ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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2347.2013年10月16日(水) おかしな話が多いなぁ。

 台風26号が直撃して昨夜半は風雨が激しかったようだ。今年3月に地下化が実現した小田急・下北沢駅でも駅構内に水が流れ込み線路が冠水して長い間運行が停まった。私は疲れのせいで、昨夜11時に床に就き今朝8時過ぎまでまったく目が覚めることはなかったが、妻はあまりにも激しい雨音に眠れなかったと言っていた。今朝起きたら空は青く、台風一過の風情である。

 ところが、台風は各地に大きな爪痕を残した。伊豆大島では山が崩れ土砂が流れ込み住宅を埋め尽くして多数の被害者を生んだ。現時点で17名が亡くなり、43名が安否不明という惨事である。気象庁や警察が住民に避難勧告をするよう町に伝えたが、町は避難警告を発令せず多数の犠牲者を出してしまった。公務で島外にいた町長は、今日の記者会見で真夜中に沢が決壊した状況で避難勧告を出せば、反って犠牲者が増えると判断して勧告を出さなかったとおかしな発言をしていた。

 おかしいと言えば、昨日召集された臨時国会で冒頭所信表明演説を行った安倍首相の演説骨子が、昨日の各夕刊3版に要旨として紹介された。首相の演説は午後1時に行われたが、昨日の夕刊3版は正午に印刷されたわけである。つまり、衆議院議員を前に首相が演説した時には、その要旨はすでに新聞社に手渡され輪転機にかけられていたことになる。国会議員に語り伝えられるより前にすでに首相の演説要旨が印刷されていたという奇怪なことがあった。実におかしなことである。これを舐められた国会議員が何とも言わないことが、もうひとつの不思議である。

 話が飛ぶが、今朝の朝日朝刊スポーツ欄に西村欣也編集委員が、プロ野球クライマックス・シリーズ最終ステージの巨人対広島戦についてナンセンスな持論を展開している。セ・リーグのペナントレースで負け越した広島が日本シリーズに出場することに、私同様多くの疑問の声が挙がっているが、西村氏は野球協約で決まったことで現時点では問題ないと偏屈な考えを述べている。協約上問題はないことは分るが、現実にシーズンで勝てなかったチームが短期に勝つようなチームを勝者と認めることがおかしいと言っているのである。更に悪乗りして西村氏は下克上が面白いと言っている。加えて短期決戦なら長期の覇者に勝つ可能性があり、それを観てみたいとペナントレース優勝の価値を否定するがごときことまで述べている。これが大朝日編集委員の空気が読めない姿である。まったくお話にならない。

2013年10月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2346.2013年10月15日(火) セルビアの友人・山崎洋さんのご両親のお墓参りへ

 明日午前中に10年に一度という大型台風26号が襲うので、今日午後から今夜半にかけて雨が強くなるという天気予報を聞き、一旦は予定した富士霊園詣でを取り止めようかと考えた。しかし、肝心の山崎洋さんと昨夜中に連絡が取れず雨を覚悟で出かけることにした。

 山崎さんのご両親、父ブランコ・ド・ブケリッチ氏と母山崎淑子さんは生前願っていた富士山を望む富士霊園に眠っておられる。山崎さんはベオグラードから一時帰国する都度都合がつけば、この霊園にご両親をお参りしているようだ。ブケリッチ氏は言わずと知れた、スパイ・ゾルゲ事件の主役ゾルゲの片腕だった人で終戦の年に網走刑務所で獄死された悲劇の人である。

 新宿に立ち寄って山崎さんとゼミの仲間、同級の須藤くんと1年後輩の赤松くんをピックアップして東名高速に乗り御殿場までやって来たのは良いが、カーナビの操作ミスで東名御殿場インター出口周辺を周回した後、漸く富士霊園に辿り着いた。幸い雨はほとんど降らなかったが、残念ながら富士山は姿を現さなかった。霊園から箱根へ向かうと少しずつ雨が降り出し、仙石原のハイランドホテルに到着した時はかなり大降りとなった。予定を変更し芦ノ湖畔へ行くのを止めて、ホテルで昼食後「彫刻の森美術館」を見学することにした。ここは10年以上もご無沙汰している。山崎さんの玉川学園小学校時代の友人、カナダ在住の堀内紀子さんの作品があるというので、期待していたところ実際「ネットの森」と称する鍋をひっくり返したような大きな木造りのテントにびっくりした。中々の大作品である。内部にはいろんなネットが張り巡らされ、ネットの上で子どもたちが嬌声を挙げながら遊んでいる。奇想天外のアイディアで、あまり日本では見かけられない作品だ。

 印象に残ったのはピカソ館で、館内には多くのピカソの作品が展示されていたが、やはりピカソらしくユニークな作品が目についた。中でも絵画では「女と四つの男の顔」「三人の人物と犬」とデッサン「花嫁衣裳のジャクリーヌ」18枚の3作品が興味深かった。前2つの絵は、始めに四つの顔が三つにしか見えなかったり、三人の人物が二人にしか見えなかったり、遊び心がいっぱいだった。デッサンは最後の妻ジャクリーヌの顔を少しずつ描いて完成過程の18枚を、その1枚1枚について完成作品と見立てて並べたものである。

 少しずつ雨が強くなり箱根から帰りのドライブは強い雨に打たれた。あまりに強い風雨に自由が丘で食事を取ることにしていたが、面倒なので予定を変えてわが家に立ち寄り、お寿司の出前を頼み、その後3人の友人を車で自由が丘駅まで送った。ふと見ると駅前のタクシー乗り場は長蛇の列だった。

 何はともあれ、大変な天候だったが、予定通り山崎さんのお墓参りと箱根行きを決行して結果的には良かった。夜になって雨は益々激しくなってきた。明日の午前中関東一円は大荒れのようだ。今日の走行距離は250㎞だった。

2013年10月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2345.2013年10月14日(月) 今年の天候は異常続き

 今年の天候は異常続きである。つい一昨日は明治8年気象庁が観測を開始して以来最高気温を示して東京都内は真夏日だった。何と気温は31.3℃だった。そして日本本土を襲う台風がやたらに多い。明日セルビアから一時帰国する山崎さんやゼミの仲間と、山崎さんのご両親の墓参のため富士霊園へ出かけ、その後箱根の彫刻の森美術館へ行く予定だが、どうも強い台風が襲ってくるらしい。それに伴い今日になって急激に秋らしい涼しさになった。すでに満を持している台風は26号というから例年に比べて多過ぎる。

 夕方近くなって駒沢公園にウォーキングに出かけたところ、落ち葉が舞い落ちてきて中々秋らしい風情が出てきた。3連休の最後の日ということもあり、多くのジョガーが走っていた。この3日間国体に続いて東京スポーツ祭と銘打った身障者の大会が行われた。通常の大会とは異なって沢山の機材が運び込まれていたようだった。報道によると身障者大会は年々盛んになっているが、受け入れる施設や会場が少なく、主催者が会場探しに苦慮していると聞く。何でも身障者大会は使用する器具が、車椅子のようなものだと床を傷つけるとして使用を断られるケースが多いそうだ。折角2020年東京オリンピックがパラリンピックともども開催が決まったので、これを機会に国民の目が身障者大会にも向けられたというのに、実際には中々上手くいかないものだ。

 さて、上手くいかないと言えば、アメリカ議会で与野党の対立から新年度の連邦政府予算が通らず国の業務がストップしたところが多く、また債務上限の引き上げができずいよいよデフォルト目前で、外国からも厳しい指摘を受けている。連邦政府も何とかこの危機を切り抜けようと懸命だが、話し合いが決着できず、債務上限の引き上げ期限は17日に迫っている。もし、議会の妥協がなければ世界経済が混乱し、アメリカの信用はガタ落ちとなる。アメリカを訪れた観光客から厳しい声が向けられている。さあアメリカどうする?

2013年10月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2344.2013年10月13日(日) 国を逃げ出す人々が増えた。

 あまり大きく報じられることはなかったが、アフリカ各地で暴動やテロが勃発し、国のありようが流動的で身に危険を感じた国民が母国を移民船によって逃れるケースが目立っている。それが、3日にその移民船がイタリア西南沖で転覆し、339人の大勢の死者を出したばかりだったが、11日にまた南部沖合いで多数の移民を乗せた船が転覆して現時点で34人の死者が確認されている。

 紛争続きの母国から必死の思いで逃れアフリカから南ヨーロッパへやって来る難民の数は増える一方で、目下経済危機下にある南ヨーロッパでは自国だけでは対処できず、ヨーロッパ全体で対応を強化すべきだとの声が出ている。イタリアとマルタに到着した移民は今年だけで、すでに3万2千人と前年の倍増である。とても施設では収容し切れず、地元では負担が増える一方である。バローゾEU委員長は、EU内で多くの人々が死ぬ現実は放置できないと収容施設の整備費用として緊急に約40億円を拠出すると表明した。これから先も同じような難題が次々と押し寄せてくるだろう。

 かつて、ベトナム戦争中にベトナムを逃れたボート・ピープルと呼ばれた人々が話題を浚ったが、その当時日本には難民を受け入れる法整備が充分でなく、日本から再び行き先を他国に求めて漂流を続けた例もあり、戦争や動乱下にあっては無力の人たちは、「残るも地獄、逃れるも地獄」を味わわされた。いま再びボート・ピープルの時代がやってきた。問題は難民が気の毒で何とかして助けてあげたいが、受け入れ支援してあげるだけの余力がどこにもあまりないことである。

 根本的な解決策は国民が逃げ出すような国そのものが、危険の火の粉を自ら取り払うことであるが、現状ではあまり明るい希望を持てない。人類が戦いを止めないのは歴史が証明しているが、それにしても少しでも減らすことはできないものだろうか。思想的な問題や弾圧による国外逃避のような自主的な国外への脱出ならともかく、ただ危険の故に国を捨てるというのではあまりにも無情ではないか。時は過ぎても人間には戦争を止める知恵が生まれてこない。それでは人間は考える葦ではないということか。

2013年10月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2343.2013年10月12日(土) 中国共産党政府の唯我独尊

 東南アジア諸国連合(ASEAN)会議で日本と中国が存在感の競い合いをしている。近年中国が経済力を高めるにつれて中国の存在感が強くなってきた。中国では国の威信を示さんがため、軍事力を背景に他国の都合を斟酌することなくマイペースでことを進める傾向を強め、随所に問題が浮かび上がっている。経済の好況も実態とは必ずしもそぐわなくなっている。かつて日本でも話題になった「花見酒経済」に似ている。いずれ終焉を迎える。

 その中国が今朝の朝日新聞によると、中国政府は共産党の方針を浸透させるためメディアに関わる全記者25万人を対象に記者としての免許更新試験を実施すると決めた。今や中国が共産国家であり、マルクス主義路線を歩んでいるとは誰1人として信じてはいないと思う。言論の自由、報道の自由、それにも増して民主主義が行われていない。自分たちの代表を選ぶ選挙が行われず、共産党内の閉鎖的な組織、国民不在の中で代表者が決定される。だが、それにも拘わらず政府は記者に対して出題で「マルクス主義報道観として共産党中央の方針と政治上一致し、世論を正確に導く」ことを求め、「ニュースと世論を党の政策に背く道具としてしない」ことも求めている。党に逆らうなと一方的に申し渡して報道の自由をまったく認めていない。真意は何なのか共産党政府の意向が理解できない。一部の中国人記者からは時間の無駄と手厳しい。

 こういう「自由は許さない。言う通りに従え」的なマルクスも目を廻すような「現代中国共産党」的発想はどこから生まれるのだろうか。誰が考えてもこんなナンセンスな問題を中国国内ではインテリと称される中国人ジャーナリストに突きつける気持ちが分らない。理解されるわけがない。まるで「スズメの学校」である。何としても彼らジャーナリストを枠内に収めようと考えたのだろうか。バブル共産主義とでも考える以外普通の神経ではちょっと考えられない。

 さて、朝日記者がブルネイのアセアン会議直後に、ビルマのテイン・セイン大統領に取材した記事が1面、12面に大きく報じられている。ビルマ政府首脳も少しずつ国際社会へ歩み寄りを見せているが、テイン・セイン氏は一昨年大統領に就任以来、それまでのキン・ニュン氏、キン・モン氏の強硬路線から態度を軟化させてきた。最大の問題で、かつ国際社会から非難されているのは、少数民族への対応である。特にバングラデッシュ国境周辺の少数民族、及び独立を叫んでいたカレン族の対応が心配されていたが、来月には停戦協定を結ぶという。

 本当に実現できるかどうかは不透明だが、ビルマ政府も国際社会からの孤立を避けるため、妥協を打ち出してきたようだ。これまで比較的友好関係を保ってきた中国との関係にも綻びが見え、あちこちに歪みが表れて来た。対中関係をもっと他の国々との関係の中で見直そうとの動きが出て来たのある。ここに日本が期待され食い込む余地がある。中国の善隣外交が実態としては、投資国より自分たちに利益還元の狙いがあることが漸く相手国に分ってきた。テイン・セイン大統領のインタビューでも日本への期待が窺える。かつて良好だった日本とビルマの関係が修復されるチャンスであり期待がかかる。

2013年10月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com