充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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2212.2013年6月3日(月) 国は脱原発のフリをしながら原発推進を画策か?
原発政策というのがどうにも分り難い。国民が原発について深く知り理解することが歓迎されないのだろうか。厳しく言えば政府の策略とでも呼ぶべきだろうか、政府の真意は原発再稼動だろう。それにしても国は国民を惑わすことばかり考えている。昨日朝日OB記者のセミナーで、世論と国の原発政策の間に乖離があると聞かされ、なるほどと思っていたが、この原因はその分り難いマジックに翻弄されているからだろうか。
国民世論は、福島第一原発事故発生前には原発容認・賛成の声が50%を上回っていた。それが事故後の2011年12月には生々しい放射能汚染の実態を知った反対派の数が57%に上がり、それに対して賛成派が30%に減じて原発反対は賛成の2倍になった。ただ、ほとぼりが冷めると再び原発賛成の声が高まるのは、アメリカのスリーマイル島事故やチェルノブイリ事故のように外国事故の例を見るまでもなく、楽観は禁物である。
わが国では福島事故の処理が未だ終了しておらず、いつすべての処理作業が完了するのか分らない時に、条件付きながら再稼動が叫ばれたり、昨年大飯原発が再稼動されたように、静かに原発再稼動へのレールが整備されつつある。
先月末本ブログに、アベノミクスの成長戦略に原発を活用されることが組み込まれるようだと書き込んだが、政府はしたたかで国民の目が届かないところでは安全基準云々どころか原発再稼動が既定路線となっている。この動きをどうやって食い止められるかが今後の大きな課題である。
さて、残念ながら原発を容認し、引き続いて国の政策として原発政策が推進されるものと思いきや、今朝の朝日社説に、一読して脱原発政策を思わせるような、昨日の元朝日記者が願っていた内容が掲載されていた。タイトルは「廃炉促進へ専門機関を」というものであるが、実は中身をよく読んでみてもこれが中々分り難い。「できるだけ早く、原発に頼らないエネルギー社会をつくる。福島の原発事故を経験して多くの人たちがその思いを強くした」とある。大体この主語が何なのか判然としない。主語が国民とするなら、正にその通りである。それなら何故このようなタイトルを敢えて取り上げたのか。よく分らないのは、これが政府主導の動きだからである。経産省が廃炉を促す環境づくりに乗り出したそうだ。経産省は反国民的な原発推進を謳っていたのではなかったか。
突然社説のように、原発の廃炉について論じられてもこれを読んだ読者、国民はあまりぴんと来ないのではないだろうか。まず、社説が言うように、強く放射能汚染された構造物や使用済み核燃料の処分には時間と莫大な費用がかかる。それを手助けするために経産省が廃炉を促す環境づくりに乗り出すということからして素直には信じがたい。
実際イギリスには「原子力廃止措置機関 (NDA)」という原子力関連施設の解体にともなう政策や監視体制を一元化した組織がある。わが国の処理は一体どうするのかと電力大手会社に問いかけまでしている。
どうも分らない。一体全体わが国は原発稼動の道を歩むのか、或いは脱原発道を選ぶのか。政府、経産省、電力会社、大企業、関係機関等々が寄ってたかって国民を煙に巻いた隙に、原発稼動へ導くよう画策しているようにしか思えないが、穿った見方だろうか。
さて、一昨日から横浜で開かれていた第5回アフリカ開発会議が今日横浜宣言を採択して閉幕した。会議の内容はともかく、中国にアフリカ市場を奪われた形になっている現状を何とか支援、投資を通して日本の存在感を訴えようとするものだ。驚いたのは、会議の後行われた共同記者会見出席者の中央に座しているのが安倍首相とエチオピア首相だったが、安倍首相の隣に見慣れた森喜朗元首相が席を占めていたことである。国会議員を辞めても中々元気に活躍しておられる。
先週森事務所に尋ねた時、アフリカに行くので忙しいという話だった。それは私の思い違いで、森元首相はこのアフリカ会議で忙しかったのだ。3日後にトラック島へ出かけるので、その前にお会いすることはできないが、帰ったらできるだけ早い機会に森さんにお会いしてトラックの近況をご報告したいと思っている。
2211.2013年6月2日(日) 朝日新聞社会部記者OB会で質疑
朝日新聞社会部OB十日会の市民講座の案内を幹事の川上湛永さんからいただき、楽しみに会場の亀戸カメリアプラザへ出かけた。この市民講座には以前にも2度ばかり参加したことがあるが、今日のテーマは「原発と新聞」と銘打ち、川上さんの司会の下に現役の上丸(じょうまる)洋一・編集委員、OB記者の谷久光・元企画報道室長、と柴田鉄治・元科学部長の3人がスピーチをされた。
それぞれ朝日新聞社内で相当のポジションに就いた記者らで、それなりに頷けるところがあり、説得力もある。彼らなりに世論と国の政策の乖離に自分たちの力が充分伝わっていないと悩んでいるのが朝日記者らしいと感じた。メディアとしてその職責を果たしてきたか、世論を伝えるメディアがその世論と国の政策の間でもがいていること、記者クラブ制度の異常さ、メディアとしてしっかり原発事故の真実を伝えているか、等々について3人が口々に考えを述べた。
スピーカーの中に前回も出席された柴田氏がおられたので、話を聴けることを楽しみにしていた。やはり、自身科学者であるだけに原子力開発の歴史、東日本大震災以後のメディアの対応についてロジカルに説明された。海外特派員時代にそのリポートをよく読んだ記憶のある方だ。
柴田氏は「原子力報道失敗の歴史」として、5つの失敗の例を挙げたが、特に強調していたのは、福島第1原発の事故について、これだけの大事故を起こしていながら加害者が誰1人として責任を取っていないと厳しく批判されたことである。
最後に質問時間を設けてくれたので、世論と政策の乖離について最初に質問をした。また取材現場と真実の情報との観点から、記者が現場を歩かずに報道する傾向があるのではないかと、私自身のリスキーだったヨルダン軍による身柄拘束事件や、カイバル峠を訪れて初めて感じたニューヨーク同時多発事件の予感やチベット騒乱事件発生の予感などの体験話を交えて疑問を呈したことに対して、朝刊の連載記事「原発とメディア」を執筆していた上丸編集委員は、質問に対して朝日も世界各地に多くの特派員を派遣しており、それは新聞にも書かれているので分ると思うし、自分たちは現場を歩いて取材していると応えられた。本当か? 私には必ずしもそうは感じられない。彼ら特派員の記事は確かに現地からの生の報道ではあるが、必ずしも嗅覚鋭い臨場感のある、そこにいるからこそニュースソースを探り臨場感のある記事をスクープできたと言えるものではない。上丸氏は何か大きな勘違いをされているように思えてならない。特派員が駐在都市から記事を書き送るのはむしろ当たり前で、それが現場を歩いているということにはならない。上丸氏の回答は私の意図する質問から大分的外れである。自分は臨場感のある記事を書いていると言わんばかりで、どうも上から目線的な発言だと感じた。私の質問の意図が充分に分っていただけないようで、よほど再質問しようかと考えたが、時間制限や、他に質問者もいたので食い下がるのは止めた。ちょっと残念だった。やはり朝日記者としてのプライドが邪魔して空気も質問の意図も読めないのではないかと思った。
しかし、社内で事故後に、いろいろな悩みや葛藤の中で朝日として原発に反対する姿勢を貫き、その一部を今日3時間半以上に亘って開陳してくれたことには敬意を表したいと思う。読売、日経、産経などがどちらかと言えば原発賛成であるのに対して、朝日は毎日、東京とともに反原発の立場を主張することを誇らしげに話していたことが頼もしく感じられた。
2210.2013年6月1日(土) NPOで「世界遺産」の講師を務める。
3年ぶりに「吉祥寺村立雑学大学」の講師を務めた。今日が多分4度目の講義に当るのではないかと思う。テーマは世界遺産を見学した体験から私なりの個人的な見方と体験談を「世界遺産166ヶ所の旅~意外な隠れ話~」と題して、5分間の休憩を挟んでちょうど2時間お話した。これだけゆったりと時間をいただけると有難い。一応自分の話したいことは話せたと思う。いつもながらにパワーポイントのスライドも要領良くまとめて作り上げることができたと思っている。約30人の聴講者は数人を除きほとんどが年配者だったが、嬉しいことに皆さん熱心に耳を傾けてくれた。
世界遺産はガイドブックを見てただ憧れるというのではなく、実際現地を訪れて世界遺産の前に立ち世界遺産が醸しだす空気に触れてみることが大切だと強く訴えたつもりである。
今日は時間一杯聴講者を飽きさせることなく気持ち良く話をすることができて、まずまず満足している。
今日初めて名刺を交換した方の中には、朝比奈美地さん(芸名美地)、芳野健二氏、円充寺住職・市川妙英さん、北原邦雄氏がおられて、その後の食事などを含めて話し合うことができた。
中でも朝比奈さんは歌手として今月4回もコンサートを企画している多忙な人で、明日のコンサートの準備もあり今日も休憩後に中座された。特に障碍者を対象にしたコンサートの機会を持っておられるようだ。今年10月にはベトナムで開催されるジャパン・フェスタに出演するので、ベトナムの話を聞かせて欲しいとの要望を承った。できるだけ協力して差し上げたい。
芳野氏は昭和38年に京都大学を出て当時の富士製鉄へ入られたそうだが、かなり海外へ出かけられて氏独特の楽しい世界旅行地図を作成されているのを見せてもらい、その発想とアイディアにはつくづく感心した。私も訪れたことのないエクアドル、モロッコなども訪れている。大学で同じクラスに在籍し富士製鉄へ入社した野村定彦くんとは同期入社員としてよく知っていると話してくれた。残念ながらゴルフの達人で慶應高時代はいくつかのタイトルホールダーだったその野村くんは、気の毒にも10年以上前に病のため亡くなった。
市川住職さんは、日蓮宗の末寺の住職として毎週お寺で法話を話されていると言っておられた。尼さんであるが、綺麗に剃髪され、その頭の形が良いと雑学大学顧問の三上卓治さんが話しておられた。だが、そう仰る三上さんの頭形も中々捨てたものではないと話してあげた。
北原氏はわれわれが学生時代に経済学部助教授で切れ者と言われた北原勇先生の実兄と伺っていたが、われわれの13年先輩に当られるというから85歳くらいになるだろうか。中々如才のない方で、今年ブラジルに行ってみたいと仰っていたが、驚いたことには虫歯が1本もないということだった。失礼ながらよく見たら金歯が見えたので、80歳を超えて1本もないというのは本当だろうか?
講義は別にしてその後食事をともにしながら当たり障りのない雑談をしたが、それが反って印象に残っている。
今日は下腹部の痛みも大分治まって、気分的には大分すっきりしてきた。
2209.2013年5月31日(金) 自分の都合だけを優先する政治家
昨日内科へ行き薬処方で済ませていた腹痛だが、夜中の午前1時半ごろになって急に下腹部が痛み出し、我慢できずにトイレへ駆け込んだが排便がない。それではと「トンプク」剤を呑んで再び床に就いたが、それでも5時半ごろにまた目を覚ました。再びトイレに入ったが便意がなく、原因が分らない。ただ、昨日朝食後に排便してからまったく便意を催さないこと、つまり便秘状態にあることが下腹部の痛みの原因ではないかと、朝食後に排便できたのでほっとして、もう一度診断してもらおうと森内科へ出かけてみた。
聴診器で診てもらった森先生のお話では、特別悪いようには思えず、便秘状態で排便しないことから下腹部が痛むのではないかとの診断で、酸化マグネシウムとアローゼン顆粒をいただき、これまでいただいた薬に加えて今日から新しい薬を服用することになった。
これで8種類の薬を呑むことになったが、こんなことは初めてだし、今回のような痛みを味わうのも初めてである。あと半年で後期高齢者になる。何とか光輝高齢者ならんと努めてきたが、中々思うようにいかないものだ。
もうひとつ昨日の続きがある。怪しげな安倍政権の原発稼動固執について、今朝の朝日はトップ記事でアベノミクスの成長戦略に原発を活用することが組み込まれると伝えている。6月にまとめる成長戦略の素案に、原発再稼動に向けて「政府一丸となって最大限取り組む」という。第一原発事故以来脱原発を求める声は強いが、アベノミクスには原発が欠かせないと判断したようだ。
昨年8月政府の討論型世論調査で「2030年に原発ゼロ」支持が半数近くで最多だった。これを受けて野田政権は「30年代に原発ゼロを目指す」との戦略をまとめた。政権が代れば、かくも簡単に約束事を無視し、それを誰も反省しようともしない。昨日新聞全面広告に福島県が原発反対と訴えたり、相変わらず東海村で不注意な事故が伝えられる中で、危険な原発を稼動させるような大事な決断をこうもやすやすと方針転換するのは裏切りというか、まったく国民のことを考えていない所業である。自民党は先の総選挙の選挙公約の中で、再稼動は安全管理を前提に3年以内に判断するとも述べた。3年どころか僅か半年ではないか。
政治家のおかしな言動と市議会の猿芝居は橋下徹・大阪市長に対する問責決議案の提出にも見られた。野党の自民党以下3党が提出した問責決議案が否決された。これとは別に公明党が提出した同じ内容の「政治的責任を自覚した言動を強く求める」提出案も否決された。何のことはない。内容だけを取り上げれば、まったく同じものを体裁を変えて提出したに過ぎない。これでは問責案が可決されたに等しいと言ってもいい。こんな姑息な手段を弄して、自分たちの立場の正当性を主張しているのだ。これほど不真面目で大阪市民を舐めた問責、擬似問責提出案があるだろうか。街頭インタビューに応えてある市民が言っていた。結局市会議員たちは自分たちの選挙のことしか考えていないと。
こうして、政治は国も地方もますます劣化していくのだ。
2208.2013年5月30日(木) 困った! 腹痛再発
昨日関東地方は梅雨入りした。これまでで3番目に早い入梅である。つい先日は北海道で桜が満開になったと伝えられた。どうも天候が変わりやすく、これでは天候に左右される農家は大変だと思う。
さて、2週間ばかり前に5人目の孫の誕生に合わせて新潟市へ行った時に少々下腹部に痛みを感じて帰郷直後に近くの森内科で超音波検査をして診てもらったところ、あまり心配することもないとの診断で内服薬をもらった。その後痛みが消えたので、気にも留めなかったが、今朝明け方から同じような痛みを感じるようになった。来月初旬にトラック島への旅行を控えているので、ちょっと心配になり、再び森内科へ出かけた。森先生のお見立てで、食事面で気をつけるようにとアドバイスをいただき、また薬をいただいてきた。脂っこいものを取らずにボリュームも控え気味の食事を取ることと、薬で様子を見ることになるが、このまま快方に向かってくれないと私自身も落胆するが、折角トラック島で待っていてくれる故アイザワ酋長の娘さんをがっかりさせることにもなる。こればかりはひたすら痛みが退くのを待つより術はないのだろうが、原因がはっきりしないだけにどうも気分的に優れない。
閑話休題。今インドからシン首相が来日中で昨日も安倍首相との首脳会談の後共同声明を発表した。伸び行くインド市場をターゲットに各国がアプローチを行い、今ではインド市場は先進各国の草刈場となっている。特に、原発と鉄道マーケットが海外から注目されている。
この中で原発の輸出が最も注目度が高いが、何だか妙な感じである。福島原発事故の後でもあり、その日本が安全な原発と宣言して途上国に売り込むのが奇妙な印象を与える。日本としては、福島事故は福島原発自体の事故ではなく地震と津波の自然災害によるものだと言いたいだろうし、事故が反って原発に対する安全面の研究や注意に目を向けることになったと都合の良い説得で、インドへトップ・セールスをかけている。
実はインドへの原発輸出は別の点で問題なのだ。インドは原発保有国である。1970年世界的に核を抑止しようとの世界的な声の中で、核拡散防止条約(NPT)が発効した。被爆国として当然日本は加盟しているが、これにインドは加盟していない。核兵器を保有するインドがNPTに加盟していない現状で、NPT未加盟国と技術の平和利用を国家間で約束する原子力協定を結ぶことに日本国内でも反対する声が多い。これを見ても安倍政権の原発再稼動を急ぐ原子力政策の本音が透けて見える。安部政権の政策を今後も注意深く注視する必要がある。