ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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2367.2013年11月5日(火) 日本もアメリカにスパイされていた。

 先月普段通院している松本整形外科医院で、骨粗しょう症の検査を受けたが、今日その結果を知らせてもらった。「骨密度測定結果」と称するカラーの書類を2枚いただき、概略について説明してもらった。数値がグラフ化されていて見やすく分りやすい。

 「大腿骨」の測定結果では骨密度は0.912g/c㎡で、これは30歳の若者を100%とした時の106%に当り、同年代を100%として比較した値は136%だった。また、「腰椎」の測定では、骨密度は1.199g/c㎡で、32歳の若い人との比較した値は114%、同年代との比較では130%という、同世代はもちろんのこと若者の平均値をも上回る結果に、松本医師から骨は大分しっかりしているとお墨付きをいただいた。

 リューマチ性発筋痛症の抑制のために毎日服用しているプレドニンがステロイド系の錠剤なので、あまり長期に亘って服用すると骨が弱くなるという懸念から時間を置いて検査をしてもらったものである。よほどの無理や無茶をしなければ、これなら骨が簡単に折れるということもなさそうだ。まあ心配することもない結果でほっとしている。

 午後になって同じくかかりつけの森内科医院にこの検査結果について書類を見せて説明し、内科的処方について相談に乗っていただいてからインフルエンザの予防接種を打ってもらった。

 ほかには最近下腹部に痛みを感じることが時折あるので、痛みを感じた時の予防用に痛み止めの錠剤をいただいた。

 とりあえず、8月に人間ドックの検査を済ませ、9月に歯科で定期検査を済ませたので、一応医学的に備えるべきことは備えた。

 さて、先日ドイツのメルケル首相の携帯電話をアメリカの諜報機関である国家安全保障局(NSA)が長らく盗聴していたことが暴露され、同盟国間の信頼を崩すものとしてドイツを始め、フランス、ブラジルなどから厳しい非難を浴びている。それが公表された頃イギリスの‘THE TIMES’が日本もその対象国になっていると報道したが、菅官房長官は軽く受け流し、あまり深刻に感じ取っている様子は見えなかった。

 ところが、やはりアメリカは同盟国日本に対しても諜報活動を続けていたことが今夕のテレビニュースで報道され、日経紙にも書かれて明らかになった。同紙によれば、日本はアメリカ大使館において①経済の安定・影響、②最新の戦略的な化学技術、③外交政策などの分野でスパイ行為が行われていたそうである。これではまるで日本はアメリカに丸裸にされていたことになる。それを官房長官ともあろう人物があまり真剣に受け止めていなかった節がある。さらにアメリカは盗聴した情報を、カナダ、イギリス、ニュージーランド、オーストラリアと共有しているとの話もある。こんなぬるま湯的体質では仮に特定機密保護法案が成案してもあまり意味がないと思う。

2013年11月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2366.2013年11月4日(月) 米の減反政策の変更?

 いま臨時国会開会中であるが、クリアしなければならない課題を数多く抱えている。その中で日本版国家安全保障局(NSA)の発足も視野に入れた特定機密保護法案の議論が喧しい。また、案外分り難いのが米政策の転換である。現在の米の生産調整、つまり減反政策の廃止を考えるようだ。併せて所得補償など農家への補助金も改める。こんな議論が沸騰してきたのは、いま政府・与党がTPP交渉で関税の撤廃や引き下げを迫られていることがその背景にある。

 重箱の隅をつつくような部分改定では、もう間に合わない。農業を維持し日本人が米を消費し、良い米を生産するという目標がなければ、米政策を転換してもあまり意味がない。

 1970年に国が米の減反政策を始めて以降、米市場を開放した後も高い関税を課して政策の根幹には変更がなかった。その結果国民ひとり当たりの米の消費量がピーク時の約半分にまで減少した。主食用の米を生産しているのは田んぼ全体の3分の2と言われている。将来の米政策確立の見通しが立たなくなっている。

 先日石破茂・自民党幹事長が米の減反政策の欠点を述べ、これを変えなければ日本の米生産に未来はないような発言をしていたが、これは天に唾するような発言ではないか。40年以上も前に国内で農業関係者の反対の中で減反政策を主張して、強引に成案としたのは当時の自民党だったのではないか。特に、秋田県八郎潟の埋め立て干拓工事により、折角農地を手にした農民の強い反対を押し切って減反に踏み切ったことをきれいさっぱり忘れている。

 減反政策の変更を決めるのは、現状では理解できないわけではない。だが、すべて農家に皺寄せして彼らを苦しめる一方で、減反しなければ未来がないような言い分は、少し自らのかつての政策に対する反省があまりになさ過ぎるのではないか。これでは農家のみならず、減反政策の変更によって負担を強いられる納税者は救われない。

 政策立案に当っては、充分な検討と過去の失敗に対する反省がなければ、無駄と時間の浪費を繰り返すだけである。

 もうひとつ、いま話題になっているのが、小泉純一郎元首相の反原発宣言である。昨日横浜市で改めて脱原発について講演を行った。先に脱原発発言を行ったことに対して、自民党内部から反論が雲霞のごとく噴出したからである。小泉氏は核のゴミの処分場がないことを脱原発最大の理由としていたが、首相在任中に原発賛成だったではないかとの指摘に対しては、当時処分場は大丈夫だと思っていた。いまは処分場がないことが分った。その備えがなくて再稼動は政治の無責任だと改めて反論した。「過ちを改むるに憚ることなかれ!」とも述べた。信念が固い。政治家はこうでなくてはいけない。元の家来だった安倍首相はどう回答するだろうか。

2013年11月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2365.2013年11月3日(日) 「文化の日」に思うこと

 毎年「文化の日」は秋晴れが定着しているが、生憎今日は朝から空はどんより曇っている。今日の祭日は私にとって75歳の誕生日でもある。昨夕は最近新潟から東京本社へ転勤になって戻ってきた二男家族にディナーで祝ってもらった。

 しかし、ついに厚労省が定める正式な「後期高齢者」となった。つい先日は高齢者向け運転免許更新で認知症のテストを受けたりして、あまり嬉しいことではないが、高齢者を意識させられることが多くなった。一時はこの「後期高齢者」という呼称がその年代層の人に失礼だと言われ、名称の変更も検討されたようだが、いまではあまりそんなことを気にする人は少なくなった。むしろ高齢者が増えて一大勢力になりつつある。逆に私はこれを逆手に取って「光輝高齢者」といってみたり、「高貴高齢者」という格調の高い呼称に置き換えたり、講演の折など適宜使い分けている。

 「光輝高齢者」については、8月に慶應病院予防医学センターで人間ドック検査を受けた際、面談した医師と「光輝高齢者」の話になり、「それは良い表現ですね。使わせていただきます」と言われた。慶應の応援歌「若き血」の歌詞に、♪若き血に燃ゆる者 「光輝」みてる我ら~♪というフレーズがある。慶應ボーイには「光輝」がイメージに合っているのではないか。

 この75歳という年齢は、いま執筆中のノンフィクションの主役ススム・アイザワ大酋長の没年(実際には74歳11ヶ月)でもある。年齢的には大酋長に追いつき追い越したことになる。序に言えば、一昨日ミクロネシア連邦独立27周年記念パーテイが開かれたが、この国が独立したのは27年前の今日この日、1986年11月3日だった。

 さて、「文化の日」を前に今日受勲される文化勲章受章者の氏名が先日発表された。俳優の高倉健さんが話題を呼んでいる。日本ペンクラブでは中西進副会長が万葉集の形成過程を明らかにし、古典文化の普及に尽力した功績により授賞された。同時に秋の叙勲受章者約4100人が発表されたが、そのうち最高位の旭日大綬章受勲は僅か9人だが、3人は国会議員OBである。その他官僚、司法関係者、地方首長が多く選ばれ、やはり民間の受勲者は少ない。

 その中で高校の同級生・中西準子さんが数少ない「瑞宝重光章」を授賞された。3年前に文化功労者に選ばれて、いままた「瑞宝重光章」を授賞されたとは大したものだと思う。彼女は10年ほど前にも紫綬褒章もいただいている。日本では数少ない環境学者のひとりだそうだが、我々湘南高校32回生(昭和32年3月卒業)の誉れである。

 普段は忙しいのか先月の同期生会にも出席しなかったが、よれよれになった母校応援旗の新調寄付には一口乗ってくれた。しかし、残念ながら卒業以来1度も会っていない。1年生時には同じクラスで、歌とは関係のない「生物」の新米教師に授業中に無理矢理「上海帰りのリル」を唄わされた私に対して、誰も知らなかったメーデーの歌「第一インターナショナル」を声高らかに唄って仲間を呆気に取らせた。父親中西功氏は上海の東亜同文書院出身で当時日本共産党参議院議員として活躍中だったので、筋金入りの共産党シンパとなったのも頷ける。一度くらい時間をやりくりして顔を出してもらい昔話をしたいものだ。独立行政法人・産業技術綜合研究所部門長を退いていまはフェローということのようだが、少しは時間が取れるのではないだろうか。同級生も気にしている。

2013年11月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2364.2013年11月2日(土) 中国政府による新疆ウィグル族弾圧

 先日北京の天安門広場で乗用車が突っ込み運転手を含めてウィグル人5名が亡くなり、多数のけが人が出た。中国政府はこの事態を何とか政府に傷がつかないよう、かつ対応が世界から非難されないよう考えた末、新疆ウィグル地区のウィグル人が仕組んだ計画的テロと断定して、ウィグル人に対する警戒と監視強化を今後一層厳重にする考えのようだ。

 中国には人口は10%足らずだが、約55の少数民族がいる。彼らは大なり小なり漢民族で占める中央政府から弾圧され、自治区の政治、行政はほとんど漢民族によって支配され、自治は束縛され、民族の自由は押さえつけられている。これに不満を持つウィグル人はしばしば反抗し、それを弾圧され、これをまた繰り返すことで次第に自治区は共和国体制の中に組み込まれつつある。

 これまでチベット民族、ウィグル民族の暴動が世間の注目を集めたが、彼らの間に不満は鬱積する一方で、このまま中央政府が弾圧を続けていくと、いずれ彼らの不満は爆発し取り返しのつかない事態を招くことを心配している。

 中国共産党政府は少数民族の自治拡大要求と民主化運動が合流することをいま最も恐れているようだが、力で押さえつけられると考えている頑固な非民主的考えこそが、このような民衆の不満を燻らせ、爆発させている原因だということが分らないようだ。

 政府当局が国民の自由をがんじがらめに抑圧する政策は、いずれ民主化運動の勃興と拡大によってつぶされることはこれまで歴史が証明しているが、それに気がつかない、或いは気がついているが怖くて言い出せない共産党幹部はただ貴重な時間を浪費しているだけの話だ。

 それにしてもどうして中国では民主化運動に学生が立ち上がらないのだろうか。諸外国の実情を見てみれば、明らかに自分の国の自由が一番失われているということがわかる筈である。それを見過ごして、他の恵まれない人たちのために活動しようとしないのは、勉学できる環境と条件を与えられ恵まれた学生としては、怠慢であり、勇気も誠実さもないと言いたい。彼らが将来社会の指導者になった時、事態は一層悪くなっていることは明らかである。

 問題が多すぎる中国であるが、経済活動だけが発展し、その間に人間が生きるために大切なことを見失い、自由と自治を放り投げ、いつまでいびつな国家のままで歩んでいくのだろうか。

2013年11月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2363.2013年11月1日(金) 日本・ミクロネシア連邦、国交樹立25周年記念式典

 いま取りかかっているノン・フィクションの舞台・トラック島、つまりミクロネシア連邦と日本が国交を樹立して今年は25周年、同時にミクロネシア連邦が独立して27年目という節目から今日2つの行事を祝う記念式典パーティが人形町のロイヤルパークホテルで開かれた。光栄にもエマニュエル・モリ大統領名でご招待状をいただいたので、ミクロネシア関係の集まりに初めて出席することになった。

 冒頭ジョン・フリッツ駐日大使が挨拶された。来日中のモリ大統領も出席され、スピーチをされた。外国の大統領と同じ会場にいることになったのは、初めてである。そのモリ大統領の系譜についても拙著に著した。大統領の妹のリンダさんに会ったのもついこの間の6月の旅行の折だった。日本側からは日本・ミクロネシア議員連盟会長を森喜朗元首相から引継いた古屋圭司・拉致問題担当相が最初に挨拶をされ、石原宏高・国土交通大臣政務官、友好大使を努めている俳優・滝沢秀明氏らもお祝いのスピーチをされた。安倍昭恵・首相夫人と山口那津男・公明党代表も会場に来ておられた。ボランティア活動でミクロネシアのために貢献した高校の同級生・鈴木健三くんが招かれていて会うことができた。

 会場入り口で迎えてくれたフリッツ大使とも拙著について簡単に話をした。相澤本家の相澤重男夫妻と長男・庄太さん、相澤光春氏にも会うことができた。近日また相澤家にお邪魔することを約した。残念だったのは、会えるのではないかと期待していた森元首相が来られず、お会いできなかったことである。

 ホテルの宴会場には溢れんばかりの参会者がおられた。つくづく思うのは、日本とミクロネシアの間には、戦前日本統治領として特別な関係にあったせいで、いまも外交、経済、行政面だけでなく、教育や文化、風習面でも強い連携と影響があることをミクロネシア側の挨拶を聞いているとよく分る。今後も助け合ってともに歩むというスタンスで日本とミクロネシアの外交関係を協調させてほしいものである。

2013年11月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com