充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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2177.2013年4月29日(月) 政治家への叙勲は再検討すべきではないか。
ゴールデンウィーク前半の最終日、「昭和の日」の今日、春の叙勲受章者が発表された。受賞者4099人の中で最高位の桐花大綬賞は羽田孜・元首相で、次位の旭日大綬賞は藤井裕久・元財務相以下16名に授与された。彼ら17名はそれぞれにそれなりの功績を挙げたとは思う。しかし、その顔ぶれを見ると17名中12名が政治家である。1つ、2つランクを下げれば、ずらっと民間人の名が並んでいる。他の分野から政治家になった人もいるが、結局政治家になったからこそ羨むようなご褒美をいただけたのではないだろうか。
明らかに日本は「政治家重視社会」、「役人天国」であると言わざるを得ない。政治家が国のために本当に貢献してくれたかどうかは甚だ疑問である。現下に見られる政治家の浅慮で粗雑な行動には、むしろ国家の信用を損ない、危うくする危険性の方が高いのではないかと気になっている。
この23日付ブログでも指摘したが、浅はかなお坊ちゃま、麻生太郎・副総理以下猪突猛進派の国会議員が靖国神社へぞろぞろ参拝したことが、中国と韓国に無用の刺激を与え、益々外交関係を悪化させてしまった。だが、参拝したご当人たちにはまるで反省の色がなく、開き直って自己弁護しているが、所詮中身のない利己的な自説を言い訳がましく展開しているだけに過ぎない。まったく無神経で呆れた国会議員たちである。
それが中韓両国から必要以上の反発を呼んだばかりでなく、かねてより中韓両国と日本の関係、そして日本の外交姿勢の危うさを気にしていたアメリカ政府は、靖国問題で日中、日韓関係がこじれた険悪な関係について真剣に懸念を表明している。今北朝鮮に対する対応で、周辺諸国が緊密な連携を図らなければならない時に緊張が高まることは各国の連携障害になると、穏やかならぬ心情でいるようだ。
安倍首相は、総理大臣就任に当って民主党が壊してしまった日米関係の再構築を行い、その絆が固まったと日米首脳会談直後に大見得を切っていたが、とんでもない首相の勘違いだったということになる。
そんな中で時の勢いだろうか、かねてより右翼的な言動が目立っていた稲田朋美・行政改革相が、昨日靖国参拝を行った。この微妙な時期に敢えて顰蹙を買うような行動を起こす神経が理解できない。この人は弁護士であるにも拘わらず、ごく最近も新藤義孝・総務相とともに竹島へ強引に乗り込もうとして韓国政府筋から拒絶された粗雑な行為は、常識人として思慮が足りないし、空気が読めず公平感もなく、弁護士としても失格ではないだろうか。況や大臣としての資質、品格は持ち合わせているようにはとても思えない。もう少し安倍首相は閣僚の人選に当って適材適所、人間性、資質等を考慮すべきであろう。
損益勘定だけで動く常識と見識不足の政治家を、どうして国民は頼りにすることができるだろうか。国から高額の給与を受け取り、国家へ奉仕することは当然の責務であるにも拘わらず、国家に傷をつけかねない国会議員に国の最高の勲章を授与することはどうしても納得できない。考えてみてもこんな理不尽なことはない。国家議員と国家公務員は対象から除外する等、この辺で叙勲制度を再検討すべきではないかと考えている。
2176.2013年4月28日(日) 沖縄「屈辱の日」に国の記念式典開催の怪
政府主催による「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」が「日本主権回復の日」とする今日、憲政記念館で天皇・皇后両陛下ご臨席の下に開かれた。政府の一方的な式典開催のスケジュールの発表に対して、この数日この日を「屈辱の日」として反発する沖縄、及び有識者の声がメディアを通して伝えられている。沖縄にすれば極めて不本意、かつ不条理で、国が沖縄県民の意思を無視して勝手に祝典を行っているが、沖縄にとっては、未だ国内における全米軍基地敷地面積の74%が沖縄に偏って沖縄に負担を強いて存在する現状に、何が「主権回復」なのかと屈辱的な反感を表している。
今日4月28日を記念式典に決めたのは、サンフランシスコ講和条約の発効で、連合国による戦後占領支配から解放された記念日というのが政府の言い分である。ところが、沖縄にしてみると主権回復は本土だけであり、沖縄は引き続きアメリカの占領状態が続いた。そして日本政府の施政権下に戻ったのは1972年で、しかも基地抜き、核抜きという条件が見事に反故にされ、沖縄は基地にこそ存在感があるような異常な自治県となった。
この沖縄における米軍基地の存在がありながら、なぜ主権の回復につながるのかとの素朴な疑問が沖縄県人にはある。
結局、何と言い繕うとも自民党安倍政権にとっては、沖縄のことは自分たちの政権運営上まつわりついたハエぐらいにしか思っていないのではないか。勘ぐって考えるなら、沖縄は1972年に日本へ復帰するより、むしろそのままアメリカの施政権下にあってくれた方が良かったぐらいにしか考えていないのではないか。
安倍政権はアベノミクスの経済効果に味を占め有頂天になって、この際国民不在であろうとも自分たちの片思い政策を一気にやってしまおうと考えているのではないか。それは閣僚や国会議員の靖国参拝のような無思慮で無作法な行動にも端なく表れている。こんなパフォーマンスはただ中国や韓国を刺激しているだけで、戦没者に尊崇の気持ちを捧げることより、中韓両国民の神経を逆なでしているだけである。今日の式典だって、徒に沖縄県民の気持ちを刺激しているだけである。安倍政権の右傾化は益々加速し、いよいよ憲法改正、そして国防軍を持ち、一昨日NPTで「核の不使用」共同宣言に署名しなかったように、いずれ「核」保有国になることを密かに考えているのではないか。麻生副首相にしても同じだが、これだから苦労知らずの甘ったれたお坊ちゃまは怖い。
それでいて安倍首相は式典で、「沖縄が経てきた辛苦に、ただ深く思いを寄せる努力をして、未来へ向かって希望と決意を新たにする日にしたい」と何とまぁ白々しい式辞を述べるのだろうか。
最早安倍首相の本音ははっきり見えた。経済効果でカムフラージュしながら政治、外交の場で自らの右翼思想を練り上げているのだ。これを周囲では誰も止めようしない。これでは最早救いようがない。
さて、今朝の日経紙「文化」欄に作家・浅田次郎氏が「見果てぬ花の咲く如く」というエッセイを書いている。本ブログの4月17日、18日に書きこんだ同氏の連載小説「黒書院の六兵衛」について読後感と浅田氏から直接聞いた感想に触れたものだが、その浅田氏が自分でもよく分らないうちに、結論が固まったような印象をエッセイの中で書いていて興味深い。18日に浅田氏にお会いしてストーリーの事実関係について尋ねた時、「いやぁ、あれはウソ、ウソですよ。だって小説ですもの」と浅田氏に軽くいなされたが、ご当人も夢の中にいるような気持ちだったのだと知って浅田さんの気取らない庶民的なお人柄に好感を持った。
2175.2013年4月27日(土) 「鎌倉学会」の発足に当って
今日は忙しい一日だった。淑徳大学池袋サテライト・キャンパスで小中陽太郎さんの平賀源内の講義を聞いた後、直ぐ鎌倉へ向かった。先日元市長の竹内謙氏から強いお誘いがあった「鎌倉学会」の設立総会に出席するためだ。彼のラグビー部の同期生が3人出席していた。私がラグビー部OB会長を務めた時に副会長として支えてくれた入野耕二さんにも久しぶりに会えた。彼らの年代は鎌倉市内の住人が多く、結束が固い。
参会者は30人ぐらいだった。学会の会則も役員もまだ決まっていない。はっきり言って現状はまだ海のものとも、山のものとも見当がつかない。参会者からそれぞれ意見や考えが発表されたが、何を目指すのかは竹内氏から①地域で活動、②市民自治、③未来志向、の3本の柱が語られ、アカデミックに特化しないと話されただけだ。一応現在の政治、学会のあり方では進歩が期待できないという彼の持論から、地域を核に自由な発想によっていろいろな問題に取り組もうとの提案が示された。
今日のところは最初の集まりであるので無理もないが、実際に動ける何人かの幹事を予め決めて、ある程度取り扱うジャンルを決め方向性を少し打ち出しておいた方が良かったのではないかと思っている。
実際このような活動を幅広く平行して行うということが案外難しい。事実政治的な活動を期待しているような意見もあった。変に政治色の強い、妙な市民運動になっては、竹内氏が考えている本来の目的とは乖離するように思う。あまり間口を広げ過ぎても手が回りかねなくなるのではないかとの心配もある。名称をどうするかについても、それぞれ希望と思惑があるようでもある。「鎌倉『市民の会』」を提案された人もいたが、これでは鎌倉市民だけの会になってしまう恐れがある。
私自身も愚見を提言したが、あまりテーマを広げすぎると収拾がつかなくなるのではないかと懸念を述べ、文化的な分野に的を絞った方が良いのではないかと話した。今年世界遺産登録を目指している鎌倉の市民団体でもあり、世界遺産の件で協力することはできると話した。次回の打ち合わせまでに、もう少し具体的に考えを固めることが大切だと思う。
しかし、いずれにせよ言い出しっぺの竹内氏がイニシアチブを取り、先頭に立って文化的「鎌倉学会」をリードしていかなければならない。気苦労が多いと思うが、できる範囲で協力を惜しまないつもりだ。
さて、先週明治大学のセミナーで話があったが、松本清張著「日本の黒い霧」について登場人物の遺族(スパイ事件の伊藤律の子息)が出版元の文藝春秋に抗議し、文春から提示された和解案を受け入れたことについて、今日の朝日夕刊に記事が掲載された。文春側は重要な作品であり、出版取り止めはできないが、歴史的経緯や時代の制約を伝える注釈を付けるということを遺族に申し入れ、了解してもらった。その伊藤家に宛てた文藝春秋・村上和宏出版総局長名の文書コピーをセミナーでいただいたので、近日同書を読んで冤罪とも言える伊藤律スパイ事件についてよくよく考えてみたい。
2174.2013年4月26日(金) トルコについて目からウロコ
今日のJAPAN NOW観光情報協会主催の観光立国セミナーでは「トルコと日本」と題して、日本トルコ民間交流協会会長・石本寛治氏が豊富な資料を添えて話された。石本氏はかつてトルコに滞在され、帰国後も度々トルコを訪れては文化交流に力を尽くされ、トルコ外相から功労賞、駐トルコ日本大使より在外公館賞、日本の外務省より外務大臣賞等を授与され、両国の友好、親善、そして文化交流に多大の貢献をされた。
親日的といわれるトルコではあるが、ちょっと意外だったのは、①ヨーグルトとチューリップがトルコ原産であり、②人口の95%がイスラム教徒でありながらイスラム教を国教とは定めず、飲酒も禁じられていないことであり、③女性の参政権が1934年に定められ、その点では1945年に法制化された日本やフランスより遥かに先進国であることだった。
ヨーグルトについては、考えてもいなかった。というのは、中学生の頃父が勤めていた明治乳業が生産販売し、父からブルガリアの特産品であると聞いていたことや、1979年ブルガリアのプロブディフを訪れた時、宿泊ホテルの朝食のテーブル上に多種のブルガリア製ヨーグルトが提供されて流石に本場はすごいと感心し、その折現地の人々からも自分たちで作る家庭ヨーグルトの美味しさについても散々聞かされていたからである。
講演が終わってから石本氏に喫茶店でブルガリア人のトルコ人に対する、あまり好意的ではない感情について話したところ、初めて聴いたように受け取られたようだった。実は、ブルガリアの教育委員会の方々から、その昔オスマン・トルコ軍によってブルガリアが侵略された時、これを救ってくれたのがロシア軍で、以来ブルガリアでは親ロシア・反トルコが定着していると伺った。それを聴いたのは、まだ東西分裂の時代でブルガリアがソ連の衛星国だったせいもあるが、ブルガリア人のトルコに対する感情はあまり良くなかった。この点について石本氏はトルコ国内にも多くのブルガリア人がいるが、あまりそういう話は聞かないということだった。中にいると分る話と案外分らないことがあるものである。
さて、今日小中陽太郎さんから、平賀源内に関して雑誌「百味」5月号に書かれた軽妙洒脱な文章のコピーをメールで送っていただいた。嬉しいことにその中に私の野球好きに関して次のように紹介してくれている。
「さて両国駅である。行事が終わって、両国駅の駅舎内の居酒屋花の舞にうちそろってでかけた。入るなり世界遺産すべてを訪れたことで知られる近藤節夫氏が『おっと』と声をあげた。近藤氏は、少年時代、内房に住んでいて、後楽園に野球を見にくるのが何よりの楽しみ、総武線は両国駅が終点だった。ここで乗り換えて水道橋に行った、となつかしそう、それも道理で、ここがその駅舎であった」。
確かに内房の安房勝山町(現鋸南町)から毎年後楽園までプロ野球を観戦に出かけることを楽しみにしていたが、「世界遺産をすべて訪れた」との表現は誤解で少々戸惑った。世界遺産962ヶ所のうち、訪れたのはまだ166ヶ所にしか過ぎない。一生賭けても不可能でちょっと面映い。友人たちには訂正をお願いしてメール送信した。
2173.2013年4月25日(木) 日本政府「核の不使用」に署名せず、なぜだ?
10年前の今日大都市市街地再開発のさきがけとして、また文化の発信地としての「六本木ヒルズ」がオープンした。8年前にはJR西日本福知山線脱線事故により107名が亡くなった。そして1992年の今日「10代のカリスマ」と呼ばれたロック歌手、尾崎豊が26歳の若さで急逝し、今日の今日「大利根月夜」や「かえり船」のヒット曲を歌った懐かしの歌手、田端義夫さんが94歳で亡くなった。それぞれエポックメーキングなでき事に感慨を持つ人も多いことだろう。
しかし、何といっても今日最もショッキングなニュースは、2015年の核不拡散条約(NPT)再検討会議に向けてジュネーブで開かれている準備委員会で、昨日核兵器の非人道性をアピールした共同声明に、何と日本政府が署名しなかったことである。なぜだろう? 日本はこれまで核については、被爆体験や非核3原則もあり、核拒絶反応が強かった。それが、何かおかしい。
これまで日本は核開発に対して常に断固として反対の立場を取ってきた。それが世界で唯一、かつ初めて原爆被爆国となった日本の良心であり、世界各国に対する責任だった。世界もこうした日本の立場を理解し支持してくれた。それが今突如として、なぜこういう世界の良心に逆行する立場に立ったのか。田上富久・長崎市長と松井一実・広島市長は事前に現地入りしてジュネーブ軍縮会議日本政府代表部を訪れ、天野万利・特命全権大使に対して日本政府の賛同を要望していた。それが見事に裏切られ、被爆者から怒りの声が上がっている。日本政府代表部の前では核兵器廃絶を求めるNGOなどが抗議のデモを行っている。日本がなぜ署名しないのかと抗議する市民もいた。各界からも納得できないの声が上がっている。土山秀夫・元長崎大学長は、日本は世界の国々から核兵器廃絶の意思がないとみなされると危惧している。
ではなぜ、日本政府は世界、また日本国内の反対を承知のうえで核声明に署名しなかったのか。その理由がまったく分らない。政府は「『核兵器の非合法化』を求める内容が米国の核抑止力に依存する政策と合わない」として賛同しなかったと言っている。つまり共同声明に署名することは、アメリカの核の傘の考えと矛盾するということのようだ。国際平和や人類の破滅より日米安保を重く考えているのである。
最近右傾化発言がエスカレートしている安倍一家の番頭、菅義偉・官房長官は「わが国を取り巻く厳しい安全保障の状況を考えたときにふさわしい表現かどうか、慎重に検討した結果、賛同を見送った」とよく分らない言い回しで述べた。本音を言えば、日本の核保有の可能性は100%ないとは言えないぞと世界の核保有国に対して言っているのだ。この辺の事情は国民にはまったく説明せず、自民党議員だけで決定している。これは国民不在の最たるものではないか。一部の右翼系国会議員だけで判断する前にもう少し分りやすい情報公開と説明を、政府のスポークスマンが行うべきではないのか。このままでは国の安全に関して、ごく少数の自民党内の自称実力派?議員だけで国を危険な方向に誘導してしまうのではないかとの危惧を抱かざるを得ない。