充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
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2182.2013年5月4日(土) 憲法改正議論はこのままで良いのか。
昨日早朝から奈良から長男家族5人がやって来て、すぐに東京の田舎っぺが喜び巡る、JR東京駅丸の内駅舎と東京スカイツリーへ揃って出かけたが、何せ連休の真っ盛りのためスカイツリーが混んでいて、やっと夜8時にエレベーターの搭乗予約が取れたと言っていた。しかし、それが反って素晴らしい夜景を楽しむことができて小中学生の孫たちは大喜びである。今日も去年まで近所に住んでいた横浜の友だちへ会いに行くと言い、揃って車で出かけた。普段夫婦だけの所帯へ大勢で押しかけて来られるので、生活ペースがすっかり狂って眼の手術を終えたばかりの妻があれこれ気を遣うことは並ではない。孫たちが訪ねて来るのは大歓迎だが、身体をこわしはしないかという点だけが気になる。明日帰るというが、どっと疲れが出なければ良いがなぁと思っている。
さて、昨日のブログに書き込んだ憲法改正について、今日の朝刊に幾人かの有識者の意見が紹介されている。自民党の憲法改正志向、就中96条改正について概ね批判的である。
例えば、自身憲法改正論者と断ったうえで、小林節・慶大教授は現在自民党が取り組んでいる憲法96条の改正の条文、所謂国会議員の2/3以上の賛成が得られなければ、憲法改正はできないとの条項を1/2以上の賛成で改正できるよう変更しようとしていることに、憲法条文の中身ではなく、その改正のための手順を変えてまでして憲法改正のためのハードルを下げようとするのは、裏口入学のようなものだと手厳しい指摘をしている。
実際今までこういう裏の手順で行えば憲法改正が容易にできるとは思ってもみなかった。法律の隙間を突くような狡賢い戦法ではないか。外国にはこれまでに自国の憲法を改正した例がかなりある。改憲論者はこれをひとつの突破口にしている。だが、彼らの改正は本丸で憲法の基本的議論を戦わせたうえで改正されている。例えば、アメリカ憲法は過去に何度か改正されているが、それは正攻法の改憲論議の末に、国会議員の2/3以上の賛成を得て、その他に各州議会の3/4以上の賛成を得て初めて憲法改正が認められたものだ。入り口で手続きをいじくってハードルを下げるような阿漕な手段は取らない。
マス・メディアの考えも各社各様に異なる。元々右寄りだったサンケイと朝日では正反対であるし、最近右翼思想の見られる讀賣はサンケイに近い論調である。
それにしても安倍政権が昨年の衆議院選で過半数を得て、アベノミクスの好況によりとんとん拍子で右肩上がりとは申せ、いかにもことが性急過ぎるのではないか。今彼らの頭の中には、自分たちだけで新しい憲法を制定し、後世に名を残したいとの名誉欲が凝り固まっているようだ。それは、例えば憲法には国民投票の具体的な仕組みの規制がないことを良いことに、その手続きを定めた国民投票法をも投票年齢20歳から18歳に下げてしまおうと考えていることでも分る。戦争を知らない世代の投票を期待することによって、さらに改正をしやすくしようと考えているのだ。
今や何でもありの状態で、よほど気をつけないと国民が知らぬ間に騙されて徴兵され、戦場へ借り出されることが当たり前になる。そうなってからでは遅いと思うのだが・・・。
2181.2013年5月3日(金) 憲法記念日に憲法改正問題を考える。
今年のゴールデン・ウィーク後半初日の今日は憲法記念日である。最近になって例年になく改憲論議が喧しい。特に今年改憲論議が目立つのは、自民党内に安倍政権の右翼志向に沿って憲法改正へ布石を打ちたいとの願望が強いからである。しかし、憲法改正を唱える以上、憲法がわが国にとって最も重要な法律であり、国民的に広い分野から正々堂々意見を開陳してもらって議論を戦わせ、立法精神を損ねることなく改正論に挑んでもらいたい。
世論調査や各種のアンケート調査を見ても、確かに近年現行憲法を改正するべきだとの声が漸進的に高まっていることは事実のようだ。
だが、そこには2つの問題があると思う。ひとつは、改正への道筋として、正面から憲法改正に向き合い、その中身の改定を議論するのではなく、その入り口で憲法改正のために、96条で定められている国会議員の2/3以上の賛成が必要とされている法令を、何と1/2以上で佳しとする法令に変えて、姑息にもそのお墨付きを得た段階で、中身の改正を都合の良いようにやろうという腹積もりのように感じ取れることである。ざっくり言えば、国民投票も国会議員投票もその1/2以上で憲法を改正できるようにしてしまおうというのである。
もうひとつ問題なのは、戦後昭和22年に憲法が公布されてから、事情が少しずつ変わって軍隊を放棄した筈であるにも関わらず、自衛隊と名づけた軍隊が存在することと、最高裁から憲法違反と決め付けられた衆議院選挙区制度について、国民の間でこれら憲法違反について糾弾しようとの声がほとんど盛り上がらないことである。それは現状では国民が憲法を身近な問題として考えることもなく、憲法自体が遠い存在となってしまったからだと思う。
以上のように国民の間で憲法改正への世論が盛り上がってきたわけではなく、一部の国会議員らがアベノミクスに伴う経済好況を足がかりに一気に「軍事国家」「私利抑制・公利優先」「表現の自由抑制」等々をファッショ的にやってしまおうと考えているのではないか。この勢いには流石に良識的な右翼でさえ、腰を引いているような状態である。
これらの右翼急進的な動きが生まれてきた背景には、そのきっかけとして尖閣諸島問題や靖国神社参拝反対など中国による反日的行動があることは間違いない。しかし、自国の憲法はあくまで自国民が他国とは無関係に独自に議論し制定すべき問題である。その点で、現在のこじれた日中関係と芽を吹き出した右翼的言動は、極めて危険であり、新たな火種を灯しかねない。それを考えれば、政府がその流れに乗って自分たちの都合だけで改正論議を行うのではなく、国民の総意を受け入れ、「万機公論に決すべし」との考えに拠るべきではないだろうか。
2180.2013年5月2日(木) 幼馴染との細く長い交遊
日経新聞朝刊に「交遊抄」というコラムがある。一昨日の「交遊抄」の中で名を挙げられていたのは、一瞬小学校時代の同級生の弟のことではないかと思えた西宮市内の病院長についてで、元りそな銀行副社長がその医師としての実績と人生観を褒め称えている。この弟さんには小学生の時以来まったく会ったことがなく、ほんのちょっぴりイメージが浮かんでくるだけだが、友人から聞いた限りで推察するに弟さんに間違いないと睨み、早速彼にメール送信して尋ねたところ、やはりその通り友人の弟さんだと判った。元りそな銀行経営者が弟さんは救急救命活動に取り組み、酒も飲まずゴルフもやらず、新設病院で365日24時間診療体制を取っていると敬服して書いておられる。友人同様に弟さんも人間的に素晴らしい人のようだ。
友人とは終戦の年に房州の勝山国民学校に入学してから5年生の1学期終了までの4年半の間、2年間同じクラスだった。お互いに戦中戦後の貧しく落ち着かない時代に初等教育を受けたが、山野を駆け回り、海で泳ぎ、自由奔放に遊び呆けたことが懐かしい思い出として印象に残っている。彼は優秀で、珍しく姉、兄、妹、弟がいる5人兄妹の真ん中で、5人とも小さな町では傑出して目立ち、その秀才、才媛ぶりは申すまでもなく、その美男美女ぶりも知らない人がいなかったくらいである。今更ながら友人のご両親の家庭教育に敬服する次第である。
友人とは父親同士が大学の同窓という、半農半漁の田舎町にしては珍しく家庭環境が似ていたせいだろうか、親しく付き合い、途切れ途切れになりながらも今日まで友人として70年近くも永続的に交流を続けることができた。
私は父の転勤のため度々引越しと転校を重ねたが、幸い彼とは妙に気心が通じてこれまで細い糸を切ることなく文通を続けてこられた。彼と別れてから64年になるが、その間会ったのは彼が一橋大生時代に鵠沼のわが家に滞在した時、また私が彼の下宿先を訪ねた時、彼の住友商事ロンドン支店駐在時にロンドンの日本料理店「サントリー」で食事をした時、そして4年前の私の出版記念会とその直後に千葉市内で食事をした時だけの、たったの5回である。彼は商社マンとして忙しく世界を駆け回った一方で、私も同じように旅行業に携わりながら世界を旅した。お互いに多忙な中でも「蜘蛛の糸」はぷっつり切れることはなかった。稀なくらい珍しい交遊関係と言えるが、確かにハッピーな友人関係だと思う。今にして心から思う。よくぞ長きに亘ってわれわれの友情は保たれた・・・と。
それでも細くても固い友情の絆は結び、継続することができる。その気になればこそである。まめに手紙を書いたことが良かったと考えている。友人の思いやりに感謝しつつ、良き友に恵まれた幸せにひとりほくそ笑んでいる。夏には久しぶりにまた会おうと約束したところだ。
2179.2013年5月1日(水) 鎌倉は世界遺産に登録されず。
惜しいことと残念なことがそれぞれ1つずつあった。
惜しいこととは、今年世界遺産に登録がほぼ当確と見られていた古都・鎌倉が登録されないことがはっきりしたことである。4日前に「鎌倉学会」設立総会で、世界遺産登録はほぼ確実であると参会者の誰もが信じ、加えて元鎌倉副市長も国際記念物遺跡会議(イコモス)とのやりとりの中で可能性が極めて高いことを匂わせる発言をしていた。私も学会のために世界遺産に関して、情報収集、紹介等についてお手伝いできるということを竹内謙代表幹事に約束したところだ。
さらに、つい一昨日の日経紙には鎌倉の世界遺産登録が確実視されるかの期待を抱かせる7段の大きな記事が掲載されていた。曰く「鎌倉待ちわびる 世界遺産登録」とある。
今日のニュースを聞いて、ほかの学会員も今ごろ大分がっくりきているのではないだろうか。
鎌倉が不登録と勧告された根拠として、「武家の古都・鎌倉」は歴史的な重要性こそ説明されているが、①顕著な普遍的価値が証明されていない、②社寺はあるが、武家の権力を示す遺跡が少ない、③都市化の影響を無視できない、という点で世界遺産にそぐわないと明らかにされた。ここまで存在した制度と実態を抽象的な形にでも表現することを求められるとは思いも寄らなかった。鎌倉にも少々油断があったのではないだろうか。
他方、もうひとつの候補地である富士山は自然遺産としてではなく、文化遺産として登録されることになった。その名も「富士山と信仰・芸術の関連遺跡群」とされ、富士山が信仰の山であることと、葛飾北斎や歌川広重の浮世絵に見られるように文化的、芸術的な視点から捉えられていることが分る。いずれにしろ、富士山が日本の象徴であることが評価されたことは嬉しいことである。北原白秋作詞、山田耕筰作曲の母校・湘南高校校歌も♪秀麗の富士を 高く 西に仰ぐ この丘~♪と冒頭から富士山が唄われるように、在学中母校の図書館からよく富士を遠望したものである。
正式に決定されるのは6月だが、すでに富士山決定の号外が発行される有様である。これが新たな観光振興のさきがけとなれば、世界遺産さまさまというところだろうか。
残念なことは、2020年東京オリンピックの招致活動の一環としてニューヨークを訪れていた猪瀬直樹・東京都知事が、つい口をすべらせて「イスラム国はお互いにケンカばかりしている」とか、「トルコの人たちは長生きしたいなら争いのない日本へ来たらよい」等々、IOCが禁じている立候補都市を批判する発言をしてしまったことである。何とも軽率というか、無思慮というか、先ごろの知事選で最高得票を獲得した同じ人物とは思えないほどの大チョンボをやってしまった。今朝の新聞を見ても招致委員の中心人物がオウン・ゴールを蹴ってしまったと手厳しく非難している。
尤も猪瀬知事は元々自信家で不遜な言動で知られている。愛煙家である知事は、喫煙を個人の権利として当然と考え、周囲から嫌煙権について詰問されてもまったく意に介さず、傲慢過ぎるほど激しく自己主張を貫く人物である。
例えば講師を務めた東大で講義中にタバコを吸い、学生から注意されるや学生席は禁煙、自分の教壇周辺は喫煙席と開き直り、挙句の果てに反対なら授業を聞かずに出て行け、とその傲慢ぶりは周囲が呆れるほど徹底していた。こういう人物は周囲が見えなくなり、いつかはチョンボを犯すものだ。どうして、外国にまで東京のPRに出かけて顰蹙を買う言動をするのか、情けなく思う。オリンピックの他の立候補都市である、イスタンブールとマドリードから格別非難の声は上がっていないが、世界中に猪瀬バッシング、東京バッシングの声が渦巻くことは逃れようがない。これで東京オリンピック開催の期待はしぼむことになるだろう。しかし、これでは招致活動に励んでいる人たちに冷水を浴びせるものだ。猪瀬知事にはもう少し自覚を持って行動して欲しい。残念である。実に残念である。
2178.2013年4月30日(火) 北方4島返還をどう実現させるのか。
安倍首相が日本の総理大臣として10年ぶりにロシアを訪れ、昨日プーチン首相と会談した。日ロの間では現在も平和条約が締結されておらず、日ロ貿易、天然資源開発、シベリア開発等の経済的課題を抱える両国にとっては、将来を考えると一日も早く平和条約を締結したいところだ。
最大のネックは北方4島返還交渉だろう。日ロとも目の上のタンコブをできるだけ早く取り去り、懸案の問題を解決したいものだ。
しかし、現状は返還に向けた条件と周辺環境は年々厳しくなっている。近年ロシアは極東開発を進め、液化天然ガスの採掘を始めとして、4島には多額のインフラ投資を行い、同時に学校教育で4島がロシアのものであるということを徹底して教えている。これは韓国が義務教育で竹島を同じように韓国古来の領土と教え込んでいるのと同じである。
さらに返還交渉をより複雑にしているのは、現実に島にはロシアの人々が生活しているからである。尖閣諸島や竹島以上に、北方領土の領有権が日本にあることは明白であるが、住民が生活を築いていることが今後解決に向けて大きなハードルになりかねない。
ロシアとプーチン大統領の腹の内は分らないが、第2次大戦終戦前後に旧ソ連が強行した北方4島略奪のあくどい手練手管を考えると、彼らに簡単に日本へ4島を返還する気持ちがあるとも思えない。相当な取引条件を押し付けてくるのではないだろうか。お坊ちゃまの安倍首相にとって、百戦錬磨のプーチンをかわすテクニックがあるだろうか。ちょっと心配である。
と考えていたら、今日の日経夕刊に思いがけない記事が載っていた。それによるとプーチン大統領が、かねてから口にしていた「引き分けという解決方もある」ことを示唆したのか、過去に他国との領土問題で係争地の面積を等分する方式を採用した経緯について安倍首相に語ったとある。
ロシアには過去に中国との国境紛争でアムール川の中州を2分して解決したほかにも、ノルウェーと大陸棚の境界を等分した実績がある。昨日話したことがどこまで真実か不明だが、日経によれば4島のうち、総面積を等分して小島の歯舞、色丹と国後島、一番大きい択捉島の一部を日本に返還して解決を図る方式のようだ。今や膠着状態となった北方4島問題解決にはひとつのきっかけが必要だと思う。現状ではいつ解決できるのかまったく分からない。4島一括返還は理想だが、現状では難しいように思える。返還交渉に入るかどうかは別にして、この等分返還も考えてみる価値はあるが、相手はしたたかなロシアのことでもある。ロシアの本音がどこにあるのかしっかり見極めたうえで、検討することを視野に入れてみてはどうか。