ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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2402.2013年12月10日(火) マンデラ元大統領の追悼式挙行

 右手を剥離骨折してちょうど3週間が経った。全治3週間との診断だったので、今日整形外科へ行ってレントゲンを撮って診てもらったが、剥がれた骨はまだ完全には付いていない。引き続き、いままで通り添木を当ててもう1週間後に改めて診てもらうことになった。少しうんざりしてきたが、こればかりはしようがない。友人からお見舞いのメールをいただくが、ほとんどが年齢を考えて行動を注意深く、セーブするようとのありがたいご託宣である。

 さて、今日先日亡くなった南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領の追悼式がヨハネスブルグで行われた。アメリカからはオバマ大統領夫妻以下、歴代大統領のブッシュ、クリントン、カーター氏らが、イギリスからはキャメロン首相、ブレア元首相、フランスからオランド大統領、サルコジ前大統領、潘基文・国連事務総長ほか世界の政界で活躍中の大物がやって来た。日本からは皇太子、福田康夫元首相が出席した。最近アフリカ諸国への経済投資が活発な中国は誰を派遣したのだろう。

 これだけ世界の要人が出席する追悼式はそうざらにはないと思う。どれだけ世界中の人々から尊敬され慕われていたかということが分る。何といっても一番尊敬できる点は、人種の対立を止め、融和を目指すことを信念として、自分自身が白人政権から投獄されていながら釈放されるや白人への復讐を禁止し、白人至上主義と黒人至上主義をなくし、相互の融和を図ったことである。その結果黒人の白人へのあからさまな攻撃はなかった。このマンデラ氏のヒューマニティはどうしたら培われるのだろうか。敬服するばかりである。

 今日はもうひとつ嬉しく思うニュースがあった。着任間もないキャロライン・ケネディ駐日米大使が長崎を訪れ、慰霊碑にお参りし、原爆資料館を見学したことである。これまで原爆投下国アメリカの駐日大使では着任後大分経ってから訪れた前任のルース大使を除いて原爆被災地を訪れた米大使は残念ながらいなかった。被災地訪問を電光石火で行ったケネディ大使は20歳の時、叔父のエドワード・ケネディ議員とともに広島も訪れている。ケネディ大使の行動には、自らの強い信念と積極性が窺えるようだ。日米2国間には問題が山積しているが、専門ではないとされる政治を学んで日米間の融和を演出していただけることを期待している。

2013年12月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2401.2013年12月9日(月) よく分らない特定秘密保護法

 昨日の朝日新聞朝刊に「特定秘密保護法(全文)」が頁いっぱいに掲載されていた。実は、先月27日付朝日朝刊にも同じように一面いっぱいに掲載されていた。それは「特定秘密保護法4党修正案(全文)」で、同じように組版されているので、どこがどう違うのかよく分らない。読み出してしばらくして難解な法律用語と文字を詰め込んだ窮屈な紙面にはお手上げである。これを果たして国民のどれだけの人が読んで理解するのだろうか。それより何より、これに賛同し支持した国会議員は本当に条文を読み、理解して国民のため、国家のために正しいと思ったのだろうか。

 どうしてこの法案をもう少し分りやすくできないのだろうか。国民に理解してもらおうとの考えがまったく窺えない。法律の中身が悪く、その内容も分り難い。これでは悪法と言わざるを得ない。

 いまミクロネシア連邦に関するノン・フィクションを書いているが、同連邦の憲法前文には次のような簡潔でほのぼのとする表現がある。

 「この島々に住むようになったわれら先祖は、先住者を押しのけてここに住んだのではない。この地以外に移ろうと望むものではない。・・・ミクロネシアの歴史は、人々が筏やカヌーで海を探索した時からはじまった。ミクロネシアの国は星をたよりに航海した時に生まれた。われらの世界はそれ自体1つの島であった」と素朴で分りやすく優しくて格調高い。特定秘密保護法も「秘密」「秘密」とばかり騒がないで、少しはこういう素朴な表現と視点を見習ってはどうか。

 さて、お隣のお騒がせ国家・北朝鮮で政変があった。数日前に韓国放送が公表していたが、今日になって朝鮮労働党が金書記の後見人である張成沢・国防委員会副委員長をすべての職務から解任し、党から除名することを決めたと朝鮮中央通信が正式に伝えた。張氏は金正恩第一書記の叔父である。それがある日突然追放されるのだから、「一寸先は闇」の怖い国である。

 とにかく生活の乱れや麻薬問題まで理由に挙げられているが、具体的な理由が知らされないまま突然失脚した。張氏が今日政治局拡大会議場から引っ立てられるように連れ出された屈辱的なシーンがあった。2人の側近はすでに処刑されたそうだ。

 それにしても思い出すのは、共産党独裁国家と言われたスターリン時代のソ連、文化革命時代の中国で反対意見の幹部を次々と粛清した恐怖政治である。今回の北朝鮮の政変により金体制の権力集中化が進むと見られているが、金第一書記が操り人形にさせられているのではないかと思っている。怖いのは今後軍部がどういう動きを見せるかである。

2013年12月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2400.2013年12月8日(日) 戦争の恐怖。初めチョロチョロ、あとパッパ

 一昨日深夜特定秘密保護法案を強行採決した自民党、公明党への批判が激しい。朝日新聞の世論調査に依れば、同法案の反対者は76%だという。国民の3/4が反対していることになる。冷静に分析して少なくとも国民の過半数は反対だと見ている。これではもう世論の支持を得られているとは思えない。それを(議員)数の力に物言わせ、拙速に自分らの考えを押し通す政権政党自民党の傲慢さに対して腹が立つが、よく考えて見れば自民党議員を当選させた我々国民にも大きな責任があると思う。

 今日テレビで識者が、なぜこれほど急いで法案の成立を図るのかとの質問に、早く法案を通さないと法案の内容が国民に理解されるようになり反対意見が多くなり、法案成立が危ぶまれるから国民がまだ気がつかない今のうちにエイコラサとやってしまおうとの考えのようだ。事実朝日の世論調査の結果も前回の反対者は50%、前々回は42%だった。どんどん反対が増えている。これだから後ろめたい政府が採決を急ぐわけである。しかし、これでは国家の国民に対するだまし討ちではないか。国民こそ良い面の皮である。これこそ一党独裁の怖いところではないか。

 今日も友人たちから政府のやり方に憤るメールをもらった。口では民主政治なんて言っていながら、天下を取った自民党には謙虚とか、遠慮とか、少数意見の尊重なんてまったく考えてもいないことは明らかである。

 さて、今日は太平洋戦争の開戦記念日である。開戦時は3歳だったから当時の世相は知る由もないが、時恰も特定秘密保護法案が戦時中の秘密とか、密告を想像させ、暗い時代の到来を思わせる。

 今朝の「天声人語」に永井荷風「断腸亭日乗」に書かれた開戦3日後の文章が面白い。荷風らしく浅草の踊り子が気になったようで「歓楽街の人出はいつもと変わりなく、芸人や踊り子のふるまいもまた同じ」とあった。

 書棚に大分前に入手した吉野俊彦・元日銀理事の「『断腸亭』の経済学」なる荷風文学の収支決算と称した分厚い評伝書がある。平成11年11月に読了とのメモがある。所々朱線を引いてあるが、著者には申し訳ないことに内容はあまり印象に残っていない。

 だが、荷風書の12月11日に確かにこう書いてある。

 「~日米開戦以来世の中火の消えたるやうに物静なり。浅草邊の様子いかがならむと午後に往きて見る。六区の人出平日と変りなく、オペラ館芸人踊子の雑談亦平日の如く、不平もなく感激もなく無事平安なり。余が如き不平家の眼より見れば、浅草の人達は堯舜の民の如し~」

 最初は案外こんな程度だったのだ。この後にじわじわと恐怖がやって来る。特定秘密保護法案が戦時中の治安維持法のように法衣の下の鎧でないことを祈りたい気持ちである。

2013年12月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2399.2013年12月7日(土) 恐ろしい戦後の治安維持法(特定秘密保護法案)成立

 昨日深夜ついに特定秘密保護法案が参議院本会議で可決成立した。国民はもちろん、新聞各紙、テレビなどメディアは一斉に反発している。戦前の治安維持法以来の悪法である。

 今朝も横浜にお住まいで亡父の元同僚だった91歳になる方から、日中戦争から太平洋戦争に突入していった過程に治安維持法が果たした危険と怖さをメールでご連絡いただいた。陸軍経理学校を出てビルマ戦線へ応召されて戦争の恐ろしさを知りすぎるほど知っているご高齢の方である。大学の後輩からも国民の知る権利の平等を脅かしかねない法律の成立であると危惧したメールをもらった。

 これまでの動きを見ていると、何が何でも法案成立を目指していた自民党は、過半数を超える数を背に公明党とともに有無を言わせぬ強引な手法で突っ走ってきた。昨年暮れまでは野党だった自民党が総選挙で過半数を制するや、一転して力づくで正面突破を図ってきた。それが昨晩の強行採決である。これにいままでとは異なり、終始公明党が同調している。これまで独走気味の自民党のブレーキ役を務めてきたのに、最近はどういうわけか肝胆相照らした同一政党のような行動である。公明党の独自性がまったく姿を消して最早第2自民党となっている。

 公明党がなぜ自民党とこれほど仲良く足並みを揃えられるのか。公明党はこの法律の内容が自分たちに利すると承知したうえで自民党と足並みを揃えたに違いない。すでに両党の間で「秘密」を共有しているのではないか。これでは最早公明党は政権政党としての役割を終えたと言えるのではないか。

 この法律の怖いのは、秘密を知り、それを漏らすと重い罰則が課せられることであるが、一体何が秘密なのか国民にはまったく分らないことである。それを大臣の意向を汲んだ官僚が、国民に知らせずに恣意的に決めるという乱暴なやり方を法律が認めている。まるで恐怖政治が取り締まるスパイ防止法案である。

 こうなったら戦争の恐ろしさを知らないノーテンキな議員、そして世間知らずの自民党世襲議員らを次回の総選挙で法にギリギリの範囲内で絶対落選させるという運動を起こさないとお先真っ暗だと考えざるを得ない。

2013年12月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2398.2013年12月6日(金) マンデラ元南アフリカ大統領亡くなる。

 ネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領が亡くなられた。95歳だった。最近健康を害してその様子が遠慮がちに伝えられていた。27年間に及ぶ獄中生活を送った不屈の人だった。何といっても人種差別を象徴するアパルトヘイト政策と闘い、獄中からその撤廃を訴えて実現して1990年釈放されるや南アフリカ最初の黒人大統領に就いた後も、黒人が白人に対して報復することを許さず、人種融和の象徴として世界中から尊敬を集めた。93年にはノーベル平和賞を受賞している。日本にも2度訪問された。

 1991年5月南アフリカを訪れた時、マンデラ氏は釈放され自由の身となっていたが、まだアパルトヘイトを支持する勢力は根強く、支援する人は数多くいた。彼らがアパルトヘイトを支持する理由は、居住地区を自由にすると反って治安が悪化するということだった。鉱山内に社宅を用意された黒人従業員はアパルトヘイトに賛成だと話していたことが強く印象に残っている。彼らの言い分は、働く職場や住居が与えられるなら働く意欲のある自分たちにとってアパルトヘイトは好都合であり、働き者の黒人にとってはその方がずっと良い。怠け者の黒人にとっては反アパルトヘイトは反って都合が良いので、アパルトヘイトに反対しているのは、こういう怠け者だと話してくれたことが妙に頭の隅に引っかかっている。

 ちょうどその春ロスアンゼルスで白人警官が寄ってたかって黒人を殴打する、所謂「ロスアンゼルス暴動」が発生したが、その時ガイドをしてくれた黒人の鉱山会社社員が、アパルトヘイトをやっていればこんな事件は起きなかったと言ったのにはびっくりした。

 しかし、幸いにしてマンデラ氏の強い反人種隔離政策の理念が少しずつ効果を上げ、黒人に対して白人を憎まず反白人運動を起こさないよう、つまり反差別を強く訴え続け、結果としてそれが功を奏した。恨みを相手にぶつけず、あくまで反差別と自由を追求して、その成果を国民に与えた、稀に見るヒューマニストだったと思う。

 1995年南アフリカでラグビー・ワールドカップが開催された時には存在感を示され、それが数年前映画にもなり、マンデラ氏に扮した俳優が出て来て中々面白かった。

 ヒューマニズムに溢れ、実行力のあったマンデラ氏のような理想と信念が固く実行力のある人は今後もそう現れないだろう。心よりご冥福をお祈りしたいと思う。

2013年12月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com