ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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2207.2013年5月29日(水) アメリカへの渡航書類の申請

 寡聞にして知らなかったが、われわれが度々アメリカへ行っていた時代に比べて、最近のアメリカへの入国手続き方法が大分変わったようだ。アメリカへの入国査証を取得しなくても、アメリカへの入国手続き上簡便に入国するための申請手続きとしてESTA(Electronic System for Travel Authorization)という制度がある。昨日小田急トラベルからアメリカ本土ではなくグアムへ行くにしても、入国直前に書類へ記入するより、旅行前にこのESTAの「渡航認証許可」を申請し取得する方が問題なく入国できるので、予めESTAを申請、取得することをアドバイスされた。

 早速トライすることにした。アメリカ合衆国国家安全省が開いているホームページからPCで直接申請することができる。それには日本語版解説もあるので、案内に従い旅券番号、発効日、誕生日、住所、フライトとホテルなど個人旅行情報などを所定の用紙上に、付与された申請番号とともにタイプして手続きを進め、申請料金14$をVISAカードで支払う手続きを済ませた。しばらくして画面上に「申請状況」→「渡航認証許可」と表示される。これで手続き完了である。これをコピーして入国の際提示すれば楽に入国できるとのことである。IT化の時代になって随分申請手続きが進化したものである。最初のうちは少々戸惑ったが、トライしてみれば、これが今風なのかなと思う。今ではこういう風に誰でもがPCにより容易に必要書類を取得できるらしい。時代が移って変われば変わるものである。

 さて、先日世界最高齢の80歳でエベレスト登頂に成功した三浦雄一郎さんが今日疲れきって羽田へ帰ってきた。世界の屋根へ辿り着いた時は元気いっぱいだったが、下りでは疲労困憊だったようで、流石にほっとしたのか、「下りの疲れが過去2回よりもこたえた。精魂尽き果てた。のんびり休みたい」と正直な感想を漏らされた。そんなニュースの中で三浦さんより1歳年長のネパール人の登山家が再び三浦さんの世界最高齢記録を破らんとエベレストを目指していたが、昨日断念してヘリコプターで下った。やはり高齢になるとちょっとしたことで体調が崩れたりするものだ。

 一方、66歳の日本人女性登山家が8000m級のダウラギリⅠ峰を目指していたが、悲しいことに遭難したようだ。彼女は過去にエベレストに登り、世界7大陸最高峰も征服した本格的なアルピニストで、今度のダウラギリの前にも三浦さんから一緒にエベレストへ登ろうと声をかけられていたそうだ。それぞれ悲喜こもごもである。

 そんな中で、国内でも山中で行方不明騒ぎがあった。学校行事として団体行動中の大阪の私立小6年生の男女2人が滋賀県の山で行方不明になって心配され、大掛かりな捜索を行っていた。幸い昨日2人は山中で1晩過ごした後に自力で山から下ってきて周囲をほっとさせた。これは完全に学校側の管理及び指導ミスである。

 登山は他のスポーツと異なり、変化の激しい気象の下で自分の健康と体力を試す一面があり、自らを律する判断力とともに、自然の摂理を知ったうえで自らの出処進退を決めなければならない。それだけに天地を知る能力がないと思わぬ失敗をするものだ。世界的アルピニストにして然りである。況や小学校のハイキングで遭難騒ぎを起こすなぞ、学校側の案内と判断は極めて軽率で不注意のそしりは免れない。この私立校は教育者として気の緩みがあったのではないかと感じている。

 さて今日徳島県の見知らぬ方からお葉書をいただいた。安原譲治さんと仰る方で、お父上の久雄さんとは40年近いお付き合いだった。その安原久雄さんが昨年6月長年住んでいたベルギーの首都ブリュッセルで亡くなり、その遺品の住所録に私の名と住所が書き込まれていたので、父親の死亡を親切にも知らせてくれたものだ。すでに昨年安原さんのご逝去は別の知人から伺っていたが、わざわざお知らせいただき恐縮している。安原さんとは楽しいお付き合いだった。

 かつて安原さんはブリュッセル交響楽団の常任指揮者を務めていた大野和士氏とブリュッセル市内の理髪店で偶々一緒になったので、雑談を交わしたと連絡があった時に、大野氏は私の高校の後輩だと伝えたところ、今度会ったら話してみると知らせてくれた直後に、大野氏がリヨン交響楽団常任指揮者へ転出されベルギーを離れてしまい、会うことができなくなったと残念がっていたことが思い出される。

 安原さんのご冥福を心よりお祈りしたい。

2013年5月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2206.2013年5月28日(火) 東海村でも放射能漏れ

 原発が想定外の事故を引き起こすケースが最近目立って増えているが、一昨日公表された茨城県東海村にある原子核素粒子実験施設の事故の対応には呆れた。何でも放射能物質が漏れ、33名の研究者らが被爆していたことが分ったのである。事故と気づいた後でも関係者の認識は甘かったとされている。原子力規制委員会は「放射性物質に対する適切な管理ができておらず、安全文化の欠如が見られる」と厳しく指摘した。まったく無神経とか杜撰としか言いようのない対応である。

 先に東電福島第1原発事故で、東電が事実をひた隠しにして厳しい批判を浴びたばかりであるが、こういう微妙で危険を孕む事象について関係者の認識があまりにも甘いと言わざるを得ない。大小含めて後から後から明らかになる原発事故は、突き詰めると安全に対する考えが大甘であることに起因している。安全の基準さえクリアできればと言うが、そんな物はないと言いたい。原発を止めることが最高の安全である。にも関わらず、国民の不安に目をつぶり、国は何とかして原発を稼動させようとする。完全に原発事故を根絶できる理論も技術も見出せないのに、「安全」と妄信して再稼動へ舵を切ろうとする。万が一最終的に日本国内で不可能であっても海外に原発施設を建設して「原発技術」を死蔵させまいと密かに動いている。

 「原発神話」に取り付かれた原発亡者は、ただまっしぐらに幻の「原発安全」の道を突き進む。政府も何とかして原発稼動を前進させようとない袖を振る。しかし、こんな危険なものはない。それをなぜ止めることができないのか。しかも、排出される使用済み核燃料の処分方法さえ考えられていない。

 来月2日亀戸で朝日新聞社会部OB会が開催する原発に関するセミナーに参加する予定である。著名な元記者からどんな卓見を聞けるだろうか、期待している。

2013年5月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2205.2013年5月27日(月) 今年も日本ペンクラブ総会は大荒れ

 今日の日本ペンクラブ総会は紛糾した。昨年も一昨年9月の国際ペン大会の収支決算書が不明瞭ということから大もめにもめたが、今日は他にいろいろな問題が絡んでそれ以上にもめた。その場でじっと我慢しているのがちょっと辛かった。

 今年の総会は4月1日にこれまでの社団法人から一般社団法人に変わったことも紛糾に影響している。冒頭に最前列に座っていた直木賞作家の三好徹氏が、総会成立の用件として委任状提出者の被委任者が総会議長となっているが、その氏名が判明しないまま賛同者に加えるのはおかしいし、これは総会を成立させる要件にならないと異議を申し立てた。後は議事進行を求める会員と総会無効を主張する会員の間で、議長も右往左往というていたらくだった。結局議事は進められたが、その途中で小中陽太郎さんが議長不信任案の緊急動議を提出し、その賛否を問う荒れた総会となってしまった。

 私も個人的には意見があったが、申し述べる機会もなく、動議については小中さんに同調せざるを得なかったが、結局その動議は通らなかった。気の毒だったのは、親しい常務理事の大原雄さんが理事を辞めざるを得なくなったことである。あれだけ熱心に電子文藝館委員長として貢献しながら、辞めなければならない。この後、誰が大原さんの仕事を引き継いで、きちんと電子書籍関連の業務をやっていけるだろうか。

 浅田次郎会長、吉岡忍専務理事ら執行部とほかの理事との間で考え方に大分食い違いが見られることが今日の総会で明白になった。阿刀田高・前会長が裁判をやるならやったら良いといった捨て科白も出たりしてどうも穏やかではなかった。

 今日は総会後のパーティには出ず、小中、大原、須藤氏ら執行部批判派と一緒に有楽町傍のビアホールで、大原さんを慰労し、2年後の役員改選に向けて簡単な雑談をして鬱憤晴らしをしたが、どうも後味が良くない。

2013年5月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2204.2013年5月26日(日) 死海を懐かしみチャスラフスカさんを想う。

 大相撲夏場所は今日千秋楽となったが、相変わらず横綱白鵬の強さが群を抜いて、25回目の優勝を春場所に続く10回目の全勝で飾った。最後三役の取り組みの前に控えに構えていた大関稀勢の里の直ぐ背後に、何と森喜朗元首相が座っているではないか。先の火曜日にトラック島取材旅行の件で事務所に電話した時には海外出張中と言っておられたので、恐らく帰国したばかりなのだろう。来月初めにはまたアフリカへお出かけと聞いているので、国会議員を辞められても中々お忙しそうだ。そのトラック島旅行について今日大酋長の娘、ナンシーさんに旅程と依頼事項を書き送ったところだ。

 さて、今朝の日経紙に気になる2つのトピックスが掲載されていた。ひとつは、「縮む死海・悩む観光」との見出しで、中見出しには「毎年1~1.5㍍水位低下、海水注入案も」、「周辺国、対立超え連携なるか」と深刻な事情を取り上げている。昨年6月に死海を訪れ、塩水の中に身体を浸かって浮遊体験をしたが、確かに不思議な体験でそれはあまり味わえない得がたいものだった。実際に体験してみないとこういう不思議な感覚は中々分らないと思う。その時現地で死海は形が少しずつ変わっていると聞いた。記事によれば、かつては1つの湖だったものが、今では2つに分離しかけているという。元々海抜が-420㍍と地球上で最も低い場所にある湖で、降雨量が少なくその水分が蒸発するため塩分濃度は30%と言われている。

 今では死海の水位は年々1~1.5㍍も低下して過去20年間に25㍍以上も低下した。死海の恩恵により周辺は観光地として潤ってきたが、今や必ずしもその恩恵に浴さなくなった。沿岸のホテルが水位低下のため沿岸とは程遠くなり、宿泊客に死海に接してもらうために無料バスで沿岸までお客を運んでいるようなケースもある。

 その原因として自然現象の他に、企業が沿岸に工場を建て取水量を増やしたことが水位低下に拍車をかけた。とても観光業界だけの努力ではこの逼迫した事態を解決できるはずもなく、両岸のイスラエル、ヨルダン両国による根本的な死海救済対策が急がれている。

 もうひとつのトピックは、「ひと言の余韻」という連載エッセイでノンフィクション作家の後藤正治氏が「節義のために」と題して書いた、チェコの名花と言われたベラ・チャスラフスカさんの近況である。東京、メキシコ両オリンピックで体操女子総合優勝を飾ったベラさんは日本人の間に人気が高く、大会でも大きな話題をさらった。実力はもちろん、美人でスタイルが良く、笑顔が良かったことが人気の秘密だったが、オリンピック直後に男子400㍍の代表選手だったオドロジル氏と結婚して話題となった。その後ベラさんは、1968年の「プラハの春」事件で「2千語宣言」に署名して自らの信念を貫き、ソ連支配の当時の共産党体制に抵抗したことにより、以後不遇を囲った。私自身この「プラハの春」で、当時のチェコ・スロバキアへの留学を諦めざるを得なくなった苦い思い出がある。その後4回ばかりチェコを訪れたが、留学断念の哀しいメモリーと、プラハの美しい風景と雰囲気は格別印象に残っている。

 後藤氏のエッセイでは信念の人としてベラさんを描いているが、その後別れた夫が酒場で息子ともみ合った末に息子に突き倒され死亡するという悲劇が襲い、ベラさんは鬱病となり長らく療養所暮らしを送っていた。この衝撃的な息子の元夫殺害事件は初めて知った。ベラさんがプラハ市内の一等地にボヘミアン・グラス店を経営していた時に、私も店内へ入ってみたが会えなかった。

 東京オリンピックから随分時間が経ったが、ベラさんの素敵な笑顔と容姿は今でも多くの日本人の心に焼き付いていると思う。人生に紆余曲折はつきものだが、前半生が華やかな人だっただけ、また信念の人であっただけに、お気の毒で仕方がない。

 スメタナの名曲「モルダウ」のイメージがぴったりの、プラハを流れるモルダウ川から見るプラハ城の景観がまぶしい百塔の街を思い浮かべながら、かつてのヒロイン、ベラ・チャスラフスカさんの回復を心よりお祈りしたい。

2013年5月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2203.2013年5月25日(土) 橋下発言のおとしどころは?

 橋下徹「日本維新の会」共同代表が頑なに放言を撤回しないと強気の姿勢を押し通していたが、ついにアメリカとアメリカ人に謝罪し、発言を撤回すると述べた。つまり沖縄米軍司令官に風俗業活用を働きかけたとの非常識な発言を撤回し、米軍と米国民にお詫びすると釈明したのである。だが、一方で肝心な従軍慰安婦発言については撤回する意思がなく、相変わらず「戦場の性の問題をタブー視していたら女性の人権は守られない」とピントのボケた持論を展開している。

 ところで、今日小中陽太郎さんの「翔べよ 源内」の最終講義終了後、懇親会で「降る雪や明治は遠くなりにけり」で知られる俳人・中村草田男の娘さん、中村弓子・前御茶ノ水女子大教授と話した折りに、彼女が橋下発言を厳しく批判し、昨日二人の韓国人元従軍慰安婦の橋下氏との会見ドタキャンについて、会見が橋下氏の政治的立場を結果的に有利に導くことになりかねないので、反ってキャンセルは良かったと言われた。更にこの騒動で憲法改正の動きが頓挫して改正が難しくなるのではないかと喜んでおられた。まだまだ憲法問題に決着がついたわけではなく、また自民党や「日本維新の会」もそう簡単には諦めるとは思えないが、着々と準備を進めつつあった運動がトーンダウンすることは思いがけない福音だ。

 今日もう1人具体的な話を交わしたのは、アジアを歩いてドキュメントを書き、著書「ビルマとミャンマーのあいだ」をいただいたことがある瀬川正仁さんだ。NHK・BS旅番組取材のために瀬川さんが近々ミクロネシアへ取材に出かけ、トラック島にも行かれるという話だったので、私がトラック島から帰ってから情報を提供することを約束した。

 さて、橋下発言撤回のニュースにやれやれと思っていたところ、今日の日経夕刊に「米軍で性暴力深刻」との記事が掲載された。橋下もひどいが、アメリカも偉そうなことを言っている割に、やっていることはろくなものじゃない。これでは橋下発言を世間に認めさせ、ただ勢いづかせるだけではないのか。米軍も綱紀粛正に取り組む必要がある。

 こうなると何ともはや、情けないというより、本音と建前の使い分けなんて奇妙な考えが浮かび上がってこないとも限らない。

2013年5月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com