ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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2397.2013年12月5日(木) ノン・フィクションは最後の追い込み

 いまかかりきっている旧トラック島大酋長に関するノン・フィクションもそろそろ大詰めであるが、新たな事実がいくつか見つかったことから、改めて推敲に時間を割かれている。

 その中で旧トラック島大酋長・相澤進さんが湘南中出身だという事実関係は、真偽を取り混ぜた噂がずっと尾を引いているが、先日大酋長の父親の実家を継いでいるご当主から、湘南の傍の学校だったらしいと伺ったばかりである。

 それが、先日湘南東京有志会のパーティ席上で昭和20年に旧制湘南中4年で卒業した堀江昭さんから、その当時湘南校舎内にもうひとつ別の学校があったということを伺って、昨日堀江さんに電話で知る限りのことをお尋ねした。

 「湘南創立90周年記念」誌に依れば、県指令により昭和14年に湘南中校舎内に湘陽中という別の私立(財団法人)の中学校が開設され、湘南中赤木校長が湘陽中の校長を兼任された。初年度生徒数は46名だった。この湘陽中は終戦直前の昭和20年3月に廃止となったが、大酋長は昭和17年に中学校入学と考えられるので、湘南中ではなく、この私立湘陽中に入学、在学した可能性があると推察することができる。

 言動に謎の多い大酋長であるが、生前本人が湘南出身と語っておられた、その湘南に大酋長の記録が一切なく、あれやこれや憶測していたところである。そんな中でこの湘陽中説が一番可能性としては考えられるのではないかと思っている。それにしても情報整理に手間がかかる。まだまだ結論を出すわけには行かず、推敲も屋上屋を重ねるようなものだが、詰めをきちんとして大酋長のノン・フィクションを興味深いものに仕上げたいと思っている。

2013年12月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2396.2013年12月4日(水) 政府与党、特定秘密保護法案成立へ強引な仕掛け

 政府与党は特定秘密保護法案を今国会会期末の明後日6日に参議院で通過させる方針を固めた。法案を明日参議院国家安全保障特別委員会で可決させて、6日参議院本会議で可決させることを確認した。何と強引で不遜なやり方だろうか。まだ何が秘密事項かも明らかにされていない。誰がチェックするのかも決まっていない。いつになったら情報公開するのかも未定である。それで、仮に政府が恣意的に秘密と見做し、国民がそれを知ったら検挙されるというのでは、戦時下の日本どころか、スターリン時代のソ連と変わらないのではないか。

 安倍首相は秘密指定の統一基準に際して意見を聴くための有識者会議「情報保全諮問会議」を設けると表明したが、その妥当性をチェックする機関として「保全監視委員会」を設けるとも言ったが、これは内閣官房内に設置され、そのメンバーも事務次官級を中核とする委員会とする考えらしい。これが第三者機関の設置を謳っていた首相のアイディアか。

 これでは政府内に役人で作る組織を設置することでチェックなんて利くわけがない。首相は第三者機関でチェックするということをしばしば述べているが、首相の目指す第三者機関とは、自分の思い通り言うことを聞く組織のことで、こういう機関は第三者機関とは呼ばない。あまりにも多数の自民党議員を背に首相は一体何を考え、何を企んでいるのか。

 今朝の朝日新聞のコラム「異議あり 特定秘密保護法案」で、ニューヨーク・タイムズ東京支局長が、①本法案は世界の言論とは反対の方向に進んでいる、②秘密を決める官僚に大きな裁量と権限を与える、③秘密の定義が曖昧で広すぎ、チェックもない、④官僚組織から独立した第三者機関が必要であると厳しく指摘している。

 それでも安倍首相はわが道を行くと勇ましい。国民の間に国家不信、戦争への道につながることがなければ良いがと願う。

 今日東日本大震災発生から数えてちょうど1000日となった。多くの被災者が仮設住宅から出られない。復興はまだ緒についたばかりと言うしかない。

2013年12月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2395.2013年12月3日(火) 特定秘密保護法案は理解できず、問題だらけ

 特定秘密保護法案が自民党の力任せのやり方で成立しそうな雲行きであるが、反対運動も激しくなっている。6日に今国会が閉会するので、時間のない政府自民党は何とかこれを成案とすべくごり押しをしている。世論調査をすれば、国民の過半数は反対であり、読売新聞、サンケイ新聞を除いてメディアはほとんど反対である。それでも強引に法案を通そうとする政府の真意は、数日前に石破茂・自民党幹事長が自身のブログで「デモ隊の絶叫戦術はテロ行為と本質においてあまり変わらない」と公表するに及んで明らかになった。権力者の驕りが見えてきた。数の論理で議論を打ち切り正面突破しようと考えている。石破氏は批判を浴び、テロ行為云々という表現は取り下げたが、相も変わらず強気でいささかも反省の様子が見られない。本音としては音を出すことと、デモなどの反政府的行動はすべてテロだと言いたいらしい。拡声器を使って行う正当な選挙運動もすべてテロと言いたいのか。

 大体この法案は分らないことが多く、とてもすべてを納得して理解するというわけにはいかない。政府与党はなぜ学ぶ時間を与えてくれないのか。先週の朝日新聞には全条文が掲載されていたが、全1頁に及んでいた。これを国民に理解させようとすること自体まず難しい。委員会の質疑を見ていても、答弁する担当の森雅子・少子化担当相の回答がふらふらしている有様である。また、内容的にも指摘されれば分るということが多い。例題がなければとてもこの法律は分らないままになる。

 例えば、日米間で米軍基地費用の負担について国民に知らされることなく、日本政府が費用負担を増やすと決めることは機密事項に属するようだが、するとそれを明かした防衛省職員は罰則を課せられるし、国民は税金の使い道を知らされないままにされるということである。

 また、自衛隊が海外で戦闘活動を行うことも国民に知らされることなく秘密のままに置かれる危険性がある。まったく危ないことだらけである。

 日本国内のみならず、海外からも問題ありと指摘されているこの法案は、もっとじっくり審議すべきではないか。さもなければ当然廃案にすべきである。

2013年12月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2394.2013年12月2日(月) 剥離骨折に続き、今度は関節炎に罹る。

 昨晩遅くなってから左膝が急に痛み出した。先日転倒してすりむいた個所の近くで、気休めにパテックスを貼ったが夜中になって痛み出し、目覚めてしまった。痛いままうつらうつらして今朝起きても痛みが消えない。階段の昇り降りの際にも一歩ずつやっと歩く情けない状態である。

 そこで先週の剥離骨折の時と同じように松本整形外科医で診てもらうことにした。同じようにレントゲン写真を2枚撮ってもらった挙句、診断は関節炎ということになった。松本先生のお話では、「温めない」「動かさない」「使わない」に徹することだという。つまり、風呂に入らず、ウォーキングをせず、重い荷物も持たないことが大切だそうだ。結局入浴しないで外出をせず、箸より重い物を持たないという貧乏侍のような生活をしろということである。2週間前に右手を剥離骨折し、いままた左膝の関節炎とは、情けない限りで93歳で亡くなるまで割合健康だった父親に合わせる顔もない。

 しかし、今更嘆いても仕方がない。養生して一日も早く元通りになることが大切である。それにしても今年は年末近くなってついていないことが多い。

 案の定、このところ年賀欠礼の葉書をいただくことが多いが、今日いただいた2通は特に辛い。いずれも故人の奥様からいただいたものだが、良く知っていた友人なので少々堪える。

 1人は京都上桂中学時代の友人で、宇治市で八百屋卸業を手広くやっていてまだ元気だと思っていた。宇治市と言えば、治安維持法に反対して凶刀に斃れた社会主義者「山宣」こと、山本宣治の出身地であることが、偶然にも今朝の朝日新聞「天声人語」に紹介されていた。山宣については、学生時代に社会主義者を学んでいて幸徳秋水、河上肇、片山潜、山川均らとともに関心を持った。いま問題の特定秘密保護法案が、その治安維持法と比べられている。

 学校の帰りにその友人と松尾山で猪に追いかけられ逃げ回ったこともある。中学を出て八百屋の丁稚として修行し、二十歳前に家庭と店を構えた。自力で独立した大した奴だった。3~4年前に中学の同期会で会ったのが最後となった。亡くなった父が海外出張中に彼に絵葉書を送ったほど父も気に入っていた友だった。

 もうひとりはかつて勤めていた会社の腕のいいセールスマンだった。頑張って良い顧客を沢山抱えていた。ゼミの仲間と山形へ旅行した時世話をしてくれたのも彼だった。今年の春会社へ立ち寄った時唐突に相談を持ちかけられ、何とか彼が望むように働きかけてやった。それで随分感謝されたが、これは明らかに会社のやり方が間違っていた。

 それぞれいくつも思い出があるが、こうして親しかった昔の知り合いが1人去り、2人去って行くのだということを最近特に実感として感じている。その意味でも私の友人たちからも私が黄泉の国へ旅立ったとして惜しまれるというようなことのないよう、自分の健康には充分留意する責任があることを痛感させられた「関節炎」である。

 2人の友人のご冥福をお祈りしたい。

2013年12月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2393.2013年12月1日(日) クラシックと食事を楽しむ。

 浅草雷門周辺の散策を兼ねて早めに浅草へ出かけた。地下鉄浅草駅から雷門へ出て仲見世へ来ると大勢の観光客で一杯である。先般新調し取り替えたばかりの大提灯周辺は記念写真を撮る人が溢れている。人力車の呼び込みも威勢がいい。外国人観光客の姿が沢山見られるようになった。人ごみの中を縫うように浅草寺でお参りする。これだけの人混みであるが、スリなんかいないところが日本の良いところだ。

 さて、今日は上野浅草フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会が恒例通り浅草公会堂で開かれたので、いつも通り飯田ゼミの仲間と奥さん方とともに鑑賞した。毎年6月と12月に開催される定期演奏会に毎回参加している。いつも割合難しく、聴き慣れない曲が多い。今日はフランス人作曲家の作品ばかりで、ラヴェルの組曲「クープランの墓」、ビゼーの「アルルの女」、そしてフランクの「交響曲ニ短調」だった。アンコールはビゼーの「カルメン序曲」を演奏してくれた。ビゼーの2つの曲以外は、よく分らなかった。相変わらずチェロを演奏する赤松さんの日頃の努力には頭が下がる。

 終わって永井荷風お好みだった「アリゾナ・キッチン」で会食。初めての人もおられたが、気心を知った仲間同士で和気藹々と気軽に楽しむことができた。私は6月の場で全ゼミナリストに飯田ゼミの解散について書類で知らせると了解を得ていたが、その結果を報告した。序に現在執筆中のノン・フィクションについてちゃっかりPRした。

 私の包帯姿を心配してくれたが、島田さんは近々糖尿病の検査で入院するという。年を経るとともに体調の優れない人が増えてきた。やはり気をつけないといけない。

2013年12月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com