分だからでもあり、ブレーンに人材を得ていないとの印象を受ける。もちろん彼女の政治家としての経歴に傷をつけないよう、彼女自身も自覚する必要があると思う。それには少数民族問題から逃げることなく真正面から向き合い、ビルマ全体の民主化の問題として解決する覚悟を固める必要がある。

 いずれにしろ、結論を急いでは元も子も失くしてしまう。堅実に政権政党への準備を進め、その暁には成果が挙げられるようあらゆる体制を整えるべきである。NLDもスーチーさん人気だけに頼らず、政党としてきちんと基盤を整備する必要があるのではないか。

2013年4月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2161.2013年4月13日(土) 「鎌倉学会」の設立と参画

 小中陽太郎さんが淑徳大学公開講座で講義をされるので、池袋のサテライト・キャンパスへ聴講に出かけた。3月に江戸東京博物館で伺った平賀源内の話を5回に分けて話されることになっている。今日は第1回として著書「翔べよ 源内」のさわりを面白おかしく話された。逸材平賀源内は生い立ちから性癖に至るまで、源内自身が有能にして才気煥発だったが故に、やや道を誤ったのではないかと惜しまれる人生を送った。確かにその傑物的生き方は興味深い。次週は出席できないが、話が佳境に入って来ると益々面白くなりそうな予感がする。楽しみにしたい。

 今日は東横線から東京メトロ副都心線への乗り入れに乗じて、初めて乗り換えなしで池袋へ行った。直通で自由が丘から池袋まで行けるのは確かに便利である。問題は駅構内も変わっているので、地下の池袋駅構内で自分の居場所がよく分らないことである。副都心線池袋駅でも改札口を出てから方向が分り難かった。だが、渋谷駅で乗り換えをしない利用者にとっては利便性が向上したことは間違いない。取り敢えず、利用者サイドとしては、この乗り入れは渋谷駅の分り難さと不便さを別にすれば、効果は上がっているのではないかと思われる。 

 さて、昨日元鎌倉市長の竹内謙氏からメールで、市民自治の実践を鎌倉学として創成することを目的に「鎌倉学会」を設立するので計画に賛同し参画して欲しいと連絡があった。あまり期待されても困るし、毎月1回の会合出席やら、いろいろな企画立案にアイディアを出せるか、自信もないうえに「学会」なんてものは「英才、俊才」の集まりで、それこそアカデミックに専門分野を持っている大学教授のようなインテリが関わるものではないかと、幾分不躾な質問を送り、気持ちとしては入会すべきかどうか思案中であると付け加えた。するとすぐさま、「鎌倉学会」は英才や俊才の学会ではないと彼の信念と考え方を伝えてきた。さらに「東大に象徴される英才、俊才から脱しない限り、日本の明日はありません」とまで持論を述べている。そのうえ「大衆こそが叡智であり、今こそ発想の転換が求められており、誰かがやらなければならない」と悲壮な決意を強く感じた。

 竹内氏は私がキャプテンだった高校ラグビー部キャプテンだった3年生時の1年生部員で、当選した2度の鎌倉市長選でも少しお手伝いしたことがある。その後都内麹町に「インターネット新聞社」を立ち上げ、一時は景気も良く契約者数を讀賣新聞を抜いて日本一にしてみせると自信満々だったが、不況をもろに被り広告収入が激減し、涙を呑んで先年会社を畳んだ。捲土重来を期していた時に、彼自身の新しい突破口としてこのような発想が生まれたのではないかと勝手に想像している。

 私も彼の男気に喝采し、協力したいと考え、最終的に入会することを承諾する旨メール送信した。

 ところで、今朝5時半ごろ淡路島を中心に西日本で大きな地震があった。震源は18年前の関西・淡路大震災の震源地とそれほど離れていない。マグニチュード6.3だというから相当大きな地震である。幸い犠牲者は1人もいなかった。だが、余震も予想されているので、油断がならない。稼動中の大飯原発を含む原発施設でのトラブルは現時点では報告されていないが、突然このような大きな地震が発生することを改めて考えると原発再稼動についてとても賛成する気にはなれない。原発関係者、特に原発稼動賛同者はこの地震を知ってどう思っているだろうか。

2013年4月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2160.2013年4月12日(金) 村上春樹の新作品、果たして評判はどうか。

 昨日に引き続き今日も妻に付き添い田端の東京女子医科大学東医療センターへ術後の状態を診てもらいに出かけた。妻は顔面右半分の大きな包帯を取ってもらったので、昨日に比べて少しは見られる顔に戻った。外見上も以前のように上瞼が下がっている様子は見られず、その分左目と同じ大きさになったような気がする。妻も視界が広くなり目に入る光景も明るくなったと喜んでいるから具合は良いのだろう。ただ、右目の周囲に傷跡が残っているので、これからそれをどうやって繕うかを考える必要があるかも知れない。まあ最近の医療技術では何とかうまく誤魔化してくれるのではないかと期待している。この後18日に抜糸するそうだから、それまではあまり動き回らない方が良いのだろう。

 昼食のために立ち寄ったJR田端駅ビル内に大きな‘TSUTAYA’書店があった。店頭に今朝0時を期して発売された村上春樹の話題作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」という意味のよく分らないタイトルの著書が、堆く平積みされている様子が目に入った。村上ファンにはこういうカリスマ的なタイトルとか、ストーリーが受けるようだ。同時に10回読んでもよく分からないという愛読者もいるから面白い。実際村上自身が、「『1Q84』がいわばジェットコースター的な物語だったので、それとは少し違うものを書いてみたいという気持ちがありました。それがどんなものなのか、書いてみないとわからなかったけど」と語っている。実際村上は何を意図してこの小説を書いたのかどうもぴんと来ない。今まで村上春樹の作品は読んだことがなかったが、「1Q84年」以来3年ぶりの新刊で話題を呼びそうだし、今年こそノーベル文学賞が期待されている作家でもあるので急に読んでみたくなり、買い求めた次第である。

 昨晩から多くの書店では若者を中心に大勢の村上ファンが列を連ねて発売を待っていたようだ。出版元の文藝春秋社では、初版にしては異例の50万部を印刷して販売に備えていたというから驚きである。因みに同書の後付を見てみると発行日が3日後の4月15日になっていた。

 興味本位で買い求めた今年の芥川賞作品の黒田夏子著「abさんご」も書斎の本棚に置いたままでまだ読んでいない。これも縦書きあり横書きあり、前から読むか後ろから読むか、どこから読み始めたら良いのかよく分らない。少々変わった手法の作品である。著者とは早大の同級生だった下重暁子さんから度々伺っていたが、75歳の芥川賞史上最高齢者が受賞したと話題になった作品である。だが、読書というのは知的好奇心だから、読みたいと好奇心を呼ぶものでなければ、いかに作品として優れていてもあまり意味がないと思う。読みもしないうちから屁理屈を言って笑われそうだが、折角手に入れた話題作品なので、この2冊も早いうちに読了して、その後に読後感を書いてみようと思う。

 さて、今日も北朝鮮の好戦的な姿勢は変わらない。諸外国の忠告や説得には一切聞く耳を持とうとしない。ウォーキングの帰りに立ち寄ったコンビニで立ち読みした夕刊紙「夕刊フジ」「日刊ゲンダイ」のトップ記事に、金正恩総書記の強気の原因として「地位に怯える」とか、「軍内部にクーデター」と穏やかならぬ表現が見られた。金正恩が就任してから1年が経過した今、トップとしての地位はまだ極めて不安定で軍内部の強硬派に押され、内部にはクーデターの噂も流れる有様である。金正恩としては何とか信頼を得られるリーダーシップを取りたいと必死に足掻いている結果が、この対外的な強気な姿勢に反映されていると断じている。当らずとも遠からずだと思う。

2013年4月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2159.2013年4月11日(木) 妻、眼瞼下垂の手術はまずまずの経過

 妻が右目の瞼が下がってくる眼瞼下垂の手術を受けるので、病院まで付き添って行った。かかりつけの近所の眼科医から紹介されて今まで待ちに待っていたが、漸く手術の日を迎えることができた。ちょっと遠方なので不便であるが、それも仕方があるまい。JR田端駅からタクシーで狭い路地を縫うように走り、東京女子医科大学東医療センターへ予約時間の午後3時前にやって来た。病院は随分人家が建て込んで密集した住宅地帯にあり、駅からのルートがちょっと分り難い。まず地図に頼って行ったところで、中々辿り着けないのではないか。

 妻の手術は1時間程度で終わったが、右目全体を包帯で大きく覆っていてちょっと見難そうだ。この自分の醜い顔面を鏡で見て電車に乗るのを嫌がるので、久しぶりに高額のタクシー代金を支払って車でご帰還となった。

 夕食は近所のコンビニで弁当を買ってきたが、口の辺りまで絆創膏を貼られて口を大きく開けられず、食べ難いと言っていた。格別体調が悪いようでもないので、まずは一安心である。

 さて、この数日緊張感が高まってきた北朝鮮による挑発行為は、日米韓が警戒網を敷いていたが、今日のところ格別な動きはなかった。ただ、北朝鮮が強気の言動を取り止めたというわけではなく、関係の周辺国は引き続き警戒を緩めていない。今日は金正恩・総書記が国のトップの座に就任してちょうど1年になる。これまでの例から推察すると総書記誕生日とか、就任日、或いは国の記念日には何がしか世界を驚かすような大きなことをやっていたので、今日も何か動きがあるのではないかと注目されていたが、幸い何ごともなかった。

 アメリカのある高官は、祖父・金日成や父・金正日はことを起こすにしても、幕引きとか落しどころを意識して発言していたが、今の金正恩・総書記にはそういう考えはことさらないようで、それが気になると言っていた。確かに今の北朝鮮の動きを見ていると何をやるのか分らず不気味であり、今後金日成・国家主席生誕101周年に当る今月15日までの間は予断を許さない。

2013年4月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2158.2013年4月10日(水) マイクロソフト社の顧客を嘗めきったモラル

 昨日突然日本マイクロソフト(MS)社が、パソコンの基本ソフト(OS)である‘Windows XP’のサポートサービスを残り1年で打ち切ると一方的に発表した。サービス終了後は、仮にウィルス侵入などのセキュリティ上の問題が発生してもMS社は解決の手を差し伸べず、ユーザーは当然問題を解決できず途方に暮れるという。これはMS社の傲慢にして、非情なる顧客突き放しポリシーの決行である。同社が‘Windows XP’以降開発した新ソフト‘VISTA’、‘Windows 7’、及び‘Windows 8’の販売拡張を視野に、明らかに‘Windows XP’からの買い替えを狙ったものである。

 ところが、‘Windows 7’はともかく、現状は‘VISTA’と‘Windows 8’の売れ行きはそれほど芳しくなく、その中で現在の‘Windows XP’ユーザーから‘Windows 7’、及び‘Windows 8’へ買い換えてもらう謀略を凝らし、思い切って顧客をコケにする荒療治に乗り出したものである。

 現時点で‘Windows XP’のユーザーは全‘Windows’ OSの利用者のうち、法人で40.3%、個人で27.7%を占めている。台数にして何と2580万台強に上る。これだけ多くの顧客から市場で自社の商品を選んでもらい購入してもらいながら、その大切な顧客に対して感謝の気持ちがないばかりか、後足で蹴って砂をかけるような冷酷無比な仕打ちである。商品を販売する企業の風上にも置けないやり方ではないか。

 MS社は自社の新たな商品を買ってもらいたいためだけに、大切な自社商品の愛用者である顧客の気持ちを蔑ろにして、一方的に自社の論理と私利私欲を押し付けているのだ。長年の顧客に対して気に入らないなら自分で解決策を考えろと、突き放したような商業道徳に欠ける無礼な商業主義には呆れ果てて開いた口が塞がらない。これだけ大勢の顧客を弄び愚弄した会社がこれまであっただろうか。こんな商業道徳に欠けるMS社は、消費社会の場からとっとと消え去るべきでレッドマークを突きつけてやりたい。

 これがアメリカ流マネージメントの流儀なのか。今朝小中陽太郎さんと電話で話していて小中さんもこれがアメリカのビジネスなんだと言い、お互いに妙に納得したところである。

 実は、私用のヒューレット・パッカード社製パワーポイントについても、一昨年同じようなことがあった。部品購入について同社日本支社に照会したところ、同部品は生産を中止したので、どうしても必要なら新しい機種を購入して欲しいと、この時も電話録音による愛情の欠けた回答だった。その時藁をも掴もうとする顧客の気持ちなぞ一切考慮しないのが、アメリカ流なのかとつくづく思い知らされた。

 これに似たケースは、日本製品にも見られるようになった。1つの典型はパソコン用プリンターである。原価の高い商品になったので、販売し難くなり販売価格を下げてその代わりにインク代を高く設定し、利用者に交換インクを頻繁に、かつ高く買ってもらってプリンターの原価割れをカヴァーするという苦肉のビジネス・モデルに特化したようだ。顧客の利便とか経済性なんて構ってなんかいないのだ。自分たちの都合で何でもありの商業社会になってしまった。確かにどうしてインクがこんなに高いのかと思っているが、原因はこのビジネス・モデルにあったのだ。

 近頃は商業道徳も影を潜め、ただ売れれば良いとのあるまじきコマーシャリズムがのさばっている。

 私自身現在2台のパソコンを併用して利用しているが、1台は‘Windows 97’から乗り換えた‘Windows XP’であり、もう1台は‘Windows 7’である。いずれにせよ、前者は向こう1年間に‘Windows 7’か、あまり売れていないらしい‘Windows 8’に買い換えるか、或いは思い切ってアップル社のタブレット‘iPad’に変更するか、これから時間をかけてじっくり考える必要がある。

 それにしてもこんなに消費者を馬鹿にし、多大なロスを生じさせるビジネスを現状のまま放置しておいても良いものだろうか。消費者庁でも見て見ぬフリをせず、真剣に問題を捉えて、それなりの消費者保護対策を打ち出して欲しいものである。

2013年4月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com