充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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2407.2013年12月15日(日) あまり良い話がない。
このところ内外を騒がせている事件が多い。その筆頭は北朝鮮の金正恩第一書記の後見人だった張成沢氏の処刑である。次いでマンデラ・南アフリカ元大統領の追悼式とその際手話通訳をやった人物の不自然な話題である。そして、国内では猪瀬直樹・東京都知事の医療法人・徳州会から5千万円を借りたとされる公選法に触れる疑いの事象である。
まだ他にもいろいろあるが、南アフリカの手話通訳の話は想像もできないお粗末極まるものである。世界中からあれだけ注目された大物の追悼式で参列者も世界の超一流人物が挙って出席した中でなされた通訳がまるで能力不足で偽者だったという、お粗末さには呆れるばかりである。世界最高水準を求められるような場で、まったく用を成さなかったといわれる偽通訳を雇った南アフリカは、世界に恥を晒したことになる。その人物は能力がなくズマ現大統領の親戚筋の男性だと言われている。これでは南アフリカは、残念ながら未成熟で賄賂の国家だと見做されてしまう。アパルトヘイト賛成者にとっては思う壺ではないか。
折角マンデラ氏が忍従の中で目的と方向性を定め、国がそれへ向かっている最中にその主導者だったマンデラ氏の追悼式にかくも未熟な式典を行うとは、マンデラ氏も泉下でさぞや落胆しているのではないだろうか。
国内で問題の猪瀬知事の金銭やり取り事件は低次元のレベルの話で、かつては威勢の良かった知事の発言がまったく様変わりで、ぼそぼそ話す自信なさそうな態度が別人のようである。
まるで辻褄が合わない。連日物足りない説明を聞かされている様子を見ていると、最早知事の職を全うするのは、難しいと見ている。猪瀬知事はいつ辞めるか。それだけが関心事である。
さて、夕方になって日本大使館員が襲われたニュースが入ってきた。イェメンの首都サヌアで起きた事件であるが、どうも強盗によるものらしい。刃物で刺されて車を奪われたというから、テロリストではあるまい。サヌア市街の風景を写していたので、半世紀前にアデンを訪れた時を懐かしく思い出した。市外風景はアデンと似ている。私が訪れた時は内戦が終結したばかりで、極めて治安が悪い状態だったが、妙に懐かしい気がするのは臨場感の強烈だった印象が強いせいだろうか。
2406.2013年12月14日(土) 県立浦和高ラグビー部、花園全国大会へ
今日は外国の友人へ当ててクリスマスカードを書いたところだ。カードは昨日伊東屋で購入した。年々洒落たものが増えてきたが、値段は上がる一方である。ブラジル、セルビア、ビルマ、その他へ宛てて8枚書いた。今日ドイツの今井正純氏から最初のカードを頂いた。昨年ベルギーの安原さんが亡くなられたので、ちょっと寂しい。明日以降は年賀状を作成しないといけない。毎年600枚近く書いているが、孫たちにはそれぞれ異なるデザインで書くので、6種類ほど作成しなければならない。その点で、ちょっと時間がかかる。年末近くなると年賀状欠礼の挨拶状をいただくことが増え、やや寂しい思いをすることが多くなってきた。中には欠礼の言葉を書いていながら、年賀状を頂かないのは寂しいので、年賀状を頂くことに遠慮はしないと書いてある挨拶状もあった。
人それぞれ千差万別である。
さて、今日の朝日夕刊のトップ記事は、宿敵浦和高ラグビー部の花園大会出場を賞賛して「浦和高、文武両道トライ」である。副題は「54大会ぶり全国ラグビー出場」「『勉強』『部活』『行事』‘三兎を追え’体現」と紹介されている。浦和高ラグビー部が進学校であるにも拘わらず、高校ラグビー激戦区の埼玉県で近年良い成績を上げているので、注目していた。その期待に応えて全国でも私立高校全盛の中で公立校、しかも受験校と言われている浦和高が堂々代表校となったのは特筆ものである。
先日「ペンの日例会」で浦和高OBの吉沢日本ペンクラブ事務局長にお祝いを伝えたところ喜んでおられた。代表校に決定した直後に浦和市内で号外が出たと言っていた。最近お顔を見ない轡田隆史さんは浦和高サッカー部のご出身だが、きっと喜んでおられることだろう。
ライバル校として母校湘南とは、40年以上に亘って定期戦を行っていたが、諸般の事情もあり先年それは幕を引いた。湘南も浦和を見習ってもう少し力をつけることが求められるが、湘南は男女共学、浦和は男子校で湘南の男子生徒数が浦和の半分しかいないこと、神奈川県には慶應高校、桐陰学園など埼玉県以上に強豪校が目白押しの不利な点を考えると全国大会出場は難しいとは思う。それにしても浦和の強さは見習いたいものだ。因みに浦和高の部員数は72名と紹介されていた。ざっと湘南の2倍以上だ。湘南ラグビー部OB会としても花園の浦和高合宿所に激励の祝電を送ることにしている。
2405.2013年12月13日(金) 北朝鮮、№2張成沢氏を処刑
昨晩遅くなって突然衝撃的な外電が入ってきた。暗黒の国・北朝鮮の№2で金正恩第一書記の後見人だった張成沢・国防委員会副委員長が4日前に全役職から追放されていたが、昨日特別軍事裁判にかけクーデターを計画していたとして死刑判決を下し、直ちに処刑した。あっという間のスピード粛清である。
現代社会でこのような冷酷非道な処罰が認められていること自体異常である。北朝鮮は普通の国とは異なる異様な国ではあるが、ここまで異常な国とは空恐ろしいことだ。
60年前スターリンを批判したソ連のマレンコフ首相が、同じように厳しい処分で役職から追放されたが、処刑されることはなかった。ただ、内部抗争の過程で政敵ベリア第一副首相がフルシチョフ第一書記との政争に敗れ、処刑されたことをぼんやり憶えている。その当時父から酷い事件だなぁと言っていたのが頭に残っている。
その後中国の文革時代には党内の対立から毛沢東に追放され、中には殺害された大物も数多くいた。
そして今回北朝鮮のこの粛清である。独裁者による一方的な断罪で、申し開きもできない。クーデターを画策し、国家転覆陰謀行為を行ったとして反党・反革命的と決め付けられた。
今後金正恩体制がこの残虐な行為に対して国際社会へどう納得できる説明をするだろうか。もしこのまま金体制が突っ走ったら、ミサイルを発射したり、核実験を繰り返すことにもなるだろう。行き着く先は地獄だろうが、取り敢えずどんな火花が飛び散るか、周辺国としては気になるところである。
2404.2013年12月12日(木) ノン・フィクションも大詰め
いまノン・フィクション作品の追い込みに気持ちを集中している積りだが、土壇場へ来て中々思うように行かない。新しい事実がいくつも出てくるのでそれを無理に解明しようとするから余計難しくなる。左膝の関節炎もあって医師からはウォーキングを禁じられ、外出ができない。どうもストレスが溜まりそうだ。
新しい事実の中で、先日偶々知った母校湘南高の戦時中の制度が現在の感覚では理解しにくかった。昭和14年に旧制湘南中の内部に、私立の湘陽中という1クラスだけの学校が設立された。同じ校舎内に校長も同じ、教師も同じ、教室も同じ、授業も同じで湘南中の1学年にただ1組だけ湘陽と称する別の中学校があり、それが終戦直前の昭和20年3月に廃止されるまでの6年間営々と維持されていた。卒業生を出したのは、昭和19、20年だけだった。軍部の幹部の子息が湘南中の入学試験に失敗して強硬に入学を求めた結果、無理難題が通り別の中学として創設されたらしい。だが、この制度が何と神奈川県の県令によって創設されたというから、今日の常識ではとても考えられないほどおかしな学校制度だった。これにノン・フィクションの主人公が多少からむので、中々すっきりしなかったが、漸く割り切って書き続けている。
その他に戦時中連合艦隊司令長官だった南雲忠一中将の子息4人が、いずれも湘南OBで長男が卒業後海兵に進み、フィリピン沖合いで戦死されたことや、4男が昭和24年野球部の甲子園初優勝時にベンチ入りできなかったが、野球部2年生部員だったことも知ることができた。当時の湘南OBの内かなりの生徒が海兵に進学していた。北原白秋作詞の校歌の一部に♪~立身報告期せよ 友よ~♪というフレーズがあり、入学当初から気にかかっていたが、これが戦時中陸士や海兵へ生徒を煽ったとは断定できないが、気にはなっていた。いずれにせよ私の嫌いなフレーズである。
あと数日ぐらいの間にある程度仕上げたいと思っている。
2403.2013年12月11日(水) あまり使いたくない言葉
最近気になる言葉がある。若い女性が平気で使う「~のやつ」という表現で、汚く下品な言葉で私の大嫌いな言葉のひとつである。元々男性言葉であまり良い意味には使われないが、それが若い綺麗な女性が使うから違和感がある。「青い板」とか、「赤い棒」のようにそのものズバリの名詞を使えば良さそうなものなのに、「青いやつ」「赤いやつ」と言うから耳障りで聞いていられなくなる。
今日もテレビの街頭インタビューで若い新婚の外交官夫人が「あのやつ」という言い方をしていたが、折角美人でインテリなのだろうが、傲慢に見え、件の女性が下品に見えてきたからあまり得にはならないのではないかと思う。
最近は男女間に言葉の境界が失われつつあり、男は弱々しくなり、女はガラが悪くなったような気がしている。これはテレビなんかの影響もあるだろうが、本人は自分を時代にマッチさせ時流に乗っているという勘違いしたアピールの仕方なのではないだろうか。本人たちはそれで佳しとしているかも知れないが、決して褒められた言い方ではない。聞いていてこちらが恥ずかしくなるし、軽蔑したくもなる。やはり、あまり境界線を越えない方が良いと思うが、「そんなやつ」は放っておけと言われそうだ。
もう大分前になるが、ツアーの添乗員としてイタリアへお供した時、現地でガイドを務めてくれた中年の日本人女性のきれいな言葉遣いと物腰にお客様が感心していた。とても清々しいと言っておられたが、いまではきれいな日本語は、このように外国に行かなければ耳にすることができなくなってしまったのだろうか。
言葉の表現の序に、黒川玲子・東京理科大学教授のエッセイを紹介したい。今夕の日経夕刊「あすへの話題」で取り上げられた英語の「L」と「R」の発音についてである。この「L」と「R」の区別は日本人には難しく耳の感覚の鋭い子どもの頃に英語圏で聞きなれないと聞き分けるのは無理と言われているが、彼女は外国人からはよく冷やかされるそうである。それに対してご自分の名前を‘Reiko’か、‘Leiko’で外国人をからかっているそうだが、この点で彼女が一番気にしているのは、PCで英語の表現をローマ字でタイプする場合のようだ。例えば、ロンドンをLONDONと打ち出すためにはロンドンをローマ字でRONDONとタイプする必要がある。確かにそう言われればそうだ。
もうひとつ、「トラウマ」という言葉が日本語ではないと初めて知った。いまのいままで「虎」と「馬」、或いは「寅」と「午」を組み合わせた日本語だと思っていた。‘Trauma’は英和辞書を引くと「精神的外傷」と出ていた。タイミング良く、今日ロンドンでG8の認知症サミットがあった。
少々座興が過ぎたかも・・・。