ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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2227.2013年6月18日(火) 小選挙区制・選挙制度改革から早や20年

 トラック島旅行でバタバタして、今日3週間ぶりに駒沢大公開講座に出席した。

 冒頭20年前の今日はどんな日だったか覚えていますかというのが、菱山郁朗講師の問いだった。ところが20年前に何があったのか、とんと思い出せない。

 答は1993年の今日、6月18日、衆議院で宮沢内閣不信任案が可決され、宮沢喜一首相は衆議院を解散したのである。55年以来安定政権を維持していた自民党は、この解散により派閥抗争による内紛が表面化して分裂し、自民党政権に取って代わって細川連立政権が誕生した。細川新内閣はそれまでの中選挙区制度を廃止して小選挙区比例代表並立制を導入する公職選挙法改正を提出し、可決成立したのである。

 つまり20年前の今日、現在の小選挙区制がスタート地点に立ったのである。今小選挙区制について賛否両論が喧しく語られている。しかし、それらは残念ながらいずれも党利党略ばかりが絡んで、決して建設的な意見ではない。

 小選挙区制度の導入によって政権交代が容易にできるというのが一番説得力のある言葉であるが、ふわふわした人気だけに支えられて政権を握ったところで、必ずしも政権政党たるに相応しい力が備わっているわけではない。その後の政党のあり方を見てみても、反って政治が劣化しているのではないかという気さえしている。現実には政治家が自分たちで一旦決めたことや、約束事を守れないというのがあまりにも悲しい実態である。

 約束を守らない政治家が増えたことは間違いない。例えば、自民党では一度は世襲議員制度について抑制し、国民から批判を受けない範囲内で世襲制とは受け取られない選挙区の鞍替えを検討したが、それもいつの間にやら撤回して、堂々と息子が父親の現職地盤を世襲したり、小泉首相時代に70歳の定年制を敷き、抵抗を受けながらも実行してきたにも関わらず、7月の参議院選挙では元の木阿弥でオーバー70歳の候補者が党の公認を受ける有様である。

 そんな卑近なことはともかくとして、少々自分たちにとって不都合だと知るや、いとも簡単に小選挙区制度の悪い点ばかりを挙げて、20年前に自分たちが決めた公職選挙法を再び元の中選挙区制度に戻そうと考えるいびつな頭の構造が問題である。

 所詮小選挙区制度か、中選挙区制度かの本質的な議論より、自分たちにとって都合の良い選挙制度はどちらかという打算だけで議論しているように思えて仕方がない。やはり政治は間違いなく劣化している。

2013年6月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2226.2013年6月17日(月) G8サミットの安倍首相、立ち位置に注目

 めっきり暑くなってきた。西日本の都市の一部ではこのところ連日のように真夏日が続いている。これから本格的な夏へ向かうことを考えるとちょっとうんざりである。トラック島から帰ってきた時にはあまり気にならなかったが、灼熱の太陽の下でトラック環礁を水曜島へボートで渡って行った際日焼けした腕が、昨日辺りから皮が剝けだしちょっと気になるようになった。今日近くの文具店のオヤジに随分日焼けしていますねと言われたが、実際腕は大分派手に皮膚が剝けて汚らしい肌となった。こんなことは久しぶりだ。

 ついては、佐々木信也さんと連絡を取り、来週月曜日に新宿のハイアット・リージェンシーでお会いして執筆中の拙著のトラック島アイザワ酋長に関してナンシーさん家族や墓参りの話などを報告がてら、ユニオンズ時代の酋長について改めて裏話を伺うことになった。

 さて、アベノミクスのPRがてら北アイルランドのリゾート地・ロックアーンで開催されるG8首脳会議に出席のため、安倍首相はポーランド経由で首都ベルファスト入りした。ここは20世紀後半になってカトリックとプロテスタントの間で激しい宗教闘争が起こり、街が暴徒に占領されかかったことがある。

 さて、今朝エンターテイメント番組を観ていたら奇抜な話題を取り上げていた。一人ひとりが各国のトップ政治家である首脳会議と記念写真撮りの立ち位置について、G8に詳しい専門家が説明していた。中心(中央部)に主催国の首脳、そして順次大統領、首相、EU委員長の順に中央に近い位置取りをするそうだ。同じ大統領、首相の中でも在任期間が長い人物ほど中央寄りになるということだった。こうなると首相在任期間が短い日本の総理大臣は、日本で開かれるサミットを除いて常に端っこに立つことになる。

 ところが、唯一の例外がある。1983年アメリカのウィリアムズバーグで開催されたサミットの時である。日本から中曽根康弘首相が出席した。昔のビデオで本人が語っていたが、意識的にレーガン大統領とサッチャー英首相の間に割り込んで中央部の立ち位置を取ったという。積極的な中曽根元首相らしい言い分がふるっている。高い税金を払ってくれる国民に対して、国の首相が毎度端っこでは申し訳ない。一国の首相としてはそのくらいの覚悟で場所取りを狙った。レーガン氏とサッチャー氏の会話に割って入るようにしたのは、自らの意向であると得意然として話していたが、これにはサミットの裏方である事務当局も困惑したのではないだろうか。

 外国へ出かけてルールを無視してまでも存在感を打ち出すために、敢えて中曽根氏のようにこういう意欲的で自己顕示欲の強いパフォーマンスを行う日本人はあまりいないのではないか。ことの是非は別にしても、目立ちたがり屋の中曽根氏の面目躍如である。中曽根氏とは大分性格の異なる安倍首相は、果たしてどんなパフォーマンスを行ってくれるだろうか。安倍首相の立ち位置に注目である。

2013年6月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2225.2013年6月16日(日) イランとトルコ両イスラム国家の注目される話題

 イラン大統領選挙で保守穏健派の聖職者・ロウハニ師が当選した。これまで2期8年間に亘り政権を握っていた保守強硬派のアフマディネジャド大統領路線を引き継いだ候補者らを大差で破り、ロウハニ師が今後4年間イランの政治を主導することになった。保守穏健派の勝利の背景には、西側諸国からとかくの非難を受けながら、核開発を強引に推し進めて欧米諸国から経済制裁を受けた国内経済の停滞により、国民から強い批判を受けたことが挙げられよう。

 しかし、ロウハニ師が必ずしもイラン国民から圧倒的な支持基盤があるわけではなく、また、国内の最高指導者ハメネイ師の支持を取り付けたというわけでもない。

 現在イラン国内で最大の権限と力を持っているのは、おかしなことにイスラム教シーア派に君臨するハメネイ師である。民主的な選挙によって選ばれた最高権力者の上に、実は国民の意思とは無関係の宗教最高権威者が存在するのだ。これではまるでイランは歪んだ二頭政治制度を実施していることになるのではないのか。現状はロウハニ師がハメネイ師の協力をどれだけ取り付けることができるかが、ロウハニ師の政治力発揮、つまりイランの動向を左右するという民主主義制度とは、まるでかけ離れた社会になっていることになる。

 現段階では、ロウハニ師がいかに経済面で諸外国からの協力を得るための外交交渉を始めても、欧米先進国をイランに経済制裁を課したのは、核開発を行い継続しているからであり、核開発を放棄しない限りイランと西欧諸国との外交交渉の進捗はあまり期待できない。

 イランは今後どういう外交を展開するのか、しばらく注視してみたいと思っている。

 さて、トルコ全土に拡大したデモが噴火してから早や半月以上が経過した。オリンピック開催地をアピールしているイスタンブールから始まったデモ騒ぎは、今ではトルコ全土に燎原の火の広がりを見せている。

 トルコはイスラム圏内で初めてオリンピックを自国で開催しようと国内最大都市にして、ヨーロッパとアジアの中継地・イスタンブールを開催都市として強くアピールしてきた。昨日もスイスのローザンヌで2度目の開催地のプレゼンテーションが開かれた。エルドアン首相も長期政権の中で自信を持ったのか、イスラム教徒が人口の90%以上を占めるトルコの一層のイスラム化を訴えていた。それはそれで他国にはトルコのイスラム化が強い伝播力を持って伝えられていた。

 ところが、トルコのこれ以上の過激なイスラム化が一部の若者の間で嫌われ、特に女子学生にスカーフ着用を義務付けた結果、若者を中心とする反発が反エルドアン行動となって跳ね返ってきた。これを押さえ込もうとした現政権と若者を中心とする層との間に拭い難い不信感が生まれ、デモ隊に対して警察力の行使となり、国がひっくり返るような大きな騒ぎとなってしまった。オリンピック開催候補都市としては、極めて心証の悪い社会状況となった。オリンピックも危うくなり、政府も慌て出した。

 しかし、昨日開かれる予定だったエルドアン首相とデモ隊リーダーとの話し合いは結局行われることはなかった。権力側は徹底して違法なデモ隊を根絶すると力の弾圧を口にしている。これでは正面衝突は避けられそうもない。

 この先両者の衝突は回避することができるのだろうか。そして、オリンピックはイスタンブールで開かれることになるのだろうか。

2013年6月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2224.2013年6月15日(土) 孫のお宮参り

 夕べは「ホテルホークラ新潟」に初めて宿泊した。過去2回はいずれも「ホテル日航新潟」に宿泊したが、偶には別のホテルも良いのではないかと妻と相談し、信濃川に架かる万代橋際の同ホテルに予約した。今日は父の日に当ったおかげで、息子から2冊の立派なアルバムをプレゼントしてもらったことも嬉しいことである。先日のトラック島旅行の写真を整理するうえからもタイミングの良い贈り物で有難く思っている。

 5人目の孫「花」のお宮参りを白山神社で行い、立派な昇殿で神主さんから祝詞をあげてもらい孫の健やかな成長と幸せを祈願する。その後時間があったので、息子家族と嫁の両親とともに「日本海タワー」と称する小高い丘の上の展望台を訪れた。新潟市内はもちろん、天候さえ良ければ佐渡も一望できる回転式の展望台である。近年は市内にももっと高いタワーができたせいで、見学者も減りやや落ち目の観光スポットとなってしまったようだ。だが、かつてのヒーローは中々味のある存在で、一応この上に昇れば市内の鳥瞰図が分る。

 しかし、そこへアクセスする道路が狭いために観光バスで来ることが難しいせいか、土曜日なのに見学者が少ない様に思えた。ちょっともったいない存在だと感じた。全国にこういうもったいない施設が他にもたくさんあるのではないかと思う。

 さて、日本とスペインが今年交流400周年を迎えたことを記念して今日本の皇太子がスペインを訪れておられる。特に皇太子が日本でもあまり知られていないセビリア市郊外コリア・デル・リオに滞在し、日本を意味する「ハポン」さんを名乗る人たちと交流したという珍しいニュースが報道されている。  

 400年前に支倉常長らが慶長遣欧使節団としてスペインを訪れた当時の使節団の内、7人前後が日本へ帰国しなかったと言われている。「ハポンさん」たちの中には、蒙古班のある人もいて、彼らは使節団の子孫ではないかとも言われている。彼らが日本人の名に誇りを持っているということも日本人にとっては嬉しいことである。

 先週訪れた旧南洋群島のトラック島にも戦前から多くの日本人が居留して、現在も日系人の数が多く、立志伝中の人物、森小弁の血を引いた島民の数は数え上げることができないくらいである。そう言えば、かつてメキシコのアカプルコ海岸を訪れた時支倉使節団上陸の標識を見て何となく誇らしい気になったことを思い出した。使節団はヨーロッパを経てメキシコを回り帰国の途へ就いたのである。

 ラテン系のスペインとメキシコ、いずれも親日的な国であるが、その原因にこうした支倉常長慶長遣欧使節団の影響があったというのも面白いと思っている。

2013年6月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2223.2013年6月14日(金) どんどん伸びる世界の寿命

 明日二男の長女、私にとっては5人目の孫のお宮参りをするために新潟へ来た。先月誕生の折に来ているので、上の2歳の男の子もまだ顔を覚えてくれている。2人の孫が元気の良いのが何より嬉しい。

 さて、国連の人口統計が今日発表されたが、2100年には世界の平均寿命は81.8歳となり、日本は世界最高齢94.2歳、最年少がシェラレオネの69.4歳である。国際的にも随分寿命が延びたものである。そのこと自体は決して問題視するわけではない。問題は年寄りが増えるに連れて、高齢者に関わる経費の割合が社会保障費の中で年々増えていることであり、それを歪んだ側面から考えようとする一部の見方である。

 今の安倍政権は財政健全化を考える中で、この高齢者にかかる経費を一刀両断に削減しようとすることに不安を持つ人は多い。今日までわが国の経済発展を支えてきた高齢者を、経費の割合が多いという一面からだけでその経費をばっさり切ることには抵抗がある。特に、国家強靭化計画という名の下に道路建設や道路工事になら巨額の投資を厭わないことなどは、公平性から見ていかがなものかと思わざるを得ない。

 どうしてもっと社会福祉的な観点からの分析を検討しないのか、あまりにも経済的な側面からの経費削減を優先することに不審感がしてならない。

2013年6月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com