充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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2392.2013年11月30日(土) 中国もひどいが、日本にも呆れる行為が・・・。
今月23日に中国政府が東シナ海上空に防空識別圏を設定したことが、日本のみならず米韓欧、オーストラリアなど世界中から非難を浴びている。日本と中国のそれが尖閣諸島上空で重なり合っていることが日本にとっては問題とされている。アメリカは認められないとして、一昨日2機のB52爆撃機を同圏内に飛行させたが、中国側空軍機によるスクランブル発進はなかった。
世界中の非難を浴びている中国が、いま改めて強い批判を浴びているのは、近年東アジアから太平洋への中国海軍の海洋進出が周辺国の緊張を加速させるとして警戒されているからである。
最近の中国政府の外交姿勢は、少々常軌を逸している。自らの行為をすべて正当化し何でもかんでも反対し居丈高に食ってかかる、駄々っ子風情とあまり変わらなくなってきた。
例えば、日本が防空識別圏の撤回を求めたことに対して、撤回の意思はまったくないと応えたが、その理由として日本も終戦時にアメリカ軍が設定していた防空識別を1969年に航空自衛隊が引き継いでそれが現在まで有効とされている。これを捉えて中国高官は、日本がいまから44年前に設定した日本独自の防空識別圏を取り止めるなら、中国もいまから44年後に取り止めると述べた。 こういう非常識で幼稚なロジックを恥ずかしげもなく対外的に発表する稚拙な発想はどこから出てくるのだろうか。
昔の中国の人たちは大人と言われ、それなりの言動をしてきたが、いまやそんな中国人はいなくなってしまったようだ。かつて仕事上付き合っていた中国の人たちは、謙虚で人柄も良く尊敬に値する人が多かったが、いまやそういう中国人は現代共産国家にはいなくなってしまったのだろうか。寂しい限りである。まともな人たちは消されたか、追放されてしまったようだ。
尤も他人様のことを非難ばかりしてもいられない。わが国にも非常識な輩は隣国に比べれば少ないが、それでもいるいる。
直近では、大東京のナントカ知事さんのように、怪しげな医療法人から5千万円という大金を無利子無担保で貸し借りする感覚は普通ではないし、自分で借金の理由も説明できないお粗末ぶりである。その医療法人も公選法違反の疑いで幹部に逮捕者を出している。
もっと許せないのは、国民がこれだけ反対している特定秘密保護法案の福島県公聴会で全員が慎重な審議を求めた、その翌日に衆議院で強行採決したことだ。これでは公聴会を開いた意味がないではないか。ただ公聴会を開催したというアリバイを作っただけである。流石に前中国大使の丹羽宇一郎氏が、民主主義国家日本で白昼夢を見ているようだと匙を投げている。
はっきり言ってこの法律は、官僚が日本を自分たちの思い通りに牛耳りたいためだけに不遜な国会議員と結託して考えた現代の悪法である。間違いなく後世に禍根を残すものである。
2391.2013年11月29日(金) 転ばぬ先の杖
26日駒沢大学公開講座で菱山郁朗講師から私の包帯した右手を見て「どうされたんですか?」と尋ねられ、思わず岸信介元首相が言った言葉の通り、年寄りが留意すべき「三訓」のひとつ、「転ぶな!」に逆らって転んでしまったと言い、笑いあったところである。
ちょうど菱山講師が資料「戦後の保守リーダーの系譜」の官僚出身首相の最初に岸元首相を挙げておられた。彼が言った「三訓」とは、年を取ったら①風邪を引くな!②転ぶな!③義理を欠け!というユニークなフレーズであるが、実は亡くなった親父がよく口にしていた言葉でもある。元々は誰が言ったのかは分からないが、実に言い得て妙である。その②をやらかしてしまった。その挙句が剥離骨折というお粗末な結果となった。以前は「転ばぬ先の杖」とよく言ったものだが、いまは杖がなかったら外出するなということだろうか。
今日も証券会社のセールスマンにどうしたのかと問われたくらい、皆さんに気遣いされている。小中陽太郎さんからも今日「お大事に」だけのメールをいただいた。全治3週間の診断をいただいているが、怪我してから今日で漸く10日目である。とにかく不自由でしようがない。
風邪を引かぬようにしよう。今度こそ転ばぬようにしよう。ただ、③の「義理を欠け!」という気持ちは理解できるが、多少はできても、まったく義理を欠くことはこれまでの人間関係もあり容易いことではない。どうしたら義理を欠くことができるだろうか。
昨日2年前に亡くなられたゼミ恩師のお孫さんに自由が丘で会った。慶大経済学部3年生で就職活動をしている。ジャーナリズム志望ということでもあり、新聞社の友人に紹介することを約束して、今日早速友人に宛てて就職依頼の書状を書いたところである。改めて現在の就活について聞いたが、すでに必修科目はかなり単位を取得したということである。部活としてワグネル・ソサイエティのオーケストラ・メンバーとして活躍しているようだが、部活と就活を平行して行うことの難しさを感じ取った。来年2月にウィーンへの演奏旅行は何とかして参加したいと明るく話してくれた。中々の好青年で、私のお手伝いがどの程度効果があるかは分からないが、何とか上手く行ってほしいと願っている。
2390.2013年11月28日(木) 参議院1票の格差→違憲
元西武百貨店社長にして、セゾングループ代表だった堤清二氏が亡くなられた。消費文化と言われるパルコを中心にした流通グループを創った。それ以前に西武グループの総帥としての存在感は、異母弟の堤義明氏と並んで圧倒的だった。一方でペン・ネーム「辻井喬」として作家・詩人の顔も持ち、いくつか秀作を発表している。私もペンクラブ例会で一度お話をしたことがあるが、非常に温和な方という印象がある。これまでに室生犀星詩人賞、高見順賞、谷崎潤一郎賞、野間文藝賞ほか数々の賞を受賞している。
いつか小中陽太郎さんから聞いた話だが、堤さんが作家として本当に欲しかったのは、どうも「直木賞」だったらしい。小中さんは堤さんに、財界活動で実績を上げたのだからもう充分ではないかと話したようだが、それでも作家としては、本音として栄誉ある大賞が欲しかったようだ。誰も欲望には限りがないものだと思う。
さて、1票の格差の問題に関して今日広島高裁岡山支部は、7月に行われた参院選岡山選挙区の結果は憲法違反で即時無効とする判決を下した。違憲とされた参院選は、最大で4.77倍の格差だった。参院選で選挙無効の判決が出たのは戦後初めてである。昨年衆議選の無効を訴えた裁判では、違憲状態の他に広島高裁支部で違憲の判断も下されている。
参院選については、現在他にも弁護士グループが全47選挙区を対象に選挙無効訴訟を起こしており、今後12月26日までに14高裁で判決が出される。
衆院選でもそうだったが、裁判所の考えは国会が違憲解消に真剣に取り組もうとしない立法の怠慢を糾弾した。これで国会議員が少しは目を覚ますだろうか。あまり期待は持てないが、このまま手を拱いているようだと国の政治を運営する立場上鼎の軽重を問われることになりかねない。
2389.2013年11月27日(水) 北方4島領土問題について
駒沢大学公開講座も今年は今日が最終回となった。3年間に亘って清田義昭講師から優秀ビデオ作品を鑑賞させてもらい解説と議論を交わすのを楽しみにしていた。清田講師が今回を最後に定年で来年は講座を持たないと聞いて大変残念に思っている。終了後清田講師ともう1人の受講者を交えて3人で、近くの飲み屋で一杯傾けることになった。
今日の授業は北方4島を取り扱ったNHKのドキュメント鑑賞だった。鑑賞後感想を聞かれたので、個人的に次のような考えを述べた。
要約すれば、終戦後のソ連侵略による4島占領は許しがたい暴挙であり、何と言おうとそれは詭弁であり筋は通らない。だが、4島にロシアの人々が現実に生活している現状が、仮に日本の正論を外へ向けて主張するにしても大きな障害となっている。領土問題の解決と言っても、現在住んでいるロシア人をすべて国外へ追放するということは不可能に近い。敗戦後の1945年9月の無法なソ連の侵略が今日まで延々と問題を引き摺っているが、ここは耐え難きを耐えてそろそろ頭を切り替える時期に来ているのではないかと思っている。
そこで一例として、パレスチナの歴史とアラブ諸国との争いについて話した。イスラエルとアラブ諸国の間には、過去2千年に亘って相手国への不審感が募り争いが繰り返されてきている。とりわけ第3次中東戦争のころは、お互いに対立が激化して出入国もままならなかった。それが、昨年45年ぶりにヨルダンを訪れた時、イスラエルへの陸路出入国はほとんど問題なかった。
いまではイスラエルが実行支配しているエルサレムがヨルダンの世界遺産として登録されたり、パレスチナ自治区内にあるベツレヘムの生誕教会が、国連が加盟国ではないパレスチナの世界遺産として登録されたり、イスラエルとアラブの間では、かつての敵対国というほどの激しい対立は見られないように思える。エルサレムがヨルダンの世界遺産であるとしても、イスラエルとしては自国の権利は保有していると大人の対応をしている。これが、北方4島の領土争いにおけるひとつのヒントになるのではないかと述べた。
それにしても戦勝国ロシアの力まかせの略奪には腹が立つが、戦後68年も経過するとその当時の理不尽に対してクレームを申し立てても所詮諸外国からは相手にされないだろうから、悔しい限りであるが新手を打ち出す必要があると思う。現状を受け止めて上記の考え方も参考にしてほしいものである。
2388.2013年11月26日(火) ペンの日に思う。
昭和10年の今日日本ペンクラブが創立され、初代会長に島崎藤村が就任した。爾来今日のこの日を「ペンの日」に制定して、毎年11月はいつもの例会とは違って多少大掛かりにスポンサーを付けて賑やかなパーティを開催している。
今日駒沢大学公開講座に出席した後、「ペンの日」例会に出席した。冒頭南相馬市在住の詩人・若松丈太郎氏とアメリカ人詩人・アサー・ビナード氏の対談が行われた。対談の中で福島原発事故は「核災」であり、「核罪」というものがあって然るべきだと若松氏が被災住民の立場から述べたことと、ビナード氏が「東」「西」という感覚の違いを自分の住む都市から見た視点から語ったことが印象に残っている。いろんな見方があるものだなぁと思う。
まあそれにしてもこの対談のテーマが「東京はいつまでつづくのか?」とされていたが、東京についてはまったく話されることがなかった。よくわからん。
中西進副会長にはこの度文化勲章を受章されたお祝いを申し上げた。浅田次郎会長、中西副会長がいずれも特定秘密保護法案の成案について危惧していることを強調された。
散会後はいつも通り小中陽太郎さんを中心にして10名で有楽町駅前の「ニュートーキョー」で雑談会。小中さんの力作「翔べよ 源内」の野村故堂賞受賞記念会を来年1月31日に開くことを伺った。
今日は午後衆議院特別委員会でその法案が若干修正されたうえで強硬採決され可決された。この後法案は衆議院本会議へ回され賛成多数で可決された。いよいよ安倍政権も独裁者の顔を現しだした。第1次安倍内閣では何の仕事もできず、大丈夫かと心配もされた挙句安倍首相自ら政権を投げ出す醜態ぶりを示したが、いまではそんな過去の醜態はなんのその、自民党の数を頼りにここぞとばかり強気に転じ出した。
うかうかしている戦前戦中の大政翼賛会になりかねない。